四つの教え.. 2
まず、謝る。. 2
市民セクター (290) 2
五石六鷁の法.. 3
弱い関係.. 4
本と映画.. 4
ピカソとホヤ.. 4
一日三百回の虫運び.. 5
対称性人類学5. 5
対称性人類学4. 6
対称性人類学3. 6
対称性人類学2. 7
対称性人類学1 (280) 7
悲しみは疾走する.. 8
発想と回想3. 8
発想と回想2. 9
発想と回想1. 9
シマウマはなぜ家畜にならなかったのか2. 10
シマウマはなぜ家畜にならなかったのか1. 11
風の男.. 11
芸術人類学ⅳ.. 12
芸術人類学ⅲ.. 12
芸術人類学ⅱ (270) 13
芸術人類学ⅰ.. 13
通奏低音.. 14
裏庭の縄文.. 14
60年代のワタシ.. 15
野垂れ死なら二十万円.. 15
椅子取りゲーム.. 16
エイコ・デザイン.. 17
神との契約6. 18
神との契約5. 18
神との契約4 (260) 18
神との契約3. 19
神との契約2. 19
神との契約1. 19
降臨2. 20
降臨1. 21
志ん生のクスグリ. 21
交喙の嘴(いすかのはし). 22
キる.. 22
ズー・日本一.. 23
巫女はどこへ (250) 23
世界の神さまⅣ.. 24
世界の神さまⅢ.. 24
世界の神さまⅡ.. 25
世界の神さまⅠ.. 25
おにぎりの裏側.. 26
大人のイソップ.. 27
憂国2. 27
憂国1. 27
読むより詠もうⅡ.. 28
読むより詠もうⅠ (240) 29
見立ての芸.. 29
メモリアルの木.. 29
かけがえのない場所.. 30
ぴあにすとⅡ.. 30
ぴあにすとⅠ.. 31
転型期Ⅴ~文化②.. 31
転型期Ⅳ~文化①.. 32
転型期Ⅲ~自治体財務.. 32
転型期Ⅱ~自治体法務.. 33
転型期Ⅰ~公共政策 (230) 33
タクシーの耳学問が小うるさい.. 33
れていても れぬふりして られたがり (228) 34
四つの教え
『梅原猛の授業・仏教』(朝日新聞社)から。▼仏教での、精進、禅定、正語、忍辱。やさしい言葉でいえば「こつこつ努力をする」「集中力を養う」「正直であれ」「辱めに耐えろ」。この四つがあれば、人生は生きていけます。▼そうなんですが、禅定と正語はゆるぎ、忍辱にはうろたえてしまう。せめて、精進だけでもと思う。十二月晦日(日)
まず、謝る。
『神様から一言』(荻原浩・光文社文庫)から。▼電話クレームの相手には、「まず謝る。二つはどんな話だろうが最初は辛抱強く聞く。あいづちはこまめに。三つは聞き手は熱くならない。冷静に。何を聞いてもヘイヘイホー。次は、こちらが喋る番だが、まず相手の電話に感謝すること。貴重な意見をありがとうございます。ヘイヘイホーってね。責任者に替われって言われても、簡単に替わるな。自分が責任者であるという態度で接する。でも責任をとると言ったらいかん。責任をもって伝えます。こう言う。責任持てるのは、あくまでも伝えるってことだけ。ここ、ポイントな、メモしとき。とにかく基本はあくまでも低姿勢だよ。電話口でお辞儀をする。声の質が違ってくる」。▼クレーム相手の謝罪訪問の場合は、「向こうさんの家に着いたら、まず第一声は『申し訳ございません』だ。ほんで、お辞儀。こちらの落ち度に合わせて角度を変える。うちに責任のないお門違いのクレームでも、とりあえず四十五度。五分五分なら九十度。全面的に非がありそうな場合は九十度以上。限界まで腰を折る。そう、膝に額をぶつけるつもりでね。うちが全面的に悪くて、なおかつ賠償だの告訴だの世間へ公表するだの、やばい状況になってる場合は、さらにそれ以上だ」「それ以上って」「土下座だよ」。十二月二十五日(月)
市民セクター (290)
『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方』(田中優・合同出版)から。▼自分の預けた郵貯はどこに使われているか。途上国に一番カネを貸し付けているのは日本。途上国への債務の返済を厳しく取り立てる、世界銀行とIMFに最大の融資をしているのも日本。日本のODAのプログラム援助は、世界銀行とIMFが途上国に押しつけている「構造調整プログラム」という返済計画に従わないと貸さないことになっている。なぜ日本だけが「援助」と称して「金貸し援助」ばかりしてきたのか。国の一般会計つまり税で、援助することができなかったからだ。税金なら返済を求めない援助もできただろう。しかし税収は公共事業に使われて余裕がない。そこで日本政府は、郵貯を中心とした財政投融資の資金に手をだした。人のカネを使うのだから、相手から返してもらわなければならない。この結果、日本だけが特別に、金貸しのODAの比率が高い国になってしまった。▼タイの東北部のイーサン地域の「市」。イーサン地方は、ごく最近になって農民が入植した土地であるため独自の経済圏がなく、農家は生産物を首都バンコクからきた仲買人に売り、必要なものは同じバイヤーから買っていた。安く売って高く買っていたから、貧しい生活であった。そこで農民がやったのが「朝市」だった。この市で売り買いしていると、自分のカネが減っていかないのだ。市で行われているのはカネを尺度にした物々交換なのだ。農民は生産物を持ってきて、他人の生産物を買って帰る。市で生産物をカネに変えたとしてもまた別の機会にその市でモノと交換するから、結局は「時間のずれた物々交換」だ。こうして一つの村で始まった市は、瞬く間に周囲に広がった。▼社会の三つのセクター。PO(産業セクター、profit organization)は利益が動機で産業以外は行政を含めすべてNPOになる。GO(行政セクター、government organization)は統治が動機で行政以外はすべてNGOになる。よってNGO/NPOは市民セクターということになる。この三つのセクターは、たとえば、公立の保育所、24時間や企業内保育園のような営利保育園、そして市民共同保育所が並存していることを考えればよい。銀行なら公立銀行、民間銀行、非営利バンクや労働金庫もある。この三つ目の市民セクターが入ることによって、三つのセクター間にチェクアンドバランスが起こる。マイクロソフトが怯えるのは市民が無償で提供するリナックスだし、公的施設が怯えるのは効率よく親切に運営する非営利の施設だ。▼市民セクターには、二つの型がある。行政に代替するのがNPO法による「特定公益活動法人」で、産業に代替するのが中間法人法による「非営利ビジネス」である。公益型NPO(所得再配分型NPO)は、カネを持たず、出資なしの寄付と融資だけで運営するので「高貴なこじき」といわれる。日本では税控除がないことから個人寄付が弱く、行政の下請化しやすい。産業型NPO(非営利ビジネス)の方は、中間法人ということから配当を禁止する代わりに有限責任にすることができ、出資を受けられ、業務の範囲は有限会社同様に広い。NPO法の面倒な承認が不要で、共益法人であるから外から入ろうとする者を排除できる。乗っ取りの心配はない。これは「得しないビジネス」といえる。▼実務的にカネを扱う非営利活動をするなら中間法人とNPO法人の、二つの顔を併せ持つ団体にすればよい。縦横に動ける。十二月十九日(火)
五石六鷁の法
▼中井久夫『日本語を組み立てる』(岩波書店「図書」06年11月)から。▼中国の史書『春秋』の「五石六鷁(ごせきろくげき)」記事文の注釈から。「春、王の正月戊辰、朔、宋に隕石あり、五つ。是月、六鷁退飛して宋の都を過ぐ」。この古い注釈書「公羊伝」によれば「なぜ、まず隕といい、次に石というか。隕石とは記聞(聞こえたことの記録)である。まず何かが隕(お)ちた音が聞こえる。次に調べてみて石と知る。次に数えてみると五つである。だから隕石…五という文になるわけだ」「なぜまず六といい、次に鷁というか。六鷁退飛とは記見(見たことの記録)である。まず何かが飛んでいるのが見える、六つである。よく見ると鷁の鳥である。なおもよく見ると後方へ飛び去っていく。だから六鷁退飛…という文になるわけだ」と説き、論理や文法の上でも記事文一般に取って模範とすべき表現法を有するものと見ている。▼初めて読んだ時の私は目が覚める思いであった。私は一見単純な叙述文の持ちうる深みを知った。この注釈事態は深読みに過ぎるかもしれないが、一般に書き手の認知の順序に語順を選ぶことは、書く者の見え方を読む者に再現させるに違いない。因果関係、前後関係、主張したいこと、相手(読者)との関係、その他、文を組み立てる最終段階、いわば検閲の段階で働く原則は他にもいろいろあるに違いないが、読者に通じる文章に仕立てるためには「五石六鷁の法」を念頭に置くことは欠かせないと私は思う。▼五石六鷁の法に学んで有益な場合は文章に限らない。数例を挙げれば、講演、放送、原稿、対話である。もちろん『春秋』のような簡潔な表現ではない。実際にはうんと冗長な形になるだろうし、それでよいのである。「まず、落下物あり、音響が聞こえ、調べてみるとある物質で、数はいくつだ」という語り口、「何が見え、次に個数が数えられ、よく見るとある種の物体で、なおよく見るとある挙動をしている」という語り口は臨場感を大いに向上させる。放送をよく聴いていると、この手法がよく用いられているのに気づく。▼文章が通じ、会話が滑らかにゆくためには、意味だけでなく、イメージや構図の伝達がなされる必要がある。そうして初めて主題や主張が通じてゆくのである。日本語はもっと建築的になりうる可能性を持っていると思う。十二月十八日(月)
弱い関係
『樹をみつめて』(中井久夫・みすず書房)から。▼人生は長くなった。親密関係を維持すべき歳月が半世紀前の二倍になった。弱い関係を保つことの大切さはもっと評価されてよい。夫婦も、親友も、長い間には行き違いを生じる。強い関係は強い葛藤を生じ、烈しい争いに終わることもある。弱い関係に絶交はない。▼戦争は自分の後始末ができない。文化人類学で報告されているポトラッチのごとく、嬉々として有形無形の貴重な財を火中に投じるのである。秩序を維持するほうが格段に難しいのは、部屋を散らかすのと片づけるのとの違いである。戦争では散らかす「過程」が優勢である。戦争は男の中の散らかす「子ども性」が水を得た魚のようになる。戦争勃発のリスクは、前の戦争を経験した世代の引退とともに高まる。▼戦争のことで、人間は変わらないんだ、学ばないんだ。とラジオでも言っていた。十二月九日(土)
本と映画
『本の資格とは』(鷲尾賢也・岩波書店「図書」06年11月)から。氏は03年講談社を退任し、現在は同社顧問。▼最近、友人が次からつぎへと定年退職してゆく。ゆとりのできた彼らと合うと、「おもしろいのは、結局、本と映画だけだな」とのたまう。むかしは、やれゴルフだとか、海外旅行だとか御託を並べていたのに、いまや、年間100本の映画を見るなどといった友人もめずらしくない。▼あるいは再度、漱石をすべて読破するのだとか、買ってあったドストエフスキーに挑戦しているといった話も聞く。私は、このところ寝る前の就眠儀式として山本周五郎を読み続けている。新潮文庫版であと残り数冊になってしまった。▼特別な古書趣味はなくても、彼らの何人かはディパックを背負ってときおり神保町などに出陣している。そしてべらぼうに古書が安いと眼を輝かす。『斉藤茂吉全集』(全三十六巻・岩波書店)が一万円で売られている時代だ(つまり一冊三百円)。少し前の小説など百円から積まれている。▼掘り出し物を見つけては、背中に納め、帰りにコーヒーやビール片手に、買った本を読みながら時間を過ごす。歩き回るから運動にもなる。しかも安上がりだ。好奇心も満足する。帰宅した後の「本が増えて困る」という奥方の苦情は少々気になるが、それさえクリアすれば、こんな時間の使い方は最高だろう。十二月三日(日)
ピカソとホヤ
▼ピカソの見方。池澤夏樹は配信メールで言う。ピカソの年譜を読んでいると、運動感こそが彼を律していたという気がする。スタイルを替え、住む場所を替え、共に住む女を替え、しかし絵を描くという行為は変わらずにどこまでも続く。泳ぎ続けなければ体内に酸素を取り込むことができなくて死んでしまうある種の鮫のように、描き続ける。世界は絵によって表現できるという確信がまずあって、あとはひたすらその変奏。その駆動力の中にエロスと暴力があったことは見てとれる。▼生物の進化の歴史から見ると、鳥類と哺乳類は新参者で、およそ2億5千万年以前は爬虫類だった。その前は両生類、その前の魚類まで遡って5億年近く前、脊椎動物の歴史のスタートにたどり着く。では私たちの祖先は魚かと言えば、さらにその前に無脊椎動物や単細胞生物の時代もある。最近の研究では、脊椎動物の前はホヤのような動物だったということになっている。いずれにせよ、46億年といわれる地球の歴史から見れば、私たちが下等と見なしている生物ほど、じつは先輩にあたると言え。共通の先輩と言える爬虫類の鱗を、鳥は羽に変え、私たち哺乳類は毛に変えて今日に至っている。鱗も羽も毛も、ケラチンというタンパク質でできていることがその証。哺乳類の一部がサルになり、さらにその一部がヒトになるわけだが、チンパンジーと分かれて二足歩行を始めたのがおよそ数百年前で、猿人、旧人を経てホモ・サピエンスの誕生が推測されている。3万年前の壁画が、ホモ・サピエンスならではの芸術性の発現のように聞いていたが、先日テレビで、8万年前のデザインが刻まれた石が02年に見つかったと報告していた。十一月二十七日(月)
一日三百回の虫運び
『スズメの少子化、カラスのいじめ』(安西英明・ソフトバンク新書)から。▼小鳥の歩き方。スズメは跳ねる(ホッピング)。ヒバリは歩く(ウォーキング)。カラスは両方やる。▼小鳥の飛び方。スズメは、断続的な羽ばたきで、下降すれば再び羽ばたいて上昇するので、飛び方は波状になる。ムクドリは羽ばたきを休んでも体が下降せず直線的に見える。ヒヨドリは下降上昇を繰り返す大きな波状。スズメはその中間。シジュウカラやカワラヒワもスズメに近いが、スズメと比べるとアクセントがあり、細かな波が感じられる。▼小鳥のくちばしは、細めで長めのピンセット型が多く、虫が食べやすい。スズメはどちらかと言うとペンチ型で、タネのような硬いものをカミカミできる。春夏の子育てには虫を必要とするスズメだが、主食は草のタネ。だからこそ米を目あてに、人家の周りで暮らすことになる。▼スズメの鳴き方は、ウグイスと違って、地鳴きとさえずりが区別しにくい。どちらも「チュン、ピ、ジ」などと声の質がさまざまで、鳴き方にもバリエーションが多い。またスズメにはさえずりのように複雑に続ける声で鳴き交わす「おしゃべり」という行動もある。繁殖期に限らず、茂みの中で群れてやるのだが、何のための行動なのかは、よくわかっていない。スズメの警戒音はジジジと聞こえる濁った連続音。ヒナの声は、シリッ、シリッと区切って鳴くしわがれ声。▼スズメのお宿はどこか。かつての茅葺や瓦の屋根が少なくなってからは、竹薮で、秋冬は集団ねぐらをつくり賑やかになる。茂みがなければ、昼はタカ、夜はフクロウに狙われることになる。北海道には竹薮がないが、公民館の壁に這うツタの茂みや、住宅地の庭のイチイ(北海道ではオンコという)の茂みにいたのを見た。▼スズメの子育て。スズメの巣作りは雄雌が協力する。ジジュウカラはメスだけが巣造り。長いものを運んでいたら外装の作業中で、それが次第に短くなれば内装に取りかかっている。羽や毛を運んでいたらそれは卵を産み落とす産坐になるので、完成が近い。10日ほどで産坐までできると、メスが産卵を始め、1日1個ずつ生む。これは鳥の原則。空を飛ぶ都合から体を軽くするため、まとめて生むことができないのだ。4~7個の予定数を生み終えてから抱卵に入る。1個目、2個目で抱かないのはなぜか。先に生んだ卵ほど早く孵化したら、ヒナが不ぞろいになってしまう。スズメはオスも抱卵し、約12日の抱卵の後、ヒナがそろって孵化する。ヒナの羽がそろって巣立つまで、わずか2週間ほど。この間、親鳥がエサを運んだ回数は2週間で4200回。1日300回の虫運びとなる。▼スズメの少子化。かつては4~5羽のヒナが繁殖していたが、都市部では多くて3羽、2羽や1羽がめずらしくない。▼小鳥たちは弱いかというと、繁殖期の親鳥は強い。巣に近づくカラスやトビにも果敢に立ち向かう。なわばりの主が勝つ確立は格段に高い。勝敗を分けるのは、大きさや技術ではなく、守るべきものがあるか、ないかという気持ちにありそうだ。▼セキレイは、昼は一羽ずつで過ごすが夜は集団。秋冬のシジュウカラは逆に、昼は群れていて、夜は穴で一羽ずつ寝る。▼小鳥の体重。スズメの体重は20gで、シジュウカラは15g。ツバメはスズメより大きく感じるが10g強で、絵葉書4枚分。十一月十九日(日)
対称性人類学5
▼禅宗の龍安寺の石庭を眺めてみると。この庭には、砂と石と石にへばりついた苔しかありません。石は全部で十五個。左にある二群の石は、右にある三群の石よりも、全体的に大きいものが配置してあります。非対称にもとづく石組みの配置が、微妙な均衡をつくりだしている。石はとり立てて面白い形をしてはいません。そこに座り込んだ人は、石そのものに関心を引きつけられるよりも、石と石の関係や、全体の配置のなかでの個々の石の位置のほうに、注意がいくように配慮されているように感じられます。つまり、これらの石には「自性」がないのです。仏教思想の構造と庭園の構造とがあまりにみごとに照応しあっていることに、驚かされます。しかし、それぞれの石にはほかの石との関係から発生するところの、全体的関連性のなかでの独自性の感覚がそなわっています。無「自性」なのに、そこにはたしかにものがある、という存在感を生み出しているわけです。▼交換は分離し、贈与は結びつける。▼大脳のスペックは変わっていません。神話を語っていた頃からコンピュータを操作し遺伝子の操作まで行っている現代にいたるまで、人類の思考する能力には、なんの変化もおこっていません。▼「一神教」「国民国家」「資本主義」「科学」、これらがひとつに有機的に結合できる条件をそなえていたのは、地球上に近代の西ヨーロッパをおいてほかにありませんでした。西ヨーロッパ世界は、社会のすべての領域で、数百年をかけて「形而上学革命」をとことんまでなしとげていたので、こういうことが可能になったのです。これらの四つの形而上学は、いずれも同型で、超越性をめぐる人類の思考に形而上学化をほどこせば、そこからキリスト教の一神教が発生します。権力についても、経済的価値についても、まったく同型の作用を加えれば、そこから国民国家や資本主義が生まれるようになっています。同型による支配が全面化されていくこと、これがグローバリズムの正体だと思います。どうして世界はグローバル化していくのか。それはホモサピエンスの心に、形而上学化へ向かおうとする因子が、もともとセットしてあるからです。その因子がはらんでいる危険性を昔の人間はよく知っていたので、それが全面的に発動しだすのを、対称性の原理を社会の広範囲で作動させることによって、長いこと防いできました。それを最初に突破したのが、一神教の成立だったのです。その意味では、モーゼとヤーヴェの出会いほど、人類の命運に重大な帰結をもたらしたものもないでしょう。宗教をゆめあなどってはいけません。十一月十六日(木)
対称性人類学4
▼仏教は私たち一人ひとりが、宇宙の中でのかけがいのないたったひとつの個体であることの認識から、仏教は出発します。西欧的な思考も同じように、個体性のかけがえのなさの認識から出発して、個体の確立という思想に向かい、個体性というもののベースに潜在している非対称性を、あらゆる思考の基礎にすえようとしている。実際アリストテレスはそうやって、個体性というものを自分の哲学に出発点にすえました。そうすると、非対称性の論理学を使って、多くのことが矛盾なく説明できるように思われたからです。▼しかし、仏教はそこから反転して、自分はこの宇宙でたったひとつのかけがえのない存在なんだという、個体性の鋭い意識をもったまま、すべてのもの(存在)のあいだに同質性をみいだそうとする対称性の思考を作動させることによって、宇宙のなかの極小部分としての個体や個人の自由ということについて、考えてみようとしたわけです。そのことを最初にとり組んだのが『華厳経』です。そこではまず、仏教思想の基本にのっとって、ものには自性(そのものとしての本質)はない、という認識から出発します。「もの」と「もの」を区分し、分離する非対称的な意識を止めて、そこに対称性の思考を働かせます。そのうえで、改めて今度はものには自性はないけれども、しかもものとものとのあいだには区分があると、ということを言い出すのです。対称性の論理を作動させた直後に、非対称性の論理を動かして、この二つを同時に稼動させているのです。▼そのことを『井筒俊彦著作集9』から。「すべてのものが無「自性」で、それらの相互の間には「自性」的差異がないのに、しかもそれらが個々別々であるということは、すべてのものが全体的関連においてのみ存在していること。つまり相互関連性そのものなのです。根源的に無「自性」である一切の事物の存在は、相互関連的でしかあり得ない。関連あるいは関係といっても、たんにAとBとの関係という個物間のことではありません。すべてがすべてと関連しあう、そういう全体的関連性の網がまずあって、その関係的全体構造のなかで、はじめてAはAであり、BはBであり、AとBとは個的に関係しあうということが起こるのです。「自性」のないAが、それだけで、独立してAであることはできません」。この文章には、華厳経に展開されている思考において、流動的知性=対称的無意識のしめす世界の認識(ものには自性がない)と、その流動的知性のとらえる世界の全体性のなかで、ものの個体性が生み出されてくる様子をとらえる非対称性の意識が動き出すプロセスが、じつに正確に言い当てられています。じつに高度なバイロジックが働いています。十一月十五日(水)
対称性人類学3
▼華厳経は無意識の奥に開かれてくる「法界(完成した無意識)」の構造を、現代の無限集合論とそっくりのやり方で説明している。「菩提を求める心を発するならば、微小な世界が、すなわち大世界であり、大世界が微小の世界であることがわかるのである。…仏の一毛穴の中には、一切世界がはいり、一切世界を見ることは、仏の一毛穴で知ることである」。ここでは部分と全体が一致するというような内容が語られている。▼これは現代数学が無限集合を説明する論法とそっくりです。自然数をはじめから順番に、1、2、3、4…といった数え上げはどこまでも続けられるから、無限集合Nを形成します。つぎに偶数をやはりはじめから数え上げると、2、4、6、8…この偶数の集合は2Nであらわすことができる。偶数の全体はあきらかに自然数の全体に含まれます。ところが、集合Nと集合2Nのあいだには一対一の対応をつけることができます。1には2を、2には4を、というようにしていくと、自然数と偶数を完全に一対一で対応させることができる。そうなると、自然数の集合と偶数の集合は、完全に一致しています。すなわち、部分と全体が一致しています。▼十九世紀に活躍した数学者デデキントは、こうやって無限集合を定義した。「集合をそれ自身の真部分集合と一対一に対応させることができるとき、またそのときにかぎって、その集合は無限である」という定義ですが、華厳経の法界の構造も、まったくこの無限集合の定義をなぞっています。このように厳密なことを言い出したとしても、法界は無限であると言い切れます。ということは、私たちの心もまた無限としてのなりたちをしていることになる。仏教思想家たちはロマンチックでいい加減な表現に走るのを嫌って、じつに論理的・数学的な構造をとして、それを表現している。その際に仏教の思考は、部分と全体のあいだに一致を見出そうとする、対称性の論理を駆使しています。非対称性の論理は、1,2,3…と伸びていくようなタイプの無限をつくりだすのは上手です。しかし、それよりも微細な構造をもったもう一ランクも二ランクも上の無限を思考することにかけては、対称性の思考にはかないません。仏教はもっとも発達した対称性の思考として、「心」をそのような高ランクの無限として表現することができた、と言えるのではないでしょうか。十一月十四日(火)
対称性人類学2
▼大宗教はどれも、新石器型の野生の思考を否定することによって、新しい文明型の宗教をつくりだしてきた。とくに一神教の場合、野生の思考を否定してきたために、そこに発達した文明はどれも手のつけられないほどに頑固な「非対称性」の特徴をおびました。ところが仏教だけは、野生の思考がもつ対称性が求められた。▼フロイトは宗教の本質は神経症にあると喝破していた。それはユダヤ教やキリスト教のような一神教のことをさしていますが、超越的で完全なる神を人間の外に立てることで、そうした宗教は人間の心を脅迫神経症的な状態に追い込んでいくというのが、彼の基本的な考えでした。そうしみると、仏教は宗教ではないといえます。仏教は原初的抑圧に対しては否定的な見方をします。達磨大師の言葉を借りれば、原初的抑圧は無心をたちどころに心につくりかえ、妄想の世界に巻き込まれることになってしまう。仏教は現生人類の心の基体である無意識を抑圧せず、その働きを完成に近づけていこうとしている。▼仏教の歴史をみますと、『般若経』のあと『華厳経』に結晶していく。般若経では、仏教という思想の主題は流動的知性にあるといい、アリストテレス型の論理、すなわち過去・現在・未来の時系列にそって経験を秩序づけ、私と他者を分離したり、部分と全体を切り離したりする言語的知性の論理では、この世界におこっていることを部分的にしか理解できないことを、はっきり示したあとで、般若経は流動的知性の働きを全面的に発達させたときに、人間の心にあらわれてくる知性を「空(くう)」と名づけて、この「空」にもとづいた生き方を探求しようしています。華厳経はこの「空」の内部構造のさらなる探求をしたものです。十一月十三日(月)
対称性人類学1 (280)
『対称性人類学』(中沢新一・講談社)から。▼ネアンデルタール人は、現生人類より咽頭が高い位置にあり、ゆっくり限られた音声しか発声できなかった。それに子供の時期が短かったことも関係するのだが、しゃべっていた言語は、現生人類に比して初歩的であったばかりでなく、比喩や象徴などの詩的表現にいたる「無意識」がなかったと思われる。ネアンデルタール人は高度な技術ですぐれた石器をつくりだし、意思伝達としての言語をもっていたには違いありませんが、象徴的思考の能力の跡を示す装飾品も宗教的遺物も、ほとんど残されていない。▼ネアンデルタール人の大脳は、技術的領域、社会領域、博物的領域などに分かれた知性だったが、私たちの直接の祖先である現生人類になって、ようやくニューロンの接合が横断的に自在に動き回るようになった。これが流動的知性である。思考が理解のしやすい形へ「翻訳」されるたびに、そこには圧縮や置き換えの現象がおきることになる。比喩であれば、隠喩(メタファー)と換喩(メトニミー)である。夢はそうやって製造される。象徴的思考も同じプロセスを利用してつくられる。これはフロイトが「無意識」と呼んだものに他なりません。現生人類は初めて無意識を持ってこの地上に出現したヒトであると定義できます。現生人類の「心」の本質をかたちづくっているもの、それは無意識なのです。こうしてヨーロッパに出現した現生人類の心の活動が、初期の爆発的な表現を獲得したのがラスコー洞窟の壁画なのです。▼私たちの心はこの対称性の無意識と、それを基体としてかたちづくられる非対称的な働きをする意識とが協同する、バイロジックで動きます。二つの異なる原理のバランスとれた協同作業によって、文字をもたない社会、国家をもたない社会は、同時に神話的思考をおこなう社会として、三万年以上もの長いあいだ、地球上に人間の生きる比較的慎ましい領域をつくりあげてきました。しかし、贈与から交換(資本主義)の社会へと移行するにつれ、流動的知性である無意識の働きに制限や抑圧が加わり、現生人類である私たちの心の基体に、重大な作動不全を生み出してきました。十一月五日(日)
悲しみは疾走する
『モーツアルトと日本人』(井上太郎・平凡社新書)から。▼山田耕作にとって、音楽を除く他の芸術は、すべて描き出すものであるが、音楽だけはわかるものではなく、味わうものであった。▼小林秀雄の『モーツアルト』から。ト短調の弦楽五重奏曲K516の譜例を出して、「モーツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モーツアルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼の生涯を駆け抜ける」。おなじくト短調のシンフォニー第40番K550の譜例を示し、「もう二十年も昔の事を、どういう風に思い出したらよいのかわからないのであるが、僕の乱脈な放浪時代の或る冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、このト短調シンフォニーの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。僕がその時、何を考えていたのか忘れた。いずれ人生だとか文学だとか絶望だとか孤独だとか、そういう自分でもよく意味のわからぬやくざな言葉で頭を一杯にして、犬の様にうろついていたのだろう。兎も角、街の雑踏の中を歩く、静まり返った僕の頭の中で、誰かがはっきりと演奏したように鳴った。僕は、脳味噌に手術を受けた様に驚き、感動で慄えた。百貨店に駆け込み、レコオドを聞いたが、もはや感動は還って来なかった」。▼河上徹太郎の『ドン・ジョヴァンニ』から。私がモーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」にいつ頃から感激したか、はっきり覚えていない。おそらく何ごともそうである如く、私にとっての感激は、突然の啓示としてやって来たのではなくて、いつの間にか積もって動かし難い確信となったものに違いない。或る日気がついて見ると、この作品は、あらゆる洋楽、あらゆるオペラの中で類を異にする傑作であり、のみならずモーツアルトのものの中でもずば抜けて完成されたものに見えた。十月二十三日(月)
発想と回想3
▼ここで留意いただきたいのは、私の二十歳代のヨーロッパ政治思想史研究の延長線上に、その後の日本政治研究、ことに自治体改革の構想があったのではないことです。私は三十歳前後から自治体改革を起点に日本政治の構造改革にとりくんだが、これはヨーロッパ政治思想史にサヨナラ、つまり断絶したうえではじめている。日本の政治の研究については、新たに日本の政治家、政党職員、政治ジャーナリスト、ついで官僚、自治体職員、また経営者、法曹界、市民活動の方々との交流・討論のなかから、既成政治・社会理論の批判をおしすすめ、理論の再構築をみずからの課題としていった。いわば、「書物」から離れる、あるいは「研究室」の外に出るという、私自身の生活スタイル、いいなおせば「経験」の再編が不可欠でした。事実、大学でも研究室をもたないようにしてきた。外国研究の延長ないし応用という考えからぬけでて、私は日本の文脈ないし課題に直接とりくみ、そこから出発している。外国モデルの日本へのアテハメでは、戦前から今日までつづいているような、理論不毛となってしまう。▼また、法政大学法学部政治学科で、助手以来、定年までの長い間仕事ができたことも幸せに思っている。戦後、中村哲先生ならびに阿利莫二さん、藤田省三君など同僚の方々がはぐくまれたリベラルな学風のため、都市型社会への移行にふさわしいカリキュラム再編や人事改革まで、いち早くとりくむこともできた。大学図書館には左右を問わず内外の文献・資料がそろっていたこともあって、市民政治理論の現代的転換にもとりくむことができた。法政大学にいなければ、とくに「現代的転換」の仕事はできなかったであろう。年齢をかさねることは、責任のかさなり、また反省のかさなりになるとしみじみ考えている。十月十八日(水)
発想と回想2
