トルソの源流... 3
おいらの由来... 3
仏教経済学はどこへ... 3
不思議なことばかり.. 3
仏教の話2.. 4
仏教の話1.. 4
暮しのラジオ... 5
気持よい国タイ.. 5
お気に入り本Ⅲ... 6
お気に入り本Ⅱ (60). 6
八百万神の日本... 7
お気に入り本Ⅰ... 8
早めの冬支度... 9
うどん一杯450円の路地裏... 9
挨拶は一人芝居... 9
檻の動物たちよ.. 10
絵本をもう一度... 10
年齢ことば... 11
ハッとする.. 12
初歩の初歩 (50). 12
野に寝る.. 12
ゆれる雇用... 13
一枚の絵と長靴... 13
チョウの道... 14
公共事業のこの国... 14
四月の風... 15
表現の三角環境... 15
夜鳥を鳴く. 15
頭が回らない... 15
メモなし人生 (40). 16
自画像は苦手... 16
カラクリご存知ですか... 16
村の語り部... 16
反逆者不在... 17
薪割り.. 17
イヌとネコ.. 17
ホームページのボランテア... 18
イスラム・ワールド.. 18
偉大な凡人... 19
低く語る (30). 19
さらばオリジナル信仰... 19
坊主頭は考えた... 19
隠居の手習いは時間ドロボー... 20
かんたん生活を続けるとしても (01年). 20
トルソの源流
二千五百年前の古代ギリシャの彫像は頭部がなくても立派に存在理由を持つ。ところがローマ時代の彫像は顔がなければ大理石の塊と同じになってしまう。フィレンツェにあるミケランジェロのダビデ像でさえも、あの顔をとられたら凡作になる。ローマをはじめとするヨーロッパ各地の美術館に散らばっている、あの時代のすばらしい彫像を前にすれば、彫像の製作技術は古代で完成されてしまったのか。というくだりを見つけ膝を打つ。自分の顔が残らない資料を作ったり、会議に顔を出すだけではね。身を引き締めないと。塩野七生「男たちへ」文春文庫。十二月十日(月)
おいらの由来
おいらの村とおいらの由来をずーっと知らずに来たが、大正十四年刊の「十勝寶盟鑑」に昔のこと載ってたので書き留めた。「君(祖父冨岡嘉七)は兵庫県三原郡片田村に明治十六年七月十三日生れる。長じて父と共に明治二十三年日高国静内郡遠佛村に農業の目的を以って移住し、茲に於いて十ヶ年間農耕に従事し…其の後十勝は土地肥沃なるを知り、北海の牧草豊富なるを以て畜産に適することを認め、同三十三年五月貸与を受け…八十二町歩余を出願し許可を受け、種牛種馬を求め繁殖飼育に努めたり…」とある。淡路島出身の曾祖父と祖父は明治中期に北をめざし、その曾孫は南に焦れる。日本は欧州が二百年かけたことを百年で駆けた。十一月二十三日(金)
仏教経済学はどこへ
これは忘れ去られた経済学なのか。現代経済学は生産努力で〈消費の極大化〉をねらうが、仏教経済学は適正規模で〈人間としての満足を極大化〉することにある。アジアの国々が穏やかに緊張感なく暮らしていけるのは、実はこの経済原理があったからである。しかし歴史を計画する国々が増え、時間を逆算し加速する政策で足早な経済成長をめざすその因果から、世界の工場をアジアに移しつつある。仏教経済学の中心技術は、伝統産業を支える在来技術を先進技術にくわえ改良していく、いわゆる中間技術だが、これは農村と都市を結ぶ技術としても広く地域に根付くものと考えられている。穏やかな地縁技術でもある。日本では三十年前の自治体改革の波に少し遅れて登場したのが、この地域経済・技術の理論である。当時沖縄を舞台に地域主義が語られ、リージョナリズム理論の下敷きとなったのがシューマッハ「スモール・イズ・ビューティフル」講談社学術文庫であった。アジア圏の人々はこのやり方・考え方を色褪せたものとできるのだろうか。十一月十六日(金)
不思議なことばかり
動物の不思議さは、自然淘汰のなかで進化してきたと思っても、なお不思議さが残る。キリンは昔の恐竜時代ならいざ知らず、現在の生き物の中で一番背が高い。首の長さが三メートル。高いところの食べ物を取るには都合よいが、心臓から血を送るのはどう考えても大変であり合理的でない。肢の先だって血の巡りが悪くなりそうであるが、動物園でもアフリカのサバンナでもゆったり生きている。動物学者は心臓のポンプが強いだけで不思議でもなんでもないと言う。ではキリンの網目の意味はどうか。孫引きだが、寺田寅彦はあれは乾いた地面にできる割目と同じ模様で、それ自体には何の意味もないと言っているが、あの網目模様がキリンの姿をアカシヤの茂みに消し去ってしまうそうだが。それではもう1つ、人間なら何日も水を飲まずにいると血液が濃縮し死んでしまうが、ラクダは長い間水を飲まずに生きる。でも一度オアシスの水にありついたら猛烈に飲みだめできる。それを胃袋に貯めるのではなく、水分を失った組織に貯えていくのでラクダはみるみる元の太った体に戻る。こちらは神秘的である。動物個体は種族維持など考えておらず、自分のためにだけ生きているというのが、一般的な見方である。日高敏隆「動物の言い分・人間の言い分」角川新書。十一月九日(金)
仏教の話2
大乗仏教では、釈迦仏教を否定して現世肯定の仏教をつくりあげるが、なかでも浄土教が注目される。これは西の方に阿弥陀如来という光り輝く永遠な仏がいる。この世で良いことをすれば阿弥陀様のいる極楽浄土へ、悪いことをした人は地獄へ落ちるというもので、その流れの一つが六世紀半ばに日本にやって来た。当時の聖徳太子は儒教の礼と仏教の平等の精神にもとづいて十七条の憲法を制定し律令国家つくった。太子が重視した経典は法華経で、やがて比叡山延暦寺を建て日本天台宗をつくった最澄に受け継がれていく。さらにこの比叡山延暦寺の中から新しい宗教や密教や浄土教や禅宗を生み出すが、その反動で正教へ帰れという日蓮も登場する。天台宗は十一世紀には天台本学論の思想を生み出すが、これは仏教思想ではなく、全てに神が宿るという縄文以来の日本の土着思想であるといわれる。さて現在の日本での宗教的儀式のうち、葬式・お盆・お彼岸・年忌供養などの死の儀式は仏教がとり行い、結婚式・誕生・七五三などの生命再生の儀式は神道が行う神仏習合であるが、この風習については次に調べる。十一月四日(日)
仏教の話1
