2009年8月6日木曜日

まち美学1

『街並みの美学』(芦原義信・岩波現代文庫)から。▼ロンドン郊外の二戸連続建て住宅の戸境壁は厚さ70センチ。ドイツの住宅では内と外を隔てる外壁の厚さが49センチ、部屋を区画する間仕切り壁で24センチが標準。壁が占める面積が家の総面積の約20%もある。▼兼好法師が述べているように、住まいは仮の宿りであり、その造りようは夏を旨とすべきである。すなわち、夏の通風のため南北に大きく開口し、自然と連帯し、春の若草、夏の夕涼み、秋の名月、冬の雪に親しむことを第一に考えるべきであるとしている。▼「真壁(しんかべ)造り」(⇔構造材を壁の中に隠すのは「大壁造」)の家においては、建具はすべて柱と柱の間に納まっているため、障子も襖も厚さがせいぜい3センチ程度であり、軽く滑りのよいことが上等の普請であることを意味している。指一本でもするすると開けられ襖は、単に視覚的に見えないあるいは見ないという約束の上に成立した間仕切りであり、西欧で見られるような重々しく締まる個室の厚い堅牢な扉とは、本質的に異なるのである。わが国の気候からいうと、夏は高温多湿であり、家のたたずまいとしては、第一に床下の通風が大切であり、そのためにはこの軸組構造は最適であり、後に述べる石や煉瓦を積む組積造では、地面と接する部分を開けると上部の荷重が地面に伝えられなく家全体が崩壊するために不適当である。高温多湿の夏を凌ぐのには、冷房のない時代には自然の通風が第一であった。柱と柱の間は、本来大きな開口部であるため、この「真壁造り」は夏の生活に最適であった。では冬の生活はどうであったろうか。石造や煉瓦造の家のように家全体の熱容量の大きいものに比べて、壁が薄く開口部の大きい和風住宅では熱容量がきわめて小さく、外の寒さは直ちに内の寒さに通ずる。このような熱容量の小さな家の内部を温めることは、外の自然を温めるほどに愚かなことであった。和風住宅では、火鉢、いろり、こたつのような直接的な方法が一番賢明である。また、炊きたてのご飯、たぎる味噌汁、熱燗の酒で体内より体を温め、厚着をしてその熱を失わないようにすることである。▼逆に、熱容量の大きい石や煉瓦の家では、床や壁がいったん冷えはじめるとどんどん体熱を奪われる。部屋全体が温められて床や壁が温まってくれば、体熱を奪われることなく冬を楽に過ごすことができる。木造の真壁造りは床下通風のある高床式家屋であり、熱容量の小さい家屋である。熱伝導率の小さい畳敷きの家屋では、靴を脱いで座る生活や床面にじかに布団を敷いて寝るようなことが当然の帰結である。一方、西欧の組積造の家のように大地に接し熱伝導率の畳より大きい石畳の床では、身体と床面を離すことが必要であり、靴をはいたままの椅子式の生活や、脚のある寝台に寝るような生活が当然の帰結であったと考えられる。また、わが国の畳は断熱性に富むほかに吸湿性があるため、就寝中の布団の下に蓄積される水分を吸収できる。その点、石畳は吸湿性がないたから脚つきの寝台を使わないわけにはいかなったとも言えるのである。▼わが国のような湿潤地帯では「壁」を否定するような方向で、西欧の乾燥地帯では「壁」を肯定するような方向で、住まいと人間との係わりあいが歴史的に続いてきた。そして今日のような鉄骨や鉄筋コンクリートの近代建築をつくれるような工業化の時代にも、この事実は底流として存在し、その街並みの形式にも強い影響があることを否定することはできないのである。八月六日(木)

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