▼私の市民自治という考え方は、まず、私たち市民一人ひとりがもつ権限・財源を最初に市町村に信託する。政府は基礎自治体の市町村からの出発となります。市町村でできない課題は、広域自治体の県が補完する。県もできないことは国が、国ができないことは国際機構がさらに補完するわけです。これを補完原理といいます。市町村や県は、国からの派生ではありません。今日では、この市民からの補完原理は、EUの『地方自治憲章』や国連系の『世界地方自治憲章(案)』の考え方となっており、国際常識となっています。▼ですから、私たち市民は、個人で解決できる問題は「個人自治」で解決します。だが、個人解決できないときは公共政策で解決し、とくに基幹課題は政府政策となるため、市民は基本法にもとづいて、「納税と選挙で」で政府をつくります。個人自治を補完していくのが、自治体→広域自治体→国の政府で、複数信託ということを理解しておくことです。▼日本で「国家」という言葉は死語になりはじめましたが、つい最近までは国家はシクミとしての政府装置ではなく、国家共同体とみなされていました。ここでは、「個人」は「私」にすぎず、「公共」はオカミあるいは、「官」ないし「国家」とみなされていた。2000年代の今日、国家論が崩壊したため、これにかわって「公共論」の流行をみていますが、この公共もまた「公私」というタテの関係がみられ、「官民」「国家・社会」もまたタテの文脈です。そこでは都市型社会への移行をみる今日も、私のいう市民の相互性、つまり市民自体が公共で、政府はこの公共としての市民が組織・制御する「道具」だという発想がまだ成熟していません。▼憲法改正の争点の実質は、九条二項の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」の論点だけです。外国が攻めてきたらどうするとう問いがあります。ですが、自給性の強い農村型社会とは異なって、都市型社会ですから、日本を占領したら侵攻軍は日本の一億二千万人を食わせなくてはならないのです。日本もEUと同じく都市型社会ですから、もう戦争はできない社会・経済構造になってしまっている。それゆえ、問題の中核はすでにテロとミサイルに移ってしまっている。とすれば、時代オクレの発想をもつ自衛隊をめぐって、理論・組織・装備の再編こそが問われています。よって、『日本国憲法』については、国権の最高機関である国会の課題として、自衛隊法をふくめて憲法関連法の改革、つまり今日的整備という「整憲」こそが重要です。2000年分権改革をめぐる地方自治法大改正は、まさにこの整憲でした。憲法関連法としての情報公開法や公職選挙法、行政手続法、あるいは国会法や内閣法、裁判所法また公務員法などなどの大改正による整憲という考え方が、緊急・不可欠と考えるべきです。そのなかで、必要がでてくれば、個別憲法条文についての「修憲」「加憲」を行えばよいと考えます。十月十七日(火)
発想と回想1
自治・分権の市民政治の成熟に向けて発言し続けて、その半世紀余を回想した『現代政治*発想と回想』(松下圭一・法政大学出版局)から。▼市民政治理論の形成というジョン・ロックの古典としての位置は、自由・平等の個人を主体に、社会契約というかたちで市民社会観念の原型を構築し、この市民社会の信託によって組織される政府の設定にあります。政府の道具性があきらかとなってはじめて、市民社会は国家に従属されることなく、市民の信託による政府にすぎなくなり、市民社会自体が公共ないし社会として自立しえたのです。▼1950年代の私の研究課題は市民政治理論の古典的形成とその現代的転換でした。工業化・民主化による大衆社会の成立と自治体の発見。市民社会から組み立てる理論構成。市民信託による政府の三分化(自治体・国・国際機構)。市民社会における市民立法などの制度開発、環境指標やITマッピングなどの情報開発。「情報なくして参加なし」は、市民の日常生活や市民活動、ひろく政治はもちろん、理論・研究レベルにおいても「公共」をかたちづくる基本と考える。▼マンハイムについては、ドイツ語系の発想による『政治学は学として可能か』『イデオロギーとユートピア』などは、知識社会学では今日でも著名です。しかし、イギリスに亡命後のマンハイムの新版では、別人かと思われるほど、私からみて思考方法の転換がおきていました。いわゆる観念論のドイツ語系と経験論のイギリス語系のセンスないし問題構成の変化が、そこに歴然としていました。▼その触発もあって、私自身、日本における政治・行政の経験を基本として、六十歳前後に現代の都市型社会における『政策型思考と政治』をまとめることになります。▼しかし2000年代になっても、各省庁をはじめとする行政組織は、時代の急速な変化に追いつけないため、時代錯誤となるだけでなく、「先送り」と「不作為」の怠け者となり、自己革新にも取り組めていない。特に立法改革は今日でも時代に後れて行っていますが、社会変化の速度に対応しうる、たえざる、かつ大胆な、しかも先見性のある立法改革が不可欠です。この立法改革がない限り、政官業学の既得権とむすびついた現行法規の時代錯誤性はつねに深刻となります。法はもはや天・神あるいは国家観念によって聖化される永遠の規範ではなく、都市型社会における市民の生活問題について、各政府レベルで分担した政策・制度の策定という、市民相互の社会工学的手法となってきました。いわゆる行政法は、基本法としての憲法、あるいは市民社会としての民法・刑法と異なって、たえず改定される政策法です。▼自治体の基本条例の制定では、最初から総合プログラム法としての制定があってもよいのですが、市民参加・情報公開、また行政手続、住民投票などの制度・手続条例、あるいは自治体議会の運用条例、市民会議・市民員会の設置条例といった関連条例をしっかりつくりながら、やがて総合基本条例をまとめるという考え方もあってよいと思います。十月十六日(月)
シマウマはなぜ家畜にならなかったのか2
▼シマウマやその他の家畜化できそうで、できなかった動物について考察すると、つぎの六つの理由が認められる。▼①餌の問題。動物は餌として食べる動植物の一割しか血肉とならない。つまり一千ポンド(450キロ)の牛を育てるには一万ポンド(4.5トン)のトウモロコシが必要である。さらに体重一千ポンドの肉食動物を育てるには、十万ポンド(45トン)のトウモロコシで育てた草食動物が一万ポンド必要になる。したがって大型肉食獣は家畜化には向いていない。経済効率が悪い。▼②成長速度の問題。草食性で、比較的何でも食べ、肉もたくさんとれるのに、ゴリラやゾウが家畜化されないのは、成長に時間がかかりすぎるからである。一人前の大きさになるまで15年も待たなくてはならない動物は飼育できない。▼③繁殖上の問題。例えばビクーニャはアンデスの野生のラクダで、その毛は動物の中では最も上質で軽く珍重されている。古代インカ人は、この野生のビクーニャを囲い込んで毛刈りした後は放していた。この動物の雄は別の雄と一緒にされることを嫌う。ビクーニャには年間を通じて、食料をとるナワバリと寝るナワバリとが別々でなければならないことから、繁殖させる試みは成功していない。シカやレイヨウの多くは、繁殖期になるとなわばりを主張し、他の個体が自分のなわばりに入ることを極端に嫌う。アフリカ大陸の動物として知られているレイヨウが家畜化されなかった理由はここにある。繁殖期になると群れから離れて自分のなわばりをつくり、雄同士で激しく戦うため、囲いの中で飼うことはできない。▼④気性の問題。馬とアフリカノロバは、これまで家畜化に成功している。しかし、オガナー(アジアノロバの亜種)は、さまざまな点でロバの祖先にあたる動物に似ていたにもかかわらず、気性の悪さから、家畜化されることはなかった。より気性が家畜化に向いていないのが、アフリカに生息している四種類のシマウマである。彼らを荷車につなぐことができたというのが、家畜化の試みにおいてもっとも成功した例である。しかし、シマウマは歳をとるにつれ、どうしようもなく気性が荒くなり危険になる。いったん人に噛みついたら絶対に離さないという不快な習性がある。また、シマウマを投げ縄で捕まえることは不可能に近い。投げ縄が飛んでくると、ひょいと頭を下げてよけてしまうのだ。つまりシマウマに鞍をつけることが無理なのである。南アフリカで熱心に試みられたシマウマの家畜化も、しだいに関心がうすれていった。最初は見込みがあると思われたワピチやエランドも、彼らが大型で危険な動物であり、いつ攻撃的な行動に出るのか予測がつかない動物だったことが影響している。▼⑤パニックになりやすい性格の問題。大型の草食性哺乳類は、捕食者や人間に対してそれぞれ異なる反応を示す。動きは素早いのだが、神経質でびくびくしていて、危険を感じるや一目散に駆けはじめるものもいれば、さほど神経質ではなく、動きものんびりしていて、危険を感じたら群れをつくり、それが去るまでじっとしているものもいる。シカやレイヨウの仲間の草食性哺乳類の大半は、トナカイを例外として前者のタイプであり、羊や山羊は後者のタイプである。神経質なタイプの動物の飼育はむずかしい。彼らは囲いの中に入れられるとパニック状態におちいり、ショック死してしまうか、逃げたい一心で死ぬまで柵に体当たりを繰り返す。▼⑥序列性のある集団を形成しない問題。実際に家畜化された大型哺乳類は、どの種類も次の三つの社会性を共有している。群れをつくって集団で暮らす。集団内の固体の序列がはっきりしている。群れごとのなわばりを持たず、複数の群れが生活環境を一部重複しながら共有している。シカやレイヨウのように群れをつくって暮らす動物の多くは、はっきりした序列を集団内で持っておらず、リーダーを本能的に刷り込み記憶する習性がない。したがって、人間を群れのリーダーとして刷り込み記憶するようなこともない。▼野生哺乳類のうち、ほんのわずかの動物だけがこうした問題をすべてクリアでき、家畜となって人間といい関係を持つにいたったのである。トルストイは、マタイの福音書二十二章十四節の「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」という言葉を引いている。十月十日(火)
シマウマはなぜ家畜にならなかったのか1
『銃・病原菌・鉄 一万三千年にわたる人類史の謎』(ジャレド・ダイアモンド、草思社)から。▼動物の家畜化にもアンナ・カレーニナの原則がある。家畜化できている動物はどれも似たものだが、家畜化できていない動物はいずれもそれぞれに家畜化できないものである。これはトルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の書き出しの部分「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」をなぞったものである。トルストイの指摘はひとつの原則であり、男と女の結婚生活以外にも、いろいろなことに当てはまる。いままでに人類が家畜化に成功した動物は大半がユーラシア産の動物で、シマウマやヘソイノシシなどの大型哺乳類は家畜化できそうで、できなかった。アフリカで野生のシマウマが家畜化されなかったのは、アフリカ先住民に原因があったのか、それとも野生のシマウマに原因にあったのかを考えてみる。▼由緒ある家畜14種のうち、大型草食哺乳類の家畜で、メジャーな5種は羊、山羊、牛、豚、馬。マイナーな9種はヒトコブラクダ、フタコブラクダ、ラマおよびアルパカ、ロバ、トナカイ、水牛、ヤク、バリ牛、ガヤルで、南米のラマとアルパカ以外は、ほとんどがユーラシア大陸であった。▼ユーラシア大陸では野生の馬が家畜化されたのに、アフリカ大陸ではシマウマが家畜化されていない。ユーラシア大陸で家畜化されたメジャーな五種についていえば、サハラ砂漠以南では、これらの動物が伝わってくるや、さまざまな部族がそれらを家畜として飼育しはじめている。こうした事実は土着の哺乳類が家畜化されなかった原因が、その土地の人々の特性にあるのではなく、それらの地域に生息していた哺乳類の側にあることを示唆している。▼人類が動物を家畜化した年代は、考古学的証拠が見つかっているものについていえば、紀元前八千年から紀元前二千五百年頃に集中している。これは最終氷河期後に定住型の農耕牧畜社会が登場してから数千年内のことである。大型哺乳類は、まず羊、山羊、豚が家畜化され、紀元前二千五百年頃に最後にラクダが家畜化された。それ以降、大型哺乳類で家畜化された重要な動物はいない。家畜化可能と思われる百四十八種の大型哺乳類がそのときまで何度となく試され、その結果、少数だけが実際に家畜化され、家畜化に適さない動物だけが残ってしまったからだと思われる。十月九日(月)
風の男
『風の男 白州次郎』(青柳恵介・新潮文庫)から。▼GHQ相手の戦後処理に気骨ある対応をした白州次郎。ケンブリッジに留学し、滞英九年の歳月が「白州次郎」にさせた。反骨とプリンシプル。▼白州次郎は文学に興味はなく、小林秀雄とは、彼の著作なんか読んだこともなく、そんなことを一切ヌキにした付き合いをしていた。小林秀雄に正面からぶつかって、己を磨きあげられたのは、むしろ正子夫人であった。正子夫人は古典文学においては小林秀雄にぶつかり、古美術においては青山二郎にぶつかっていった。▼白州と親しかった人々は、吉田茂、佐藤栄作、正力松太郎、出光佐三、小林中(あたる)、小林秀雄、今日出海、河上徹太郎など。留学先で知り合った親友のロビン(ストラッドフォード伯爵)からは、英国の思想の源を学ぶ。次郎とは正反対の、地味な人柄で、目立つことを避けていた。身ごなしといい、教養といい、古きよき時代の英国の紳士の典型人であった。いつも同じシャツ、同じスーツを着、同じ靴を履いている。何着、何足もっているのかは知らないが。正子夫人がギリシャに旅した際、偶然にホテルのロビーで遠くから見ただけで、彼を見出せるといった按配である。一見よれよれのスーツに見えるが、それは真新しいスーツをきるのが野暮だということをわきまえたお洒落であった。新しい靴をある程度履きならすための靴の履き屋までがイギリスにはあった。正子夫人は「言ってみれば、本当のお茶人ね」と評した。▼新潮社カセットテープ『小林秀雄講演』の別巻「現代思想について」にこんなのがある。「自分は来年還暦を迎えるが、年齢に見合った思想というものを切に考える。若者には若者らしい思想があるように、老人には老人らしい思想があるべきであり、老人が若者に媚びたようなものの考え方をして、あの人は若いなどと言われるような老人の存在では意味がないのではないか。還暦を迎え、赤い頭巾を贈られたなら、赤い頭巾に似合うものの考え方をしたらいいのではないか。落語に現れる「横丁の隠居」だって、普段は小言幸兵衛とけむたがられ、また馬鹿にもされているが、何かことがあると、どうすればいいか誰もが聞きにいくのは「横丁の隠居」の所である。私は隠居にあたる言葉を考えてみようと思って、英国に長いこと暮らし非常に英語の堪能な男に、英語で何と言うのか聞いてみたのです。そうしたら彼は『カントリー・ジェントルマン』というのだと答えました。しかし日本の隠居はカントリーに行かず、横丁にいるんです。おそらく隠居というのは東洋独特なものだろう」と話している。この『カントリー・ジェントルマン』と告げた男が白州次郎であった。彼も三十八歳にして職を辞し、小田急沿線の鶴川村に引き籠り百姓を営んだ。しかしこのカントリー・ジェントルマンは、毎朝、新聞を読み、つねに中央の政治に目を光らせ、「いざ鎌倉という時には、中央へ出て行って、彼らの姿勢を正す」のである。事実、吉田茂とともに戦後処理の表舞台に立った。十月二日(月)
芸術人類学ⅳ
▼ネアンデルタール人の脳は、現世人類よりも大きな容量をしていた。これは脳を動かしているコンピュータが社会的知性・博物的知性・道具的知性のような各機能に特化されていたために、それらを並べておくために大きな容量を必要としていた。しかし、現世人類の脳におこった革命的進化によって、ニューロンに新しい結合組織があらわれ、いくつものコンピュータを横断的につないで、中央で全体を制御する新しい脳の組織ができた。異なる領域を横断的につないでいく「流動的知性」は発生することになった。その結果、脳はスリムになり、私たちの知っている「心」が発生するようになったのである。この「流動的知性」こそ、右脳的無意識の特徴を示すものではないだろうか。▼流動的知性はリズム(律動)にしたがって活動する。それは視覚や聴覚がとらえた律動的運動を正確に、即座に認識する能力をもっているために、経験を言語の構造にしたがって統合する以前に、非言語的表現手段をとおして、表現することができるのである。その意味では、ラスコーとその周辺の洞窟にあのみごとな壁画を描いた人々こそ、最初に出現した右脳的人間だったことになる。▼宗教学にとって「苦行と快楽」というテーマは、言語学・詩学にとってのアルチュール・ランボーの詩に匹敵するような、挑戦をはらんでいる。ランボーの詩は近代フランス語をとおして、私たちの世界に轟々たる太古の風を吹きつけてくる。それと同じように、「苦行と快楽」というテーマを追っているうちに、私たちは知らず知らずのうちに、「ヌミノーゼ(一切の合理的理解を越える強度の体験)」が顕現する原初的な場面へと、連れ出される。九月二十五日(月)
芸術人類学ⅲ
▼人間の脳は、三層構造になっている。これらの構造は進化のプロセスに対応している。深い古層には爬虫類脳、次の古いタイプの哺乳類脳の特徴を示す大脳辺縁系、新しい層には人類に形成された新皮質である。この新皮質は働きを異にする右脳と左脳に分かれて、いくつかの通路で連結されたような構造になっている。それらすべての部分の働きにエンドルフィンが大きな役割を果たしている。▼最古層の爬虫類脳にこの物質が働くと、痛みを和らげる無痛効果を発揮する。古いタイプの哺乳類脳である大脳辺縁系に、エンドルフィンが作用すると、強い安心感がもたらされる。脳がみずからアヘン類似物質であるエンドルフィンを出しているという。宗教や芸術の領域に立て籠もってきた「神秘」は、脳内の物質過程として説明がついてしまうのだろうか。しかしそれ以上に重要なのは、この新皮質は現世人類の「心」が生み出されてくるのにもっとも重要な働きをしている。ここで言語をしゃべり、視覚イメージを合成し、想像したり思考したりする能力がつくられている。左脳は言語的な構造にしたがって働く知性と関係があり、右脳は非言語的で情動的な知性の働きと結びつきをもっている。▼現代人の「心」では、論理的思考をおこなうための左脳の機能が、直感的で情動的な右脳の機能を圧倒している。しかし、脳内にエンドルフィンが分泌されている状態では、言語的知性を抑えて非言語的知性の働きが活発化してくる。これは宗教の世界での、瞑想にせよ反復的な身体運動にせよ、修行の過程で深い陶酔感を味わっていることとも関わってくる。▼非言語的な無意識の活動と脳内の物質プロセスとのつながりを研究するためには、現世人類の絵画表現の能力について調べてみるのがいいだろう。▼ラスコー洞窟でおこったこと。私たちの直接の祖先である現世人類(ホモサピエンス・サピエンス)が、はじめて物質的な痕跡として残した「人間の徴」は絵画であった。彼らは今日のフランスのピレネー地方の洞窟を住まいや宗教的儀式の場として用いたが、その壁画に驚くほど完成度の高い、たくさんの絵を描き残していた。おもに動物の姿を活写したそれらの絵は、ネアンデルタール人から飛躍するばかりか、現代の画家たちの技量を凌駕するほどの完成度を示している。どうしてこんな第一級の芸術家に変身できたのか。九月二十四日(日)
芸術人類学ⅱ (270)
▼仏陀の時代よりもずっと前のヒマラヤ山麓に住んでいたアジア系の人々は、基本的にはまだ新石器的な特徴を多く残している社会に暮らしていたはずです。おそらくは東南アジアからヒマラヤ山麓部にかけての広大な土地には、共通の文化が発達していたはずで、日本列島で言えば縄文時代の文化がこれにあたります。つまりブッダが紀元前五百年頃の北インドで説き始めた新しい思想は、じつは日本列島の縄文人たちも抱いていた可能性のある、新石器時代の思想だと言うことになるでしょう。▼私たちの直接の先祖である現世人類(その前まで全盛をほこっていた人類であるネアンデルタール人のことをホモサピエンスと呼んでいますから、彼らと区別するため現世人類はホモサピエンス・サピエンスと命名されています)は、新石器革命をおこして農業や国家をつくりだす以前には、ネアンデルタール人のつくっていた石器を真似た「旧石器」を使っていました。彼らは洞窟などを住居や祭儀の場として利用しながら、狩猟採集の暮らしをしていました。その人々がピレネー山脈の麓一帯に点在する洞窟の奥深くに、たくさんの絵画を残しています。そうした絵画のほとんどは動物の走る姿などを写実的に描写したものですが、その中にまったく創作意図の不明な、抽象図形が描かれていることは、前から気づかれていました。▼旧石器時代の人々は、よく洞窟の奥の暗闇を利用して、宗教儀礼をおこなっていたようです。動物の増殖を願う儀礼が主要なもので、おそらくは子供が大人になるためのイニシエーションの儀式もおこなわれていたのでしょう。若者を日の差さない真っ暗闇に長時間放置して、恐怖を体験させる。すると視神経の内部で、外からの光の情報にまったくよらない、哲学の言い方をすれば「先験的な」状態で自己励起がおこって、内部から光が放射されるようになります。その光は流動しながら、さまざまな「かたち」をとります。その流れる光が抽象図形となり、後の考古学者が旧石器の遺跡に見出すことになるのです。九月二十三日(土)
芸術人類学ⅰ
『芸術人類学』(中沢新一・みすず書房)から。▼私たちの心の内部には、まだ「野生」の沃野が残されています。どんなに合理的な社会管理や経済システムが世界を覆い尽くす勢いを見せているとはいえ、私たちの心から現生人類への最初の飛躍を記念するあの偉大な徴は、消え去ってはいません。どんなに社会の形態は変化してしまったとはいえ、心の本質は不変です。数万年もの間、人類の心の基本構造はいっこうに進化も変化もとげていないのです。私たちは同じ脳の構造をもち、同じ「バイロジック(複理論Bi-logic)」を生き続けています。私たちの中にはいまだに野生の領域が生きています。それどころか、人間としての私たちの本質をつくっているものは、そこにしか存在していません。▼人類学は人間がほんらいは「バイロジック」によって思考する複雑で重層的な心をもった生き物であることを強調してきました。その学問は、神話的な思考というものの意味をあきらかにしてきましたが、その研究によると、神話は無時間的でものごとをくっきり分離してしまわない「対称性の論理」と、ものごとを物語の秩序にしたがって配列しながら語っていくことのできる論理能力との結合体に他なりません。そのために、神話はふつうの論理には絶対あらわれない、独特の「ねじれ」をもった神話特有の論理で語られるのです。▼伝統的に人類学が対象としてきた社会の人々は、このように「対称性の論理」と合理的判断を可能にしてくれる「非対称的な論理」とを対等な立場において、社会生活の場面に応じて、自在に組み合わせて使う能力に恵まれた人たちだったのだ、と言うこともできます。別の言い方をしてみますと、「対称性の論理」というのは一般に「右脳」に特有な働きであり、「非対称的な思考」は「左脳」がつかさどっていると言われていますから、人類学は「右脳」と「左脳」のバランスのとれた「バイロジック」を実現しようしてきた学問であると、考えることもできます。▼そういう意味で言ったら、芸術は「バイロジック」の典型的な形態です。「バイロジック」の活動をつうじて、芸術は表現に秩序をあたえる論理的な能力と、そこからあふれ出る流動的で多元的な、自由な活動を行う「流動的な心」という二つの知性形態を結合し、新しい表現領域を開こうとしているからです。したがって芸術はつねに新しく、そしてつねにもっとも古い知的活動をあらわしている、とうことに気づいたと思います。つねに真新しい表現を生み出そうとしている一方で、芸術は人類の知的活動のもっとも古い層、人類の心にいまも確実に残されている野性の野に触れている。九月二十二日(金)
通奏低音
『丸山眞男』(苅部直・岩波新書)から。▼丸山は、荻生徂徠のなかに「近代的な思惟様式」を見つけている。徳川時代の身分制支配を正当化するイデオロギーと考えられる「朱子学」は、天地自然の法則と人間界の秩序は同一の理法が貫いているととらえ、その両面の「道」を身分道徳に従属させた。これに対して徂徠は、儒学が説く人間の「道」とは、あくまでも統治のための制度として、中国古代の君主がつくったものであり、自然界の理法とは別物だと切りわける。そして人間界の秩序と個人の関係についても、公的=政治的なものと、私的=内面的生活とを切りわけた。ここに丸山は、制度に枠づけされた秩序のもとで、さまざまな信条への寛容を確立することが、「近代意識の成長」だと説いて、徂徠から宣長にいたる思想の系譜には、その萌芽がみられるとした。「政治の発見」である。▼32歳の丸山は、1946年5月号の『世界』の巻頭論文に「超国家主義の論理と心理」を載せる。昭和の世に軍部と政府と国民をおおいつくした、暴力的なナショナリズムの解明を試みた。それは、明治時代の教育勅語いらい、日本の近代において、国家が倫理価値の独占的決定者とされたことに根ざしている。真理や道徳に対して国家が中立を守るヨーロッパの近代国家とは異なって、そこでは国家が人間の内面へ無限に介入し、反対に、「私的利害」が国家権力をたやすく動かす。公私の領域をわかつ近代国家とは、まったく程遠く、より上位の者へと随順する「権威への依存性」が、国民の一人ひとりから、軍人や官僚や政治家、そして「皇祖皇宗の遺訓」によって統治する天皇まで浸透しているのである。こうした精神構造は、近代日本が封建社会から受け継いだ最も大きな「遺産の一つ」であり、日本の開闢から日本にしみついた「権力の偏重」と福沢諭吉が指摘したものであった。丸山はその三年後の論文「軍国支配者の精神構造」では、極東裁判の記録を用いて、軍人や官僚の心理に「無責任の体系」を描き出していく。▼60年安保を境に政治のアマチュア化が始まり「市民」が登場してくる。哲学者、久野収は「市民主義の成立」を見ているし、60年代半ばになると、丸山の演習の出身者である政治学者、松下圭一が、経済の高度成長と都市化の進展を背景に、生活水準があがり余暇が拡大したことによって、現代の日本社会に生きる人々が「市民感覚」を成熟させていると説くようになる。久野や松下の主張は、60年代以降、さまざまな地域と問題領域で展開する「市民運動」の原理として、広くうけいれられていった。▼丸山は、1972年の論文「歴史意識の「古層」」において、日本思想の原初的思考様式を説明している。古事記や日本書紀の神話をもとに、歴史意識・倫理意識・政治意識からの分析である。いつもそのつどの「今」の時代に、共同体の秩序からの背反を「罪」とみなす倫理意識、支配機構の上位者への奉仕として統治活動をとらえる「まつりごと」の発想が、古代からずっと、日本人の思考の底流に流れつづけているというのである。▼日本人にある歴史の古層意識は、バロック音楽の通奏低音という人もいる。九月十八日(月)
裏庭の縄文
縄文海進期が東京のすがたを決めた。『アースダイバー』(中沢新一・講談社)から。▼東京の現地形がかたちづくられたとき、地球はまさに温暖化の真っ最中だった。南極や北極の氷が溶けて、海の水位は氷河期に比べると、百メートル以上も高くなった。そのおかげで、それまで大陸と地続きだった日本列島の多くの陸地が、海に沈んだ。東京湾はいまよりもずっと内陸に進出して、都心部の広い範囲にわたって、みごとなリアス式地形が広がっていた。そこに現日本人たちが暮らしていたのである。▼そのリアス式の海岸に突き出た岬に、なにかにつけその「さきっぽ」の部分に人間は昔から、深い関心を持ってきた。縄文人はここを貝塚、埋葬地、聖地にしてきた。そういった場所にまた神社や寺が建てられる。縄文思考と現代思考は連続している。▼生命はもともと怪物的なところをもっているのに、人間の世界はますます自分の中に棲む怪物を抹殺する方向に向かっている。近代的な都市の敵はバロックである。バロックはいたるところに細かい襞をつくり、小さな突起物の中に恐ろしく大量な情報を仕込んで、いびつで怪物的な美をつくりだそうとしてきた。そういうバロックを否定して、都市環境はつくられてきた。ものかげに潜んでいる怪物も、ここでは棲みにくい。このつんつるてんの現代都市の中に、もういちどバロック的なものを組み込んで、都市に複雑さを取り戻す必要がある。いたずらに複雑さを削り落として、情報を減らしていくだけでは、生物である人間の暮らすのにふさわしい空間は、なかなか生まれない。▼花街や歓楽街は神社の門前に発達することが多い。神社のもつ浄化力と花街の浄化力のあいだに、密接なつながりがあるからだ。神社にでかけ、神様の前で手を合わすだけで、それまで抱えていた悩みや苦労が、短い時間すっと消えて、気分が軽やかになってくるような体験は、誰にでもある。神さまはこの世にあるものを何でも吸い込んでくれる「無」だから、その前に立つだけでも、心の中にたまった疲れや汚れが「無」に吸い込まれて、心が浄化されるような気分になってくる。花街にもそれとよく似た浄化力がある。女性には「無」の吸引力が、生まれつきそなわっているが、お水の女性にはとくにそういうタイプが多い。男はそれにひきかえて、「有」の世界の出来事に気をひかれていて、そのために心に「有」の塵や芥をためやすく、またそれを自力で消してしまうことができないでいる。花街というのは、心に蓄積された「有」の塵芥を、女性にそなわった「無」の力で吸い込んでもらうためにつくられた、古くからのセラピー空間なのである。その癒しが、ことばを交わしたり、いっしょに食事をしたりするだけでなく、からだの交わりをとおしてなされるとき、花街のセラピー効果は最高点に達する。▼神社の神様というのは、もともと姿形をもたないものであった。神様にはほんらいは名前しかなくて、神を描いた像や絵はないというのがもともとのあり方だった。神社の神様は森の中にいて、姿形ももたない。それは、アッラーやヤーヴェのような一神教の神様と同じように、天の高みにいるのと似ている。ところがそこに仏教が像や絵を持ち込んできた。仏教の御仏は、洞窟のような場所の奥まったところにいて、洞窟の向こうに広がる世界とこの世とを橋渡しするような場所に立っている。目に見えない世界と物質的な世界の、ちょうど真ん中、それが仏像の立っている場所である。九月十一日(月)
60年代のワタシ
『団塊ひとりぼっち』(山口文憲・文春新書)から。▼「どうしょうもなく独りが好き」と「どうしょうもなく人恋しい」が同居しているのが団塊世代の心性で、言い換えれば「自分勝手で協調性がない」が、そのくせ片方では「すぐ群れたがる」。巻末年表で来し方を重ねてみることもできる。1947年は総人口7800万人。1966年から1969年の私の学生時代をなぞると、66年はビートルズ来日、中国・紅衛兵百万人集会、人口1億人突破。67年は「オールナイトニッポン」放送開始、68年は東大紛争・日大全共闘、三億円事件。69年は東大安田講堂封鎖解除、新宿西口フォークゲリラ、アポロ11号月面着陸。70年は私の就職一年目で大阪万博、三島由紀夫割腹自害。三島の辞世句は、「散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐」、「益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へし今日の初霜」。▼三島の市ヶ谷自衛隊乱入の様子は、地元の居酒屋のテレビが知らせていた。画面にくぎづけになり、そういう処し方もあるのだなと思いつつ、その夜はうろうろとハイカイした。その後、やはりうかうか過ごし、イマがある。九月四日(月)
野垂れ死なら二十万円