仏教の教えは、紀元前五世紀にインドのガンジス川流域で活躍した釈迦牟尼という人の教えをもとにしている。それ以前のインドはバラモン教が盛んで、日本の縄文時代のように輪廻を信じていたが、それより強い因果応報の輪廻観でカースト制を維持していた。しかし釈迦はこの輪廻を否定した。人間界は生老病死の苦の世界で、原因は愛欲の執着にあるとした。執着から苦が生まれる。愛欲を断つため戒・定・慧という戒律を守って瞑想し知恵を磨けば愛欲から自由になれ、輪廻からも逃れられると、次のように説いた。この世は地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天の六道からなり、衆生はこれを輪廻するが、この業から外れ、現し身の現実世界から逃れ、生まれ変わりからも免れる。これを涅槃に入るという。しかもどんなカーストの人間でも涅槃に入り悟りを開くことができる。これが釈迦の解脱の教えと四姓平等であり、仏教の二つの中心思想となる。その後紀元前一世紀頃に、悟りのために山にこもって釈迦の教えを忠実に守る小乗仏教では駄目で、民衆の中に入って救うべきだとする大乗仏教が生まれた。この民衆救済者を菩薩と呼び新しい菩薩仏教が広がった。愛欲の否定も否定の執着、つまり無の執にとらわれているとして、有無の執にとらわれない空の境地を説いた。十一月三日(土)
暮しのラジオ
毎夜の九時台はこのテレビ、十一時台はこのラジオと判で押したように過ごしている。でもテレビの方は広告が疎ましくニュース以外は録画が多い。ラジオは専らNHK第一放送を小さく流しているが、定時のニュースは手短でいいし、昼の憩いで日本の農村にひたり、寄席を聞き流し、列島ジャーナルで出来事を知り、ラジオ深夜便の頃に眠りに就く。「ラジオ深夜便」は深夜に聴かれると思われているが、実は三時や四時に目覚めるおじいちゃんとおばあちゃんが多いそうだ。続いて一番ラジオを聴く人が増えるのは早起きの人達がスイッチを入れる朝の四時から五時。ラジオに詳しいのはタクシーの運転手さんという。なるほど。私は零時前の日出時刻を聴いてから眠るが、那覇は札幌より三十分ほど日出が遅い。三谷幸喜監督作「ラヂオの時間」の映画でも、番組づくりで忘れ去られたローテクによる花火の擬音づくりを、ガードマン役の藤村俊二が演じていたのを思い出した。テレビもいいがラジオの方が気が楽で、眼を奪われず身の自由がきくこの受信機がありがたい。秋の夜長は枕もとにラジオかな。秋山ちえ子・永六輔「ラジオを語ろう」岩波ブックレット。十一月二日(金)
気持よい国タイ
日々の愉しみの根拠をどこにおいて暮していくのか。タイの国では「サバーイ」「マイ・サバーイ」の気持よいと気持よくないが、コトを決めていく基準だという。分け方も気持いい。しかも奥地の村人はお金を使わずゆったり暮している。日本はといえば工業基準はうまく動いたがタイのような生活基準をなくしてしまい、いまは「人様に迷惑のかからない」ように暮すこと位しか残っていない。さらに価値は拡散し旨い物もたくさんあり、ひとつのコトで済まなくなっている。列島を見ても都会に集積されたヒトやコトは富士山頂点型からアルプス連山型へと散らばり始めた。その流れを読み取るように、若者も散らばり「自然か不自然か」の心理でコトを決め始めたようだ。これは生物多様性の社会からは好ましい。しかも女の子の方が自然体でやりたいことをハッキリもって生き生きしている。その後ろ盾のOBA-SANも舞台に上がってきた。女性主導社会へ向かう。かたやOZI-SANは戦後の一仕事を終えたのか、ねぐらを離れて釣りに出かけたり、裏山に登り「嗚呼」と俳句をひねることで帳尻をあわせ始めた。が片目はOBA-SANと若者を羨望している。思ったことを気持よく続ける。アジアの国々に学ぶことは多い。森まゆみ「アジア四十雀」平凡社。十月二十六日(金)
お気に入り本Ⅲ
楽しんで読む。「鬼平犯科長」(池波正太郎・文春文庫24巻);昭和42年「オール読物」から始まる長編の大衆小説。盗賊たちの捕物と世話物がからみながら江戸の市井が描かれる。続きが読みたくなり時間を費やすことになる。違うタイプで山本周五郎の世界もいい。「ぼくは本屋のおやじさん」(早川義夫・晶文社);なぜ本屋さんに欲しい本がないかがよく分かる。本屋さんの商品構成は、本屋さんのオジサンが決めるのではなく、長い時間をかけてお客さんが決めるという結論に至っている。晶文社には面白い本がある。「あの世と日本人」(梅原猛・NHK出版);日本人に欠けていると言われるあの世に関して古代宗教から解き明かす。同じく併読したいのは「地獄の思想」(中公新書);梅原学の入門書的な位置にある本。日本の仏教思想そして文学における「地獄と闇」の世界を覗くことが出来る。「地獄と極楽の出会い」のくだりも面白い。「世界大百科事典」(日立デジタル);百科事典が一枚のCD-R0Mになっている。身近なパソコンで調べられるこの驚き。小さな図書館にいるような気分になれる。とりあえず調べようという気分には応えてくれる。「CD-R0M 星の王子さま」(岩波書店);子供向けマルチメディアだが、大人も堪能できる。これは楽しい。こんな世界もあるんだなー。もうひとつ。「声が聞こえる野鳥図鑑」(上田秀雄・文一総合出版);図鑑にバーコードがついており、それを別売のリーダーで読み込んで、さえずりと地鳴きを聞くシクミだが、一緒に鳴いてみよう。「ネパール」(トニー・ハーゲン白水社);スイス人である著者は半世紀前に鎖国を解いたネパールに入国し民族・農業・交通など国土をつぶさに報告。この国を知るまず最初の入門書。ネパールは貧しいが魅力のある国であることが分かる。さらに興味があれば、古今書院の「ネパール叢書」(全3巻「神話と伝説の旅」「ネパールの集落」「ネパールの人びと」)へ進んではどうか。川喜多二郎氏がかかわっており、内容的にも深い理解が得られる。「現代の職人」(石山修武・晶文社);建築家・石山修武氏が約60人の職人を訪ね歩くが、その道一途の人々が現代の生活・生産の質を問うている。林のり子氏の「むかし女は職人だった」、安藤忠雄氏の「近代建築の大棟梁」など面白い。今度生まれ変わったら職人になるんだ。十月十九日(金)
お気に入り本Ⅱ (60)
