2010年3月30日火曜日

カメラ・自転車・キウィ

(O坪先生退任記念誌へ寄稿)▼この土地に現れて/もう四半世紀にはなるでしょうか、O坪先生を含む東洋大学の三人の先生が、日本の地方都市の比較調査を始められました。その中の一つが帯広市で、当時、帯広市の企画課にいた私は、調査の窓口のような役割を引き受けました。一年限りかと思っていたのですが、先生の思い入れで毎年調査。この調査のねらいは一体どこにあるのか。結論から逆算する自治体の仕事とは違うことは薄々わかっていました。調査の過程で先生は結論めいたことはおっしゃらない。「地域が語りだすまで待つ」民俗学者・宮本常一の姿と重なります。▼カメラ・自転車・キウィ/先生のトレードマークは、使い込んだニコンのカメラと、折りたたみ自転車。その愛車で街中くまなく駆けまわっていました。市街地から40km離れた八千代牧場まで行ってきたこともあるそうです。とにかく見事なまで広範囲でした。ある時、先生手作りのキウィのジャムをいただきました。聞けば、横浜のご自宅の屋根の上で栽培したものだとか。都市で田舎生活を楽しむ様子が窺えました。▼調査の姿勢/まずは先方の話を聞くことに徹していました。とにかく、地元に馴染み、外来者の気配を消しながら、その足でデータを貯める。そしてその膨大な資料から、地方都市の人とコトと社会的役割がどう絡んでいるかをつきとめていく手法であることが次第にわかりました。先生の調査方法を見ていて、思い出すことがあります。大正時代でしたか、ある学者がフランスの農村に調査で入り、その村で何年も静かに暮らし、周りの住民が彼を日本人だと意識しなくなってから、社会調査を始めたという逸話です。建築分野では、十勝に移住した「象設計集団」などもそのやり方なのかもしれません。しかし四半世紀をかけて一地方都市の社会動態を調べ上げる例は稀でしょう。▼地方都市社会のキーパースン/地域おこしには「キーパースン」が必ずいます。大分県湯布院町の溝口薫平さんなどが知られています。他の人にはない独自の情報・人脈・能力をもつキーパーソンは、だいたい人口千人に一人の割合だと直感します。人口十万人の町なら百人です。その人たちには、自身の能力ばかりでなく、その人の能力を生かしている周りの人たちがいます。キーパースン本人も、自分のやるべきことを地位や特権とは考えず、たまたま自分を生かせる場面でそうしているだけで、時と所が変われば別の人が中心になり自分は側面から協力するスタンスです。ですからリーダーとは違います。これは地位志向ではなく役割志向です。▼アラスカでは三人に一人はクラフトマンだと聞きました。家一軒を建ててしまうそうです。人口が少ない地方都市は、いろんな技ばかりでなく、まちづくりでの役割を多重にもつことで、多様な社会ができ上がる。一人二役ないし三役を引き受ける社会。その社会構造が先生の長期調査で明かになるような気がします。(と)

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