『冠婚葬祭のひみつ』(斎藤美奈子・岩波新書)から。▼冠婚葬祭とは「生物としてのヒト」を文化的な存在にするための発明品だったのではないか。冠婚葬祭という儀礼の衣を剥ぐと、その下からあらわれるのは生々しい身体上の諸現象なのだ。結婚とは一皮むけば性と生殖の公認にほかならず、葬送は肉体の死。元服を迎える十五歳前後は第二次性徴期である。すなわち冠は「第二次性徴の社会化」、婚は「性と生殖の社会化」、葬は「死の社会化」、そして祭は「肉体を失った魂の社会化」。儀礼は生理を文化に昇格させる装置だったのではないか。▼葬式と仏教が結びついたのは江戸時代からで、それ以前は、婚礼と同様、葬式も宗教者が介在しなかった。もともと仏教の教えに葬式という発想はないのだそうだ。釈尊は出家者は葬儀にかかわるな、葬式などは在家の者に任せておけと、いい残したという。▼散骨などの新しい埋葬法に目を転じれば、その共通点は「継承者が要らない」ということである。「墓離れ」ともいえるこの現象も、あきらかに家族の形の変化による。少子化が進行している現在、せっかく高いお墓を建てても、二代かよくて三代で無縁墓となる可能性は高い。親から子へと継承していく代々墓は、もはや現実性を欠く。墓とは「家」をビジュアル化したものだとすれば、「墓離れ」は「家離れ」の象徴とみてもいいだろう。▼高度成長期が「多婚少死」の時代だったとすれば、現在は「少婚多死」の時代である。このまま行けば、高齢者だけの世帯、非婚や離婚による単身者世帯はますます増加し、血縁に頼らない「個人」単位の相互扶助が否応なしに必要になるだろう。現在もうすでに、社会学者の落合恵美子らがいう「双系(そうけい)制」社会がはじまっている。双系制とは、男系男子で財産や祭祀を継承してきた「父系制」にかわり、夫婦ともに両方の親をみるようなシステムのこと。一人っ子同士で結婚した場合、二人で四人の親をみなければならない。▼以後半世紀の間は、結婚の二極化も進むだろう。子どもなしの事実婚を選ぶ高学歴・高所得層と、若年の「でき婚(のち離婚)」に流れる低学歴・低所得層とに。また高齢・多死社会では、高齢者だけの単身世帯が増え、経済格差がさらに広がったら、葬儀を出すこと自体が困難な層が増えることが予想される。せっかく建てた墓だって、やがて無縁墓となるなら、そのリサイクルも考えなくてはならない。ポスト墓の救世主のようにいわれる散骨も、海や山に粉にした骨を撒いたところで、環境問題とのかねあいは必ず出てくる。▼目いっぱいシンプルな弔いなら、この方法です。通夜も葬儀も告別式も行わず、火葬だけを行う方法。「直葬」「密葬」などと呼ばれている。近頃では「火葬プラン」などの名前でセットを組んでいる葬儀社もある。税込み二十万円。▼高齢化社会の現在、最後はみんな独居老人になる可能性が高い。あなたが残した大量の衣類や家財道具はどうなるのだろう。自慢のコレクションは捨てられてしまうのか。考え出すとクラクラして、死ぬに死ねない気持ちになる。高齢者が「老いじたく」と称して急に身辺整理をはじめたりするのは、そのためだったかと思い知る。遺品整理のプロ・松島如戒は、家系・家族中心の社会から、個人を中心に動く社会になると、生活を支える道具も一代限りにならざるを得ない。単身者や家族を頼れぬ人のために生前契約制度(NPO「りすシステム」)を立ち上げた。▼死ぬための費用は、最低限の葬儀でも百万円、世間並みなら二百万円、余裕をもって考えるなら三百万円が目安。▼遺骨の解決法の究極は、「収骨をしない」ことである。課症状に遺骨の全部あるいは大部分を置いてくるのだ。欧米の火葬では一般的な方法という。遺骨に執着するかしないかは、それぞれの文化が決めることではあるが。▼世の中には「オレの理想は野垂れ死にだから」みたいな願望を口にする人が、意外に多い。でも誰が後始末をするのだ。それでも「野垂れ死に」したいのなら、せめて火葬費用相当の現金二十万円くらいをポケットに入れて死になはれ。八月二十八日(月)
椅子取りゲーム
田中宇の配信メールから。▼ブッシュ政権で支配的な権力を持っている勢力を私は「自滅派」と呼んだが、これは「多極主義者」と同じものである。アメリカが自滅していくと、代わりに中国やロシアなど、他の大国が台頭し、世界は多極化する。先日、フィナンシャルタイムス(FT)の中国特派員をやっていたイギリス人の講演を聞く機会があったのだが、彼は「中国の勃興は、欧米の大企業や、その経営者である大金持ちにとっては、非常に嬉しいことであるはずだ。10数億人が、貧民から消費者になっていく過程は、世界の大企業を長期にわたって儲けさせるものだからだ。半面、欧米の労働者にとっては、中国の勃興は、労働市場の競争激化につながるため、悪影響が大きい」という趣旨のことを言っていた。同様の分析は、英エコノミスト誌でも見たことがある。この分析は、中国だけでなく、インドやブラジルなどにも当てはまる。世界の多極化は、これまで貧しかった20数億人の人々を中産階級に向けて豊かにしていくことであり、世界の消費者数を激増させる。環境問題や資源の枯渇などの懸念はあるものの、投資家や企業経営者にとっては、嬉しい話であるはずだ。この件と、ブッシュ政権の自滅派の動きは、関係しているのではないか、と私は考えている。儲けを拡大するために世界の多極化を求めるアメリカの大手の投資家や多国籍企業が、政治献金などによってブッシュ政権を動かし、ゴールドマンサックス出身のPFIAB(「外交情報顧問評議会」(President's Foreign Intelligence Advisory Board)のフリードマン座長のような人を大統領顧問として送り込み、アメリカを自壊させる数々の行為をやらせているのではないか、というのが私の推察である。▼ブッシュ政権とそのとり巻きを見ていると、イラク戦争の不始末、双子の赤字の未解決、エネルギー政策の無策、どれをとってもアメリカの国は敗れても資本家だけ残るように展開されている。という見方があるのです。八月二十日(日)
エイコ・デザイン
『私デザイン』(石岡瑛子・講談社)から。▼十三歳で父親からトランペットを送られ、スタートの早かった天才少年マイルスが六十五歳でこの世を去るまで、スポットライトを浴びた時代は大きく分けて、「クール」「ハードバップ」「モード」「エレクトリック」と、音楽的に四つに分けることができる。そしてそのすべての時代において、彼は先駆者だった。幸いに私は、その四つの時代の目撃者となりえただけでなく、「TUTU」という傑作アルバムのアートワークに創り手として参加できた。この仕事は、白人のアーヴィング・ペンと、黒人のマイルス・ディヴィス、そして日本人の私の能力が結合してできあがった、言ってみればハイブリッドな表現の一例でもある。ある日、ランチを一緒にとりながらマイルスに聞いた。「貴方は若い才能を育てるのが上手いですよね。マイルス・スクールと言われているくらいに、彼らを貴方はどうやって導いていくのかしら?」「ただ一緒に音楽を創るだけさ」。▼私は、デザインの重要な要素の中に、どのようにしてエモーション(感情、感動、感激)を取り込むかということに常に気を配る。頭で冷静に計算した部分と、エモーションを、五分五分で盛り込むことの結合にこだわるといってもいいかもしれない。▼日本の演出家は、最初にコンセプトをはっきり説明し、自分の考えの通りに皆をしたがえていくタイプが多いそうだ。私とオペラ「忠臣蔵」で組んだヴェルナーはもっとカジュアルだ。はじめに演出上の大まかなことを言うだけで、あとは、いくつもの選択肢の中から良いと思うものを選びながら進めていく。演出しながら考え、考えながら演出していくタイプと言ってもいい。▼演出家はとにかく口説きの天才でなくてはならない。俳優を口説き、スタッフを口説き、プロデューサーを口説き、観客を口説く。映画の監督をしたいなどという野望をもつ人間は、まず口説きの訓練をしてもらいたい。▼人によりけりを英語で、depends on the person と表現するが、国や人種でああだこうだと大雑把に分析することは危険で、しばしば間違いを起こしやすい。ドイツ人の歌手のひとりに「日本人のオペラ歌手は喉から声を出すけど、私たちは腹から声を出す。その違いは大きいね」と言われたが、私は個人差にこだわりたい。▼リサーチ資料は、あくまでも考えるための引き金になれば十分なのだ。リサーチ資料を噛み砕いて、外からの情報を自分の内側に変えていく。その結果、ユニークな考えが姿を変えて、体内から出てくるというプロセスが大切である。これは、という考えが生まれるまでが、楽しくそして苦しいプロセスだが、そこを通らなければ本当の意味でオリジナリティのあるデザインは生まれない。最後に自信の持てる考えが生まれて、どうだ !I got idea! とパッと見得をきる。そういううれしい瞬間が来るまで、あきらめないで練りつづける。だから私のデザインはマニュアル化できない。▼表現を試みる人間の脳の構造は、半分の無分別さと半分の分別さが同居しているのがのぞましいと私は常々感じている。無分別差によって興奮の瞬間をつくりだし、分別さによって冷静さを保つことができる。▼大多数の観客は、スターで見る映画を選ぶ。少し映画通になると、監督で映画を選び、もっと通になると、プロデューサーや脚本家で映画を選ぶ。デザインへの興味で映画館に足を運ぶ観客は、残念ながら数のうちに入らない。▼私が、自分で自分のデザインが正しい答えになっているかどうかをチェックするとき、マントラのように唱える言葉があります。それは、Timeless Originality Revolutionary の三つです。▼私が特にテレビ映像に注目する瞬間は、敗者や落伍者にカメラが向けられた時だ。私は敗者の視点からオリンピックを見てみたい。競技という世界には、勝者以上に敗者が生まれ、彼らもまた価値観のアングルを変えて見れば、私にとってのヒーローになり、そしてヒロインとなる。▼スケート競技のトップアスリートの話によると、レーシングの理想は裸で滑ることだそうで、そのため素材は限りなく薄くしてほしいと言う。したがって、実際にデサントがソルトレイクオリンピックのために開発した素材は、まるで女性のパンティストッキングのように薄いものだった。▼不思議なことに、ニューヨークでデザインを考えていると世界の臍の中で世界を透視している感覚になり、東京で考えていると、世界を外側から見ている感覚がある。八月八日(火)
神との契約6
▼このように西洋的なキリスト教の二重の社会構造は、安定化し広範化した。神の支配の現実が情報でしかなく、神の直接の介入が部分的でしかないという状況においては、社会全体として神との関係が存続することを保持しながら、人による人の支配という教会体制の中で、神との直接的繋がりがある者もそうでない者もそれなりに満足できる宗教社会のしくみが、この二重構造なのである。▼しかし、神の支配の現実の告知にはじまるキリスト教の運動は、神の全面的な介入のないまま、近代における科学技術・産業革命の進展を迎えるが、この新しい事態には対応しきれてはいない。▼神が全面的に介入しないという状況が長く続く中で、世俗的自由の容認は、近代の科学技術の進歩をもたらした。この進歩が続く限り、人による人の支配という体制の意義は失われず、むしろ有意義なものと言えるのかもしれない。変化しているのは世俗領域の人間生活の方である。このことに柔軟に対応できるのは、神の全面的な介入がないのなら、やはり人間なのだろうか。あるいは、神についての科学的アプローチがこれからあるのだろうか。もっとも神の側からの全面的な直接介入という事態が将来何らかの形で生じるならば、人間の方の努力は不要になるのだが。▼小さな本でしたが、神学の組み立てが多少なりとも分かりました。ユダヤ教やキリスト教は論理学なのです。しかも独特の「ねじれ」をもった宗教特有の論理です。七月二十二日(土)
神との契約5
▼なぜイエスは神格化されたか。それはイエスの高挙(復活、昇天、神の右への着座、再臨)といった奇跡だけではない。当時のエルサレム初期共同体でそのメンバーになることは、「イエスに従うこと」だとされており、イエスが神的なものとされることで、イエスに従うことは人間であるイエスに従うことでなく、神的権威に従うことになる、というものである。イエスの神格化は、エルサレム初期共同体の成立・存続の神学的根拠となってゆく。▼さて、イエスやその弟子たちを神格化することは、一神教の原則と矛盾しないだろうか。神的とされる者が複数存在しているキリスト教は、一神教であるユダヤ教の多神教的適応といえる。それは一神教であるはずの神が、その支配を十全に実現していないことに起因している。▼「神の前の自己正当化」の問題を回避するため、ユダヤ教においては神殿における儀式と律法という書かれたテキストを権威化したが、キリスト教においては人による人の支配を行った。このことで、キリスト教の主流である教会においては、人間が二分されてしまう。神との直接的な関係をもつ者(指導者たち)とそうでない者(信者たち)である。しかも、キリスト教の聖書主義・儀式主義は、神との直接的な繋がりのない人々を、教会という制度の中の指導者たちの下に位置づけることになった。▼上の領域に属する者が下の領域に属する者を支配する、いわば人による人の支配がキリスト教の最大の特徴である。この二重構造のとらえかたは、キリスト教が西洋世界全体を管理するため採用された。四世紀にはキリスト教がローマ国教となり、その後もキリスト教の教会における二重構造(指導者たちと一般信者たち、聖の領域と世俗の領域)が全体の枠組みとなり、西洋世界は安定していく。七月二十一日(金)
神との契約4 (260)
▼洗礼者ヨハネとイエスはエッセネ派的傾向が強かった。イエスについては、地上のイエスすなわち処刑前のイエスと、神格化されたイエスを区分しておく必要がある。イエスの活動の中心は、つまるところ「神の支配」の現実の告知だった。やさしく言い直すならば神が世界の面倒を見るということである。そして神がそのように動いたということは、罪も消えてしまったということである。したがって神との断絶がなく、神の支配を認めるなら、「罪の告白」などといったことが今も教会で強制されるのは、おかしなことになる。神の前では、契約とか罪とかが意味をなさなくなるためである。▼この神の支配の現実についての告知は、「神が一方的に動くしかない」という結論から生じたものである。神は支配する側であって、人が神に対して優位に立っているのではない。ご利益宗教的なあり方においては、神よりも人が優位に立って、さまざまな神を人が選択するといったことがあるために多神教的状況が生じたが、このような事態が生じる余地は、神の支配の現実においては根本的にはあり得ないことになる。▼このように、キリスト教は、イエスが告知した「神の支配」の現実が事実である可能性に賭けている流れである。これに対して、ユダヤ教は契約という唯一の関係によってヤーヴェとの繋がりを確保しながら、キリスト教の賭けが成功に至るかどうかを見守っている流れである。七月七日(金)
神との契約3
▼イエスと初期キリスト教の時代のユダヤ教は三派で、サドカイ派が神殿主義、ファリサイ派が律法主義、エッセネ派が荒野の修行者たちである。このなかでエッセネ派だけがユダヤ人社会から距離を置いたのは、既存のユダヤ教の枠内に留まると神殿支配・律法支配のもとに取り込まれてしまい、そこには神との断絶の問題解決の可能性がなくなるからである。そして彼らは荒野で共同生活をしながら、神との直接的な関係の実現を模索した。それは神が勝手に動くということにある。人間の側が勝手に自分は正しいと思い込んで「自己正当化」に陥ったり、神殿主義・律法主義に苦しんだりする。そうした人間の側の動きがあろうとなかろうと、そんなこととは関係なく神が一方的に動くという可能性が残っている。神は神である。人間の状態に応じて、神が動くのではない。契約の概念を神と人との間に導入したために、人間の側に誤解が生じたのである。契約の概念を導入することは、契約によって神を拘束することになってしまう。神は人間が考え出した契約の概念などに拘束されないはずである。エッセネ派がこのことに気づくのは、前八世紀のイスラエル北王国の滅亡してから、七百年ほどの時間がたった前一世紀頃のことである。神の前での正当化のためには、人間の側からは何もなす術がない。エッセネ派が行き着いたこの結論は、後一世紀後半のユダヤ戦争およびそれに続く混乱で消滅してしまう。こうした段階になると、残る関心事は、神の側からの一方的介入のあり方が具体的にどのようなものになるかということだけである。エッセネ派の結論が前一世紀前後に生じて、それに続く時期のユダヤ教における神学的な事件は後一世紀におけるキリスト教の出現である。その中心的意義は、神の新たな介入が生じたという主張にある。七月一日(土)
神との契約2
▼つぎは「神の前での自己正当化」について。神の前での正しい態度がどのようなものであるかを人間が決められるのかという問題である。知恵がつき、神の前での義の問題を、さまざまに考えを巡らせる。それは真面目で真剣なものであるに違いない。しかし神の前で何が正しいのかを決めるのは神自身ではないだろうか。もし人間が自分の知恵で何が正しいのかについて知ることができて、そのように発見された掟が神の前で正しければ、人間は神にではなく、その掟に従えばよいことになる。そしてそのような掟に従っている人間を、神が義としなければならないということになる。神は、人間が発見した掟の原則に服従すべきだとされているのであって、いわば人間は自分の掟を神に押し付けているのである。権威をもっているのは掟であって、人間も神もその掟に従うべきだとされている。これはつまるところ、人間の知恵が神を支配できるとする立場である。これが「神の前での自己正当化」の問題である。▼ユダヤ教の聖書の第一部である律法は、「一字一句も変更できない」ものとされている。律法はユダヤ教において公式に「正しい」とされている掟である。ところで、掟を守るためには、掟に何が定められているかを知らねばならない。しかし律法はなすべきことを箇条書きにしたようなものではなく、全体として物語になっている。物語が掟とすると、律法は複雑きわまりないテキストである。律法に何が定められているかがはっきりしないことを証拠づける最大の事実は、二千年以上におよぶユダヤ教・キリスト教における聖書研究において議論が絶えないということである。つまりテキストの意味がいまだはっきりしていない。しかも「一字一句も変更できない」律法は、すでに律法として定められた分のテキストは変更できないという意味であって、他の文書を律法の一部として付け加えるということは可能である。ますます複雑になる理由がそこにある。六月二十三日(金)
神との契約1
『一神教の誕生』(加藤隆・講談社現代新書)から。▼ユダヤ教の分派としてキリスト教は生まれるが、次の流れは押さえておきたい。①イエスの活動は後三〇年の十字架事件以前のものである。②十字架事件以降も弟子たちは活動を続ける。③六六~七〇年にユダヤ戦争。④七〇年以降にユダヤ教はファリサイ派的・律法主義的なものとなる。⑤イエスが始めた運動はこれらとは異なる流れになるが、それが「キリスト教」と呼ばれるようになる。▼分厚い聖書の冒頭には「天地創造」の物語が記されているが、まずこれがユダヤ教・キリスト教の基礎としてあった訳ではない。ヤーヴェを神とする古代ユダヤ教はもともと民族主義的であったし、ずっと後になってから神を「創造の神」とすることで普遍的になっていく。かたや、神はユダヤ人だけの神ではなく、神は全人類の神である。キリスト教は「分け隔てしない神」なのだ。それらのことをイエスは「神の支配の到来」と宣べ伝えた。でも実際に到来したのは教会の支配だった。教会は、神の支配を十全に実現できず、「分け隔てしない神」の権威を背景にして世界を支配しながら、人間の間に「分け隔て」を生じさせる組織となっていく。▼ユダヤ教の成立は、前十三世紀にヤーヴェの導きによって「出エジプト」が実現し、カナン(パレスチナ)の地を民に与えたことに始まる。その後、前八世紀のイスラエル北王国の滅亡を契機に「契約」の概念が出てくる。神と民の契約は、神は民に恵みや救いを与え、民は神を崇拝するという関係で成り立つことになっているのに、北王国は滅亡した。神は民に恵みを与えなかった。神は動かず、沈黙していた。この事実をどう考えたらよいのか。この神はだめな神なのか。いやそうではなく、神が沈黙していたのは、民の態度が不適切だったから生じたのではないか。この論理を採用すれば、神は救われることになる。しかしこの契約の概念を導入すると次のことが問題になる。①神が義とされ、民が罪の状態となる。②罪の状態にある民にとっては神の前での義の実現が最大の課題になる。③神と民の間に断絶が生じる。民が罪の状態にあるのでは、いつまでも神は沈黙を続けることになる。④ヤーヴェ以外の神々を民が選ぶことができず一神教的態度になりやすい。▼ヤーヴェとの契約を破棄し、一神教の枠組みから出る方法もあるが、これはヤーヴェを見捨てることなる。契約を破棄することは、ヤーヴェを駄目な神だとすることを意味してしまうから、ヤーヴェのみとの関係をもつということで一神教的な態度を維持するしかなくなる。六月十六日(金)
降臨2
▼人間は生れ落ちた時から、他者の視線なしにはやっていけない。生まれたばかりの赤ん坊が、にっこり微笑みかけると微笑み返す。人間は白紙で生まれて来るのではない。他者とのコミュニケーションを取りたい、という強い欲望を持ってこの世に産み落とされてくる。プールの飛び込み台の女の子がなかなか飛び込まない。プールサイドに寝そべっている母親が自分を見てくれないからだ。母親に見られていない行為など、存在しないのも同然だ。人間の脳は、他者の視線を報酬として必要としているのである。▼一九三六年に発表されたベンヤミンの論文『複製技術時代の芸術作品』が今日でも影響を持ち続けているのは、「最高の完成度をもつ複製の場合でも、そこには〈ひとつ〉だけ抜け落ちているものがある。芸術作品は、それが存在する場所に、一回限り存在するものなのだけれども、この特性、いま、ここに在るという特性が、複製には欠けているのだ」というところにある。私たちは、この文章の「芸術作品」を、「私」と読み替えてみることもできる。▼イギリスの箴言に言う。オックスフォード大学を卒業した人間は、世界は自分のものだと思う。ケンブリッジ大学を卒業した人間は、世界が誰のものでもかまわないと思う。それぞれが、人文科学、自然科学を中心とした大学であることを背景としたジョークである。「世間知」を求める者と、「世界知」を求める者の差でもある。▼約六千五百万年前、小惑星が地球に衝突し、恐竜たちが絶滅した。その結果、古い世界は消え、廃墟の中から新しい生物の種が次々に誕生した。その中に、私たちの祖先となる哺乳類たちがいた。ほんの少し軌道がずれていれば、小惑星は衝突軌道をそれ、恐竜たちは今でも地球上を闊歩していたかもしれない。沢山書かれた文字を帳消しにする黒板消しのように、偶然がもたらした太古のたった一つの衝突が全てを変えてしまったのだ。衝突が風景を一変させるのは、天体現象だけの話ではない。惑い、流れ、うごめきながら生きる私たちもまた、衝突によって人生が一変することを、何度も経験している。「衝突」こそが、人生を描く文学の究極のテーマのひとつだといっても過言ではない。進学、就職、転職。未知なるものとの「衝突」をもたらす人生のイベントは多々あるが、誰でも知っているように、多くの場合恋愛こそが人生において最大の衝突をもたらす他者との衝突である。六月九日(金)
降臨1
脳と文学の話が主題です。『クオリア降臨』(茂木健一郎・文芸春秋)から。▼動物園で見るペンギンがプールに飛び込む順番を譲りあっている光景は微笑ましい。が、ペンギンがなぜ水辺でなかなか飛び込まないのか。目の前に水面が広がり、その向こうにはおいしい魚が泳いでいる。でも海の中にオットセイなどの捕食者がいるかもしれない。できれば安全だとわかってから飛び込みたい。そうは言っても、誰かが飛び込むだろうといつまでも飛び込まないとエサをとれずに死んでしまう。オットセイに食われるのも困るが、飢え死にするのも困る。他に誰も飛び込まなければ、自分が真っ先に飛び込むしかない。これが微笑ましいしぐさの実際なのです。科学は、あるアルゴリズムに従って飛び込み続ければ、死ぬ確率は10%で、遺伝子が残る確率は90%などと教える。一方、一羽のペンギンにとっては、死ぬ確率は0%か100%のいずれかである。オットセイに食われてしまえば、それでお終いである。私たちも同じで、常に0%か100%かの個別を生きている。▼人間は、頭蓋骨の中の小さな脳の活動を通して、世界の森羅万象を志向する。脳の中の一千億個の神経細胞が電気的、化学的活動をしているだけだが、その活動が「私」の意識をつくり出し、意識に浮かぶクオリア(質感)をつくり出し、意識の中の時間と空間をつくり出す。脳の中の物質たちの舞踏が、目の前のコップになり、下の上のチョコレートになり、はるか彼方銀河になり、宇宙のどこにも存在しない一角獣になる。私たちが、個別を生きつつ、普遍を志向せざるを得ない存在であるということを直視した時に、文学の切なくも力強い可能性が浮かび上がってくる。▼非日常にあこがれる思春期の純粋さは、あっという間に過ぎ去ってしまう。文学のような仮想の世界に遊び、現実においても様々な経験を積み重ねることで、やがて人々は次第に日常と和解し始める。何も特別なことが起こらない日常を肯定することができるようになる。文学がその非日常のとの行き交いのメディアを提供する。▼毎日同じことを繰り返しているように見えても、人間はいつか変わっていく。瞠目すべき突発事件によって、新展開がもたらされるのではない。何も起こらないかのように見える日常の繰り返しの中でいつの間にか取り返しのつかない形で変化してしまうからこそ、人生は興味深いし、また恐ろしい。その恐ろしさを描くところに、小津映画における日常の凄みがある。『秋刀魚の味』での、父親の問いかけに娘(岩下志麻)がゆっくりと、不自然でぎこちなく緩慢に振り向く。何も起こらないどころか、すべてが起こっている。六月二日(金)
志ん生のクスグリ
お父さんは凝り性の飽き性なのよ。と『三人噺/志ん生・馬生・志ん朝』(美濃部美津子・扶桑社)で長女が明かしている。▼つぎは『世の中ついでに生きていたい』(古今亭志ん朝・河出書房新社)の末っ子・志ん朝から。最近、あたしの咄と親父のを較べてみて、これは人物が出てない、と思うようになったんです。親父と自分の違いをテープを聴きながら考えたんです。親父のもあんまりいい出来のはないんですが、でも「ああそうか」と思ったのは『火焔太鼓』の道具屋の人物が、うちの親父の咄を聴いているとスーッと浮かんでくるんですよ。とてもおかしい人間でね。あたしの場合、調子で笑わせようとか、あるいは妙な口の利き方だとか、すっとぼけた声を出すとか、ほかのことで一生懸命苦労してやっていたんですけども、「なんだそうか、これはそれなりの人物が出ていないのが笑いに結びつかないんだ。だから言うことがなんか不自然になるんだ」と。そう感じたら、とたんに親父のクスグリが全部いいやすくなったんです。たとえば、道具屋がカミさんに脅されて、ちょっと行くのがイヤんなって、「むやみに儲けよう儲けようと思うと、おまえさん、しくじるんだよ」「そうか、うー、わかったよ」って、そういう気の小さいところがあって、それでもカネが欲しいから殿様のところへ太鼓かついでいくでしょう。で、カミさんに言われたことが頭をよぎって、「ああそうだ、ここでしくじっちゃいけない」とか思いながら行くと、よけい太鼓が汚く見えてくる。それで心配になるから、殿様に見せられない。といって、そのまま持って帰りたくない。カネにしたいから、「あなた買ってくれませんか」という、そういうクスグリやなんかは人物を考えると、自然に、何の抵抗もなく言えるんですよね。親父のあの人物の描きかたはすばらしいもんだなと思ってね。小僧の年をごまかしたりね。ああいうふうによく考えて、人物をださなきゃいけない。そうすれば自然にそういうせりふが言えるし、誇張もできるんでしょうね。▼その他にも、『落語名人会 夢の勢揃い』(京須偕充・文春新書)は昭和三十年代のラジオと落語の話が、『古典落語CDの名盤』(京須偕充・光文社新書)と『古典落語 これが名演だ!』(京須偕充・光文社新書)は、演目解題の上下巻となっている。ピックアップ版なら『今夜も落語で眠りたい』(中野翠・文春新書)で、志ん生が入眠に適しているそうです。ところで、小沢昭一は「落語は老人芸」という。多くの人々にとって落語は、ある程度の生活体験とか文化体験を経てからでないと、心底わかるというわけにはいかないのではないか。一日の終わりに楽しむ娯楽。グデーッと寝そべり、目を閉じ、放心した状態でも楽しめる娯楽。人生の後半、いや終盤になるほどネウチがわかる娯楽。いろいろな意味で、落語こそ最終娯楽といってもいい。▼夏は志ん生、冬は文楽という人もいる。おわかりですね。五月二十六日(金)
交喙の嘴(いすかのはし)
韓国事始。『心で知る、韓国』(小倉紀蔵・岩波書店)から。▼韓国人は、日本人は「本音」をいわず、長い間付き合っても「建前」しかいわないので信用できない、と思っている。韓国人は仲がよくなれば、何でも包み隠さずに吐露して「情」の関係をつくろうとするのに、日本人はそれを嫌がる。韓国人は「心の二重性」を嫌い、「心はひとつであるべきだ」という強烈な信念がある。このような儒教的な心性を強く持つ韓国人であるが、実は多くの日本人が、「韓国人って何か二重性を持っている」と感じ、戸惑うことがある。たとえば「昼間の韓国人と夜の韓国人は違う」という印象を持つことがある。昼間は口角泡を飛ばして議論をし、相手の間違った部分を仇敵のように面罵する。これでもうこのビジネスは終わりだな、日本人が思って荷物をまとめて帰ろうとすると、韓国人はおもむろに「メシを食いに行きましょう」という。そして一緒にメシを食べはじめると、さっきの態度とは打って変わって相好をくずし、肩を組んで「おれたちは友達だ」と宣言する。日本人にしてみれば、昼間と夜のどちらが「本音」なのか、わからない。懊悩が始まる。しかし、これはどちらもが「本当」なのだということがわかってくる。▼では、どうしてこのような「二重性」が生じるのだろうか。これは儒教、特に朱子学の「理」と「気」からくる。解りやすくいえば、「理」は理屈の理、「気」は気持ちの気ということになる。この世がすべて「理」と「気」から成っており、人間関係において、この「理」を前面に出すか、「気」を前面に出すか、によって、「理屈っぽい韓国人」と「感情的でハートフルな韓国人」というものが分離してくる。しかし、どんな人でも「理」も「気」も百%持っている。そのどちらを今、前面にだしているか、ということなのである。だから本人は、どちらが嘘でどちらが本当、という区分は全く意識していないのである。いわば韓国人は、自分たちの二重性に全く気づいていないのである。▼「外交はセールスといっしょ。いずれも断られたときから始まる」。と言われるが、本音と建前の比較文化をしておくと、外交やビジネスで躓かないですむこともある。五月十九日(金)
キる
サタカがキる。村上春樹の小説には、民族や国家の問題が登場しない。政治や社会のわずらわしい問題を避けてワンダーランドしている。上からの視点の司馬遼太郎と、市井に生きる藤沢周平。司馬は天皇制の問題を避けている。だから政財界人は安心して読める。などなど、『タレント文化人筆刀両断』(佐高信・ちくま文庫)は遠慮がない。▼弁護士・遠藤誠が九四年春、山口組本部で渡辺芳則組長と暴対法裁判の話をしていたら、渡辺が「遠藤先生は左翼だから、弁護団長を頼んでいると、山口組も左翼にされてしまうのではないかと心配する者がいる。そこでお尋ねするんですが、共産主義諸国が崩壊した現在、左翼と右翼はどこが違うんですか?」と質問してきた。それで遠藤が、「太平洋戦争の見方が一つの分かれ目で、侵略戦争とみるのが左翼で、正義の戦争とみるのが右翼となっています」と答えると、渡辺はすかさず、「そりゃ、あの戦争は侵略戦争に決まってますよ。だって、日本の軍隊が、中国や東南アジアというほかの国に攻め込んだわけでしょう。ほかの国の縄張りを荒らしたら、侵略になるのは決まってますわな」と言った。それで遠藤が、そうしたら渡辺さんも左翼だということになりますよ、と続けると渡辺は、「それが左翼だというなら、私も左翼ですなあ」と応じたとか(『月刊レコンキスタ』九四年十月一日号)。▼私は、細川護熙と彼がが尊敬しているらしい細川の「母方の祖父」近衛文麿が嫌いだ。とにかく血筋によって成り上がった人間に対しては、『フィガロの結婚』の中の、「エライと言ったって、自分の力でなったわけではない。生まれる手間をかけただけじゃないか」という言葉を呈したい。▼竹内好に、卓抜な「ニセ札論」がある。ニセ札が出るとジャーナリズムは鑑別法や図柄だけを問題にしているが、たとえホンモノであっても「必要流通以上に放出される通貨はすべニセではないのか」と鋭く指摘したものだった。五月十三日(土)
ズー・日本一