集中して堅めなものを読む。「政治家の条件」(ヘンリー・テイラー 至誠堂);人の集まるところに政治力学が生ずる。著者は19世紀ビクトリア時代の官吏。政治ばかりでなく、野心の持ち方・ケンカの仕方・出世の技術など当世風の話もあり、思わずのめり込む羽目になる。現代政治・行政への愉快な入門書の趣もあるので、雨の休日でしかも家族のいない午後あたりにお勧めの本。「異端論断章」(藤田省三・みすず書房);正統と異端の思想史的な解明というと堅苦しいが、内容は少し難解ですが魅力的。特に第三章の丸山真男・石田雄・藤田省三のてい談は読みどころ。もしも気力があればこの人の著作集(全10巻)に取り組むと現代日本の思想史の奥底がつかめるんですが、半年位はかかるかもしれません。さらに「丸山真男集」(岩波書店)を併せて読むとより思想史の立体的な読書体験になりますが、これも含めると一年間は棒に振ることになりそうですが、いかがですか?くわえて「丸山真男座談」全九巻は、座談の名手丸山の本領発揮で、これはいける。音楽の話もある。「政治・行政の考え方」(松下圭一・岩波新書);日本国憲法はオシツケ憲法ではなく世界史的流れでとらえることの意味や、国会の政策決定過程の不透明さと公共事業・公共政策のあり方など現代政治学の基本を問うている。また同じ著者で「日本の自治・分権」(岩波新書)を併読すると地方自治の地平線を眺めることが出来る。二冊とも今日の国レベル・地方自治体レベルの政治状況を把握するための書。「地域のデザイン」(吉阪隆正・勁勁草書房);故吉阪氏は日本建築界の大御所。建築家の本は息苦しいものが多い中でこの人の本は違う。地域を考える上でのヒントも豊富。例えば時代は□から○に移ってゆくとか。旅先の街の描写や人生訓が素直に語られるところは好感が持てる。出来たら吉阪隆正全集(全17巻)もどうぞ。吉阪の輪廻建築論に遭遇できる。これらの堅いものと併読できる音楽の本は「クラッシック超入門」(砂川しげひさ・東京書籍);この手の入門書はゴマンとあるが、聴いてはいけない曲とか、定年音楽のすすめとか、よく聴きこんだ人の本音があり楽しい。同じ著者で「なんたってモーツアルト」「つべこべいわずにベートーベン」「のぼりつめたら大バッハ」(何れも東京書籍)の三冊はもっと楽しい。でもこの人の漫画で笑ったことは無い。十月十二日(金)
八百万神の日本
降雪前のアフガン山岳攻撃が静かに始まったことをラジオは伝えている。目標はテロリストなのかアフガンなのか。人民殺戮や難民をどうするのか。これらを国連で多国間の調整もせず、米国外交は一気に包囲網を築き上げた。日本政府も後方支援に躍起となるが、当事者の防衛庁が尻込みしている。いざとなれば彼らは制服を脱ぎ捨てるかもしれない。平和を味わうと逆コース厭だ。米国にしても中東政策は拙かった。これをイスラム教対キリスト教の文明の衝突戦争とせず、またパレスチナ問題とも絡めず、イスラム原理主義のテロに限定した制裁でなければ更に拙いことになる。一方、日本がやれることに中東和平への仲介役があるが、経済や軍事専門家たちはこの考えは素人過ぎると一蹴している。確かに日米安保のただ乗りで日本は経済的繁栄をしたのは確かである。この非常時に中東問題に直接関わることは、日米安保の破棄は言うに及ばず米国市場や世界経済を失うぐらいの覚悟がいるかもしれない。その影響は日本だけではなくアジア情勢を混乱させるかもしれない。しかし日本だからできるこの新たな役割は考えておきたい。戦場の人民は戦禍を避けたいし、職業軍人とて出来れば逃げ出したいのだ。これが今世紀に生きる人の当たり前の気持です。厭戦。ジョン・レノンのイマジン。物事は理屈ばかりでなく気持の方も片付かないと上手くいかない。政治からも経済からも見放された人々、弱い立場の人々がこの世を凌いでいくには、きれいごとでなく、同時代のひとたちの広いつながりと参加と調整が要る。弱さと強さの問題は個人から政府間まで複雑に重層しているが、強者も弱者も時として、あるいは歴史の動きのなかで逆転していく。しかも両者は背中合わせで不即不離にことが運ぶ。この両者の間を判官びいきの立場から国際調整する。弱い立場に身を沈めながら、強がる者たちの秩序制圧を手なずけるやり方はないのか。弱者は恨みを捨て、強者は謝る。日本は身を粉にして両者をなだめ調整する。日本人が得意とする三方一両損はこの時のもの。大事にいたる前に両者の間を走り回る日本人。一神教をもたない八百万神の日本が調停に立ちあうことは世界の人々が許すだろう。原爆投下国という弱者経験も生きる。このやり方は子供じみていると思う方、ではどうしますか。一気に詰め将棋ですよ。この国の一部リーダーたちは時限立法だからと、長考もせず、逆コースにコマを進めている。山本周五郎「さぶ」新潮文庫。十月五日(金)
お気に入り本Ⅰ
小型本で生物と宇宙と絵画を読む。「サンゴ礁の生物たち」(本川達雄・中公新書);南の海の生物たちは多様である。平べったく派手な縞模様はなぜあるのか。しかも北海道の魚のように均一大量でないため市場向きではない。ウニ・ヒトデ・ナマコの話も面白い。同じ著者で「ゾウの時間ネズミの時間」(中公新書)は小さい動物も大きい動物も一生の間に心臓鼓動数や総エネルギー量は同じだとか、物知りになる。いずれも楽しい生物学の入門書。「森林美学」(新島善直・北大図書刊行会);ドイツ林学の「森林美学」を土台に札幌農学校の新島教授が大正時代に執筆したものの復刻版。樹形や街路樹への考え方も散見され興味深い。農村と都市を結ぶ古くて新しい学問分野かもしれない。森林美学。いい響き。「宇宙の果てにせまる」(野本陽代・岩波新書);この人の文章は分かりやすく、宇宙の誕生・成長・消滅の過程がよく理解できる。同じ著者で「ハッブル望遠鏡の見た宇宙」(岩波新書)にある写真も併せて見ると一層楽しい。中でもワシ星雲は感動的で、見れば見るほど考えれば考えるほど宇宙は謎だらけ。いずれも宇宙論の最新の入門書であり秋の夜向き。「薔薇のイコノロジー」(若桑みどり・青土社);絵画における植物、特に薔薇の意味を追いつつイタリア・ルネッサンス絵画論を展開。日本の菊と蓮、花と髑髏、シュール絵画のエルンストやマグリットの話が楽しい。ホントにためになり楽しい本である。同じ著者で「イメージを読む」(筑摩書房)は絵のイメージに隠された意味を主にイタリア・ルネッサンスの絵画に求めているが、これが虜になるほど楽しい。ミケランジェロやダ・ビンチの絵の謎解きをしてくれるが、これが美術史の勉強にもなっている。また同じ著者で「絵画を読む」(日本放送出版協会)ではブリューゲル・レンブラントなど12人の名画を図像解釈学する。これをイコノロジーと言うそうだ。ローマのシスティーナ礼拝堂やフィレンツェのウフィフィツィ美術館へ訪れるなら、これだけは事前学習しないと理解できない。くわえて塩野七生の著作を併読するとイタリアが広がる。「読書癖」(池澤夏樹・みすず書房);帯広にゆかりのある作家ですが、その読書世界は自然科学を含め森羅万象といったところ。読書案内書は数多あるがこの人の薦めるものいい。それに広く深く楽しんでいることが伝わってくる。でも書店に注文すると品切れのものもあった。何を読もうかと思案のときは頼りになる。今のところ全3巻まで。九月二十八日(金)