GWの動物園。のなかでも日本一になった動物園の成功物語がつづられた『旭山動物園革命』(小菅正夫・角川新書)から。▼日本の動物園には、動物園を管理しようとする傾向がある。原因は、あまり動物園のことを知らなかったり、野生動物を飼育した経験のない職員が人事異動で回されてくることと関係しているかもしれない。これは1980年代半ばくらいからの傾向である。ともかくそれまで園長は皆、生え抜きであった。しかし、今は往々にして管理する傾向にあって、それは職員や、ひいては動物たちにも伝わるのではないか。もし伝わるとしたら、動物園からイキイキとしたものが消えていく。管理社会に生きる人間が、同じように管理された動物園に来ても、魅力を感じないであろう。1882年に東京都恩賜上野動物園は、博物館の付属施設としてオープンしたことを再考してみてはどうだろうか。▼石狩川水系淡水生態館への夢を叶えたい。旭川に降った雨は、石狩川に流れ込み、海に注ぐ間に、森の栄養を運びながら、小さな動物をはぐくんでいく。川の水は海に流れ込み、北海道の海に栄養を与える。磯焼けを起こさず、豊かな海であるということは、アザラシが生きていける環境が保たれているということだ。アザラシをエサにしているホッキョクグマにしてみれば、好都合である。旭川から流れる水は、さらに深層海流に乗って、北極から南極に流れていく。そこでペンギンと出会う。その水が汚されていなければ、ペンギンも安心できる。地球は水の惑星といわれる由縁なのだ。▼全国の動物園の動物は、個々の動物園の所有物ではない。全国の動物園は一つの組織のようなもので、個々の動物をたまたま預かっているという認識なのだ。ということを知っておいて欲しい。▼もう一冊。『いま動物園がおもしろい』(市民ZOOネットワーク・岩波ブックレット№623)のあとがきから。「飼育担当者も動物園の一部」と小菅園長は言う。動物園の動物たちには人間の暮らしのために改良された家畜やペットと違い、高い飼育技術が必要です。動物園の歴史は、飼育技術向上にかけた飼育担当者や獣医の歴史でもあるのです。病気にかからず健康に寿命をまっとうできるように、時にはうまく繁殖させるために、飼育担当者は毎日、動物たちの世話をします。環境エンリッチメントは、そうした日々の積み重ねの中で生まれた努力や工夫ともいえるでしょう。▼そうなのです、動物を長生きさせることと、来たお客さんに喜んでもらう。動物園はこの二つなのです。五月五日(金)
巫女はどこへ (250)
何かが起ころうとするとき、人々は「女」の予言者性、巫女性を思い出し、そこにすがりついて、自分たちの行動を正当化しようとするものらしい。あのフランスの愛国少女ジャンヌ・ダルクにしても、同類の事情が働いていたのかもしれない。だからこそ、ことが収まったのちは、火あぶりの刑にされる運命にあった。再思考させられる本です。『女という経験』(津島佑子・平凡社)から。▼古き良き、巫女の力に支えられる日本の神々の世界は、開国で大きく変わる。日本社会はキリスト教文化を背景に持つ男女の社会的役割分担を積極的に受け入れるようになる。これは「女」の解放どころか、実際はキリスト教に根ざした男性の圧倒的優位の概念のもとに、「女」は家庭の天使になれ、慈しみ深い母になれ、「男」のために尽くす存在となれ、とそれがあたかも「福音」であるかのように、新しい「道徳」として女たちに押しつけられた。▼キリスト教では、聖パウロが熱心に説くように「一夫一婦制」がとても重要な神との「契約」として位置づけられている。それまで神との接触といえば、いけにえを捧げ、巫女からは神託を聞くという形でしか考えられていなかったこの地中海の世界に、ユダヤ教から引き継いだ「契約」の概念を持ち込んだこと自体がまず、革命的な変化だった。そして、人間の性愛を一夫一婦制として神の契約のもとに閉じこめようとすることも、当時(ローマ帝国)としては、びっくり仰天の社会改革だったらしい。ローマ皇帝から地方の長官や貴族、金持ちにいたるまで、男も女も等しく、生涯、決まった相手としか性交してはいけないと定めることで、当時の世の中の乱れをただそうとしたのだろうし、一夫一婦制を守れば嫡出子を簡単に認められるけれど、そうでもしないと、王侯貴族や金持ちにとっては相続の問題が必ずこじれて、殺し合いが頻発したりする。男と女が性交すると女は妊娠する。欲しくもない子どもがどんどん生まれれば、捨て子や子殺しがはびこる。そもそも人々が「淫行」にふけって遊んでばかりいたら、その社会はどう考えても生産的なものにはならない。▼神との契約を性愛にまでおよぼしたキリスト教の出現は、のちの近代的産業社会を生みだす基盤ともなっていく。神との契約という概念は、供物を捧げる対象としての神との関係と比べ、人間との生命観をも大きく変える結果になったのではないか。▼だいぶ前に、「神は死んだ」と述べた作家がいた。でも今になってみると、神を中心とする制度は「死んだ」かもしれないが、かえって神は元気なって、人間社会を通信衛星のように監視しつづけている、と思えてならない。神が死ぬことを、結局、人間たちは望まなかったし、今でも神の存在を人間たちは期待しつづけている。女がなぜ「女」なのか、男がなぜ「男」なのか、その意味を知るために。自分たちの生のよりどころを確保するために。少なくとも、私たち人間はこのひとりひとりに与えられた「性」という要素のおかげで、今でも、退屈だけはしなくてすんでいる。そして、これからもたぶん…。四月二十八日(金)
世界の神さまⅣ
▼仏教では宗教の中身が知らされていない。だから信仰のしようがない。キリスト教だったら神父さんや牧師さんがくりかえし聖書を読んで、わかりやすく解説して「信じなさい」というわけです。コーランは誰が読んでもすぐわかる。それで人々は納得する。だけどお経は内容が難しいうえに、一般の人にはさっぱりです。何を言っているのかぜんぜんわからない。逆に「わからぬ経ほどありがたい」といわれるくらいです。ともかく多くの日本人はいまも念仏を唱えているが信仰があるかどうかはわからない。▼いまアメリカ人やドイツ人が一般に「教会に行っているか」といえばそうでもない。「じゃ無信仰か」いえばそうでもない。既成宗教を信じてないから信仰がないのではない。アメリカ人は「合衆国憲法」をよりどころとし、ドイツ人の心は「ゲーテ」や「ワグナー」ではないか。またイギリス人には「住まい」がある。つまり宗教はなくても信仰はあるのです。だが日本には宗教に代わる信仰がない。▼阪神大震災の直後、炊き出しをやっていたのは、キリスト教と天理教だけでした。仏教はやっていなかった。アラブ人ならみな自分の家を提供しただろう。困ったものを助けなければならないのがかれらの宗教ですから。日本の庶民は信じられるが、日本仏教は庶民救済をやらない。▼日本の寺はなぜ鐘をつかないのか。これでは日本仏教はよみがえらない。一方、いまでも古い神社では山や森を「ご神体」として拝んでいる。でも山や森は神さまが居られる場所であって神さまそのものではない。依代(よりしろ)です。これをアニミズムと解することもできるが、自然への畏敬ならマナイズムでしょう。日本人のカミサマ信仰は呪術と思われ、呪術というのは、道具や方法を用いて「超自然的な力」を身につけようとするものです。縄文時代の巨木や土偶などはみなそうです。この呪術が、為政者により新しい神さまとなって「国家神道」につながっていった。▼友人の経験話から。アメリカ人から宗教について聞かれたとき「無神論だ」と答えた。すると「ではこの宇宙をつくったのは誰か?」と聞かれた。「何かの法則で自然にできたんではないか」といった。すると件のアメリカ人は「何かの法則でできた自然を神さまと考えてはいけないのか」と重ねて聞いたという。友人はしかたなく「それでよい」と答えたそうです。▼西洋人はなぜそんなに神さまとか宇宙とかを問題にするのか。日本人はどちらかというと、「心の問題」に関心がある。「荒海や佐渡に横たう天の川」。こういう「奥の細道」の芭蕉の句に接すると「日本人の心の奥底には、あるいは日本人の心の支えにはこの国の天地自然があるのだ」と思われる。それが「日本人のカミサマ」なのだと思います。▼西洋の近代化に疑問の目を向け、サムライに執着した人に西郷隆盛がいる。「何事も至誠を心となし…」という。誠とは「嘘、偽りのないこと」「まごころ」「赤心」といっていいか。じっさい「まごころ」とか「正直」とかいうことが普通に通用する国は、世界には非常に少ない。「契約」は大事にされても「正直」の方はそれほどではない。この西郷の「誠」が、じつは日本のサムライが700年間、死をかけて守り抜いた名誉の中身だったのです。かつての誠の心をもったサムライが仕えたものは主君だったが、陽明学によってそれが天に変わった。よく考えてみれば、天も、天道も、天物もみな自然ということです。それはかつてこの日本列島に一万年にわたって住み続けてきた縄文人の徳目であり、世界であり、また生死観ではなかったか。するとサムライは「刀をもった縄文人」ではないかと、わたしはかねがね考えていたのです。四月二十一日(金)
世界の神さまⅢ
▼ユーラシア大陸の東西にある二つの平原、中国平原とヨーロッパ平原は、地政学的にたいへん似ている。そこに支配的に住んでいたのは、漢民族とアーリア民族というほぼ単一民族である。その両者の歴史は古く、ともに大部分を農耕民族として過ごしている。また宗教は、中国平原においては儒教、道教、仏教、景教、回教、ゾロアスター教、マルクス主義など諸宗教が入り混じる。ヨーロッパ平原は、ケルト・ゲルマンの神々に始まってキリスト教に移行し、そのキリスト教も新旧に分かれ、さらに幾派にも分裂し、またユダヤ教徒やイスラム教徒も多く抱えている。ともにいろいろな宗教的経験をへている。▼二つの平原と民族性や文化性はよく似ているが、決定的な違いがある。それはヨーロッパ平原の方は、国家が四分五裂に分かれてきたのに、中国平原の方はおおむね統一国家だった。おわかりでしょうが、中国の「皇帝」は武力で天下をとったあとは、「文」で天下を治めた。その文を支えたものが、官僚であり、その官僚を育てたものが儒教であった。中国の官僚を育成した科挙の制は儒教を聖典としていた。これに反してヨーロッパ平原の方は、神聖ローマ皇帝のような皇帝がいるにはいたが、その多くは、官僚をもたず、首都をもたず、宮殿すらもっていず、列侯の思惑に翻弄されていた。四月十四日(金)
世界の神さまⅡ
▼つぎは自然現象に神さまを見るマナイズムの話を。3千年前にイランで生まれたゾロアスター教の特徴は、中央アジアに広がる草原を移動する遊牧民の世界空間の認識にある。世界は球体で、その内部の上半分を透き通った天、下半分を水とするもので、大地はその水の上に水平に浮かんでいる。大地の中央には聖なる高い山がある。古代のアニミズム世界に囲まれたなかで、マナイズムは突出した展開をしていく。その中心のゾロアスター教は、数ある自然現象の中でも光を大いなるカミサマとし、対極に闇を置いた。そしてそれもカミサマとした。「光を善の神とし、闇を悪の神」としたことで、ゾロアスター教は、いわば「二神教」の方向へ歩みをすすめた。この二神教のうちの「闇の神さま」を切り捨てて「光の神さま」いわば「善の神さま」だけにしたのがユダヤ教ではなかったか。その「光の神・善の神」という「万物創造主の神」とユダヤの民は契約を結び、それ以外の宗教を否定した。こうして一神教が登場したのです。キリスト教も、イスラム教もそれに倣います。この一神教は、のちに資本主義と科学を装備して全世界に猛威をふるいました。▼西洋人は無神論を極端に嫌がります。アリストテレスの自然法、つまり「人間社会には人間を人間たらしめる自然の掟がある」という秩序信仰が固く信じられている。そうしないと多民族が混交する社会は保たない。だからアナーキーが嫌いです。日本人が無宗教といったら、座が白け、極端なことをいえば、いっしょにエレベーターに乗ってくれません。「無神論者といっしょだと何されるかわからん」と思っている。それは欧米だけでなく、中近東やアジアだと、じつはもっと嫌われる。ときに犯罪者扱いにされます。そういうことを戦後の日本人はあまり考えたことがない。宗教のないのがモダンだと思っている。あるいは科学的だと考えている。しかし、その科学も資本主義も、民主主義でさえも、キリスト教から生まれたものです。四月七日(金)
世界の神さまⅠ
この度は建築家から宗教を教わる。『神なき国ニッポン』(上田篤・新潮社)から。▼アメリカがなぜ宗教国家なのか不思議です。そればかりか北方のアーリア人が、つまり北方出自のヨーロッパ人がどうして「砂漠の宗教」であるキリスト教に魂の底までいかれてしまったのか。しかもローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を公認していらい千七百年にもわたる長い間、一貫して、熱烈に。新約聖書を読み返すと、イエスは家族も部族も否定している。残るのは神と個人しかいない。その神さまと人間を結ぶのは愛しかない。コーラン、旧約聖書はいずれも家族主義なのに。▼日本の神道や仏教の神さまは「助ける神さま」ですが、西洋の神さまは「契約する神さま」です。それは資本主義に現れるだけでなく、社会生活をみても、たとえば結婚式でも、男女がそれぞれ別々に神さまと結婚の契約をしている。当事者どうしが契約しているのではない。▼イギリス場合は民主主義と宗教とは深い関係がある。「イギリス国教会」は、ヘンリー八世がローマ法王に破門されながら、カトリックでも、プロテスタントでも、もちろんギリシャ正教でもない「第四のキリスト教」をつくった。ではどうしてイギリス国教会がそんなにいいのかというと、イギリス国教会で最高権威をもつものは、ローマ法王でも、カトリック大司祭でも、プロテスタント教会の牧師でもなく、実は国王であって、その国王を議会が操縦しているからです。権威は国王が持ち、権力は議会がもつというバランスがイギリス議会制民主主義なのです。▼イギリスはなぜ家に執着するのか。人生の九十パーセントを過ごすかららしい。たしかにイギリス人はアメリカ人のようによく働かないし、フランス人のようにバカンスにも行かない。また日本人のように休日にせかせかと出歩かない。かれらはいつも家で家族といっしょに静かな時間を過ごすのを好みます。家の窓から見る風景、読書と音楽、趣味の交歓、友人との談笑、アフタヌーン・ティー、地域のボランティア活動。それがイギリスの個人主義の究極の理想です。そうして彼らは、家の中でいつも盛装して暮らしている。日本人のように半パンツで過ごしたりはしない。それがマグナカルタを創り、ローマ法王と決別し、王様の首をチョン切り、七つの海を支配した彼らの精神と行動のよりどころだったと、思われるのです。▼ドイツの場合は、歴史的にみると、ドイツ民族の中核であったザクセン族は、千五百年にわたる「戦国時代」のなかで、キリスト教、とくにローマ・カトリックには抵抗していた。ドイツ人の心はもっと他のところにあるのではないか。ドイツ人は休日によく森を散歩しますが、それは日本人が考えるようなピクニックではなく、ネクタイを締め、ドレスを着用し、正装で出かける一種の儀式なのです。それが習慣になっている。ゲルマン人は古来、太陽、月、風、嵐といった自然現象、とりわけ雷鳴のような超自然現象に神さまを見るマナイズムだったからでしょう。それを音楽にしたり詩にしたりする。感性的には日本人の和歌や俳句の自然賛歌と一致します。詩人のリルケも「万象に神は宿れり」とくりかえし歌っている。自然に神性を感じるのでしょう。三月三十一日(金)
おにぎりの裏側
コンビニの鮭おにぎりの、裏側にはたぶん「PH調整剤」「グリシン」「調味料(アミノ酸等)」と表示されている。三種類で少なくみえるが、これは一括表示のためで、添加物はもっと多い。PH調整剤は食品の変質・変色を防ぐもので、「クエン酸ナトリウム」「酢酸ナトリウム」「フマル酸ナトリウム」「ポリリン酸ナトリウム」といった添加物の集合体で、4~5種類は使われている。「香料」「イーストフード」という表示も、一括表示だと思って間違いない。これらのことが、『食品の裏側』(安部司・東洋経済新報社)にごっそり載っている。▼「調味料(アミノ酸等)」も「等」を隠れ蓑としている。「グルタミン酸ナトリウム(化学調味料)」「DLアラニン」「グリシン」などのアミノ酸系はもちろん、アミノ酸系以外の「核酸」なども「等」に入る。何種類入れてもいいので、加工する側としては非常に便利。そもそも「グルタミン酸ナトリウム(化学調味料)」と書いてしまうと、化学調味料入りがばれてしまうが、それをごまかせる。そればかりが、最近はアミノ酸ブームなので、アミノ酸は健康によいとさえ思ってしまう。一括表示にするため、わざわざ余計な添加物を増やすことさえある。日本人は一日平均10グラムの添加物を、年間4キロ摂取している。食塩の摂取量とほぼ同量と言われる。▼もう一度、添加物は少ないはずと思われているコンビニのおにぎり、今度は昆布の佃煮のおにぎりの場合だと、「調味料(アミノ酸等)」「グリシン」「カラメル」「増粘多糖類」「ソルビット」「ステビア」「ポリリジン」は入っている。さらに、おにぎり自体に甘みを出しておいしくするため「アミノ酸」などの化学調味料や「酵素」を、保存性を高めるため「グリシン」などを入れる。それ以外にも照り・つやを出すために、またフイルムからするっと抜けるように、「乳化剤」や「植物油」が使われている。▼つぎに旨みの素である、「たんぱく加水分解物」は安全性について。これは酵素を使う方法と塩酸を使う方法がある。問題なのは後者。醤油や味噌が麹でゆっくりたんぱく質を分解していくのに対し、こちらは塩酸で強引にアミノ酸分解させる。塩酸は劇薬であり、これを使うことによって「塩素化合物」の発がん性が疑われている副産物ができる。日本人は味噌・醤油などアミノ酸に旨みを感じる食文化を持っているため、この「たんぱく加水分解物」を好む。特に子供たちは、この物質の非常に濃厚で強い味を、「おいしい」と覚え込んでしまっている。▼「塩」「化学調味料」「たんぱく加水分解物」の三点セットは、あらゆる加工食品に使われている。明太子、ちくわ、ハム・ソーセージ、漬物、インスタントラーメン、レトルト食品、冷凍食品、カレールー、瓶詰・缶詰、チルドハンバーグ、ミートボール、各種インスタントスープ、ふりかけ、お茶漬けの素、○○のタレ、○○の素、スナック菓子、せんべい、駄菓子などに。▼食品添加物はどんなものなのか。それは台所にないものと思っていい。台所には、醤油、味噌、砂糖、塩、酢などの基本調味料のほかに、「化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)」とか「重曹」「ベーキングパウダー」くらいはあるかもしれない。これを前提に食品の裏側の表示をみるのです。「食品添加物=台所にないもの」を念頭に、一つひとつを確認していけばいいのです。三月二十四日(金)
大人のイソップ
今さらなあ。でもこの本、『新譯伊蘇普物語(しんやくいそっぷものがたり)上・下』(上田萬年編訳・はる書房)は、明治期の復刻でしたが、読み心地よいリズムがありました。▼「蜜壷の黄蜂」の話から…。一群の黄蜂がありまして、或る日蜜壷のなかえ飛込み、思う存分に甘い蜜を嘗めて、しきりにし舌鼓をして居ましたが、余り嘗めすぎて腹が膨れた其上に、羽が蜜にくっついて、如何にもこうにも身動きが出来ません。黄蜂わ、是でわいくら甘いものを食べても詰まらぬ、と云うことをつくづく悟つたようですが、もう追い着きませんでした。▼漢字にルビがついていて読みやすく、百六十話もの話が人間個々の、あるいは人間関係の陥りやすいことを、訓言とともに認めている。狐と狼と羊の、いや、大人のイソップでした。三月十七日(金)
憂国2
▼欧米は「自由」というフィクションから出発する。大思想家ジョン・ロックは、1688年の名誉革命を擁護し、王権神授説を否定するために書かれた『統治二論』には、労働により得たものに関する財産権や所有権をはじめて確定し、「万人の万人に対する闘争」のホッブスとは違い、国家とは国民の自由で平等な契約によって作られる、とした。国民主権のことです(でも筆者は国民は永遠に成熟しない、と思っている)。また、「人間は生まれながらにして完全な自由をもつ。人間はすべて平等であり、他の誰からの制約を受けない」とも言っている。近代の自由主義と資本主義の祖といわれるゆえんです。それに「個人は快楽を追及してよい、全能の神が社会に調和をもたらしてくれるから」とも記しているが、これはカルヴァン主義の予定説の流れをくむものです。救済されるかどうかは、神の意志により予め決められている、とする無慈悲な説で、人によっては救われないかもしれません。救われるためには、いや救いの不安から逃れるために、神から義務として与えられている職業(天職)に励むことになります。利益のチャンスがあったら、それは神が意図し給もうたものだから、積極的にそのチャンスを生かさなければいけないのです。金儲けに倫理的栄光が与えられたのです。また、経済学の出発点になるアダム・スミスの「個人は利己的に利潤を追求すると、神の見えざる手に導かれて社会の繁栄が達成される」も同じ流れで、さらにプロテスタンティズム、とりわけカルヴァン主義が資本主義を進めたとの見解は、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で明らかにしたことです。ただし、禁欲的なカルヴァン主義では、儲けた金をぜいたくに使ってはいけません。その金を生産やサービスを高めることに費やすことが、隣人愛となるのです。それまで不浄だった金銭は、これで「神聖なもの」となりました。カトリックやギリシャ正教では、今でも、金銭はどちらかというと不浄なものです。こうして、市場経済を闊歩する、自己確信に満ちた、金銭至上主義者たちが誕生したのです。ですから、カトリックの諸国より、プロテスタントのドイツ、イギリス、アメリカなどの方が繁栄してます。▼しかしこうした欧米の教義は、ようやく破綻を見せはじめました。そこで日本の登場です。ここで著者は熱く語ります。経済も文化も論理の限界を知るべきだ。卑怯を憎む心、惻隠の情の大切さを思い起こしてほしい。跪く心を忘れない、武士道精神の復興こそ世界を救う。これは日本人だから出来る。それに、知識や技術は蓄積するが、情緒力は蓄積しません。人間としての賢さとか情緒力は一代限りです。したがって、論理と合理のみに頼っている限りは、歴史的に証明されたごとく、戦争をやめることはできないのです。▼武士道をどのように復興するかは書かれていませんでしたが、経済と社会への理解は深い。三月十日(金)
憂国1
数学者から論理や金融、思想史を学ぶこともある。よく売れている『国家の品格』(藤原正彦・新潮新書)から。ただし主論の武士道のところは省きました。▼論理の連鎖。風が吹けば桶屋が儲かるの場合。風が吹けば埃が立つ。埃が立つと目を患う人が多くなる。すると目が見えない人が多くなる。目が見えなくなった人の中から三味線弾きが出る。三味線弾きが多くなると三味線の需要が増える。三味線の皮は猫のものなので猫の需要が増える。町から猫が少なくなる。するとネズミが増える。増えたネズミが風呂桶をかじる。だから桶屋が儲かる。長い論理は危うい。すべてのステップアップは灰色の仮説から始まっている。▼さてさて、資本主義がとてもアブナイ段階にきている。理由の一つは、市場原理の申し子とも言える金融派生商品(デリバティブ)の存在です。これは元々リスクヘッジ、すなわち商品価格や金利や為替など、先行きが不透明なものに対するリスクを回避するためのものでした。しかし最近では、これが投機目的化している。▼例えば、Aさんは現在千円のB社の株が三ヶ月後には値上がりすると思っているとします。Aさんは三百万円しか現金を持っていませんが、デリバティブを用いると、その三百万円を証拠金として差し出すだけで、三ヶ月後にB社の株を現在と同じ千円で十万株買う権利を買うことができます。たった三百万円の証拠金で一億円の株を買う権利を買ったのです。▼もし思惑通り株価が上がり、千五百円になったとします。すると、Aさんは時価一億五千万円の株を一億円で買えるのですから、五千万円引く三百万円も儲かるのです。値下がりした場合、Aさんは権利を行使しなければよく、証拠金の三百万円を損するだけですみます。▼一方、AさんがB社の株価は下がると考えたとします。Aさんはさっきと同じく三百万円の証拠金で三ヶ月後に現在値と同じ千円で十万株(総計一億円)を“売る”権利を買うことができます。ところがこちらは、三百万円の証拠金をもらう代わりに売る権利を放棄できないことになっています。思惑通り値下がりすれば儲けになりますが、もし逆に千円の株価が千五百円に値上がりすると、さっきの裏返しで、時価一億五千万円で株を調達しそれを約束の一億円で売るわけですから、五千万円引く三百万円の損害となります。▼これですまない場合もあります。千円の株価が五千円になれば、損害は四億円引く三百万円となるからです。▼デリバティブには、たった三百万円の元手で億単位の損得が生ずる可能性があるのです。これは「レバレッジ(てこ)効果」と呼ばれます。このおかげで1995年にはイギリスの名門銀行ベアリングズが、二十八歳のトレーダーによるデリバティブの大損で倒産しました。2001年にはアメリカで超優良とされていたエンロンという会社がデリバティブにより致命的な大損害を出しました。デリバティブは、権利を売買しても損得は発生していないので、貸借対照表には記載されません。従って、大企業が突然破産してしまうということがあり得るのです。▼新聞等ではなぜかあまり騒がれておりませんが、このデリバティブの残高が、国際決済銀行の発表によると2004年時点で一兆円の2万5千倍と言われています。多分、二京五千兆円とでも言うのでしょうか。数学者でさえ呼び方が分からないような単位まで金融商品の残高が膨れあがっているということは、あきらかに異常です。実体経済とはかけ離れたマネーゲームとなっているのです。デリバティブは、確率微分方程式というかなり高級な数学を用いた経済理論にのっとっています。論理の権化とさえ言えるものです。それが現状では最大級の時限爆弾のようなものとなり、いつ世界経済をメチャクチャにするのか、息をひそめて見守らなければならないものになっています。これは論理の破綻です。論理自体に内在する問題があり、これは永遠に乗り越えられません。▼これらは、金融工学の話です。だぶついたお金が地球の資源(鉄鋼・石油・天然ガスなど)の先物買いをしている。資源が枯渇していないのに灯油が高いのはこのためです。三月三日(金)
読むより詠もうⅡ
▽「ののしりの果ての身重ね 昼の闇」;韻をふむ。▽「墓の下の男の下に眠りたや」;自分が一番おもしろい題材。家族、職場、同僚、飼っている犬や猫、窓から目に入ってくる木々や虫まで、川柳の題材にはこと欠きません。しかし、これらを詠みつくすと、やがて作者は自分の内側を眺めるようになります。そして、一番おもしろくて訳のわからない題材、自分と出会うのです。▽「ポケットの手を出しなさいお別れです」;下六の押し。中七は厳守ですが、下五を少々重い下六することも効果的です。▽「稀にある美しい日が今日だった」;平明にして深く。技巧の前に大切なのは心なのです。何を言いたいか、自分に問い、胸にあふれてくるものを素直に書く。それが川柳です。▽「劣等感一途に烏賊のわたを抜く」;劣等感は優越感。劣等感と優越感、それは心に住む同居人なのです。▽「六月の闇霊魂が信じられ」;心の闇。文芸は夜生まれる。つまり、心の中に夜をもつことから文芸は生まれる。夜とは、闇、すなわち一人の世界です。心に闇をもつことは、難しいことではありません。目をつぶるだけで夜がつくれます。▽「私たちもう十分に生きました」;言い切る。▼以上が、川柳の入門編。ただ、日記のように川柳をつけることが身についてしまうと、技巧は上達するかもしれないが、心を吐くというテンションが下がってしまう。文芸としての姿勢から外れてしまう。なお注意点としては。六七五とか七七五とか、頭でっかちにするのは問題ない。上五は六音でも七音でも、中七下五が守られていれば、ちゃんとリズムが生まれます。▼「寝転べば畳一帖ふさぐのみ」(麻生路郎)、「仕事ほど体に悪いものはない」(不詳)、「煙草の火つけたとたんにバスが来る」(志ん生)。一句一訴。二月二十五日(土)
読むより詠もうⅠ (240)
下手でもいいから、なるべく早いうちに、自分の目と言葉で、五七五の川柳にする。文芸一般の上達法として言われるように、たくさんの作品を読むことはない。他人の句を読むことも大切ですが、自分でつくってみることはもっと大切。「できない、書けない」という前に、まずはペンを持つ。最初は指を折って、音数を数えながら書く。書いて書いて書きまくる。そのうち自然と五・七・五のリズムが身に付いてくる。時実新子のお弟子さんたちによる『川柳の学校』(杉山昌善・渡辺美輪、実業之日本)から。▼川柳のご先祖さまは一体どのような句を残しているか。『柳多留』から。「なきなきもよい方をとるかたみわけ」「本降りに成って出て行雨やどり」「寝てとけば帯程長いものはなし」。『末摘花』から。「あわび取りなまこのくくるこころよさ」「三味線の代わりに枕二ツ出し」「いなかいしゃへびを出したで名が高し」。つぎは七・七の『武玉川』から。「鳶までハ見る浪人の夢」「人の命を医者の手習い」「女の誉める女少なし」。▼つぎは新子句を題材にして。▽「いちめんの椿の中に椿落つ」;川柳は発想だが、誰もが思いつく第一発想は捨てる。▽「嘘のかたまりの私が眠ります」;自分を他人の目で見る。▽「こんないい月夜を救急車が走る」;幸福感と危機感。▽「スイスイと空の燕も無職かな」;推敲で気をつけることは、あれこれいじりすぎ、句の姿はよくなっても、肝心の訴える力が殺がれしまうことです。川柳は一呼吸の詩型、一気に吐いてそのままがよい場合が多いのです。▽「ぞんぶんに人を泣かしめ粥うまし」;意地悪精神。自分の意地悪な心を裸にする。▽「直角に沓履くミイラ夜は起つ」;事実でない怖さ。▽「何だ何だと大きな月が昇りくる」;あそびの心。▽「人形の かの人形の 熱き乳房」;擬人化。風景を詠むのが俳句なら、人間を詠むのが川柳。二月二十四日(金)
見立ての芸
だじゃれ好き、荻野アンナの『むだ口の効用』(NHK出版)から。▼落語は、地口(じぐち、言葉遊び)で落とすものもありますが、意外に数は少ない。たしかに落語は言葉の芸ではあるが、言葉で遊ぶだけじゃない。客との間には空間があり、空気がつまっている。志ん生に、絶品のマクラがあります。男がでかい茄子の夢を見た、というのです。相手は「どんなんだい?」と訊ねる。「このくらいかい?」「いいや」「じゃ、このくらいか?」「もっとだ」この部屋くらい、この町内、と規模がエスカレートして、ついには「闇夜にヘタをつけたようなの」に行き着くのです。落語は相手に創造させる芸なんです。落語は見立ての芸であり、お客に察してもらうのが本筋です。見立てやすくするには、具体的な情報を、コテコテ与えてはいけない。正体を限定しないでアバウトに。あとは観ている人が膨らませてくれる。▼でも、妙チクリンに長いのもあります。前座噺で「寿限夢」。寺の住職に、赤ん坊にめでたい名前を頼んだら、たいそう長い名前をつけられた。「寿限夢寿限夢五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶら小路ぶら小路パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」。▼ラジオで雑煮の話を拾いました。急に雑煮を食べたくなったら、お椀のなかに焼いた餅、とろろ昆布、梅干の種をとったの、ワサビをいれ、醤油をたらし、熱湯をそそぐ。これは伊丹十三がやってたらしいです。▼夜更けの雑煮と落語のとりあわせ、ってこともある。三月十七日(金)
メモリアルの木
「ゆき姐(ねえ)」でおなじみの兵藤ゆきさんが、毎週NYからネットに書き込んでいる。その中から。▼ニューヨークにいると、宗教のことを日本にいる時よりよく聞かれる。息子の学校の父母たちからも、さりげなく聞かれたりする。どう答えようが、それによって態度が変わるような人たちにはまだ幸い会ったことがないが、こちらも答える時は慎重にしたほうがいいとは思っている。さて、アンドレス(息子の友達)に「ユキは神さまを信じてる?」と聞かれた。どう答えよう。私はそこで、彼にこんな話をしてみた。私の母は、私の息子、すなわち彼女の孫が生まれるほんの10カ月ほど前に残念ながら亡くなってしまった。母はきっと孫に会いたかったと思う。私も会ってほしかった。息子も会いたかったと思う。亡くなった母や祖父、祖母のために、私の日本の家の中には「仏壇」といって、小さな家のようなものが置いてある。その中には、祖父、祖母のメモリアルの木と、母のメモリアルの木の置物などが置いてある。そこに毎朝お茶とご飯をお供えして、彼らをいつまでも忘れないようにしている。そして彼らはいつも私たちを見守ってくれている。か、どうかはわからないが、私はこの話をした。アンドレスの質問の答えにはなっていなかったかもしれないが、彼は話を聞き終わると「ユキ、僕はその話が大好きだ。いい話を聞かせてくれてありがとう」と、今にも泣き出しそうに、目にいっぱい涙をためて抱きついてきた。まあ、なんと愛らしい。▼しばらくしてから、アンドレスの家に遊びに行ったとき、この話を彼のお母さんにしてみた。すると彼女はこう言った。「私たちがコロンビアではなく、NYで子どもを育てようと思った理由のひとつに、まさにこういうことを子どもたちに経験してもらいたかったということがあるんです。NYには世界各国から移民してきた人たちが生活している。そして、そういう人たちと交わることにより、世界にはいろいろな人たち、いろいろな考えの人たちがいるということを、小さいときから目で見て、耳で聞いて、肌で感じて、心の広い人間に育ってほしいのです。ユキ、アンドレスにちゃんと話をしてくれてありがとう、感謝します」。▼神々のことは以前から気にはしていた。田舎育ちだから自然神なら受け入れる素地はある。二月十日(金)
かけがえのない場所
日本各地でその土地の人々と出会う。『プライド・オブ・プレイス』(森まゆみ・みすず書房)から。▼この地方では、お正月は神さまの役割である。男がつかさどり、神棚を清め、お札を貼り、お神酒をあげて酒を飲む。一方、盆の方は仏さま。女たちが嫁いだ家の先祖の霊を迎え、それをなぐさめるために踊る。男たちは一切かかわらない。それは年に一度、女たちが解放される日でもありました(「清光館哀史」)。▼農民が三百万人、猟師がかあちゃんとあわせて二十九万人、三パーセントの人口で、一億二千六百万人を食わしているんだから、自給率四十パーセントなんて、よくやってるもんだと思うよ(「半農半漁」)。▼京都や奈良で仕事があっても、ついつい足は大阪へ向かう。市場では、「一つなら九百八十円、二つ買うならなんぼや」「よし、まけとこ、千五百円」。であっという間に商談が成立する。そのあと「ゆ」に行けば、「あのおっさんもついに捕まらはったなあ」「あれだけ、好きなことやらはったら満足やろ」とおばちゃんたちの評定。のうのうと湯につかりながら聞いていると、なんとフセイン元イラク大統領の話らしい。まるで隣の長屋の住人のように、そんなところが好きである(「気の会う町、大阪」)。▼台湾では社区総体営造(まちづくり)が盛ん。台湾人は決断が早く大胆だ。私たちのように地域社会のボスの鼻息をうかがいながら、根まわしをして、慎重に完璧にすすめるのではなく、いいと思ったらすぐやる。それもアバウトに。それだからエネルギーの消耗が少ない(「台湾紀行」)。▼人間交流の原点は、そこにしかないものを食べさせる。いちばん自慢できるものを見せる。自分の一番得意技を披露する。私には自作の品も芸もないなあ(「続、台湾紀行」)。▼「わたしはここにいる。私がいるべきところに」(イサク・ディーネンセン)。人はどんな土地にも住む権利がある。しかし実際には、たまたまその土地と遭遇したり、あるいはたまたま代々住んできたにすぎなかったりする。しかし、それはその人にとってただの空間(スペース)ではない。住むことによって、そこはかけがえのない場所(プレイス)になるのだ(「小樽への旅」)。二月三日(金)
ぴあにすとⅡ
▼アルゲリッチがピアノを弾いている姿は、超一流のアスリートの美しく無駄のない動きを連想させる。まず、座り方が美しい。背筋をすっとのばし、体重は完全に臀部に乗っていて、肩にも肘にも手首にもどこにも無駄な力がはいっていないから、腕は前後左右上下自由自在に動く。安川加壽子の演奏する姿とよく似ている。フランス風にさらさらと優雅に弾いていく安川と、いかにも南米出身らしい情熱的な演奏をするアルゲリッチとでは正反対のように思われるが、ルーツはどちらもラテン系のピアニズムである。共通点は多い。逆に大きく異なるのは、旋律の歌わせ方だ。テンポをくずさず、さらさらと弾きすすんでいく安川に対して、ベルカント奏法をみっちり仕込まれたアルゲリッチは、ねばり気のあるタッチで心ゆくまで歌いこむ。単音でメロディを歌うところなど、本来音のつづかないピアノで弾いているとはとても思えないほどだ。▼ピアニストとしてのアルゲリッチは、女流の域をはるかに超え、骨太な技巧、緩急自在な指さばき、本能的なツボをおさえた表現力、スケールの大きさ、何よりも圧倒的な音楽の推進力を持っている。しかし、音楽家としてのアルゲリッチのあり方は、多くの女流演奏家の中でもとりわけ女性らしいと思う。彼女自身、男性の知的な構築性、冷静で理詰めな思考に魅力を感じているふしがある。アルゲリッチが室内楽で多くの優れた男性アーチストたちと共演しようとするのも、ステージの上で張り合いたいという気持ちとともに、彼らの中に自分にはない構築性を求めているからではなかろうか。▼アルゲリッチはなぜソロを弾きたがらないか。なぜ協奏曲なら弾くのか、なぜ室内楽の相手をころころ変えるのか。双子座で相対思考だからなのか。それもあるが、アルゲリッチが自分からピアノを弾きたがらないのは、いつも「影」のように、何かがないと自分も何かであることができないからだ。グルダのレッスンを受けているときも、彼が先に弾かなければ自分も弾かなかった。「私が始めないわけ?他人が始めると、うん!私ってことになるの。私っていつも反射的に動くの」。▼フランソワは、リヒテルやアルゲリッチと違って、ステージに恐怖はなかった。自分は、芸術と生活を分けない。コンサートで弾くことは、日常生活を何ひとつ変えずにつづけることだ。自分の部屋で練習しているものの延長がステージなのだ。だからといって、フランソワのステージが日常の垢にまみれていたわけではない。むしろ反対で、自分の家でもステージでも、いつもトリップしているのが彼にとっての「日常」だった。一月二十八日(土)
ぴあにすとⅠ
ドビッシー弾きの青柳いづみこさんの著、『ピアニストが見たピアニスト』(白水社)から。▼リヒテルは言う。演奏は見事でも、すべてを皿に盛るように出してしまうピアニストが沢山いる。いい演奏なのだが、演出が足りない。不意なもの、思いがけないものこそが感銘を生むのに。グールドのバッハは少しばかり輝かしすぎ、外面的過ぎる。バッハの音楽はもっと深く、厳しいものだ。ポリーニのショパンは二頭筋が発達しすぎていて、ポエジーも繊細さもなく、即興的な感興が感じられない。▼さて、ミケランジェリの「感情移入しない」演奏、これは彼の完璧主義からくるのだろうか。演奏中にあまり気持ちを出すと、完璧に弾けなくなる。では、どうしてそんなに完璧に弾きたいのか。ピアニストはもともと完全試合願望がある。私だってステージに上がるときはどの音も完璧に弾き、どの表現も完璧にこなし、曲の構造も完璧に組み立てるつもりで臨むのだ。何によらず「間違えるのが嫌い」なミケランジェリは、いかなる弾き違いも、ど忘れも、そればかりか、ほんのかすかなタッチのばらつき、発音の不鮮明すらも自分と楽器に対して許さなかった。それに、ミケランジェリの演奏が冷たいのは、あまりにも練習のしすぎ、作品を果てしなく磨きあげすぎたせいだ、という説がある。同じことをほんとに何百回もさらう。徹底してさらっていた。▼アルゲリッチは、リハーサル中、とても調子がよさそうにニコニコとご機嫌で弾いていても、いざ本番になって時間がきたら、楽屋の扉を固く締めて出てこないことがある。「今日は弾けないからやめる」と言い出す。これは多分、リハーサルで気持ちよく弾けすぎたのがよくなかったのだ。リハーサルではむしろ乗りすぎないように、なるべく気分が高揚しないように注意しながら、暗譜の確認や楽器の調子などを点検して本番に備える。ところが、何かの間違いで調子よく弾いてしまったりすると、かえってこわくなる。▼霊感は一晩に二度も降りてはこない。一月二十七日(金)
転型期Ⅴ~文化②
▼自治体における文化を考えると、市民の文化活動は、いまだ文部科学省、自治体教育委員会の系列による外郭行政団体に組織されがちで、そこに国・自治体を問わず文化をめぐる政官業複合をかたちづくってきた。かたや都市型社会では、あらたに文化団体の自立叢生、文化産業や国際組織の成立がある。この意味で、文化活動も分権化・国際化するとともに多元化していく。ここにきて、私たちの今日の生活様式自体が文化でもあるため、産業の文化水準は市民・地域の文化水準、市民・地域の文化水準は産業の文化水準という循環関係となる。地域のみずぼらしさは、地域における文化産業あるいは文化関連産業のみずぼらしさによっている。それゆえ、日本の観光は旧来の名所旧跡と温泉に限られ、人々が生活する都市や農村それ自体が誇るべき観光資源となりにくい。▼自治体には、世界共通文化とか地域個性文化をつくるという発想が成熟していない。行政全体を変えていくには、自治体であれば社会教育行政を廃止し、行政全体の文化化をおしすすめ、首長の部局に「文化室」を新設し、現教育委員会は学校問題に特化させていいのではないか。市民の文化水準はすでに国の官僚・自治体の職員よりその水準は高いのである。社会教育は終焉したのである。ついで既存のハコモノの活用転用、運営管理の見直しが急務である。支える人材には、熟度の高い中高年専門家の募集もはじまってきたが、市民型発想の専門家は今後急速に登場してくるであろう。▼日本の地域景観、まちづくりは、いまだに貧しい。それは人材養成の大学にも問題がある。公共空間を設計するにしても、建築学科は建物の「点」が中心、道路や河川をつくる土木学科も「線」が主流、造園学科も地域景観への広がりをもたず、地域を「面」としてとらえる公共設計にかかわる学科編成のタチオクレがいちじるしい。この公共設計にかかわる職種は、先の法務・財務とともに自治体の戦略職種をになっていくのである。地域と大学とのかかわりも地域文化戦略の柱となる。一月二十四日(火)
転型期Ⅳ~文化①
▼今日のさまざまな「日本文化論」は、温泉につかり「日本に生まれてよかったネ」式の私文化型独善におちいっているのではないか。日本各地おける「公共空間」ないし「公共設計」はミジメな状況である。外国人の観光でも、古都は訪れるが、みなさんの街に訪れることはない。街がミジメだからである。「鬼は外、福は内」の公共空間ゆえである。生活態度では、まだムラ社会特有の横ナラビ・先オクリをひきずりながら、都市社会のミンナオナジという同調性がひろがっている。テレビ番組、マスコミ論調、学説までをふくめて、そのいちじるしい画一化を想起してほしい。テレビなどで、日本の文化がいかに豊かにみえても、これでは幕府専制のもとでの元禄文化にすぎない。日本で文化を語るとき、文化とは戦前の国家重圧下では文字どおり私文化の「内面」「精神」「教養」どまりであった。戦後も官治集権を原型として、画一化するテレビ、新聞の論調にみられるように、大衆政治というかたちでの同調をおしすすめてきた。ことに、マスコミ論調では、政官業複合に寄生する「記者クラブ」、また有力政治家など特定個人にぶらさがる「番記者」の日本型閉鎖性を強調しておきたい。さらに、テレビなどでは電波割当など、所管省庁での政官業複合も問題となる。政党間政権交代の未熟とあいまって、これでは情報公開、政治批評は不毛にとどまることになる。この点、問題点が厳しいとはいえ、ITをめぐって「市民情報流」の今後の可能性には留意しておく必要があろう。一月二十三日(月)
転型期Ⅲ~自治体財務
▼日本は二○○○年前後、経済は低成長となるのみならず、国・自治体あわせてGDPの一・五倍の借金をかかえてしまった。この状況下で、自治体・国の政府間による財源の「分権化」という財政問題が先鋭化してくる一方、個別の自治体ではさしあたり、目前のヤリクリとしての「財務」問題が緊急となる。今日の自治体の財政課は、個別自治体で不可欠となっている財務技術としての、原価計算・事業採算の手法開発、時価方式による連結財務諸表の作成、ついで予算・決算の款項別から施策別への再編、また官製談合すらある入札の透明化など、時代の要請にたいするタチオクレがいちじるしい。この実状では、市民の財源つまり公金をめぐって自治体職員がコスト意識すらもてないでいる。財政職員の責任は大きい。総務省が急ごしらえした自治体バランス・シートも「計算あってゼニ足らず」で、黒字でも倒産する役立たずの計算式になっている。この自治体財務技術の開発は、自治体法務技術とともに、明治以来はじめて直面した未開・未知の問題領域である。自治体財務をめぐる従来の一般指標となっている旧自治省・現財務省系の経常収支比率、公債費負担比率、などの財務指標は一応の目安となるが、これは地方公社や第三セクターなど「行政外郭組織」の財務実態と連結していないので、カクレ借金などがわからない。そのうえ、日本の官庁会計は、いまだに単年度大福帳方式にとどまるので、借金も収入なのである。時価による行政外郭組織との連結財務諸表の作成・公開がなければ、市民、首長、議員、職員すらもわが街の借金総額をはじめ財務実態がわからない。▼とすれば、財務改革には、まず、長期財務指数の作成、たとえば、将来にわたる年次ごとの人件費ないし退職金の予測、おなじく将来の年次ごとの公債償還額ならびにその交付税措置予定額の予測、あるいは施策・施設別の人件費をふくむ原価計算・事業採算、ついで連結財務諸表の作成、また入札改革、徴税コスト削減、法定外収入開発、さらに共通経費の算定・縮小ならびに自治体間比較といった、緊急あるいは長期にわたってこれら新課題にとりくむ少人数の「財務室」の設置が、法務室の設置とならんで不可欠となる。一月二十二日(日)
転型期Ⅱ~自治体法務
▼官治集権のトリックを廃止した二○○○年分権改革により、市町村は国に対して独自課題をもつ「政府」となる。これまでの国家統治をかざす日本の憲法学は行きづまり、自治体はみずからの政府としての基本法、いわば自治体の憲法となる「自治体基本条例」の制定から、自治体づくりを始めることとなった。自治体の職員は、従来のようにヨコナラビ、サキオクリの手法だけでは立ち往生してしまうであろう。▼日本の危機管理諸法についても考え方は逆さまである。官治集権の現行「有事法」を再編し、市町村の自治体から出発する自治分権型の法整備が緊急なのである。日常の事故、災害あるいは感染症、核・生物・化学兵器などの国際テロや各種ミサイル攻撃までを含めて、国の政府は日本の各地についての土地カンもなく、とりわけ東京が大震災ないしテロ・ミサイルなどで崩壊するなら、国の政府・省庁も同時崩壊するため、官治集権型では危機管理などできるはずもない。つまり、震災時の救援車の邪魔になる電柱の地中化、ボランティアの動かし方など、市民生活からの発想による政策・制度構想こそが不可欠なのである。▼なぜ、自治体の法務が必要なのか。二○○○年分権改革によって、新たに「政府」としての責任をになう市町村が、「法務・財務なくして分権なし」という事態に至った。機関委任事務というトリックの廃止によって、自治体はその活動の全域において、あらためて国法の「自治解釈権」をもつだけでなく、また条例の制定という「自治立法権」をもつことになった。ここから、これまでの自治体の「事務」つまり「行政」は、自治体が政府として、みずからの政策・制度を策定・実現するという「政治」となったのである。とすれば、各自治体独自の政策・制度の策定・実現をめぐって、この自治解釈、自治立法についての「自治体法務」が急務となり、「政策法務」がその中核をしめるのは当然となる。一月二十一日(土)
転型期Ⅰ~公共政策 (230)
溶解しはじめた日本のかたち。その基軸をどこにおけばいいのか。『転型期日本の政治と文化』(松下圭一・岩波書店)から。▼公共と政策は、市民の生活現場から組み立てるものであり、プラグマティックな思考が求められる。第一に、公共課題をめぐっては、都市型社会の福祉・都市・環境の新課題だけでなく、古来からの治安・軍事・徴税・財務という古典課題が広がっている。第二に、基本法としては、自治体基本条例、憲法、国連憲章が、政策公準となる。第三に、合意手続きとしては、従来の議会手続のほか、情報公開、市民参加など多様な制度開発が始まっている。この公共政策領域は、実務型の社会工学といえるが、日本はまだ中進国段階で、官治集権から自治分権へは転換しきれていない。しかし二○○○年分権改革は、全国画一行政を国家・公共の名で強制した「機関委任事務」方式のトリックが終わり、この機関委任事務にもとづく通達・補助金行政は、財政破綻とあいまって終焉をむかえる。そのことで自治体は再構築を必然とした。一つには、機関委任事務・通達の廃止にともなう「自治体法務」、二つには財源緊迫にともなう「自治体財務」が、新たな課題領域となった。この法務・財務に習熟して初めて、国の省庁から自立する「自治体政府」になり得る。▼都市型社会の理論構成は、神のごとく全能で絶対・無謬の国家から、市町村の自治体が派生するという国家統治が終わり、市民や市民社会を起点に市町村、国、国際機構へと、順次、政府課題を補完するとともに、市民が各政府レベルの政策を組織するという「市民自治」に変わらざるをえなくなる。これは近代の市民政治の理論をくみたてた、ジョン・ロックのモデルでもある。また、都市型社会では、農村型社会の基底をなすムラが崩壊し、マス化にともなう「大衆政治」といいう固有病理をもち、個人孤立や大衆同調、ついで麻薬、犯罪、新宗教、テロの社会技術の条件が、深化・拡大していく。マスコミ論調の画一化も留意すべきであろう。▼毎朝の新聞はお祈りのようなものなんですが、それを裏読みするとか、他の情報源がないと、どうしても自分の考えも同調しがち。「なめらかな君の語りは朝読んだ」。一月二十日(金)
タクシーの耳学問が小うるさい
さて、川柳のいまは。『川柳うきよ鏡』(小沢昭一・新潮新書)から。▼「死ぬときに欲しがるものはただの水」「、「本心を聞いてみたさのお茶を注ぎ」、「ついて来い言った亭主がついて来る」、「客帰り関白の座に戻る妻」、「素朴さも一皮剥けばただの野暮」、「戦争をやめさせるため戦争し」、「天災は忘れぬうちにやって来る」、「知ったふり知らぬふりする聞き上手」、「多機能種使える機能二つ三つ」、「タクシーの耳学問が小うるさい」には拍手ゥ。「終電車働き過ぎと遊び過ぎ」、「メガネだし俺の新聞覗いてる」、「妻旅行電話も人もぴたり止む」、「定年後家事手伝いを肩書きに」、「栓抜きを帯にバツイチ口にせず」、「悪口を言いつつ贈るお中元」、「遺憾です二度とこんなこと三度四度」、「人間は悪くないがと悪く言い」、「威勢よい奴に限ってない品位」、「銭湯で洗う順序にある個性」、「ほんとうの私を知っている枕」、「あの世とは良いとこらしい行ったきり」、「後半は足早になる美術館」、「断って二度目の誘い待っている」、「帰省して妻が入らぬ墓洗う」、「その件は最高裁のママに言え」、「もうこれに乗れば安心霊柩車」、「三面鏡三面ともにブスはブス」、「成り行きに任す外なし寝るとする」、「さりげなく女よこがお盗ませる」、「最近のテレビぶっても直らない」、「阪神と政治はどうして駄目なのか」、「この辺が俺の場所だなクラス会」、「慰めも励ましもせぬ友が好き」、「よく見たら外人だった茶髪の娘」、「図書館で一番人気はスポーツ紙」、「リモコンを炬燵の妻の背に向ける」、「万札は人に上下のあるを説き」、「女房の尻を輪ゴムの的にする」。▼川柳はナマな表現でなく、笑いをさそい、ひとひねりして刺す方のがよろしいようで。一月十三日(金)
れていても れぬふりして られたがり (228)
江戸古川柳を漫画でたのしむなら、『風流江戸雀』(杉浦日向子・新潮文庫)。▼「馬子唄に二人ひれふす麦の中」、「花の留守大の字になる居候」、「くどかれてあたりを見るは承知なり」、「四角でも炬燵は野暮なものでなし」、「笑って見ぷんとして見る鏡の間」、「寒い時おまえ鰹が着られるか」。▼すこし系統だったものといえば、箱入りの『誹風柳多留』(新潮日本古典集成・宮田正信校注)があり、脚注なんかも優れている。その中でよく知られたものをモジって一つ。「本降りになって落ち着く立ち飲み屋」。一月六日(金)
2009年3月6日金曜日
cojiki-05
上等、一人前 (227). 2
ゆるゆる.. 2
9条の2.. 3
憲法を変えて戦争に行こう.. 3
声は、あくびから.. 3
おい癌め... 4
脳は疲れず、目だけ疲れる 2.. 4
脳は疲れず、目だけ疲れる 1 (220). 5
タテ、ヨコ、ダンカイ.. 5
何も知らない日本人... 5
空っぽの冷蔵庫... 6
生活情報地図と連結財務諸表... 6
ばか者、若者、よそ者... 7
アングラ経済... 7
昭和天皇と戦争... 7
進化には重力が... 8
山に木を植える漁民... 8
ノートの切れ端 (210). 8
かるい気分で... 8
農家に知り合いは?... 9
なんでも半分... 9
いい町に…... 10
巣箱と粗朶... 10
米軍再編のネライ.. 10
ローマ法王... 11
使わないものは持たない... 12
クラシック音楽と本さえあれば... 12
あいづち (200). 13
オニババ2.. 13
オニババ1.. 14
舌先つるつる.. 14
チャペックの庭... 15
チャペックの犬... 16
シュミレーションする演劇2.. 16
シミュレーションする演劇1.. 17
異論、排除せず... 17
てほどき.. 18
新ちゃんの叔父さん(190). 18
「も」. 18
言葉の宝石... 19
地球四周と夜這い... 19
楽縁社会... 20
動物ガイド3.. 21
動物ガイド2.. 21
動物ガイド1 (183). 21
上等、一人前 (227)
年の暮れに今さらと思いながら、『男の作法』(池波正太郎・新潮文庫)なんて本を手にしちゃいました。▼はじめての寿司屋は、椅子とテーブルのある店であれば安心。そこへ座って「上等を一人前たのむ」こう言えばいいんだ。カウンターのお好みと同じネタで握ってくれて、しかもいくら高くたってたかが知れているんだよ。カウンターだけの店なら勘定は高くつくと覚悟しなきゃいけない。▼旅が嫌いだという人はあんまりいないだろうと思うけど、ぼくはねえ、どっちかというと億劫なほうなんだよ。家でゴロゴロしているほうがいいわけなんです。でも行きたいとなると、行ってみたいところがあると、南フランスへ行こうとか、事あるごとに思っていると、自然に行けるようになってくるんだよ。それはいわば「求心力」だね。何かにつけ、やっぱり求心力は大事だね。絶えずそのことを思っていれば、無意識のうちに少しずつ段取りを進めていくからね。だから自然にそうなるということなんだよ。▼そばを食べるときに、食べにくかったら、まず真ん中から取っていけばいい。そうすればうまくどんどん取れるんだよ。▼メモは取らないね。本を読んでも整理なんかしない。全部忘れちゃうわけですよ。ぼくはメモを取るのは日常的に忘れちゃいけないことだけ。だれだれにこう伝えておかなきゃということだけですね。ただ、仕事の上で、頭に浮かんだことを書きとめておくということはありますよ。でもことさら情報を収集するとか整理するとか、ぼくはしないね、怠け者だから。だけど若い人たちはやったほうがいいですよ。▼日記も、忘れちゃいけないことしか、今は書かないね。毎日食べたものとかね。これはある程度、家内のためですね。年中おかずを考えるのに困ったときに、ぼくのところへ来れば即座に答えてやることができる。▼すべて五分五分とおもっているね。直木賞なんかも入るかもしれないし落ちるかもしれない。戦争に行っても、戦死するか生き残って帰ってくるか、それは五分五分。おおげさかもしれないが、五分五分の人生観というか考え方をしてないと、時間がもったいない。悔やんだり落胆に時間をかけるのはもったいない。▼すき焼きのねぎは、斜めに切らないで短くぶつ切り。鍋に縦に並べるわけよ。そうすると、ねぎというのは巻いてあるから、その隙間から熱が上がってきて、やわらかくなる。▼サービス料がある場合はチップはいらないというのは、これは理屈ですよ。だけどね、こういうことをいうとまた誤解されるかもわからないが、かたちに出さなきゃわかんないんだよ、気持ちというのは。タクシーの運転手さんに「ありがとう」と言ってね、ただ「ありがとう」だけじゃ駄目なんだよ。なにがしかの身銭を切らないとね。たとえ百円であってもね。▼女の人は、自分と自分のすぐまわりのもの、現実的な生き方という面においてすごく強いわけだから、自分の女房にする場合にまず考えることは、「女の中では、ほかのことにも割合に気がまわる女か、どうか」ということです。たとえば電話のかけ方でだいたいわかるじゃない、女は。▼今年はご苦労さまでした。よいお年を。十二月三十一日(土)
ゆるゆる
小曲だけでいいから、世界最高水準のピアノ演奏をしたいといって、呼吸の仕方や、体の中心装置を習得するため「ゆる体操」を始めた人がいる。ということで『だれでも達人になれるゆる体操の極意』(高岡英夫・講談社α文庫)から。それに、もめごとや交渉ごとには胸襟を開きハラを据えなければ、というときも「ゆる体操」です。▼それではまず、「寝ゆる体操」から。「腰モゾモゾ」「すねプラプラ」「膝コゾコゾ」を。▼つぎは「椅子ゆる体操」を。「腕支え腰モゾモゾ」「背もたれ首モゾモゾ」「手首プラプラ」。▼つぎは「立ちゆる体操」。「ひじクルン」「肩ユッタリ回し」「肩こりギュードサー」「胸フワフワ背フワフワ体操」「足ネバネバ歩き」「魚クネクネ」。▼つぎは「息ゆる体操」。「息ハートロトロ」「股キュートロトロ」「息スーハートロトロ」。▼これらの体操を日々の生活や活動に取り入れる。まずはテレビをみながらの「ながらゆる体操」です。二つ目は、何かを待っている間に、ちょっと手持ちぶたさになったときの「すきまゆる体操」です。三つ目は、せっぱつまったら、どうしたらいいかわからなくなったら、余裕がなくなったらの「なったらゆる体操」です。この三つのやり方で、日常にバンバン取り入れる。なにをしていてもできるのが「ゆる体操」です。▼ゆるゆる言いながらやってると、それなりに身体がふにゃふにゃ。十二月十六日(金)
9条の2
政治は「何でもあり」の様相で、しかも大衆扇動の気配が感じられる。田中宇の配信メールから。▼小泉首相の靖国参拝の目的はなにか。あえて中国との緊張関係をつくりだしているのだ、との見方がある。それは、日中や日朝の関係が好転してしまうと、「在日米軍が撤退しても、今のままの憲法で良い。自衛隊を強くする必要はない」という世論が強くなる。アメリカが「日本の防衛は日本自身でやってくれ」という意志である以上、従来の「日本をアメリカが守る」という前提で作られた日本国憲法も、改定が必要になる。しかし、改定を実施するためには、いわゆる「平和ぼけ」の世論が邪魔だ。▼ここしばらくは、靖国参拝や、東シナ海油田、竹島問題、北方領土問題に対する強硬姿勢によって、中国や韓国、ロシアなど周辺国との関係を悪くしておき、国民を「強い軍隊を持たねばダメだ」という気持ちにさせ、憲法改定や、防衛庁の省への格上げ、防衛費シーリングの緩和、独自の軍事産業の育成などを実現しようというのが、小泉政権の意図ではないかと思われる。▼実際、自民党は11月22日の結党50周年大会で、戦力不保持を決めた条項(9条の2)を削り、軍隊(自衛軍)の保持を明記する憲法改定案を発表した。今回の憲法起草委員会では、中曽根元首相がとりまとめた憲法前文「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び…」をばっさり切った。委員会の軸になっている舛添要一参議院議員は「中曽根前文は復古的な内容で、公明党や民主党が憲法改定に賛成できなくなってしまうから削除した」という主旨の説明をしている。憲法草案は、前文以外の部分でも、公明・民主を抱き込めるようにした。草案は9条について、「戦争放棄」を定めた9条1項は現行憲法どおり残すが、「戦力の不保持」と「交戦権の不認」を定めた9条2項を改定し、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を「内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」とした。▼「戦争放棄」を削除すると、多くの国民の支持が得られなくなり、公明・民主も同意しにくいが、2項の変更だけの場合、交渉の余地が大幅に広がる。この点についても舛添氏らは、自民党内に9条1項の削除や改定を求める声があったのを無視して草案を決めている。また自衛隊の名称も、党内には「国防軍」にという主張があったが、公明・民主を抱き込めるよう「自衛軍」とした。舛添氏は、党の会合で「今回の憲法改定は、9条2項を変えることに尽きると言っても良い」と説明している。▼米軍が一方的に在日米軍の空洞化を進めている中で、小泉政権としては、自衛隊を早く正規軍に昇格させる憲法改定に込まれている。一方アメリカは、日本が防衛力を持つために国内のナショナリズムを扇動する必要があるなら、尖閣でも靖国でも、何でも使って良いと考えている節がある。また「日米が協力して中国を封じ込める」という構図づくりは、日本国民を好戦的な方向に引っ張っていくためのたイメージ扇動であろう。日本人の大多数は、これに乗せられている。ほぼ間違いなく言えることは、今のアメリカは、日本に従属を求めていないし、中国包囲網を強化する方向にもないということだ。▼この記事は深読みし過ぎだろうか。大衆扇動のつぎに、右向け右、なんてことには。十二月九日(金)
憲法を変えて戦争に行こう
話題の自民党憲法草案は、憲法を変えて戦争へ行こうという内容です。同様の『憲法を変えて戦争へ行こう』(岩波ブックレット)では、憲法9条と護憲への思いを18人が伝えている。でも、具体の提案はひとつだけだった。▼日本のODA予算は8千億円、その一方で防衛予算は4兆8千億円とODAの約6倍。それを逆転させて、アジア、南米、アフリカの国に思いきり援助を厚くしてはどうなのか。ミサイル一発が1億円として、そのお金で、アフリカなら5百万円で1校、つまり20校の学校が建つ。どちらがいいかは、あきらか。そうして国際社会で日本はやさしい国、いい国だと認められれば、たとえばどこかの国が日本を侵略してきた場合、他国は一緒に立ち上がってくれると思う。それは戦力を持つよりはるかに日本の安全につながると思う。▼この提案は光っているが、改憲の流れのなかでは埋没してしまうのでしょうか。十一月二十五日(金)
声は、あくびから
話の間を空ける、はっきりと言う、トーンを変える。このあたりの至芸なら、噺家の古今亭志ん生あたりでしょうか。さてその声づくりの基本はどんな風に。『声のトレーニング』(福島英・岩波ジュニア新書)から。▼ベストの声だと、のどや首、あごなどで声がじゃまされずにうまく共鳴しながら、遠くまで伝わっていく。芯があり、ひびきに線が通っている声。奥行きがあり、はっきりしていて、鋭くも柔らかい声。▼そのためにはまずは、ため息から声にすることから始める。のどのあたりが響かないように、胸の中心がひびくようにしてみる。口の奥がのどの方まで広がる感じで、あくびをする。このとき、あごは前に出さないように。その口の形を変えないで、声を出す。アーエーイーオーウー。口の奥が開くと、声は出しにくいが、うすっぺらな声ではなくなる。息ばかりがもれる人は、あくびをして口の奥の天井部分に声を当てる感じで、声を出す。▼声は体調しだいで、音色もひびきもトーンも変わる。声は生の自分をさらしているのですね。恥ずかしい、はずかしい。十一月二十三日(水)
おい癌め
10年後には、2人に1人ががんで死亡するらしい。高齢になると老化した細胞が、間違いコピーをしやすいからだ。『自分を生ききる-日本のがん治療と死生観』(中川恵一×養老孟司・小学館)から。▼末期のがん患者は痛みを訴える。「先生なんとかしてください。いまの状況を楽にしてくれたら、あとのことは、いっさいどうでもいい。死のうが生きようがもうそんなことは関係ない」。▼モルヒネを注射すると中毒症状はあるが、口から飲むと、中毒症状はない。だからモルヒネ類で痛みを和らげるのがよいと思うのだが、まだ米国のようには使われていない。「おれは死ぬんだよな」というとき、痛みをがまんしてどうなるのってことに、直面する。▼患者さんががん、あるいは死に直面したとき、まずは「否認」する。次に「なんで自分が」と「怒り」、「もし治ったら」と神様と「取り引き」をして、「抑うつ」などを経て、それを「受容」する。それに、こんな人もいる。「死ぬならがん」。死ぬまで時間があるので、身の回りの整理ができて、人に見せたくないものとか燃やさないといけないものとか、いろいろありますから。▼さて、この人の闘病もそうでした。『おい癌め酌みかはそうぜ秋の酒』(江国滋・新潮文庫)から。食道がん告知、十時間余の大手術、水一滴飲めぬ術後、再発を日記につづる。敗れはしたけれど闘病の六ヶ月はつらくはあるんですが、折々の句が救いです。▼さてさてと思いながら、厚生労働省認可の緩和ケア病棟を調べたら道内に6ヵ所、そのうちの一つが恵佑会札幌病院でした。ここの院長は私のかかりつけ。なら、何かの時には頼りにしようか。十一月二十二日(火)
脳は疲れず、目だけ疲れる 2