早めの冬支度
戦争の世紀が終わり、21世紀には局地戦争はあっても平和と環境の時代へ移るだろうと楽観していたが、9月11日のニューヨーク・ワシントン同時多発テロリズムは未解決の闇を見せつけた。農村を後背地とした長期にわたるベトナム戦争とは様相が違い、自爆・都市型テロリズムは市民を巻きこみ、すさまじい破壊力と恐怖を持ち込んだ。これが今世紀の都市型戦争なのか。都市型ゲリラが世界を同時の戦争状態にひきずり込むとは想像しなかったが、欧米のすばやい対応をみると危機管理当局は解っていたのだろう。アフガンの山岳攻撃は来週か再来週に始まりそうだ。文明の衝突との言い方もあり、まだ世界戦争とは呼びたくない。しかし米国の押しに負けて日本は兵站ラインの後方を担おうとしている。戦争の紐の端をつかみかけている。軍事物資・武器弾薬の補給は戦争への直接の加担になるというのに。この国はいつも議論不足のまま、ずるずるとなし崩しの国内立法をしてきた。米国のあとにつかず、独自に中東和平交渉とイスラム圏への社会援助に乗り出すことが本筋なのだから、この日本列島に生きる市民の意志や行動の基本はそこに置きたい。でなければ原爆投下当事国としての戦争経験が生きない。と思いつつ、日々の生活にうずくまりながら配られた新聞を見てラジオに耳を傾ける。北国は早めの冬支度にかかる。小田実「日本の市民として考えること」9月13日付朝日新聞。九月二十一日(金)
うどん一杯450円の路地裏
うどんは大阪の新世界ジャンジャン横丁の「ホルモンうどん」が旨い。おばさん経営で一杯450円也。長いカウンターがあるだけで、設備投資が感じられない造り。うどんの具には牛内臓をじっくり煮ふくめたホロホロのホルモンがのっている。タレの色は濃いが、あっさり目のしょう油味。うどんを啜るといずれもうまくからんできて、暑い大阪に似合うヤツだなと合点がいく。この界隈には碁会所、呉服屋、コーヒー屋、装飾屋などが古い佇まいのまま狭い路地裏にひしめいていて懐かしい。狭い道ほど人が群がり賑わう。いままで広げるばかりの都市計画とまちづくりは一体なんだったんだろう。路地裏の生活をもつ街は楽しい。米国国立保健研究所「50歳からの健康エクササイズ」岩波書店。九月七日(金)
挨拶は一人芝居
挨拶は避けたいと思っていても、会合で突然の指名やらシゴト絡みでどうしてもの場面があるが、できる事なら原稿を作って丸ごと暗記し挨拶する、丸谷才一式がいい。その場ごとに当意即妙のアイデアを出せる訳もないし、笑わせる技量もないから当然のこと準備をしたい。暗誦力は日に日に衰えているので、わかりやすい言葉ですっきりと頭に入る、きれいな言い回しで、内容のあることを短く言ってみたい。加えて試したいのは、気分の整っていない場面をピシッと一つにする笑い。笑いとユーモアがうまくいけば、話が落ち着き奥行きがでる。挨拶のルールの第一は一般論や抽象論は言わない。どうしてもなら簡潔に面白く。第二にエピソードや悪口にならないゴシップなど具体的なものを使う。第三に原稿が出来あがったら題名をつけてみる。これが挨拶の黄金律で、とにかく一人芝居なんだから、せっせと台本と演出と演技を考えるのが大事ということです。丸谷才一「挨拶はたいへんだ」朝日新聞社。八月二十四日(金)
檻の動物たちよ
檻のあなたたちは哀しくて鳴いているのですか。動物園内の巡回では自在に動けるように長靴と帽子を身につける。まずは鳥類舎のキジバトの「デーデーポポー」を聞きながら、コンゴウインコやインドクジャクの極色彩を目にとめ、ペリカンとフラミンゴといった水辺の鳥たちの様子をみる。サル山では集団行動の具合、カバのでかい欠伸に見惚れつつ、極寒地の地味なヘラジカの食欲を調べて、エゾシカの角の成長を触診する。アメリカバイソンの子ども二人の成長を観察しながら、トナカイのこれまた角の成長を点検。ビーバーの泳ぎぶりを見て、ヘビや百年経つといわれるオオサンショウウオのじっとした姿をこちらもじっと凝視する。トラのぐるぐる散歩やライオンの昼寝と原っぱのラクダの咀嚼をみた後は、アシカとアザラシに「ヨーッ」とあいさつ。目が合うのでそうなってしまう。ゾウの鼻汁をかわし、哲学者マンドリルの歌舞伎顔をふしぎと思いつつ、キリンに柏の葉をやり、シロクマに手を振る。子ども動物園にはアライグマ、スカンク、エゾタヌキ、キタキツネ、ピグミーヤギ、アヒル、ウサギ、モルモット、エゾリス、モモンガ。猛禽舎にはオオワシ、ハイタカ、「ピーヒョロロ」のトビ。遊園地では豆汽車の汽笛を聞き、観覧車を見上げて巡回を終える。檻の中の動物たちよ、食事つきで暮らす都市生活になれて、もう古里のアジア・アフリカでみせた野生の血がたぎることはないだろうが、この地でゆっくり長生きするといい。竹田津実「食べられるシマウマの正義・食べるライオンの正義」新潮社。宮嶋康彦「日本カバ物語」情報センター出版局。八月十四日(火)
絵本をもう一度
この国には十二世紀の「絵巻」という世界でも屈指の物語絵の伝統があり、絵で物語る豊かな文化を持っていたことから今手にする絵本の水準も高いという。ひとは生涯に三度絵本を読む。まず自分が子どもの時、子どもを育てる時、人生の後半に入った時である。子どもには無論のこと大人にも厄介な生死を扱ったものでは、スーザン・バーレイ「わすれられないおくりもの」評論社、マーク&ダン・ジュリー写真文「おじいちゃん」春秋社、大塚敦子写真文「さよならエルマおばあさん」小学館、自分の人生の証をつかもうとした柳澤恵美「ポケットのなかのプレゼント」ラ・テール出版局などがある。また写真と文が一体となった質の高い星野道夫写真絵「クマよ」福音館書店、清々しい澄みきった気分にさせる谷内こうた文絵「なつのあさ」至光社、横長見開きの絵巻のようでしかも余白と余韻を楽しませるワンダ・ガアグ文絵「100まんびきのねこ」福音館書店、ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」と合わせ読みするとより深まるマリー・ホール・エッツ「もりのなか」福音館書店、姉崎一馬「はるにれ」福音館書店、創作絵本の佐野洋子「100万回生きたねこ」講談社、沢田としき作絵「アフリカの音」講談社、長新太文・茂木透写真「ふゆめがっしょうだん」福音館書店、ロバート・T・アレン文・ジョージ・パステック写真・藤原義久訳「ヴァイオリン」評論社などがある。これから読もうと思う。絵本は語りが少なく説明的でないのがいい。自分の絵本を作ることによって人生の証を掴む法がありそうです。河合隼雄他「絵本の力」岩波書店。八月一日(水)