▼海馬は寝ている間に、記憶の整理整頓をしている。外界をシャットアウトして、余分な情報が入ってこないようにして、海馬の神経細胞1千万個が、それぞれの細胞で情報をつないだり、新しい組み合わせをしたりしている。寝ている間の海馬の情報整理をレミネセンス(追憶)という。たとえばずっと勉強していて「解らなかったなあ」と思っていたのに、ある時目からウロコが落ちるように解る場合がある。それがレミネセンスの作用。ピアノの練習をいくらしても弾けなかった曲を、次の日にすらすら出来てしまったりする。脳が夜、情報のつなぎ換えしているうちに、出来るようになることもある。ただ、寝不足になると、海馬はその整理整頓を今度は起きている間に始める。つまり幻覚症状。▼海馬の神経細胞のつながりは、受け手の細胞がカギを握っている。受け手が受け取らないと情報が流れない。イニシアティブは、受け手が持っている。プロポーズもプレゼンテーションも、何もかもぜんぶがそう。受け手にとっては「はい」って言うだけの仕事量なんだけれど、その「はい」がすべて。▼脳は安定化したいという性質が強いので、自分があらかじめ言ったことに対しても、どんどん安定化していこうとする。いいことを言うと、その通りになる。悪いことを言っても、その通りになる。言葉の呪いがかかってしまう。▼脳は安定を求めるから、やりかけのことだけが募ってくると、当然、誇りは生まれない。誇りを生むためには、ちょっとでも完成したものを残しておくというか、そうしないと、自信は出てこない。インターネットでは、未完成のものが使える。お陰で、「やりかけに見えるけれどもここまでは考えた」という軌跡はぜんぶ残るので、あとでつながる。考えた結果ではなく、考えのプロセスをアウトプットしている。インターネットがなければ、考え途中のことを発表することは出来なった。これは、科学の世界でもおなじ。昔の科学は結果勝負ところがあって、全部を証明してから発表していたんですが、今は仮説のまま公表しちゃう。仮説の発表後に人が寄ってきて、その仮説を証明していくというように、科学全体がプロセス重視に変わってきている。閉鎖系から開放系へ、です。▼頭のいい人は、長期的な視点からみれば案外進化しない。頭のいい人は、ひとりで何でも出来てしまう。逆に頭の悪い人は、他人と協力しないとやっていけないから、そういう共同作業から生まれる進化や変化は、横のネットワークが強まり、ここまで高度に進化したんじゃないかという考えかたも出来るわけです。十一月十九日(土)
脳は疲れず、目だけ疲れる 1 (220)
脳の解明がすすんでいる。『進化しすぎた脳』(池谷裕二・朝日出版社)から。▼人間は見たものそのものを覚えるんじゃなくて、そこに共通している何かを無意識に選び出そうとする。脳はあいまいにものを蓄えようとしている。ものごとの裏にひそんでいるルールを抽出して学習するためには、学習スピードが遅いことが必須条件。学習スピードが速いと、表面に見えている、目に見えたものだけに振り回されてしまって、その奥にひそんでいるものが見えてこない。▼ついでに『海馬-脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里、新潮文庫)から。▼夢は過去の記憶の再生。フランス語を知らなければ、フランス語をぺらぺらしゃべる夢をみることは絶対ない。▼海馬は側頭葉の裏にあり、記憶の役割をもつタツノオトシゴに似た部位。記憶の製造工場である。膨大な情報を受けとったら、まず海馬が必要な情報だけを選び抜いている。というよりほとんど捨てている。また、いったん分類してしまうと、それ以外の尺度では分類できなくなってしまうという性質がある。▼感情をつかさどるのは扁桃体で、好き嫌いはなどの感情は、ぜんぶ過去の記憶から生まれる。▼「やる気」を生み出ところは、側座核という豆粒みたいな脳の部位でおこなう。この神経細胞はやっかいなことに、なかなか活動してくれない。だから、やる気がない場合でもやり始めるしかない。そのかわり、一度はじめると、やっているうちに側座核が自己興奮してきて、集中力が高まって気分が乗ってくる。だから「やる気がないなあ」と思っても、実際にやり始めてみるしかない。十一月十八日(金)
タテ、ヨコ、ダンカイ
堺屋太一は、団塊世代の行く末が気になるらしい。▼団塊世代がリタイアしてから大事なのは、本当の「好き」を見つけること。何時間やっても飽きない趣味、誰にでもしゃべりたくなる事柄を見つけて、同好の士を募る。人間、好きは上手。六十歳からはじめても七十歳までにはヒトカドの通になり、仲間の期待と尊敬を集めるはずだ。そういう「好縁社会」が到来すると。▼かつて、日下公人が縦の出世より横の出世を説いていたのと似ている。いまは立松和平が、縦社会に疲れたみなさん、地方で横に生きてみたら、と言っている。2007年問題は男だけだの話で、女の人はうまくやっているから大丈夫とも言っていた。▼識者はタテだのヨコだのきれいに言い分けているようです。でも実際は、会社はもちろん地域やボランティアだって、タテ・ヨコ関係にナナメも加わってごちゃまぜ状態なのです。ひとり以外は、組織となってしまい、タテが強まる。ヨコに切り替える力学に自分が加わる。持続させる。これ団塊っぽいですか。十一月十一日(金)
何も知らない日本人
田中宇の配信メールから。▼世界には二つの流れがある。ひとつは、欧米中心主義で、アングロサクソン人を中心とする欧米人による「人種の理論」、もしくは英米が世界の中心であり続けることを目指す「国家の理論」である。これに対し、英米の上層部にもう一つの流れがある。それは多極主義である。中国やロシア、ブラジルなどを大国にすることで、投資家が儲けるという「資本の理論」である。▼世界運営に関するこの二つの方針対立は、産業革命によってイギリスが世界の中心になって以来、2百年以上にわたり、ずっとイギリスと、その後世界の中心の座を引き継いだアメリカの上層部に存在してきた観がある。古くは第一次大戦の前後、世界の植民地に広がった「民族主義」をめぐる問題が、それに関係している。たとえばイラクでは、1920年に最初にイギリス軍がオスマントルコ帝国から領土を奪ってイラクを建国した後、地元の諸勢力をあまりに弾圧した挙げ句、宗教心が強い地域であるファルージャやナジャフで暴動が起き、イラク民族主義を逆に煽ってしまったという歴史がある。これはイギリスの「失策」と考えられているが、2003年のイラク占領後、アメリカはファルージャとナジャフで、住民の怒りを扇動するような政策を展開し、80年前のイギリスと同じように、イラク人の反米民族意識を煽る結果になっている。この約80年の間をおいて行われた英米の2つの「失策」の繰り返しは、故意にイラク人の民族主義を煽る、隠れ多極主義者の戦略ではないかと思っている。 ▼世界は英米の中枢における欧米中心主義者と多極主義者のせめぎ合いや化かし合いによって動いている部分が意外と大きいようなのだが、戦後の日本では、こうした世界の仕掛けが全く読み取られておらず、日本人の多くは、欧米中心主義だけが世界を動かす戦略であると今でも勘違いしている。中国では米中国交正常化と改革開放が連携して行われていることなどから、トウ小平ら共産党首脳は世界の仕掛けをある程度把握していると思われる。それに比べ、日本は世界理解のレベルが低い。日本が無謀な第二次大戦に突っ込んだのは、世界の中心がイギリスからアメリカに移転したことを、当時の日本の上層部がほとんど気づいていなかったからで、そう考えると、日本人は戦前から世界の仕掛けを知らなかったことになる。私自身、アメリカの中枢で多極主義者が動いていると感じ始めたのは、イラクが泥沼化したころからのことでしかないが、今年に入って世界の多極化傾向は、ますます拍車がかかっている。日本にも、この傾向を研究する人が政府や学界の中に増えていかないと、日本人は戦後営々と蓄積した富を、今後短期間のうちに失う結果になりかねない。十一月四日(金)
空っぽの冷蔵庫
▼私生活は、ただ原稿を書いているのと、ただぐったりしているだけの繰り返しなのだ。という『橋本治という行き方』(橋本治・朝日新聞社)から。▼芸というのは、「自分」を消してからでなければ生まれない。「自分」が残っていればシロートで、シロートというものは、「自分を消す」という表現の基本をまだマスター出来ていない存在なのである。▼「ふーん、おもしろいなァ」と思う自分は確固として揺るがない。だから、自分の外側にある「教養」という体系も、「おもしろいか、おもしろくないか」でしか判断できない。私には、「教養」という体系に基づいた知識はないが、それでも平気である。なんでそれで平気かというと、私がその根本において、「自分に必要なことは知っておかないと困る」の態勢を確固とさせていることである。だから、「自分に必要のないことは、知っていなくても一向にかまわない」と思っている。▼私の「教養がない」はほんとうである。それはたとえば、「料理をしよう」と思って冷蔵庫のドアを開けたら空っぽなのと同じである。でも空っぽになっていても、そうは困らない。バザールがあればなんとかなる。自分の必要な食材を求めて行くだけである。▼本を読むことが「楽しみ」である人達は、読むことが苦にならないものばかりをもっぱらに読む。そして、「本を読むことは勉強だ」と思う人の多くは、「本を読んで勉強した過去」ばかりを頭に置く。「本」は「異質な世界観と出喰わす衝撃」でもある。その「衝撃」を「学んで意味あること」に位置づけないと、本なんか読んでも、なんの意味もない。現在の問題の多くが、「異質な他人に対する想像力の欠如」を原因としているとしか思えない。そういう意味で、「他人というテクストを読む」が出来にくくなっているのだが、それはつまり、「本をちゃんと読めない」と同じなのだ。だからこそ「本は要る」のだ。十月十八日(火)
生活情報地図と連結財務諸表
前編のつづき。▼自治体財源の自然増はもうのぞめません。今日ではデフレ型のマイナス成長のため、賃金が下がる、企業も倒産する、商店街は閑散とし、失業者も増え、市町村は税収減。この減収に、不況対策としての減税とあらたな借金(起債)が加わります。▼自治体がどんな状態にあるかを知るには、経常収支比率80%、公債費負担比率10%までの範囲にあるかどうかです。わが市の場合、前者が86.8%、後者が13.7%と危険ゾーンです。▼さてさて、ハコモノですが、これは利用者や人件費をふくむ原価計算、事業採算を公開しながら再整理しなくてはなりません。管理上どうしても職員が必要なハコモノには、定年退職後の職員を数年嘱託としての再雇用を考えればいいわけです。▼それに、町村は職員1人当たり市民100人に、市では120人以上をめどにリストラしなければ、財務悪化を克服できません。疫病神のようなことを言うようですが、これがやがては福の神となるのです。▼政策選択と政策研究には、全国の自治体政策にかんする地方新聞記事の切り抜き集『Dファイル』(イマジン出版)が役立ちます。比較なくして政策なしです。▼次は、法務職員の充実です。新地方自治法によって自治体法務が不可欠となりますが、その法務室に、既成行政法学の優等生職員をあつめていてはだめです。自分がわからない論点がでたとき「法律上できない」といいがちです。役に立ちません。むしろ既成行政法学にくわしくなくても、政策能力をもつベテランないし中堅の職員10数名のプロジェクト・チーム型で動かした方がよいでしょう。新しく養成したいなら、法学関連大学院修士課程の社会人入学制度を利用するのが、さしあたりの便法です。研究目的をのべた小論文と面接でほぼ入れます。1年に2人おくりだしますと、10年で20人の法務職員が育つではありませんか。▼さて最後に、わが町を一望するには、政策情報がもりこまれた『生活情報地図』と、1年限りの官庁会計ではない『連結財務諸表』が必要です。マップとバランスシートですね。これがなければ、市民・議員・職員の情報共有化と、政策立案ができません。これを持たない自治体は、居眠りしているとしか言いようがない。こんな町は破産します。十月七日(金)
ばか者、若者、よそ者
まちづくりは、自治体の財源緊迫にともない、かつての勢いがあません。いま一度、理論と方法を整理しなおすなら、この本です。『自治体再構築』(松下圭一・公人の友社)から。▼自治体の再構築では、エコロジー、地域史、デザインという文化性をもつ思考軸のなかで、個別・具体の政策・制度の量より質の整備をめざすことになります。これをめぐる法務・財務が、各自治体の緊急課題になります。とくに過剰になったハコモノは、市民討議によってその使用目的、管理方法を再編する。公民館などの小型集会施設からは職員をひきあげ、市民管理・市民運営の地域センターにきりかえるのは当然です。1960年代、1970年代につくられたハコモノをふくむ社会資本については、これから一斉に老化しますから、その補修・改築計画を必要としています。これには膨大なカネがかかるため、基金の積み立ても必要です。従来の官庁会計方式による単年度の大福帳発想では、こういう政策・制度のづくりの新地平の開拓はできません。一つひとつのハコモノについて、補修か、改築か、それとも廃止かをめぐる政策法務をふまえて、政策財務としての原価計算、事業採算、また入札改革をともないながら、政策再構築を迫られるわけです。▼といった理論構成は、あらかじめしっかりしておかなくてはネ。理論とあわせて欲しいのは、ばか者、若者、よそ者、といった人材ですが、これは祭りばかりか、まちづくりにも欠かせない人たちなのです。十月一日(土)
アングラ経済
地下経済というかアングラ産業を知るなら、この本。『仕事師たちの平成裏起業』(溝口敦・小学館)は、その繁盛振りとカラクリを図解しながら解き明かす。違法ぎりぎりの世界を垣間見させてくれる。あるヤクザの方の話では、焦げついたものの取立ては電話ではがんがんやるが、決して自宅訪問したりはしない。人件費が高くつくから、割に合わないそうです。どこの世界も人件費なんですね。九月二十六日(月)
昭和天皇と戦争
あの日米開戦へ、誰がどのように決断し突きすすんだのか。その過程は『昭和史』(半藤一利・平凡社)に詳しい。▼陸軍が張作霖爆殺事件で昭和四年に「沈黙の天皇」をつくりあげ、昭和をあらぬ方向へ動かしてゆくのと同時に、海軍も翌年のロンドン軍縮条約による統帥権干犯問題(この魔法の杖を考え出したのは北一輝で、もちろんこの場合の統帥権は天皇に帰属)をきっかけに、まことに不思議なくらい頑なな、強い海軍が出来上がっていく。つまり昭和はじめのこれら二つの事件によって、昭和がどういうふうに動いていくか、その方向が決まってしまったともいえるのではないでしょうか。▼ノモンハン事件を本気になって反省していたなら、対米英戦争という負けに決まっている、と後世のわれわれが批評するようなアホな戦争に突入するようなことはなかったんじゃないか。でも残念ながら、日本人は歴史になにも学ばなかった。いや、今も学ぼうとはしていない。▼あの日独伊三国同盟にしても世界情勢を知っていたなら、結べたはずはない。それに終戦調印の不徹底から五十七万人もの人たち捕虜となりシベリヤに送られたことは、外交と戦争に無知なリーダーたちに因るものでしょう。ものごとを決めてゆく過程の日本的なやりかたの是非。これは丸山真男「現代政治の思想と行動」(未来社)、藤田省三「天皇制国家の思想原理」(未来社)を併読しながら、もう一度勉強しないといけない。九月九日(金)
進化には重力が
進化論の話はつきない。そこに新説あらわる。『生物は重力が進化させた』(西原克成・講談社ブルーバックス)から。▼現在は、ダーウィン的「進化の総合説」が主流となっているが、これは生物に「突然変異(いわば奇形誕生)」によって新しい変異が起こり、その中で有用なものだけが「自然淘汰」で残り、それが積み重なって進化が生ずる、とするものである。しかしこれだけでは、到底、進化を説明できない。突然変異はどうして起こるのかが、説明できていないからである。一方、ラマルクの「用不用の法則」は興味深いものだが、それとセットになっている「獲得形質遺伝の法則」の方が否定されているため、これでも説明しきれない。それでは、進化は一体どのように起こるのか。実は、進化は「重力」を中心とする生体力学的な対応によって起こるのではないか。ラマルク言うところの「用不用の法則」は正しいが、「獲得形質遺伝の法則」の方は間違っていて、獲得形質は「遺伝」によらずとも次世代に伝えることができるのである。親の行動様式を子に伝えるだけで、親の獲得した形質は子に伝わってしまうのである。ただし、これは重力の影響のおおきい、脊椎動物に限ってである。▼著者は、脊椎動物の原始である、あの酒の肴になるホヤで実験してみせるが、これがなかなか説得力ある。ホヤの幼生を岩に張りつかせず、オタマジャクシの形状で泳がせて成長させると、単純な慣性力がはたらき、体内の臓器が後ろへずれた。それに新しい臓器もできたのである。突然変異でもなく自然淘汰でもないのである。などなど。▼この重力進化説は、夏の夜の驚きでした。八月二十六日(金)
山に木を植える漁民
知床が世界遺産になったのは、知床の森が海岸を支えるという、世界でもめずらしいことが評価されたのだと立松和平さんが評している。そのわけを『森が消えれば海も死ぬ』(松永勝彦・講談社ブルーバックス)から。▼なぜ河口域だけ海藻が生えているのか。河川の影響がなくなると、死の世界が広がることを知っていますか。光がないとプランクトンは生育しません。しかも光合成のできる水深は100mくらいまで。北の海に魚が多いのは、栄養塩(窒素、リン、ケイ素)が海底の深層水から湧き上がってくるためです。ただし、植物プランクトンは鉄を先に取り込まないと窒素を取り込めず、成長できない。ここがポイントですが、鉄だけは粒子で、鉄以外はすべて水に溶けた形でいる。よって鉄は自重で全部海底に沈んでしまう。外洋では栄養塩は深層水から常に供給されるが、鉄は沈んでしまい供給されないことになる。▼それでは、どこから鉄が来るかというと、アジア大陸の偏西風です。大量のダストを運んでくる中国大陸の黄砂です。岩石が風化したものではなく、鉄が溶出した土壌で、これが海水に入って鉄が溶出する。のではないかという説があります。▼さて、それはそれとして、森林に堆積した腐食物質には、フルボ酸鉄というのが存在します。これは鉄を溶かし出す腐食物質で、これが山から下りてきて、河口付近にたまり、このフルボ酸鉄を利用して、プランクトンや海藻が生長します。これが、河口域だけに海藻が生えている理由です。ですから、河川の影響がなくなると、死の海が広がる。森林が海の砂漠化を防ぎ、森が消えると海が死ぬ、の道理です。水産資源は森が守っているのです。▼オホーツク海に面した常呂漁協、根室湾に面した野付漁協、日本海側の手塩漁協が植林を始めました。地元の広尾漁協も一万本の木を植えました。森と海がつながりはじめる。八月十九日(金)
ノートの切れ端 (210)
このトシになると、記憶より記録です。ノートの切れ端に書きとめた言葉から。池澤夏樹の配信メールからは、「教会建築をみるにつけ、大きいものより小さいもの、爛熟よりは素朴、の方が好ましい」。『死んでいる』(ジム・クレイス、白水社)からは、「本気になれば出来る。出来ないのは、手を抜いているか、油断しているかである」。と、これは、主題からおおハズレのメモ。あとは「泣く泣くも良いほうをとる形見分け」。これは誰の本だったのか。散らかしたメモを読み返すのは、いとおかし。八月十二日(金)
かるい気分で
まあ、なんとなく、何かをやりたいとかない時に、めくりました。▼『ブスの瞳に恋してる』(鈴木おさむ・マガジンハウス)から。タトゥー(刺青)を夫に迫る話とか、せしめた食事券での誘いなど、著者の妻みゆきちゃんのドキッとさせておいて笑わせる、落語のようなサゲはやはり愛すべき対象なのでしょう。みゆきちゃん属する吉本芸人の二人組の可哀そうな話からもついでに。彼女らの一人は、子供のころお母さんを亡くした。そのなくなった理由。お母さんと一緒に山登りしている途中に、突然発作が起きて亡くなったというのだ。当然笑える話ではないのだが、彼女たちが「お母さん山登りで死んじゃった」というと、失礼だけど、なんかおかしい。おまけに、お母さんが亡くなった後の保険で家を新築したらしく、その建てた家が欠陥住宅だったというのだから、またかわいそう。「お母さんの死んだ保険で建てた家が欠陥住宅」。そんなふうに言われるとおかしく感じる。ここまでくると、「かわいそう」と「おかしい」がいかに近所同士かわかってもらえるだろうか。▼つぎは、『帰宅の時代』(林望・新潮社)から。著者は私より二つ下の、人生のご指南がうまい方です。読まなくてもよさそうな本なんだけど、ついつい。では、どうぞ。これからは、自分の足で、自分のペースで、自分だけのゴールを見つけて生きていかなくてはならないのです。こうして生きたい、あれをやりたいという、自分なりの時間のすごし方、楽しみ方が必要となります。それには自然と心が向くものに取り組むしかありません。本居宣長は、その学問論『うひやまぶみ』に「詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。…されば才のともしきや、学ぶことの晩(おそ)きや、暇なきやによりて、思ひくづをれて、止ることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし」。▼自分の経験したことから、自分が得意にしていたものから、磨き上げるのがよいと申しております。軽い気分のときの、ぴたりの本でしたが、抜き書き以外のことは忘れました。八月五日(金)
農家に知り合いは?
十勝平野の今年は、低温つづきで、作物の実りが危ぶまれる。しかし、食の世界は、安全、美味しいもの、安いもの、と嗜好が強まっていて、そのうち安いものは輸入品に敵わない。中国産はとにかく安い。くわえて、これはまずいと思うのですが、農業指標でプラスに向いているものはひとつもない。自給率、農業就業人口、新規就農者、高齢化、専業農家が、しかり。データからみれば、お先真っ暗です。それに今までの農家は農協に出荷してさえいればよかったが、これからはそうはいかないでしょう。また、新規に農業に就こうと思っても農業委員会の壁が厚く、なかなかことが運ばない。07年以降に団塊の世代がなだれ込むといわれているが、せいぜい家庭菜園どまりかもしれない。一方、国レベルでみれば、コメ余りなのに大量のコメを輸入し、ODAなどの援助で再輸出しているなど、どれもこれもチグハグです。▼これからは市場の多様化につきあう以外ないと思われます。そのためには、①農地の所有権と利用権を分け自由化することで、新規就農者を歓迎する条件をととのえる。市場開拓の面では、②ネット販売などで新しい市場に向き合う工夫。③都市近郊農家がクリスマス用イチゴをつくるなど特化してみる。④長野のレタス農家でやっているが、パソコンで市場調査しながら出荷する。⑤新潟のコメ農家(法人)のように、発芽玄米・無洗米など付加価値加工する。といったキラリと光る話題や試みを歓迎していく。農業は成長産業と思いたいし、農民が頑張れて、新規の農業者を受け入れるようなシクミを持たないと、この先なにを食べていくの。七月二十九日(金)
なんでも半分
街へ出るたびに感じてしまうんですね、これが。▼ハーフサイズの注文で、ゆっくり食べても、追い立てられない食堂は、とても少ないのです。込んでいる店ならなおさらのこと。もちろん、料金は一人前で、チップを置いてきてもいいくらいに思っているのに、です。胃腸など消化器系の手術をした人は多いし、それにともなう摂食障害の方がけっこういます。自身がその身になってわかりました。外出したらやはり外で食べるのが楽しみ。お一人様でも、ゆっくり気兼ねなく食べられる食堂があれば、と当事者はみな思っているのです。調理人や店主の寛容がほしいところです。▼ハーフサイズのラーメンとチャーハンを組み合わせた「半チャーラーメン」というのを見かけたことがありますが、あれです。あれなら、なんとか食べられる。あるラーメン屋で麺を半分と言ったら、「スープとの兼ね合いがね」といわれ、つづいて「残せばいいしょッ」と、きたもんです。こちらの、もったいない、ということやら複雑な気持ちが伝わらない。かたや、たまにしか行かないラーメン屋なのに「あっ、いつものやつね」といって、麺半分のラーメンを作ってくれる。だから、ここには通う。こういう店は、味がいい。うまい。▼内臓障害者にとっては、なんでも半分が“quality of life”なのですが、まだまだ。七月二十二日(金)
いい町に…
いい町に旅したい。できることなら、いい町に住みたい。「よい町の十条件」を嵐山光三郎さんは語る。①川が流れる町、②町並みが美しい町、③祭りがある町、④長老がいる町、⑤若手が長老を立てて活発に活動している町、⑥おばさんが元気な町(おばさんは町のジュンカツ油である)、⑦酒と料理がうまい町、⑧上等の蕎麦屋と宿のある町、⑨豆腐がある町、⑩古都。なんだそうです。ということになると、知人の故郷でもある郡上八幡なんか、古都以外すべて揃っていそうだなあ。豆腐と蕎麦がうまい町だけというなら、おいらの町もあてはまるが、五十点以上ではない。だから町づくりを、といった意欲が各地にみられたたが、今は下火。町づくりはハヤリ・スタレの問題ではなく、古代から今までのテーマであり続けてきたのに。七月十五日(金)
巣箱と粗朶
庭に野鳥を呼ぼう。庭に在来種の樹を植えよう。ということで、『野鳥を呼ぶ庭づくり』(藤本和典・新潮選書)から。▼シジュウカラは、毛虫に換算して、一年間でどのくらいの動物質を食べるのだろうか。答えは十二万五千匹。農薬を使わなくても庭に巣箱をかけて野鳥に飛来してもらえれば、カワラヒワがアブラムシやカイガラムシを食べてくれる。▼公園の粗朶(そだ)置きをのぞくと、落葉や枯れ枝をもとめて生き物がやってくる。タデムシ、ハサミムシ、ゴミムシ。ミミズにコガネムシ。それを食べにカエルもやってくる。これを庭にも応用する。土づくりにもなる。▼庭先に植えた外来の植物は、いくらきれいに咲いても、地元の生態系からは外れている。在来種だと小さな目立たない花でも、その季節に合わせたようにハナアブやヤマトシジミなどの昆虫がやってくる。様々な花を利用する昆虫もいるが、基本的には在来の樹と花に集まる。▼巣箱を利用する身近な鳥は、シジュウカラ、スズメ、ムクドリと、意外に少ないが、彼らは都会で棲むところにとても苦労している。家屋のすき間や洞(うろ)などは今では都会にほとんどなく、地面に伏せた植木鉢やブロック塀に空いた穴などに巣をつくる。巣箱を庭の適切な位置に掛ければ、おそらく八十%以上の使用率と思われる。▼小鳥のバードフィーダー(エサ台)は、五百ミリリットルの紙パックを、カッターで四面を切り抜き、止まり木の割り箸を、底辺に十字に差し込んで吊り下げれば完成。エサはパンくずや、針金などで固定したミカンやリンゴなどの果物を入れる。底に水抜きの穴を四~五個開ける。紙パックはとても丈夫で、二年以上も風雨にさらされても使うことができる。ペットボトルを利用したフィーダーは、風雨に強く、特に雪国には最適。▼その土地の生き物には、その土地に適した在来種を植えること。外来種に頼らない里山の庭づくり、ということでした。野鳥を呼ぶためのホームページはきわめて少ない。http://park15.wakwak.com/~sernef/yatyou/yatyou.htm 七月八日(金)
米軍再編のネライブッシュの米軍再編のねらいについて、田中宇の配信メールから。▼ブッシュ大統領は、就任する1年3カ月前の1999年9月に陸軍士官学校で、軍事に関して3つのことを述べている。1つ目は、海外での平和維持活動を縮小すること。2つ目は、米本土を守るためのミサイル防衛計画とテロ対策を強化すること。3つ目は、兵器の軽量化とハイテク化によって世界のどこにでも出動できる「軍隊」を創建することである。▼この約束は、ブッシュの就任8ヵ月目に起きた911事件により一夜にして果たされた。あの事件で愛国心が湧き上がり志願兵が増え、テロ戦争の名のもとに軍事費も急増した。▼ブッシュが掲げる米軍再編は2つの動きから成り立っている。1つは、ボーイングを中心とする軍事産業に「ハイテク化と軽量化」を発注し開発を進めさせること。2つは、ハイテク化と軽量化の進展を見越して、米国内と海外の米軍基地の廃止や統廃合を進めることである。▼米軍のハイテク化と軽量化の中心は、国防総省がボーイング社に発注した「未来型戦闘システム」である。これは、国防総省の傘下で進められている。無人偵察機や無人爆撃機、ロボット型の無人戦車、移動式司令室などの開発、既存の戦車や大砲の軽量化など、18種類の新型戦闘システムを、セキュリティの高いネットワークで連結する大システムだ。いわば、世界中に巨大な無線LANを張りめぐらせ、司令官や兵士が、世界のどこからでもアクセスできるようにする構想である。▼戦車の軽量化では、60トン以上ある米軍の主流戦車(アブラム型)などの主要兵器を19トン以下にまで軽量化し、米軍がたくさん持っているC130(最大積載量70トン)などの輸送機で、複数台ずつ運べるようにする。それにより、戦争開始決定から96時間以内に、世界のどこにでも戦車や大砲、偵察機、移動司令室などを運び込み、戦闘を開始できるようにすることである。▼2番目の米軍基地の世界的な統廃合は、日本に大きく関係している。国防総省はすでに、米軍の海外戦略において「基地」という言葉を使わないようにしている。基地を作るには、基地のある国の政府と契約書を交わし、基地を長期間借り上げる見返りとして、その国を経済援助するとか、その国の国防を担ってやるとか、アメリカがいろいろやらねばならない。しかし、米軍のハイテク化と軽量化が達成されれば、そんな負担を背負って海外に基地を置く必要はなくなる。代わりに、有事のときだけ飛行場を使わせてくれるよう、その国の政府と簡単な覚書を交わしておくだけでよい。有事になったら、その国の政府は米軍に頼りたくなっているだろうから、無償で飛行場を使わせてくれる可能性が高い。▼米軍はこれまでの冷戦体制の中で、日本、ドイツ、韓国という対ソ連戦略上重要な3カ国に基地を重点的に展開してきたが、いずれの国に対してもアメリカは、経済面と軍事面から、いろいろ協力してきた。もう冷戦は終わったのだから、3カ国の米軍基地をしだいに廃止して、見返りの協力もやめて、浮いた金で米軍のハイテク化と軽量化を進めるのが良い、とブッシュ政権は考えている。▼米軍のハイテク化で「同盟国」も不要になる。こうした新思考に対し、ドイツと韓国は、原則として賛成した。ドイツはフランスとともにEUの中核国として、アメリカとは別個の覇権になっていくことを目指している。韓国は中国との協調態勢を強め、アメリカとは距離を置くようになっている。韓独とも、急に米軍が引き上げると、軍事的な真空状態が生まれて危険で困るが、米軍が数年かけてゆっくり引き上げることは、おおむね歓迎している。▼唯一困ったのは、今後もずっと対米従属を続けていくつもりになっている日本である。結局、日米の間では、米軍が兵士や兵器を長期に駐留させる基地を減らす点は韓独と同じだが、同時にアジアを担当する米軍の司令部のいくつかを東京近郊の横田基地や座間基地に持ってくることで、日米軍事同盟が維持されているかたちをとるという化粧をほどこし、従来どおりの日米関係を維持することにした。▼日本との関係は、このように「同盟関係」が維持されているように見えるが、ブッシュの米軍再編の理念に基づいて全世界的に見ると、アメリカはもはや「同盟国」を必要としていない。ハイテク化・軽量化された新型部隊が96時間以内に戦地に飛び、30日以内に敵を倒してアメリカに帰還する、というのが再編完了後の米軍の姿であり、どこの国にも頼らず、アメリカ単独で世界を支配できるようになることを目指している。軍事技術によって同盟国を不要にするのが、ブッシュの戦略である。▼米国経済は不調でも、軍事は独走。六月二十四日(金)