年齢ことば
天命とは運命をいうが、天命に運命と使命の二義が含まれているため論語の「五十にして天命を知る」の天命は、運命(自分にはこれだけしかできない)なのか、使命(これだけはどうしてもしなければならない)なのか、解釈が分かれているという。故事の年齢ことばを並べると自分の歩みと位置が解る。孩提(がいてい)二、三歳の幼児で笑う(孩)ことを覚え抱きかかえられる(提)年齢。三尺童子(さんせきのどうじ)七、八歳で身長が三尺の歳。幼学(ようがく)昔十歳で師について学んだ。志学(しがく)十五歳で孔子が学問に志した年齢。笄年(けいねん)女子の十五歳で初めて髪に笄(かんざし)を挿す年齢。破瓜(はか)女子十六歳で爪の字を二分すると八と八になることから。男子は六十四歳で八かける八は六十四から。弱冠(じゃっかん)男子二十歳で二十歳を弱といって元服して冠をかぶったことから。丁年(ていねん)二十歳で一人前の人間として認められる年齢。壮年(そうねん)三十歳で働き盛りの年ごろ。而立(じりつ)三十歳で孔子が独り立ちできるようになった年齢。不惑(ふわく)四十歳で孔子が心の迷いが消えた年齢。強仕(きょうし)四十歳で『礼記』に「四十日強而仕」とある。桑年(そうねん)四十八歳で桑の異体字が四つの十と八に分解できることから。知命(ちめい)五十歳で孔子が天が自分に与えた使命を悟った年齢。耳順(じじゅん)六十歳で孔子が他人のいうことが素直に理解できるようになった年齢。還暦(かんれき)六十一歳(満六十歳)で干支が六十年で一回りして元にかえることから。従心(じゅうしん)七十歳で孔子が自分のしたいことを思いのままにしても人の道を踏み外すことがなくなった年齢。古稀(こき)七十歳で杜甫の詩「人生七十古来稀なり」から。さらに日本で使われる長寿のことばを並べると。喜寿(きじゅ)七十七歳で喜の字が七十七と書かれることから。傘寿(さんじゅ)八十歳で傘の略字「仐」が八十に似ていることから。米寿(べいじゅ)八十八歳で米の字を分解すると八十八になることから。卒寿(そつじゅ)九十歳で卒の略字「卆」が九十ににていることから。白寿(はくじゅ)九十九歳で百から一を引くと白になることから。茶寿(ちゃじゅ)は百八歳だがこれはどうして? 宮本輝「草原の椅子」幻冬舎文庫。七月二十七日(金)
ハッとする
出かける楽しみは旅にもあったし映画館や動物園にも心弾むものがあった。しかし今は分が悪い。茶の間が映画館になり、旅も野生動物も至れり尽せりの記録映像が提供されるので欠かさず見てしまう。見るより見ない方がいいのかもしれないと思うことさえある。映像経験は現地で味わう最初の感覚を弱めるだろうし、既視感がありハッとできない。万博やテーマパークにも出かける楽しみがあったが、あのお祭りも下火になってきた。いまの時代は、心弾む面白いエンタテイメントを絞りきれないでいる。集団ではなく個人化しているから産業側は大掛りに準備できなくなってきた。しかも個人の毎日と毎月と毎年を区切っていく心理や生活は液状化して掴みどころがない。四区分の季節のそれさえも毎日の強さに比べれば弱い。せめて旅の時は事前に知らない方がいいことが、これからはある。情報を少なくすることで自分の鮮度を保とうとするのは狭量ゆえだが、情報で捨てきれないのは朝刊くらいだろうか。これは朝のお祈りだから。宮本輝「ドナウの旅人」新潮文庫。七月十六日(月)
初歩の初歩 (50)
ごはんとみそ汁から教えてくれる料理の本がある。料理家の大原照子さんがお年よりのために実際に作りながらまとめた「男子七十にして厨房に立つ」(朝日新聞社)である。簡単で気に入ったのは「肉豆腐」。豚肉の上に豆腐を並べるだけのもので、豆腐が肉汁で色づいてきたら浅葱を散らす。シジミのみそ汁も作る。これが絵入りの同時進行表になっていて親しみやすいし、「ここは火を止めてゆっくり」とか書いてあり、慌てなくてすむ。こういうのが大事なんだと思う。十五年前の本なのでもう売れてないと思うが、若者というか小中学生用の読本として改訂したらと考えるのはお節介か。いずれどこかで男も料理することになるのだから。スウェーデンには老人たちが割引料金で安く食べられるレストランが街のあちこちにあるという。台湾やベトナムでは朝から家族で屋台で食べるそうだが、こういう社会も羨ましい。台所で料理もするが、お年よりが外食しやすい街は住みやすい。後半から始める初歩は下ろしたての山わさびの味。辛くて涙がじわーっとしただけではなさそう。七月四日(水)
野に寝る
オートバイはともかく野宿には縁がなかった。山奥に暮らしていたので隣街の高校へはホンダのカブに跨り往復50キロのジャリ道を転倒しながら通った。転んだついでにカラッポの空を見上げ取りとめもないことを考えていた。このままでもいいな。目的のある大人にならなくても。起き上がるのは面倒だったが腹が空いてはどうしょうもない。それからは皆と同じ行動をとり時間割のある歳月を送ったが、そこは喋り過ぎ、交わり過ぎの社会であった。ストレスのほとんどは対人関係から生じ、すべての不快は人の関係から生じた。だから人と交わらない一人旅や野宿をしようと思っていたが今まで実行はしなかった。本当に休まなければならない時は経験を積むとわかる。顔が歪むからわかる。動物は旅に出ない。人間だけが巣から出てプィと旅に出るが、人と交わらず野で寝ることは少ない。さてバイクでの野宿は尻込みしてしまうが、中古軽四駆の助手席を寝床に改造して釣りのあとは山奥で寝るとしようか。日本を北上するときは日本海沿い、南下の時は太平洋沿いだとつねに海を身近に感じることができるという。花村萬月「自由に至る旅‐オートバイの魅力・野宿の楽しみ」集英社新書。六月二十九日(金)
ゆれる雇用