ローマ法王池澤夏樹の配信メールで、ローマ法王のことが書かれていた。▼つまり、故パウロ二世は宗教者であると同時に実践的な思想家であった。では、カトリックとは何なのか?結局のところ信仰なき者には計りがたい。それは人と世界の関係ではなく、人と神の関係だから。法王の葬儀に集まった400万の人々、ローマのサン・ピエトロ広場を埋めた人々の姿に、彼らの思いを想像するしかない。法王はおそらく、遠い神と心弱い信徒をつなぐ仲介者の一人なのだろう。神は絶対であるから、いかなる意味でも具体的でないから、日々の個人の心からは遠くなる。創世記に言うように神は「言葉」である。つまり言葉で定義されるものであって、実体ではない。旧約の神は厳格な妬みの神であった。素朴な人々が父と慕おうにも手がかりが少ない。だからキリスト教では、まずキリストが神と人を仲立ちし、それでも届かないところは聖母マリアが取りなし、それでも残る隙間を多くの聖者たちが埋める。そして、法王をはじめ司教も司祭も神父たちも、この神と人との遠い距離を仲立ちするものとしてある。人は人を愛することはできるけれど、抽象を愛するのはむずかしい。神に顔を与えるために、尊厳を損なうことなく相貌を与えるために、村の教会の神父に始まって天に到る長い連鎖がある。そして法王はこの連鎖の人間界側の最終的な束ね、いわば砂時計のくびれのような存在、ではないのか?不信心者の憶測ではそう見える。▼バチカン王国は、小さくても大きな国ということでしょう。五月二十七日(金)
使わないものは持たない
Uchida Mitsukoの日常は、すっきりとしたものです。▼朝は起きるのが9時過ぎですね。スタートはゴロゴロしています。紅茶をいれてゆっくり飲む。今日はどのカップで飲んでやろうかと考えることから始まります。18世紀のイギリスの陶器がいくつかあるので、どれにしようかと選びます。いや、蒐集しているわけじゃないですよ。私は使わないものは持たないから。物に持たれてしまうのは嫌。私が物を持つならいい。物が私を左右しだしたら困ります。▼午前中は山のようになった郵便や書類を読んだり整理したりします。電話も鳴る。あれやこれや雑用をしているうちに目が覚めてきます。そうしたら家の目の前、3メートル先にある自分のスタジオに出かけて行って、ちょっと弾いてみる。そのうちにお昼の時間になるから、新聞を買いに出かけます。新聞は「イブニングスタンダード」。唯一のロンドンの夕刊紙です。朝刷ったものがちょうど昼くらいに並ぶんです。これはロンドンの新聞であってイギリスの新聞ではありません。ロンドンの人のためだけに作られている新聞ですから。これを読みます。▼それから晩ご飯のおかずを買ったり、お昼用の軽いものを買ったり、今夜はどのワインを飲んでやろうかと考えたり。ワインは酔うために飲んでいるんじゃなくて、食事と一緒に味わうためだから、グラス一杯しか飲みません。▼家に戻って昼食をすませて、新聞読んだりしていると、また電話がガンガン鳴り始める。そうしたらスタジオに逃れて、練習です。演奏会や芝居に行かない日は8時過ぎには家にまた戻って、用意しておいた美味しい食事をあたためて、必ずおいしいサラダをつくって、それを一杯のワインと一緒にちょいなと食べます。それからは音楽を聴いたり、本を読んだりしているうちに、11時や12時になってしまう。テレビはありませんから見ません。ベッドに入ってからもちょこちょこ本を読んだりしています。そのうちに眠ってしまう。▼インターネットもEメールもしません。もしそういうものを持ったらEメールの囚人になってしまうに決ってる。それは絶対に嫌です。▼自分でホームページを持つ人もいるらしい。Eメールで質問がきて、それに答えるとか。それを始めたら私生活がなくなってしまうじゃないですか。私には考えもつかないことです。▼夾雑物の少ない生活がうらやまれる。いずれ。五月二十日(金)
クラシック音楽と本さえあれば
▼内田光子の最新作は、バイオリンにマーク・スタインバーグを迎えた「モーツアルト:ピアノとバイオリンのためのソナタ集」(ユニバーサルミュージック)。ピアノはバイオリンに従属せず、バイオリンもピアノに従属しない。それぞれが自由で調和といったところか。マチスが晩年、色紙の切り絵に集中したのと似ている。青は赤に従属しない。黄色は赤に従属しない。それぞれが持つ色の分量と配置を問い続けた。▼新潮社の雑誌「考える人」05年春号の内田光子ロングインタビューがよかった。▼私は、「べき」とか「べからず」なんてものは本当はないと思っています。でも、世の中は「べき」「べからず」で出来ている。それに日本の場合、島国であり、ずっと長い間農業でやってきた国ですから、とりわけ目に見えない約束事が多い。理由を問えない「べき」で成り立っている。日本語じたいにも当然それは反映されます。イエスとノーの意味合いが漠然となる。「あなたのお子さんはピアノがお上手ですね」と言われたら、「いいえ」と言う方が人間関係を円滑に保つことができる。ノーとはっきり言わない。曖昧に「はい」と相槌を打つ。腹の探りあいをして、無事に生きていくための知恵から成り立ってきたのが日本語のイエスとノーなんです。言葉でイエスとノーをはっきりさせない分だけ、共同体を保つために「べき」「べからず」が多くなるんじゃないでしょうか。▼小学校にあがる頃には毎日が疑問だらけでした。学校に行くと先生が教える。どうしてそれをやらなければならないのか。漢字のここがハネるとかハネないとか、誰もきちんと理由を教えてくれない。とにかく一方的にやらされることで一日が過ぎていく。ピアノも同じでした。うるさいことを言われる。「こう弾くべきだ」「そうじゃない、こうです」って。「この曲は1780年の曲で当時のスタイルはこうだった。作曲家の考えはこうで、他の作曲家とはどう違うか。ほら、ここが違うでしょう?」そんな風に説明してくれるのなら納得できるんですけね。そうではなかった。ところが本を読むときだけは違っていました。この本はこう読むべきだ、なんて誰も口をはさんでこない。だから本を読んでいる間だけ、私は自由でした。繰り返し同じ本を読むのが好きでしたね。『モンテ・クリスト伯』とかを一人で黙って読んでいました。考えてみれば今だって、黙って一人でピアノ弾いているのが好きですから、私は昔からそういう性分の人間なんだと思います。五月十三日(金)
あいづち (200)
古本屋にも出回ってなく、この復刻の文庫をまっていた。『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三・新潮文庫)から。▼われわれの日常の会話を、つぶさに観察してみると、相槌と、相手のことばの繰り返しがかなりの比率を占めている。実際それだけでも会話はかなり円滑に進行するのである。Really? Not really! Exactly. Certainly. Indeed. Must be. I can’t believe it! No! などを使用する。そうして、時に相手の言葉を繰り返し、時に簡単な質問などを発すれば、会話はほぼ完全な満足のもとに進行することが発見されるのである。▼素朴な疑問が、わたくしには沢山あります。一体、東京はいつ頃から醜くなり始めたんだろう。江戸はどうだったんだろう。江戸の街は美しかったろうな、多分。第一全部日本建築だったんだもね。建築の様式に統一があれば、街なんて美しくないわけがない。いまの日本では、人間の集まるところが必ず醜くなるのはどういうわけなのか。人々が寄ってたかって自然の美しさを台なしにしてしまうのは一体なぜだろう。▼楽器というものは愉しいものである。楽器というものは三、四歳の頃から習い始めなければならない、とうのは最も悪質なデマである。職業的演奏家を志すならいざ知らず、自分で愉しむ程度のことなら何歳になってからでも遅くはないのだ。それに楽譜を読める読めないなぞ何の障害にもなりはしないのだ。二、三ヵ月もすれば指が勝手に楽譜を読むようになってくれるものなのです。深く楽器を愛する心と、そうして根気を持った人なら何の躊躇うことがあろうか。思うに楽器とはその人の終生の友である。決して裏切ることのない友である。わたくしは心の底からそのように感じるのであります。▼スパゲッティは、硬く茹でてバターを絡めて食べるのが一等うまい。蕎麦でいえば「もり」。スバゲッティは、白くて、熱くて、つるつるしていて、歯ごたえがあって、ピカピカしたものなのです。これに、パルイジャーノというチーズをたっぷりおろして、食べるのが一番おいしい。▼四、五十年前の欧州生活記なのに、まだ味わえる。五月六日(金)
オニババ2
▼夫婦が歳を取っても不満が多い、というのは、基本的にご主人と二人の暮らしに満足していないのですよね。だからご主人も満足していない。ときどきすごくいい夫婦がいますよね。そういう夫婦はぜったいにセクシャルな面でもうまくいっている夫婦だと思います。男と女の関係なんて、ぜったいそれしかないと思っていますから。それがうまくいかなくなるから離婚するのです。だから中高年夫婦で仲が悪い、と言っている人たちを見ると、私たちはセックスがうまくいっていません、と書いてあるみたいで、やはり恥ずかしい気がします。▼それにしても今は本当に、いくつになっても自分のことばっかり言ってる年寄りが増えたと思っています。いつまでも自分のことしか関心がない、という感じです。それを見ていると、セクシュアルなことに加えて、やはり自分がよっぽど認められてこなかったのだろうな、思うのです。受けとめられてこなかったわけですね。私たちが自分のことを一生懸命説明しようとするときというのは、やはり相手にまだ受けとめてもらっていないから、受けとめてもらいたいと思って話すのです。わかってほしい、いいよ、と言ってほしい。だって、無条件に自分を受けとめてくれている、とわかって人には、それ以上言う必要がないですよね。▼まわりの皆に、いいよ、と言ってほしいという思いは私にもある。そんななかで、確固たるものとして自分が判断の基準にすべきものがからだの声、からだの経験というものでしょう。自分のからだを判断の基準にする。そのためにはどうすればいいのか。自分のエゴや気持ちを自分で変えようとするのはたいへん難しい。ですから、自分のからだをいい状態にする、ということだけを考えるのです。からだをいい状態にするというのは、具体的言うと、からだをゆるめるということです。からだにこわばりがあって、均等性がなくなると、そちらに歪みが出てきて、やっぱり言葉にも歪みがでてきますし、感覚にも歪みが出てきます。▼男性は、ではどうしたらいいのでしょうか。基本的に男性というのは、女の人に助けられればいいのではないか、と思っています。男性は本当に女性に導かれていくというところが強くあると思います。女性にゆだねる勇気を持つのがいいのではないでしょうか。女性の側も、ゆだねられるだけの度量をもともと持っていたわけです。やっぱり身体性にしても、どちらからよくしていくかというと、女性からよくしていかないとだめなのではないでしょうか。女性の側がよくなると、男性がよくなってくるはずです。四月三十日(土)
オニババ1
身体論として読み応えがありました。『オニババ化する女たち』(三砂ちづる・光文社新書)から。▼性生活というのは出産と同じで、いいセックスの経験は、自分の境界がなくなるような、宇宙を感じるような経験ですので、そういう経験をすることによって、自分があまり細かいことにこだわらなくなるというか、自分が落ち着いていく先をみつけることができるのだと思うのです。セックスというのは、からだにしてみれば、緊張していた状態をゆるめていくような経験です。そういったことがないとずうっと緊張したままになっていますから、子宮系のトラブルは出てくるだろうし、それこそヒステリックにもなりますし、オニババ状態になる。誤解を生みそうですが、女性は、やはり、少しボーっとしているほうがいいようです。ふわっとしたような感じ、というのがよい状態だと思います。セックスを通じてそういう感じがもっとも身近に得られると思っています。▼アメリカ発のセックスのクリトリス主義というのも、何かおかしくないでしょうか。日本には神社がありますが、神社は女性性の象徴が建造物になったものだという話があります。鳥居、参道、お宮。鳥居は入り口で、参道は産道、お宮は子宮です。そして鳥居をくぐって入ってくる御神輿が精子です。クリトリスなどは、鳥居についたマークみないなものです。そんなところで、鳥居の入り口で遊んで楽しいと思っているなんて、なんてもったいないこと、と昔の日本人なら思うのではないでしょうか。▼結婚において相手をこと細かく選ぶようでは、だめだと思います。誰かとともに暮らすことを第一にして、とにかく縁があった人と、誰とでもいいから結婚するというぐらいが、大事だと思います。イメージだけ先行させないで、ある程度のところで妥協して結婚してみるのも大事ではないかと思います。▼女は子どもを産む道具か、などと言われましたが、もちろん女は子どもを産むための道具ではありません。女は子どもを産むための、人間です。▼ブラジルは、からだに関してとても伸びやかな国で、小さいころから抱きとめられて育ったからだをもっています。子どもも大人も、自分自身や他人のからだに関してよい意味でとてもリラックスしていて、みんなにたくさんふれられていて、抱きしめられていて、緊張感がありません。自らのからだにへんなこわばりがない、ということは、とても柔らかな印象を与えますし、相手の心も和みやすいと思います。日本では、本当にからだにふれなくなりました。でも以前の日本では、縁側で膝に頭をのせて耳垢を取ってもらう、お風呂に一緒に入って背中を流す、肩をもんでもらう、といった日本なりのからだへのふれ方があったが、それも少なくなってきた。▼魅力的な人に出会ったら、その人にふれてみたい、その人を身近に感じてみたい、という欲求があります。性関係をもちたいとうほどでもなくて、その人のからだを感じてみたい、といった程度のことで満足する欲求です。ブラジルのような社会では、そういう思いを、挨拶がわりに抱きしめることで解消することができるように思えました。そういう思いが満たされると、性的な緊張はあまりない、親しみに満ちた関係が出来上がるように思ったものです。四月二十九日(金)
舌先つるつる
歯がガタガタになり始めてから、歯の本を読んでもね。でも読んじゃいました。▼『虫歯・歯周病』(熊谷崇・秋元秀俊、法研)から。歯周ポケットの深さは3ミリ以下なら正常。食べたら磨く。ブラッシングだけしておけば安心か。深い歯周ポケットの場合はムリ。歯科衛生士の歯石とり(スケーリング)と、歯科医師による歯ぐきにメスを入れ深いポケット内部の沈着物を取り除くこと。歯周病がもっとも生じやすいのは、歯と歯が隣り合っている面の歯ぐきです。この部分には歯ブラシが届きにくい。フロス、毛束の一房の小さなブラシ、歯間ブラシなどの補助具でがんばる。かかりつけの歯科医をもつこと。それから自分担当の歯科衛生士をもつこと。これが生涯にわたるお口の健康維持の基本。▼つぎは、『歯で泣く人笑う人』(本田里恵・医歯薬出版)から。歯磨きのしかた。磨いたあと歯と歯ぐきの境目を舌でチェックしてみる。ザラザラしていればやり直し。歯ブラシは鉛筆持ちにし、脇をしめ、一本ずつの歯を小刻みな動きで磨く。歯磨き剤は、使うのならツルツル感を舌でチェックしたあと最後にほんの少しだけ。歯磨き剤を使わなければ、お風呂とか、テレビを見ながらとか、新聞を見ながら、どこでも磨ける。1日1回、5分以上の時間をかけてブラッシング。健康な歯ぐきは、唇の裏側より薄ピンクで、毛穴のような点々が一面にあればだいじょうぶ。歯ブラシは、裏から見て毛がはみ出していれば交換。開いたタワシでは風呂の隅は洗えないし、先の曲がったほうきでは部屋のすみずみまできれいに掃けないのと同じ。歯ブラシは小さめがいい。小学六年生用が目安。なぜなら私たちの歯は六年生のときから少しも大きくなっていないから。毛の材質は動物性よりナイロン製のもの。一ヶ月に最低一本は必要。歯科医院で歯と歯の間に詰めものやかぶせものした場合、きちんと糸ようじ(デンタルフロス)が通せなかったり糸が切れるようなら、プラークがたまりやすくなる。また緩すぎると食べものが詰まりやすくなる。磨きにくいのは、下の前歯の裏側。この部分は一歯ずつ歯ぐきにブラシを当てる。上の奥歯の外側は、口を閉じぎみにすると歯ブラシが奥まで届く。前歯の利き側も忘れやすいので注意を。▼つぎの『歯の健康学』(江藤一洋・岩波新書)は、歯をとりまく先端診療がわかる。▼要は、いつもポケットかバッグに歯ブラシを入れておいて、シコシコなんですが、これがなかなか。四月八日(金)
チャペックの庭
チャペックは園芸家でもある。『園芸家12ヵ月』(カレル・チャペック、中公文庫)から。▼素人園芸家になるためには、ある程度、人間が成熟していないとだめだ。言いかえると、ある程度、おやじらしい年配にならないとだめだ。おまけに、自分の庭を持っていることが必要だ。ほんとうの園芸家は花をつくるのではなくて、土をつくっているのだということを発見した。▼人間が真理のためにたたかうことは事実だ。しかし、自分の庭のためだったら、もっといそいそとして、夢中になってたたかう。たとえ二坪でも三坪でも自分の土地をもち、そこに何らかの植物を植えている人間は、たしかに保守的になる。そういう人間は、数千年来の自然法則を頼りにしているからだ。しようと思うことは何でもできるが、発芽の時期をはやめることはできない。五月以前にライラックを咲かせることはできない。だから人間はりこうになり、法則と習慣にしたがうようになる。▼植物を注文するということは、なんといっても一つの苦労だ。三月には苗木屋の主人は、たいがいまだ注文品を発送できない。三月といえば、ふつうはまだ寒くて、苗ができていないからだ。四月になってもまだ発送できない。というのは、注文がたくさんありすぎるからだ。五月になっても、やっぱりできない。そのころになると、たいがい売り切れてしまっているからだ。▼世間では十月というと、自然が冬眠をはじめる月だと考えている。しかし園芸家はいうだろう。十月は四月と同じくらい楽しい月だ、と。十月ははじめて訪れる春の月、地下の芽がうごきだし、ふくらんだ芽がひそかにのびはじめる月だ。ほんのすこし土をひっかくと、親指のように太い、しっかりした芽や、やわらかな芽や、いっしょうけんめい働いている根を発見するだろう。いまのうちに支度をしておかないと、春になっても支度はできない。未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ。未来は芽の姿で、わたしたちといっしょにいる。いま、わたしたちといっしょにいないものは、将来もいない。芽がわたしたちに見えないのは、土の下にあるからだ。未来がわたしに見えないのは、いっしょにいるからだ。▼チェコの秋のうつくしさについて、証を立てて、賛美をしたい。ほかでもないサトウダイコン(これは十勝特産のビートと同じもの)だ。サトウダイコンほど大量に収穫されるものはない。穀物は穀倉に、ジャガイモは地下室に運ばれる。ところがサトウダイコンは、車で運ばれて山に盛られる。山はしだいにうず高くなって、山脈ができる。ほかの農産物はあらゆる方向にむかって、せまい道を屋内に運ばれていく。サトウダイコンだけは、一本の大きな河になり、なだれをうって流れていく。それをもよりの鉄道線路、またはもよりの製糖工場にむかって。大量収穫であり、大集団行進だ。都会人はサトウダイコンの産地に、とくべつ大した魅力を感じない。ところが、秋になると、この地方が堂々たる一種の威厳をもちはじめる。整然と盛り上げられたサトウダイコンの、積み上げられたピラミッドはじつに印象的だ。それは実り豊かな大地の記念碑だ。▼チェコの秋は、十勝の秋にかさなる。四月一日(金)
チャペックの犬
イヌ好きのチャペックは『ダーシェンカ』(カレル・チャペック、新潮文庫)で、フォックス・テリアのいたずらと愛嬌をイラストに描いている。描かれ方はあっさりしているが、うまい。つづいて、『チャペックの犬と猫のお話』(カレル・チャペック、河出文庫)から。▼猫は、犬を見るとき、敵意というのではないが、ふんという軽い軽蔑の目つきをする。でかくて毛むくじゃらで騒々しいテリア犬の方は、ひとりぼっちにされると赤子のようにめそめそするし、主人のところに出入りを許されると嬉しくて気も狂わんばかりになる。ここに孤高の猫の優越がある。孤独な犬のばあいは、ライオンや蛇や、お役所のお偉方と同じように、しかつめらしい。犬のユーモアや遊び心は、人間とのつきあいの中でしか現れない。▼子犬の一般法則というものが二つある。一つは、子犬はすべて同じだということ。どの子犬も、同じ習性を持って生まれ、同じ遊びの規則に従って育つ。どの子犬も、入ってはいけないところへ入り込み、人の靴下を破り、椅子・ひも・石鹸・絨毯・指など、噛んではいけないものを噛み、洗濯したばかりのものが入った籠の中で眠り、五分ごとに助けを求め、吠えるおけいこをし、何か取り返しのつかないような悪戯をしでかしたときだけ静かになるのだ。これはすべて、この世のあらゆる子犬に当てはまる、不可避の自然法則だ。二つめは、能力や性格において、どの子犬も生まれつき他の子犬と違うことである。ある子犬は、慎重で思慮深い犬として生まれるかと思うと、別の子犬は、生れ落ちた最初の日から暴れん坊で、軽率者で、略奪者だ。また別の子犬は、泣き虫であったり、お人よしで泰然としているものもいる。子犬のなかには、激情気質、憂鬱気質、楽天気質、粘液気質なのもいる。どの子犬も同じことをするが、やり方が違う。生きとし生けるものの同一性は永遠であり、多様性は無限だ。▼犬がみんな、寝る前に三回まわるのは、どうしてか知ってるかな?それは、犬が草原のステップ地帯で暮らしていた頃、寝床をつくって具合よく寝られるように、背の高い草を足の下に踏みつけなければならなかったからなんだ。今でもそれをやっているのさ。▼己の名誉を重んじる民族はみな、自分たちの犬を持っている。アイルランドとスコットランドのアイリッシュ・テリアとスコティッシュ・テリア、イングランドのボクサーとエアデール・テリア、フランスのフレンチ・ブルドック、イタリアのイタリアン・グレーハウンド、デンマークのグレート・デーン、ドイツのジャーマン・シェパードとダックスフントとドーベルマン、ロシアのボルゾイ、中国のペキニーズ。▼もし犬を飼うことにおいてスラブ的な感性を持つならば、暖炉のところに寝転んでよく吠えるような、小さめがいい。ゲルマン的なジャーマン・シェパードを中庭で数メートルしか動けないような家で買うのは、犬を囚人にしてしまう。鳥籠に入れられた鷹のようなものだ。ジャーマン・シェパードは、農場やお城には向いてるが、町中には向いていない。▼あなたが家で犬を飼いたいというなら、小さめの犬に飛びついてください。あなたの家の敷居で足りて、出不精の犬、本当に家庭的な犬がいる。ミニチュア・シュナウツァーやワイアーヘアード・フォックス・テリアやその他毛むくじゃらの犬がいる。ダックスフントやフレンチ・ブルドッグがいる。▼そうか、小型犬がいいな。三月二十五日(金)
シュミレーションする演劇2
つづき。▼学校で演劇をテーマにしたモデル授業では、私の場合は演出家だから子どもたちをのせたりして「ワーッ」とすごく盛り上がることもある。PTAの方とか国語の先生も見にきて、そのあとの研修会でも「子どもたちが本当に生き生きしてました。目つきが変わりました」と言うんですが、僕は「そんなことはありません」と。確かに変わるんだけれども、それは体を動かせば頬が赤くなるのと同じで、そんなものはたいしたことじゃない。三年後とか五年後に思い出してくれる授業をつくることが大事なんです。大事なのは全然変わってないように見えるボーッとした子が、もしかしたら覚えていてくれるかもしれない。だいたい急に変わった子は、すぐに明日忘れてしまいますから。あのときやったあれはこういう意味だったのかなとか、変な授業をやったなと思い出してもらうことが大事で、そういう授業をつくりたいと思っているんです。▼国語という科目は、あれは明治初期に軍隊をつくるときに、薩摩の将校の命令を津軽の兵隊がわからないのでは困るので、言語を統一するということです。少なくとも、今では小学校四年ぐらいまでは「表現」という科目でいいじゃないか。それ以降は、表現と言語という科目に分けて、言語の中で日本語と英語と韓国語ぐらいをいっぺんに教えると、日本語も世界のさまざまな言語の一つなんだという相対化ができて、子どもたちは逆に外国語も早く習得できるようになると思うんです。▼「ホワット」ではなく「ハウ」の部分がわからないと、演技を再生することができない。▼いまは大学に入るのも簡単になっているし、学歴だけがその子の人生を幸せにするとは、もう誰も思っていません。ですから演劇をやらせるのも親の方が熱心です。そこそこの成績を取ってもいい会社に就職なんかどうせできないし、だったらうちの子は演劇が好きだし表現する能力もあるみたいだから、そっちの方が役に立つ。サラリーマンになるにしても、そういう表現能力は営業マンとかに有利なんじゃないか。親は一般社会で生きているから、成績だけよくても表現能力がなかったら出世できないことがわかっていて、けっこう熱心です。かえって、子どもの方が目先の現実で「資格を取る」と言ったりしています。▼よく学生に言いますが、携帯があれば「ロメオとジュリエット」は成り立たないよ、すぐ連絡を取ればいいんですから。いままで劇作家の最大の武器だった「すれ違い」が使えなくなるんですよ。マクベスの陰謀なんかも全部ばれてしまいますから、と。▼劇作をむずかしくしている携帯電話。時差は文化だったが、もうこの手はつかえない。三月十八日(金)
シミュレーションする演劇1
かつて観た「ゴドーを待ちながら」という芝居では寝てしまった。でも演劇は気になります。『リアルだけが生き延びる』(平田オリザ・ウェイツ)から。▼日本のお芝居はたいてい弱者が主人公になりますね。貧乏くさい。戦争を描く場合でも敗者の立場で描く。青春演劇も、必ずそういう構造を取ります。「ロメオとジュリエット」だって、封建制に対して戦って敗れていく物語です。僕の作品の場合は常に支配者とか権力者の孤独とか滑稽さを描く、そうしないと国際性を持てないと思うからです。▼本来、劇は「一幕物、音響なし、照明変わらず」だった。シェイクスピアの時代もそうです。スピーカーなんてないし、照明も変わらないし、舞台装置なんかも幕だけだったんですから。▼演劇をつくるということは、「私とあなたはこんなにも違うけれども、一つの共同体をつくれますか」という問いかけなんです。根本的に芸術というのは、一緒になることではないんです。自己と他者を峻別するということですから、この点がお祭りとはまったく違う方向なんです。▼シュミレーションするというのが芸術の役割だと思うんです。僕がよくワークショップでやるのが、「ロメオとジュリエット」のバルコニーのシーンを題材にして、参加者の人たちに許されない恋愛の物語をつくってもらうことなんです。たとえば同性愛が問題になったら、主婦の人なら「あなたの息子さんが自分のフィアンセですといって男の人を連れてきたらどうですか」「それはちょっと困ります」とか、異なる価値観のすりあわせの訓練をする。これは演劇だからできる。▼芸術とか宗教は基本的には人生に対するシミュレーションであって、いちばんわかりやすい例は、「死」だと思うんです。親しい人を失うと社会生活が一時的に送れなくなる。人間は社会生活を送らなくてはいけないので、どうやって社会に復帰していくかというプロセスが大事になります。初七日とか四十九日とか三回忌を決めていって、喪がだんだん明けていくわけですね。優れた宗教は必ずこういうシステムをもっています。芸術というのは逆で、死に向かっていくシミュレーションなんです。ふだん私たちは死を意識できないけれども、芸術を通じて愛するものを失った悲しみとか、あるいは自分の死への恐怖を疑似体験することができる。いまは特に人の死に関して、ものすごく遠くなってきています。▼つづく。三月十一日(金)
異論、排除せず
電子メールでの往復書簡が本になる。『東京ファイティングキッズ』(内田樹・平川克美、柏書房)から。▼民主主義のジレンマ。民主主義とは決して政治的にベストの選択を保障するシステムではないし、効率的で合理的なシステムでもありません。つまり民主主義とは最良のシナリオを最短で実現するシステムではないということです。にもかかわらす、多くの国の国民がこのシステムを採用した理由は、民主主義といったシステムの柔軟性、冗長性といったものが、異論が共存する社会を存続させるためのものである。それを保障しているのが多数決という意思決定方式であり、少数派が多数派と交代しうる可能性を残しているところに、工夫と創見があるのだと思います。だって、もし少数派が永遠に少数派として固定されるならば、少数派が自らの政治的宗教的な信条を実現するためには暴力と圧制に頼る他はなくなるからです。最悪の結果を回避するためには、回りくどくて、かったるいプロセスを引き受けましょうというのが、民主主義を採用するときの基本的な合意であるはずです。自分たちの思想や利益に反する人たちに対して、それを排除しないで、将来における逆転の可能性をも保障するのですから。▼抵抗権の最後の砦としての暴力。権力闘争や駆け引きのときにしばしば暴発することがある。『今がわかる時代がわかる世界地図2005年版』(正井泰夫監修・成美堂出版)をみるといい。地域紛争地というか暴力地図が盛り込まれている。これは20世紀の南北問題の地と重なる。三月四日(金)
てほどき
リンボウ先生はオペラ指南をしております。『リンボウ先生のオペラ講義』(林望・光文社新書)から。▼そもそもオペラの世界には、オペラ・セリアというのとオペラ・ブッファというのがあります。セリアの方は真面目なオペラで、主に神話や歴史物語に取材した悲劇やあるいは悲恋物語です。オペラ・ブッファは喜劇です。このドタバタ喜劇の方は、言ってみればテレビコメディみたいなもんですね。志村けんの「バカ殿様シリーズ」に音楽をつけてやってるようなものですので、はやり廃れがあり、そのなかでたまさか『セビリアの理髪師』とか『フィガロの結婚』は名作として歴史に残ったと、こういうことなのでありましょうか。▼ベルディ『ラ・トラヴィアータ』の長大な「ああ、そは彼の人か」のアリアは、オペラ・アリアの精華といってもよい。これ、何度見ても聞いても、ほんとにすごい歌であります。いや、聞けば聞くほど、その奥深さに驚愕し、なにかを発見するのですから。▼ビゼー『カルメン』で、ホセの独白。「猫と女は呼んでも来ないが、呼ばないとやって来るというのは、ほんとうだったなあ」というセリフがございます。ホセもなかなか洒落たことを申します。▼ということで、せっかくですから、あの『フィガロの結婚』のドタバタ喜劇を、ハイティンク指揮、ロンドンフィルのDVDを手始めに。二月二十五日(金)
新ちゃんの叔父さん(190)
子どもにとっての叔(伯)父さん、叔(伯)母さんとの付き合いは、その後を少なからず左右するものなのです。『僕の叔父さん網野善彦』(中沢新一・集英社新書)から。▼道祖神はきちんとした神社の神様にはいれてもらえないような、路傍の神様である。神社の神様は、国家の意識とともにある。日本列島にアジア的生産様式の考え方にもとづく国家がつくられたとき、ちゃんとした神様とそうでない神様のふるい分けがおこなわれた。そのとき道祖神は、縄文時代以来の「人類の原始」に根ざす神として、神道の体系の外に放置された。その意味で、この神様は「野生」の領域に属している。▼網野さんの歴史は、飛礫(つぶて)を飛ばす悪党や、無頼な人生を送る博打打ちや、性愛の神秘を言祝ぐ路傍の神様だとかを解き明かし、大地とともに生きる民衆を見つめ直している。これはアジア的生産様式よりもさらに原始的な人類の文化に根ざしたものであるという視点からである。▼山の民、川の民、海民などは非農業民で、彼らは土地を持っていません。そのかわり山や川や海で、農民がつきあっている自然より、もっと荒々しい自然とわたりあっているのです。天皇はこういう連中からは、稲籾の形で租税を取るのではなく、山や川や海で採れる産物を、神様にたいするお供え物の形で、直接納めさせていました。ですから天皇と非農業民とのかかわりはダイレクトなもので、あいだにいろいろ租税徴収請負人がたつ形で、間接的に天皇につながっていた農民とは、まったく違うものだった。▼農業的な日本という地層をめくってみると、原始・未開の人類的な普遍があらわれてくる、その野性的な普遍の中から未来の社会形態を取り出してみようとしていた。▼網野さんは、日本の歴史の中に、自然と直接わたりあいながら活動する、野生あふれる非農業的な精神の存在を掘りあてようとしていた。そして天皇はそうした人々を、神と人をつなぐ宗教的な回路を通じて支配していた。その人々の世界は農業的日本よりも、もっと深い人類的な地層までつながっており、しかもその人々の世界の中から、日本型の資本主義もユニークな技術も生まれ出てきた。▼網野さんは、私たちの叔父さんである。ような気がしてきた。二月十八日(金)
「も」