安定感のない社会だと感じませんか。主因は勝者と敗者が経済や雇用をめぐって二極化に向かい、中流(意識)が崩れていくからだとも言われている。地域社会にも不安・不穏な風が流れ出す。事件も頻発。サラリーマンを時価評価で分類すると、第一分類「収入増」、第二分類「現状維持」、第三分類「収入減」、第四分類「解雇」に分けられ、その分布は10%、20%、50%、20%であろうと考えられている。しかしこの分類通りに実行すると雇用ショックを引起こす。理由は従業員が自己評価した場合、第一分類10%、第二分類80%、第三分類10%、第四分類0%になるからである。このギャップをどう社会制御していくかは未だ誰も回答を持たない。ただ雇用のかたちは多様化することは避けられない。すでに派遣、複数年契約、長期継続雇用の併用が進もうとしている。例えばフロントオフィス(企画・開発・営業など)では一部の幹部職員を除いて、その大半が三・四年の契約社員からなり、平均年収は千二百万円。そしてバックオフィス(総務・財務など)は正社員の長期継続雇用者で年収五百万円組と派遣社員で年収七百万円組といった具合である。さてわが自治体の場合はワークシェアリング方式を採用する時期にさしかかっているのではないか。現所得を半減しその分で雇用倍増するブラジル方式である。糸瀬茂「日本経済に起きている本当のこと」日本経済新聞社。六月二十二日(金)
一枚の絵と長靴
狭くもなく広くもない庭を五年前に手がけた。広さは約八十坪でテニスコートくらい。ガーディニングブームと重なったが、こちらは小鳥がくる小さな雑木林を考えた。石ころの多い荒地だったのでダンプで土を何十台も入れ三年間は土台づくり。街中なので了見が狭いと思いながら塀を回した。これは英国でいう家の裏のバックガーデンに当たり、焼肉も昼寝も自由な私的な庭とした。英国の庭がキレイに見えるのは実は家の前のフロント・ガーデンのお陰である。公的な空間なので皆手入れを怠らないことは民泊したとき解った。ともかく、好きな長靴を履き麦わら帽子をかぶり汗まみれになる。木と球根を植え翌年を待つ。越冬したあとの春、その後の短い夏。木草花が光合成しながら自ら描く一枚の絵は得がたい。ライラックの玄関アーチも出来つつある。小鳥のため実のなる木や飛んでいるときに目立つよう高木のゴールデンニセアカシヤも植えたが、いまだ五、六種類しか飛来しない。多くはスズメとカワラヒワ。たまにヒヨドリやシジュウカラやツグミ。園路は枕木なので雨の日はサンダルで歩ける。土止めも枕木だからレイアウトは自在。とココで息が切れ今年は雑草抜きをデメン(出面)さんに頼んでしまった。あるまじきことか。吉谷桂子「英国ガーデン日記」東京書籍。六月十五日(金)
チョウの道
モンシロチョウなどは花が沢山あるところは急にゆっくりフラフラと飛ぶ。しかも上下左右と目まぐるしい乱舞にパターンはあるのか。ずーっと気になっていた。この回答ではないがチョウの道というのが解った。チョウは日の当たっている木の葉に沿ってゆっくり飛ぶそうである。でも光や木の葉とだけ関係があるのではない。温度とも関係ある。春のように気温がそれほど高くないときは、日の当たっている場所を結ぶ線になる。ところが夏になり気温が上がると、こんどは日陰の涼しいところを飛ぶ。道は一定ではなく、季節によって、天候によって、一日の時間によって、そして気温によって、さまざまに変わる。飛ぶ好みの順序は、裸地より草地、草地より木、日陰より日向である。チョウの道は風か何かで決るのではなく、またナワバリでもなく、食物の在り処でもない。日の当たるチョウの道を飛びながら、そこで見つけた花のミツを吸い、見つけたメスと交尾し、見つけた草に卵を産む。チョウの生活は随分とゆきあたりばったりなのである。さて初夏の原っぱに出て確かめてみようか。日高敏隆「チョウはなぜ飛ぶか」岩波書店。六月一日(金)
公共事業のこの国
同じ川に架かる長大橋、キツネやタヌキがでる高速道路、過剰な農業基盤整備、ムダなダム。前世紀の後半に国も自治体も公共事業で日本の国土をいじり過ぎたことが、わかり始めた。しかし自治体に必要もない高水準の設計と高単価ではじき出された公共事業は、今も健在です。地域の経済と雇用に絡んだシクミ。このシクミは政官財でさらに強化され選挙で仕上げ。その公共事業を支える「道路特定財源」の再配分に手をつけだした。当然のなり行きです。一方PFIという新手の民間型公共事業が始まろうとしているが、これはイギリス生まれの考え方を焼き直ししたもの。介護福祉のお手本はドイツだったけど、またも密輸入。明治時代から「役所がやってくれる」「会社がやってくれる」という思い込みで働いてきた日本人と、外国手法の密輸入による国土づくりが対をなし今の日本のカタチができた。八、九年前ロンドンのコベントガーデン近くの小さなホテルに泊まっていた。夜になると何もすることがないので、ダフ屋からチト高いチケットを手に入れ「キャッツ」を見にいった。終幕であの歌「メモリィ」を聴いていた隣のインド人家族はグスッと。私もイミはわからなかったがジィーンとなり、帰り道で寄ったパブで独りビターを数杯。寂しい夜だったが気持ちは満たされていた。五十嵐敬喜「公共事業は止まるか」(岩波新書)。五月二十一日(月)
四月の風
四月の風が吹いた。自分が動き、世もわずかに動いた。ソシキから降りない限り、最大の自己研修の場はやはり人事異動。このシゴトを手がけようとは思いませんでしたが、今度はなんと動物園です。全国に96ヵ所の動物園のうち公立は69ヶ所あるそうですが、これから更にしんどい経営を迫られるでしょう。しかしゴミやお金だけを再生産する経済に公的資金を投入したり、むだな大型公共事業を続けるより、市民生活を楽しめる公共経済の方が市民は納得するのではとも思います。四月は風にゆれる帆掛け舟でしたが、五月からは小さなエンジンを積んだ独航船に乗りかえます。おびひろZ00のアドレスはです。五月一日(火)
表現の三角環境
何かを表したくなる手始めはやはり絵でしょう。小さいころは絵日記ですが、今は世界の美術館などに足を運びますから、どうも見る方に目が肥えて、自分の表現を怠ってしまう。感じたことを絵で表現し、それに短い文章を添えられたらいいですね。さらに描きつかれたら楽器でほぐす。こんな自己表現の三角環境があればうれしい。風間完「えんぴつ画のすすめ」(朝日文庫)。四月一日(日)
夜鳥を鳴く
夜の鳥を鳴いてみたくて練習中です。鳥の鳴き声をコード化した本を読み取り機械でなぞると、鳴り出す。その真似をする。夜は古いジャズを聴きながら少しの酒をいただく。一段落したころにコノハズクやフクロウの声を真似て鳴く。聞き做しはコノハズクが「仏法僧」、フクロウが「ボロ着て奉公」という具合。フクロウ類は大きな目なのでわずかな光で物を見る能力がある。さらに顔の前に目があるため物を立体的に見ることもできる。鳴きたい方は貸出しますので一報ください。夜鳥ばかりでなく日中の野鳥も鳴けます。三月二十三日(金)
頭が回らない
仕事ではじっと座っているのは苦手で、座ると頭が回らなくなってくる。ある程度まで考えこんでおいてから、建物をゆるりと一周でもすれば「あっこれだ」と思ったり手直しを発見できる。歩行と思考にはつながりがある。でも自分の生活時間になると逆にベッドに寝そべらないと頭が回らない。思いつき段階でシメタと缶ビールなどを手にすると、とろりと消えて雲散霧消。考えがぐるぐる回り出したら散歩が一番。しかし暇人と老人しか散歩しない国の場合は目立つ。そして怪しまれる。三月十六日(金)
メモなし人生 (40)
メモを印す代表的文房具は手帳だが、材質やデザインさらに記入様式まで含めると店頭での即日購入はむりで出直したくなるほどアマタ。ともかく「記憶より記録」ということでメモや手帳が使われる。これは梅棹忠夫氏が知的生産の方法で力説された。ところがメモも何もしてこなかった人もいます。メモを取らないマイナスは忘れて繰り返せない。プラスは必要ないことは消えて自分の判断で覚えている。利用できるかたちで覚えている。メモが持つ蓄積力に欠けるがペンも紙も要らない。そんな記録しない無文字人間がいるんです。国土計画の大家ですが。こういうメモを取らない人は、正確な意味で自分の知恵とかアイデアはないと言い、人の脳を頼りにしているから出来るだけ異分野の人にあったり本をざっと読むという。さて吾はくたびれた小さな手帳を使っているが仕事用なのでやがて不用になる。だが先の達人にはなれそうもなく21世紀の手帳なる小さなパソコンを仕入れた。通信機能つき。軽くて犬みたいにつれて歩けるから、やがて個人文化の介助犬となるのか。いやもう頼っている。三月十一日(日)
自画像は苦手
自分の顔を描いたことありますか。私はない。録音機の声を聞くのさえ照れるから。モノとかヒトに投影して自分を覗くことに馴れているので直接の自分は苦手だ。ひとはだれでも自画像を描いて生きるし、自画像を描くために生きている。としたら絵や文や音で自画像を求めて色々なコトやっているのでしょう。大正時代に描かれた村山槐多〈茶色の自画像〉の頑固で迷いの深い顔は忘れられない。それに〈尿する裸僧〉は赤黒い汚い絵だが自己崩壊と自己定立の同時を感じる。凝っていても理屈っぽくない。説得的だが重くない。デジカメで流行りの自分撮りをしてみよう。でも照れるネ。役者になるわけでもないのに。三月一日(木)
カラクリご存知ですか
なぜ日本がまだ成り立っているかと言えば、財政という虚構の貸借対照表によるカラクリです。公的資金によって救済した金融システムに巨額の国債を吸いこませ、貸借対照表の右と左を往来させる。そうして捻出したマネーでもって圧倒的な需要不足をバランスさせている。供給サイドから紙幣を注入するというフィクションによって、国家の正体を隠しながら権力を維持させているに過ぎない。という文に出くわしました。これマクロ経済ですね。誰かこのシクミを教えてください。本でもいいです。二月二十二日(木)
村の語り部
おらの村は今こそナウマン象と酪農の村だけど、ずっと昔は火山灰が運ばれてきたやせた土地で、それを先祖が苦労して除いて畑にしたんだ。育った家は木造の藁葺き屋根だったが、いつ頃だったかトタン屋根に葺き替えた。「北の国から」に出てくるような家さ。冬は今よりずっと寒かったけど薪ストーブが真っ赤になるほど燃やした。水は涌き水を引いてきたので夏でも冷たい水が飲めた。昔は街へ出るときは徒歩か馬が引くホドウ車だった。冬は踵の上がる長靴スキーで街へ出かけたし、裸馬で通学もしたね。家族も奉公人も皆な月が出るまで外で働いていて、祖母が一人で家事一切を仕切っていたな。何でも手作りさ。酒だって造ってた。密造だね。父兄参観日に街に出ると母親がよく生菓子を買ってくれた。柔らかな皮の中の餡が意外にさらっとしてて旨かったな。外食なんてしたことなかった。電気は自家用の水力発電機があったから小学五年の頃に街の電気屋からテレビを買った。父親はなにせ電気製品が好きだったからね。白黒だったけれど、大晦日には近所の人が来て寝っ転がりながら紅白を見てた。子供の頃のテレビはプロレスで力道山の空手チョップ。強かったね。喧嘩のときもチョップさ。ラジオは赤胴鈴之介と少年探偵団。続きものだから毎日楽しみにして聴いていた。ご飯のおかずはカボチャの煮付けにイモ汁だけとかね。昔の生活はこれでも楽しかった。二月十六日(金)
反逆者不在
薪割りの鉞で思い出したのは、「近頃はカミソリが多すぎる。マサカリがほしい。木を切り倒さなければ、紙だって作れやしない。ひとかどの人物とは反逆者のことである」(むのたけじ)だが、今はカミソリ人間ばかり。大勢同調者になってしまい、逆らうことがなくなってきたのは、もしかして老いの社会ヘ入ったからなのか。あるいは社会が成熟したからなのか。カミソリのように切れる人などと言うが、やたらピカピカしていて今では扱いに困る。マサカリ担いだ金太郎♪なんて歌がありました。二月十三日(火)
薪割り
仕事場までの雪道を週ニ・三回歩く。往復一万歩。今朝は氷点下ニ十ニ度でほっぺたは痛く手袋の中は拳固。ナナカマドの房も霜がついた乾し葡萄のような。厳寒期なると薪とマサカリの田舎生活を回想する。薪割は嫌だったが始まると夢中になった。パチパチ燃える薪ストーブで暖まりながらNHKのラジオを聴いた。同じ頃海の向こうでは、Ella FitzgeraldおばさんとLouis Armstrong おじさんの歌が流行っていた。年に数回「ELLA AND LOUIS」(1956)を聴く。半世紀前の人の声はこんなも太く低かったのか。夜道を歩きたくなる。居酒屋の方角へ。二月九日(金)
イヌとネコ
昔のわが生家は家畜で生業をたてていたがイヌやネコもいた。当然ウシは大勢いましたが気が合うのは子牛の時だけで、成牛になると給餌の時しかなつかない。ウマとは話したことありませんが大雪の時は背中に乗せてもらい通学しましたから分かるんですが、こちらの気持は理解している。いつも下向いて餌を食べているニワトリやブタやヒツジとは話したことはない。しかしイヌとは目を見ながら話ができる。ネコは通じるけれども通じない面もある。イヌはタレントのように何でもヤルが、ネコは役者のように何かをやってしまう。イヌは何でもやるから忙しくて自分を変える暇がない。尻尾はふるわおすわりはするわ、お手もする。ネコはこんなこと一切やらない。いったん目を覚ますと何かをやりたいネコだから、ヒトのオカズは取るわ障子は破るわで、自分も周りもまったく変えてしまう。雨の日はとことん眠いネコ。人の心を読むイヌ。動物のいる生活を再びと思う。森の生活があるならイヌ、縁側に座布団をおける家ならネコと同居したいが、都市生活ではムリ。加藤由子「雨の日のネコはとことん眠い」(PHP文庫)。中野孝次「犬のいる暮し」(岩波書店)。二月二日(金)
ホームページのボランテア
おばあちゃんたちのホームページを覗いたことありますか。次をクリックしてください。写真や俳句が載せられ、お絵描きの「柿」もいい味に仕上がっています。紙芝居は声まで出る。自分たちをジジババと居直っているのも素直でいい。これは全国公開型です。私は身近な人たちでヤリトリする半公開型ネットワークを考えたい。広げても年賀状を出し合う範囲とする。知り合いでHPを覗きあう。「おーっ近頃はそういうことやってるんだ」「へーっ意外な面があるんだ」とか思いながらメールを送る。知らない人たちに発信せずヤッフーにも登録しませんから同好会のようなものでしょう。見知らぬ人の覗きもなく不審なメールに困ることもありません。そんな訳でパソコンを持っていて「さーっやってみよう」という方は、声を掛けてください。プロバイダに繋いで一枚のホームページをつくることころまでは手伝います。「伝える・応える」の楽しみは古くからある手紙ですが、新しい通信道具で増幅させませんか。話題を蒔いておいて、居酒屋でそれを肴に盛り上がればまた楽し。電子公開手紙をやってみたい方にボランテアします。一月二十八日(日)
イスラム・ワールド
あいまいな日本で息をしているとイスラム世界に焦がれます。預言者マホメットによって興されたイスラム教は、神と人の間に介在者(聖職者)を認めていません。聖法コーランには、神の一元性、毎日五回の礼拝、金曜日のモスク集団礼拝、九月の断食、儀式、民法、刑法、経済法など広く具体的な規律が定められている。飲酒、豚肉、バクチなども聖法で禁じられています。とくにコーラン第2章275節における利子の禁止、投機の排除、買い占め禁止、貯蔵の禁止などの経済原理は、日本の金融・金拝社会の対極にあります。個人と神が直接契約するイスラム教。神の前に平等ですから、川や森や石油などの基本資源は集団あるいは社会の公的財産となります。イスラムは基本的にヨコ社会であり、タテの関係は神と人の約束で成り立つ。つまり他人の目がなくても神との約束が行動原理となるということですが、私は神と契約していませんから心の底は旅烏です。イスラム・ワールドに住む人々は十億人。一月二十六日(金)
偉大な凡人
東京に出た十八歳のとき、中村哲という憲法学者の先生を知った。確かズングリで丸顔だった。穏やかで人を包み込むような人柄は大講堂のマイクを通しても分かった。テキストは懇切丁寧なあまり分厚くなっていたが軟らかなザラザラした表紙で人柄が出ていた。穏健な性格からか多くの学生をそのゼミに集めた。でも私は当時三十代半ばで新進気鋭の松下ゼミを選んだ。中村哲教授は地味な学者であったが若い学者から「偉大な凡人」といわれ慕われていた。世の中を驚かす憲法理論を持たなかったが「柳田民俗学の研究」でも知られていた。偉大な凡人はやがて総長となり一生を終えたことを随分前の新聞で知った。一月二十二日(月)
低く語る (30)
日本人の行動は大勢順応主義で、個人が主体的に決めるのではなく、集団的にできたある大勢に従ってきた。戦争の過程がそのものであった。戦後のGHQも極東再生のため有能な官僚と技術者を戦犯の牢屋から解放して重要な地位に就けたことから、戦争責任を問わずに戦前戦後の連続を強めてしまった。しかも日本の政府とメディアは言葉をごまかしてきた。不快な事実、隠したい事実は遠まわしの言い方をした。敗戦を終戦、占領軍を進駐軍、日中戦争を日中事変などに言い換えた。正面からはっきり物を言わないから論戦ができず、破局まで行くことになる。そういう状況だからこそ文学が大事。文学がなぜ必要かといえば、人生または社会の目的を定義するためである。文学によって目的を決めるのです。その目的を達成するために科学技術や社会科学がある。一日は一日であって大したことないというのだと、永遠というものは見えない。だから一日の流れが永遠で、目の前の他者を抱きすくめるくらいの生き方をしないと、自分の存在が不用になる。最後のとき何をするかは、毎日していたことをするそうな。加藤周一「私にとっての20世紀」(岩波書店)から書抜き。一月二十日(土)
さらばオリジナル信仰
何かやっているうちに見つかることが近頃わかって来た。昔はオリジナルでなければ意味が無いと思い込んでいたので、とがった槍を持って何かをブスッと射止めるという感じが大事だったけど、今はザーザーこぼれるザルで取りあえず掬っていくと何かが引っかかる。そういう感じです。多田道太郎は「しぐさの日本文化」で民俗学もいいが、世の表層にでてくる風俗学を説いてみせた。本質が表層するということらしい。写真もとりあえず撮っていくうちに取りたいものが絞れてくる。やりたいことも絞れてくる。一月十八日(木)
坊主頭は考えた
ちょいと抹香くさい話。自己の修行の功徳によって悟りを得るのではなく、もっぱら阿弥陀仏の本願によって救済される他力浄土教をご存知ですか。私の頭は剃髪ではないが、本当のお坊さんに「どこのお寺でした」と尋ねられたことがあります。知人の勧めもあり、冗談の架空話ですが「他力本願寺」の副住職として仕えることにしました。檀家さんは般若心経を唱え、写経しようという気持ちがあれば充分。補助経典は特にありませんが、日本人の嗜みとして二千円程度の「国語辞典」がいいと思っています。ヒトやカミ・ホトケに頼りながら自己実現していくのは何とも「うふふ」。一月十二日(金)
隠居の手習いは時間ドロボー
大事なものに大事な時間を費やし、二番目に大事なもに二番目の時間を使う。時間が余ったら好きな音楽を聴き好きな本を読みご飯を食べ寝る。これが一日のぜーんぶ。隠居の手習いは上達せずだが暇つぶしにはうってつけ。すべては脳の萎縮を防ぐためです。このことと関連ありませんが、世の中が嫌になり蒸発して九州に行った男が数年後に元やっていた本屋を始めたという話を思い出した。一月八日(月)
かんたん生活を続けるとしても (01年)
自分の頭で考え、硬くなる体を柔らかくし、食べ物は一汁一菜。出来るだけ簡単な生活を続ける。としてもドキドキが足りません。「月下独酌一杯一杯復一杯はるけき李白相期さんかな」(佐々木幸綱)もいいし、仲間と「一杯一杯復一杯」のヤリトリもまた楽し。次の日が休みなら。〇一年一月四日(木)
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