使いやすいものは、いいもの。それが言葉のばあいにはアダになり、不明朗になることがある。『考える短歌』(俵万智・新潮新書)は、短歌だけの話ではないでしょ、と言っているようでもある。▼助詞の「も」があったら疑ってみよう。「も」は、同様のことが他にもあることを示したり、同類の事柄を並べたりするのに使われる。これを無防備に使ってしまうと、焦点が絞りきれず、印象があまくなってしまうことが多い。「が」や「は」よりも、ソフトな感じがするので、つい使ってしまいがちだが、それが短歌のなかでは、表現のあいまいさをもたらしてしまうのだ。意味的に、確かに「も」である場合でも、「が」や「は」や「を」などに置き換えたほうが、スッキリすることもある。▼副詞には頼らないでおこう。はるばる、しばらく、ゆっくり、いささか、いと、たいそう、こういう言葉は、なるべく使わないでおこう。何かを説明するときに、手軽に感じを出してくれる。便利といえば便利だが、落とし穴もある。つまり、誰が使っても、そこそこの効果あげてくれるかわりに、誰が使っても、同じような効果しかあげてくれない。短歌をつくるなら、自分なりの言葉による、新しい表現を、目指したい。▼比喩に統一感を。三十一文字しかないところに「のような」の比喩をいれると効果が薄まる。できるだけ避けたい。毛糸編む乙女の指のやさしくてたとえばゆるるコスモスの花。この場合は「たとえば」が効いている。▼あいまいな「の」に気をつけよう。あいまいな接着剤としての「の」にはご注意。「の」によって、なんとなく意味は通じるのだが、厳密な表現ではない、という場合がある。▼主観的な形容詞は避けよう。「嬉しい」「愛しい」「苦しい」と百回言われても、本人でない限りはわからない。作者にとっては自明のことなので、つい簡単に使ってしまうが、その思いは読者には伝わらない。たったひとことの、その重みを伝えたいために、私たちは短歌を詠む。▼六時間を歩いて帰り帰し父は神戸の街の惨を語らず。これは「いやー、ひどかったよ」を簡単に言葉にして語れるような「ひどさ」ではなかったのだろう。父親の沈黙が街の惨状を深く重く語っている。▼箪笥の下を必死に抜けし老妻は一瞬笑い次に号泣す。ほっとした直後に、どっとくる恐怖。何の技巧も使わず、ただ事実を写しとったような歌いかたが、かえって現場の生々しさを伝える。技巧は使っていないが、「恐ろしい」などの主観的な形容詞も使っていない。そこがポイントだ。▼助詞、副詞に注意というところか。二月九日(水)
言葉の宝石
宮本常一へ惹かれついでに、『旅する巨人』(佐野愼一・文藝春秋社)から。▼宮本常一は、勉強のため16歳で大阪へ出る。大正12年(1923)山口県周防大島を離れる際に、貧農で教育を受けることのなかった父・善十郎は息子に十カ条のメモをとらせた。まず一番目は、汽車に乗ったら窓から外をよく見よ。田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、駅へついたら人の乗り降りに注意せよ、どういう服装をしているか、どういう荷物をもっているかに気をつけよ。その土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。二番目は、村でも町でも新しく尋ねていったところはかならず高いところへ登って見よ。山の上で目を引いたものがあったら、そこへは必ず行って見ることだ。三番目、金があったらその土地の名物や料理は食べておくのがよい。その土地の暮らしの高さが分かるものだ。四番目、時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。五番目、金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬよう。六番目、私はお前を思うように勉強させてやることができない。だからお前に何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし体は大切にせよ。三十歳まではお前を勘当したつもりでいる。しかし三十歳すぎたら親のあることを思い出せ。七番目、ただし病気になったり、自分で解決できないようなことがあったら、郷里へ戻って来い。親はいつでも待っている。八番目、これから先は子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならない。九番目、自分でよいと思ったことはやってみよ。それで失敗したからといって親はせめはしない。十番目、人の見残したものを見るようにせよ。その仲にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。▼この十カ条をとりあえずは部屋の壁に貼っておこう。いずれは与那国島まで南下してみたいから。一月三十一日(月)
地球四周と夜這い
一生に四千日を旅に費やし、地球を四周する十六万キロを歩いた宮本常一(1907~1981)。日本の津々浦々まで歩いて聞いて、記録した。写真も十万枚を超える。出身地の山口県周防大島の記念館に訪れてみたいが、まずはここに ▼さて名著『忘れられた日本人』(宮本常一・岩波文庫)から。西日本では伝承せられるものが、家に属するものよりも、村全体に関することが多く、東日本ではそれが家によって伝承せられることが多いのではないかと思っている。▼ほんとにかわりましたのう。夜ばいもこのころはうわさもきかん。はァ、わしら若い時にはええ娘があるときいたらどこまでもいきましたのう。はァ、女と仲ようなるのは何でもない事で、通りあわせて娘に声をかけて、冗談の二つ三つも言うて、相手がうけ答えをすれば気のある証拠で、夜になれば押しかけていけばよい。こばむもんではありません。親のやかましい家ならこっそりはいればよい。親は大てい納戸へねています。若い者は台所かデイへねている。音のせんように戸をあけるにはしきいに小便すればよい。それから角帯をまいて、はしをおさえてごろごろっところがすと、すーっと向こうへころがってひろがります。その上をそうっと歩けば板の間もあんまり音をたてません。闇の中で娘と男を見わけるのは何んでもない事で、男は坊主頭だが女はびんをつけて髪をゆうている。匂いをかげば女はすぐわかります。布団の中にはいりさえすれば、今とちごうて、ずろおすなどというものをしておるわでではなし、みなそうして遊んだものであります。ほかにたのしみというものがないんだから。そりゃ時に悲劇というようなものもおこりますよの、しかしそれは昔も今もかわりのない事で。▼娘がそうたくさんの男を知るわけではありません。夜ばいを知らずに嫁にいく娘も半分はおりましたろう。若い者がよけいにかようのは、行きおくれたものか、出戻り娘の家が多かったのであります。はいはい、夜ばいで夫婦になるものは女が年上であることが多うありました。それはそれでまた円満にいったものであります。はい、男がしのんでいっても親はしらん顔をしておりました。あんまり仲ようしておると、親はせきばらい位はしました。昼間は相手の親とも知りあうた仲でありますから、そうそう無茶なこともしません。▼港をひらくちうのは、港の中にごろごろしちょる石をのけることでごいす。人間ちうものは知恵のあるもんで、思案の末に大けえ石をのけることを考えついたわいの。潮がひいて海の浅うなったとき、石のそばへ船を二はいつける。船と船との間に丸太をわたして元気のええものが、藤蔓でつくった大けな縄を持ってもぐって石へかける。そしてその縄を船にわたした丸太にくくる。潮がみちてくると船が浮いてくるから、石もひとりでに海の中へ宙に浮きやしょう。そうすると船を沖へ漕ぎ出して石を深いところへおとす。船が二はいで一潮に石が一つしか運べん。しかし根気ようやっていると、どうやら船のつくところくらいはできあがりやしてのう。そりゃもう一通りの苦心じゃァなかった。それがあんたァ、魚を釣りに出る合間の仕事じゃから。▼はァ、おもしろいこともかなしいこともえっとありましたわい。しかし能も何もない人間じゃけに、おもしろいということも漁のおもしろみぐらいのもの、かなしみというても、家内に不幸のあったとき位で、まァばァさんと五十年も一緒にくらせたのは何よりのしあわせでございました。だいぶはなしましたのう。一ぷくしましょうかい。一月三十日(日)
楽縁社会
▼楽しみであつまる「楽縁社会」の到来はすぐそこ。堺屋太一がいう“良縁社会”の一文字をいれかえてみた。何事でも十年努力をすれば、一応の専門家になれる。やがて同じ専門的嗜好を持った仲間が集まりだす。おもしろい情報交換ができる。そこに需要が生まれ、自らが情報の提供者になることもある。高くないかもしれないが、収入が得られかもしれない。おおきなカタマリとして社会制度をゆるがしてきた団塊世代は、年金と併用しながら、リタイア後にささやかな職業を得るというあらたな実験期をむかえるという。堺屋さんは、ウサギさんで先回り発言が得意のようです。三百万匹の亀の先頭集団がえっちらおっちらリタイアの準備をしていますが、そんなことになるんでしょうか。▼さて、気楽で小さな本を三冊。ひとつは、『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ、新潮文庫)。なかでも「三度目で最後の大陸」は、老婦人のずっしり感が残ります。これが短編なんですね。▼つぎは『ありがとうございません』(檀ふみ・幻冬舎文庫)。書き手は、豪胆な父と神経質な母の両方の性質を具有したもんだから、生活や仕事にそのDNAが踊りまくる。狐狸庵先生を思わせる筆致でなかなかでした。▼つぎは『ホームページにオフィスを作る』(野口悠紀雄・光文社新書)。会社のホームページをみれば、企業診断ができる。内容が更新されているか、見やすいように、使いやすいように設計されているか。トップページが、社長のご挨拶から始まるのは、ホープレスだ。自分がつかうホームページなら、作ってみようかという気にさせる。▼ホームページが楽縁社会の情報道具になり、それに酒縁がくわわって愉しみが倍になれば、それもまた。一月二十九日(土)
動物ガイド3
東アフリカの動物たちに会うならこの本だろうか。『フィールドガイド・アフリカ野生動物』(小倉寛太郎・講談社ブルーバックス)には、鳥類図鑑とサファリの楽しみ方の付録がついている。残念ながら絶版なので、図書館で閲覧するか、古書ネットで仕入れるしかない。再版すればいいのに。▼ゾウの鼻を高く掲げれば、広く匂いを捉えられるとか、アフリカゾウの気性は激しくなんかないとか、見開き写真と、次頁の見開き簡潔文で伝えてくれる。小さくてもいい本とは、こんな本のことかもしれない。何度も読みたいし耐久を考えて、保護用のフィルムを被せた。思ったより東アフリカの動物の本は少ない。一月二十二日(土)
動物ガイド2
前のつづき。▼動物の興味深さやおもしろさは、大人だからこそわかるのである。ある程度の人生経験があれば動物の生き方が理解でき、動物が生きのびるための手段を生まれながらに備えていることの不思議さと神秘さを感じることができる。実際、自然のしくみは社会のしくみと因果関係が似ていて、動物の行動は、われわれ人間と基本的に同じである。さらに大人は、勉強というプレッシャーから解放されており、知ることの楽しさを知っている。そして動物学という科学は、人生経験以外には特別の基礎知識が必要のない分野なのだ。気軽に楽しめる分野である。大人がこんなにも楽しめる動物園を、子どもたちの遠足の場だけにしておくのは、あまりにもったいない。動物園は混んでいるからいやだ、という人もいるが、混んでいるのは行楽シーズンと学校の休みの時期だけである。その他の時期の、とくに平日などはガランとしたものである。▼動物園の動物は哀れで見るのが辛いという人がいる。だが、それは正確な認識ではない。檻を取っ払ったら喜ぶだろうと結論するのは間違いだ。自由の喜びは人間の持つ価値でしかない。動物が自由に野山を駆けめぐるのは、人間の希望を投影した幻想でしかない。野生で生きる動物たちは、常に死と隣り合わせである。野山を疾走する理由の多くは、敵から逃げるためだろう。安全の保障とエサの確保が確実なときは、動物は子ども以外は走ったり飛び跳ねたりしないものなのだ。人間も同じではないか。エサと安全が確保できないノラ犬やノラ猫は可哀相だと言いながら、エサと安全が確保されている動物園の動物たちを可哀相というのはなぜなのだ?飼いイヌを鎖でつなぎ、飼いネコを室内飼いにしながら、動物園の檻を取っ払いたいと思うのはなぜなのだ?動物園の動物の七割が、動物園生まれである。▼自然とは、まるで、たくさんの歯車がかみ合って回り、毅然として確実に動いていく大きな時計のようだと思う。そうやって莫大な時が流れて現在の地球があり、これからも同様に流れていく。万物の霊長と自負する人類も、たくさんの歯車の中のひとつに乗せられ、否応なしに回されていく。小さな歯車のほんの一部に組み込まれ、宇宙の中の地球の時を流れいく素晴らしさのようなものを感じる。そう考えると、なぜか楽しい。そういう存在であるヒトという動物の一人として、自分はどんな命を生きたらいいのかと考えるのが哲学だと感じている。▼動物から哲学か。いいなあ。これは視力が回復してメガネ不要になった気分にちかい。一月二十一日(金)
動物ガイド1 (183)
端(はな)からたのしめるのが動物行動学。人生経験以外には特別の基礎知識が必要のない分野なのだ。『ゾウの鼻はなぜ長い』(加藤由子・講談社ブルーバックス)から。▼ニホンジカの場合、角が落ちるのは四月ごろだから、五月ごろに動物園に行ってみるといい。できれば一週間おきに何度か行くとおもしろい。袋角がのびていく様子がよくわかる。気弱になって運動場の隅にいる可能性が高いから、双眼鏡は必需品だ。九月ごろ、角は完全にのびきる。すると血が通わなくなり、角をおおっていた皮膚が死ぬ。乾いてボロボロとはがれる。シカは角をあちこちにこすりつけて皮をはがそうとする。そうやって、きれいに皮が落ちたとき、白くて立派な角が完成。そして結婚シーズンがはじまる。▼ゾウにはスニーカーの靴底のような大きな奥歯が四本ある。ゾウの歯は、毎日一五〇キログラムもの草や葉や枝、木の皮を噛んでいるから、どんどんすり減る。すると新しい歯が、使っている歯の奥側に生えてきて、古い歯をだんだんと前に押し出す。押し出された古い歯は、前の方から少しずつ欠けて落ちる。そして新しい歯と入れ代わる。これを一生の間に五回も繰り返す。一度に生える歯の数は少ないが、一ヵ所につき、予備もふくめ六本ずつある勘定で、全体の数としては他の動物と同じようなものである。▼動物のカラダの模様のこと。本来は無地のライオンやピューマにも、子どもの時には斑点がある。木漏れ日模様の迷彩服を着ている。百獣の王の子も隠れていなければ、いつ食べられるかわからない。反対に、狩をするために斑点模様の迷彩服を着ているのは、ヒョウやジャガーやヤマネコたちだ。子どもの時は、食べられないための斑点だが、大人になると、食べるための斑点になる。木の上やジッと待ち伏せをしているときの騙し絵になる。シマ模様が迷彩服というのもいる。トラやシマウマだ。トラは、背の高い草の中で待ち伏せするが、あのシマ模様が草の影と混同される。そして草原に立つシマウマは、幅のあるシマのお陰で体の輪郭がはっきりしなくなる。群れで逃げる時には、メチャクチャな数の白黒のたんざくがチラチラして、どれだかわからなくなる。反対に身を守るためなら、隠れるよりも、むしろ目立った方がいいという動物もいる。ジャイアントパンダやスカンクがそうだ。どちらも白黒模様だが、スカンクはあの臭い液、パンダの強力なアゴを考えると、だれも近づきたくない。▼動物の目のこと。草食動物は、敵を警戒する広い視野のため目が離れている。逆に肉食動物は、視野より距離感の方が必要だ。獲物に正確に飛びかかるためにも、両目の間隔が狭い。全体の視野を犠牲にして立体視の範囲を広げたのだ。▼キリンやラクダの睫毛はなぜ長い。首を伸ばしていると足元もが見えにくいので、目は顔の出っ張ったところに付いている。この飛び出した目玉は、太陽の光をもろに浴びることになる。目玉焼きにならないように庇が長い。▼動物行動学は、手軽にたのしめて奥が深い。一月十四日(金)
ゆるゆる.. 2
9条の2.. 3
憲法を変えて戦争に行こう.. 3
声は、あくびから.. 3
おい癌め... 4
脳は疲れず、目だけ疲れる 2.. 4
脳は疲れず、目だけ疲れる 1 (220). 5
タテ、ヨコ、ダンカイ.. 5
何も知らない日本人... 5
空っぽの冷蔵庫... 6
生活情報地図と連結財務諸表... 6
ばか者、若者、よそ者... 7
アングラ経済... 7
昭和天皇と戦争... 7
進化には重力が... 8
山に木を植える漁民... 8
ノートの切れ端 (210). 8
かるい気分で... 8
農家に知り合いは?... 9
なんでも半分... 9
いい町に…... 10
巣箱と粗朶... 10
米軍再編のネライ.. 10
ローマ法王... 11
使わないものは持たない... 12
クラシック音楽と本さえあれば... 12
あいづち (200). 13
オニババ2.. 13
オニババ1.. 14
舌先つるつる.. 14
チャペックの庭... 15
チャペックの犬... 16
シュミレーションする演劇2.. 16
シミュレーションする演劇1.. 17
異論、排除せず... 17
てほどき.. 18
新ちゃんの叔父さん(190). 18
「も」. 18
言葉の宝石... 19
地球四周と夜這い... 19
楽縁社会... 20
動物ガイド3.. 21
動物ガイド2.. 21
動物ガイド1 (183). 21
上等、一人前 (227)
年の暮れに今さらと思いながら、『男の作法』(池波正太郎・新潮文庫)なんて本を手にしちゃいました。▼はじめての寿司屋は、椅子とテーブルのある店であれば安心。そこへ座って「上等を一人前たのむ」こう言えばいいんだ。カウンターのお好みと同じネタで握ってくれて、しかもいくら高くたってたかが知れているんだよ。カウンターだけの店なら勘定は高くつくと覚悟しなきゃいけない。▼旅が嫌いだという人はあんまりいないだろうと思うけど、ぼくはねえ、どっちかというと億劫なほうなんだよ。家でゴロゴロしているほうがいいわけなんです。でも行きたいとなると、行ってみたいところがあると、南フランスへ行こうとか、事あるごとに思っていると、自然に行けるようになってくるんだよ。それはいわば「求心力」だね。何かにつけ、やっぱり求心力は大事だね。絶えずそのことを思っていれば、無意識のうちに少しずつ段取りを進めていくからね。だから自然にそうなるということなんだよ。▼そばを食べるときに、食べにくかったら、まず真ん中から取っていけばいい。そうすればうまくどんどん取れるんだよ。▼メモは取らないね。本を読んでも整理なんかしない。全部忘れちゃうわけですよ。ぼくはメモを取るのは日常的に忘れちゃいけないことだけ。だれだれにこう伝えておかなきゃということだけですね。ただ、仕事の上で、頭に浮かんだことを書きとめておくということはありますよ。でもことさら情報を収集するとか整理するとか、ぼくはしないね、怠け者だから。だけど若い人たちはやったほうがいいですよ。▼日記も、忘れちゃいけないことしか、今は書かないね。毎日食べたものとかね。これはある程度、家内のためですね。年中おかずを考えるのに困ったときに、ぼくのところへ来れば即座に答えてやることができる。▼すべて五分五分とおもっているね。直木賞なんかも入るかもしれないし落ちるかもしれない。戦争に行っても、戦死するか生き残って帰ってくるか、それは五分五分。おおげさかもしれないが、五分五分の人生観というか考え方をしてないと、時間がもったいない。悔やんだり落胆に時間をかけるのはもったいない。▼すき焼きのねぎは、斜めに切らないで短くぶつ切り。鍋に縦に並べるわけよ。そうすると、ねぎというのは巻いてあるから、その隙間から熱が上がってきて、やわらかくなる。▼サービス料がある場合はチップはいらないというのは、これは理屈ですよ。だけどね、こういうことをいうとまた誤解されるかもわからないが、かたちに出さなきゃわかんないんだよ、気持ちというのは。タクシーの運転手さんに「ありがとう」と言ってね、ただ「ありがとう」だけじゃ駄目なんだよ。なにがしかの身銭を切らないとね。たとえ百円であってもね。▼女の人は、自分と自分のすぐまわりのもの、現実的な生き方という面においてすごく強いわけだから、自分の女房にする場合にまず考えることは、「女の中では、ほかのことにも割合に気がまわる女か、どうか」ということです。たとえば電話のかけ方でだいたいわかるじゃない、女は。▼今年はご苦労さまでした。よいお年を。十二月三十一日(土)
ゆるゆる
小曲だけでいいから、世界最高水準のピアノ演奏をしたいといって、呼吸の仕方や、体の中心装置を習得するため「ゆる体操」を始めた人がいる。ということで『だれでも達人になれるゆる体操の極意』(高岡英夫・講談社α文庫)から。それに、もめごとや交渉ごとには胸襟を開きハラを据えなければ、というときも「ゆる体操」です。▼それではまず、「寝ゆる体操」から。「腰モゾモゾ」「すねプラプラ」「膝コゾコゾ」を。▼つぎは「椅子ゆる体操」を。「腕支え腰モゾモゾ」「背もたれ首モゾモゾ」「手首プラプラ」。▼つぎは「立ちゆる体操」。「ひじクルン」「肩ユッタリ回し」「肩こりギュードサー」「胸フワフワ背フワフワ体操」「足ネバネバ歩き」「魚クネクネ」。▼つぎは「息ゆる体操」。「息ハートロトロ」「股キュートロトロ」「息スーハートロトロ」。▼これらの体操を日々の生活や活動に取り入れる。まずはテレビをみながらの「ながらゆる体操」です。二つ目は、何かを待っている間に、ちょっと手持ちぶたさになったときの「すきまゆる体操」です。三つ目は、せっぱつまったら、どうしたらいいかわからなくなったら、余裕がなくなったらの「なったらゆる体操」です。この三つのやり方で、日常にバンバン取り入れる。なにをしていてもできるのが「ゆる体操」です。▼ゆるゆる言いながらやってると、それなりに身体がふにゃふにゃ。十二月十六日(金)
9条の2
政治は「何でもあり」の様相で、しかも大衆扇動の気配が感じられる。田中宇の配信メールから。▼小泉首相の靖国参拝の目的はなにか。あえて中国との緊張関係をつくりだしているのだ、との見方がある。それは、日中や日朝の関係が好転してしまうと、「在日米軍が撤退しても、今のままの憲法で良い。自衛隊を強くする必要はない」という世論が強くなる。アメリカが「日本の防衛は日本自身でやってくれ」という意志である以上、従来の「日本をアメリカが守る」という前提で作られた日本国憲法も、改定が必要になる。しかし、改定を実施するためには、いわゆる「平和ぼけ」の世論が邪魔だ。▼ここしばらくは、靖国参拝や、東シナ海油田、竹島問題、北方領土問題に対する強硬姿勢によって、中国や韓国、ロシアなど周辺国との関係を悪くしておき、国民を「強い軍隊を持たねばダメだ」という気持ちにさせ、憲法改定や、防衛庁の省への格上げ、防衛費シーリングの緩和、独自の軍事産業の育成などを実現しようというのが、小泉政権の意図ではないかと思われる。▼実際、自民党は11月22日の結党50周年大会で、戦力不保持を決めた条項(9条の2)を削り、軍隊(自衛軍)の保持を明記する憲法改定案を発表した。今回の憲法起草委員会では、中曽根元首相がとりまとめた憲法前文「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び…」をばっさり切った。委員会の軸になっている舛添要一参議院議員は「中曽根前文は復古的な内容で、公明党や民主党が憲法改定に賛成できなくなってしまうから削除した」という主旨の説明をしている。憲法草案は、前文以外の部分でも、公明・民主を抱き込めるようにした。草案は9条について、「戦争放棄」を定めた9条1項は現行憲法どおり残すが、「戦力の不保持」と「交戦権の不認」を定めた9条2項を改定し、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を「内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」とした。▼「戦争放棄」を削除すると、多くの国民の支持が得られなくなり、公明・民主も同意しにくいが、2項の変更だけの場合、交渉の余地が大幅に広がる。この点についても舛添氏らは、自民党内に9条1項の削除や改定を求める声があったのを無視して草案を決めている。また自衛隊の名称も、党内には「国防軍」にという主張があったが、公明・民主を抱き込めるよう「自衛軍」とした。舛添氏は、党の会合で「今回の憲法改定は、9条2項を変えることに尽きると言っても良い」と説明している。▼米軍が一方的に在日米軍の空洞化を進めている中で、小泉政権としては、自衛隊を早く正規軍に昇格させる憲法改定に込まれている。一方アメリカは、日本が防衛力を持つために国内のナショナリズムを扇動する必要があるなら、尖閣でも靖国でも、何でも使って良いと考えている節がある。また「日米が協力して中国を封じ込める」という構図づくりは、日本国民を好戦的な方向に引っ張っていくためのたイメージ扇動であろう。日本人の大多数は、これに乗せられている。ほぼ間違いなく言えることは、今のアメリカは、日本に従属を求めていないし、中国包囲網を強化する方向にもないということだ。▼この記事は深読みし過ぎだろうか。大衆扇動のつぎに、右向け右、なんてことには。十二月九日(金)
憲法を変えて戦争に行こう
話題の自民党憲法草案は、憲法を変えて戦争へ行こうという内容です。同様の『憲法を変えて戦争へ行こう』(岩波ブックレット)では、憲法9条と護憲への思いを18人が伝えている。でも、具体の提案はひとつだけだった。▼日本のODA予算は8千億円、その一方で防衛予算は4兆8千億円とODAの約6倍。それを逆転させて、アジア、南米、アフリカの国に思いきり援助を厚くしてはどうなのか。ミサイル一発が1億円として、そのお金で、アフリカなら5百万円で1校、つまり20校の学校が建つ。どちらがいいかは、あきらか。そうして国際社会で日本はやさしい国、いい国だと認められれば、たとえばどこかの国が日本を侵略してきた場合、他国は一緒に立ち上がってくれると思う。それは戦力を持つよりはるかに日本の安全につながると思う。▼この提案は光っているが、改憲の流れのなかでは埋没してしまうのでしょうか。十一月二十五日(金)
声は、あくびから
話の間を空ける、はっきりと言う、トーンを変える。このあたりの至芸なら、噺家の古今亭志ん生あたりでしょうか。さてその声づくりの基本はどんな風に。『声のトレーニング』(福島英・岩波ジュニア新書)から。▼ベストの声だと、のどや首、あごなどで声がじゃまされずにうまく共鳴しながら、遠くまで伝わっていく。芯があり、ひびきに線が通っている声。奥行きがあり、はっきりしていて、鋭くも柔らかい声。▼そのためにはまずは、ため息から声にすることから始める。のどのあたりが響かないように、胸の中心がひびくようにしてみる。口の奥がのどの方まで広がる感じで、あくびをする。このとき、あごは前に出さないように。その口の形を変えないで、声を出す。アーエーイーオーウー。口の奥が開くと、声は出しにくいが、うすっぺらな声ではなくなる。息ばかりがもれる人は、あくびをして口の奥の天井部分に声を当てる感じで、声を出す。▼声は体調しだいで、音色もひびきもトーンも変わる。声は生の自分をさらしているのですね。恥ずかしい、はずかしい。十一月二十三日(水)
おい癌め
10年後には、2人に1人ががんで死亡するらしい。高齢になると老化した細胞が、間違いコピーをしやすいからだ。『自分を生ききる-日本のがん治療と死生観』(中川恵一×養老孟司・小学館)から。▼末期のがん患者は痛みを訴える。「先生なんとかしてください。いまの状況を楽にしてくれたら、あとのことは、いっさいどうでもいい。死のうが生きようがもうそんなことは関係ない」。▼モルヒネを注射すると中毒症状はあるが、口から飲むと、中毒症状はない。だからモルヒネ類で痛みを和らげるのがよいと思うのだが、まだ米国のようには使われていない。「おれは死ぬんだよな」というとき、痛みをがまんしてどうなるのってことに、直面する。▼患者さんががん、あるいは死に直面したとき、まずは「否認」する。次に「なんで自分が」と「怒り」、「もし治ったら」と神様と「取り引き」をして、「抑うつ」などを経て、それを「受容」する。それに、こんな人もいる。「死ぬならがん」。死ぬまで時間があるので、身の回りの整理ができて、人に見せたくないものとか燃やさないといけないものとか、いろいろありますから。▼さて、この人の闘病もそうでした。『おい癌め酌みかはそうぜ秋の酒』(江国滋・新潮文庫)から。食道がん告知、十時間余の大手術、水一滴飲めぬ術後、再発を日記につづる。敗れはしたけれど闘病の六ヶ月はつらくはあるんですが、折々の句が救いです。▼さてさてと思いながら、厚生労働省認可の緩和ケア病棟を調べたら道内に6ヵ所、そのうちの一つが恵佑会札幌病院でした。ここの院長は私のかかりつけ。なら、何かの時には頼りにしようか。十一月二十二日(火)
脳は疲れず、目だけ疲れる 2
▼海馬は寝ている間に、記憶の整理整頓をしている。外界をシャットアウトして、余分な情報が入ってこないようにして、海馬の神経細胞1千万個が、それぞれの細胞で情報をつないだり、新しい組み合わせをしたりしている。寝ている間の海馬の情報整理をレミネセンス(追憶)という。たとえばずっと勉強していて「解らなかったなあ」と思っていたのに、ある時目からウロコが落ちるように解る場合がある。それがレミネセンスの作用。ピアノの練習をいくらしても弾けなかった曲を、次の日にすらすら出来てしまったりする。脳が夜、情報のつなぎ換えしているうちに、出来るようになることもある。ただ、寝不足になると、海馬はその整理整頓を今度は起きている間に始める。つまり幻覚症状。▼海馬の神経細胞のつながりは、受け手の細胞がカギを握っている。受け手が受け取らないと情報が流れない。イニシアティブは、受け手が持っている。プロポーズもプレゼンテーションも、何もかもぜんぶがそう。受け手にとっては「はい」って言うだけの仕事量なんだけれど、その「はい」がすべて。▼脳は安定化したいという性質が強いので、自分があらかじめ言ったことに対しても、どんどん安定化していこうとする。いいことを言うと、その通りになる。悪いことを言っても、その通りになる。言葉の呪いがかかってしまう。▼脳は安定を求めるから、やりかけのことだけが募ってくると、当然、誇りは生まれない。誇りを生むためには、ちょっとでも完成したものを残しておくというか、そうしないと、自信は出てこない。インターネットでは、未完成のものが使える。お陰で、「やりかけに見えるけれどもここまでは考えた」という軌跡はぜんぶ残るので、あとでつながる。考えた結果ではなく、考えのプロセスをアウトプットしている。インターネットがなければ、考え途中のことを発表することは出来なった。これは、科学の世界でもおなじ。昔の科学は結果勝負ところがあって、全部を証明してから発表していたんですが、今は仮説のまま公表しちゃう。仮説の発表後に人が寄ってきて、その仮説を証明していくというように、科学全体がプロセス重視に変わってきている。閉鎖系から開放系へ、です。▼頭のいい人は、長期的な視点からみれば案外進化しない。頭のいい人は、ひとりで何でも出来てしまう。逆に頭の悪い人は、他人と協力しないとやっていけないから、そういう共同作業から生まれる進化や変化は、横のネットワークが強まり、ここまで高度に進化したんじゃないかという考えかたも出来るわけです。十一月十九日(土)
脳は疲れず、目だけ疲れる 1 (220)
脳の解明がすすんでいる。『進化しすぎた脳』(池谷裕二・朝日出版社)から。▼人間は見たものそのものを覚えるんじゃなくて、そこに共通している何かを無意識に選び出そうとする。脳はあいまいにものを蓄えようとしている。ものごとの裏にひそんでいるルールを抽出して学習するためには、学習スピードが遅いことが必須条件。学習スピードが速いと、表面に見えている、目に見えたものだけに振り回されてしまって、その奥にひそんでいるものが見えてこない。▼ついでに『海馬-脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里、新潮文庫)から。▼夢は過去の記憶の再生。フランス語を知らなければ、フランス語をぺらぺらしゃべる夢をみることは絶対ない。▼海馬は側頭葉の裏にあり、記憶の役割をもつタツノオトシゴに似た部位。記憶の製造工場である。膨大な情報を受けとったら、まず海馬が必要な情報だけを選び抜いている。というよりほとんど捨てている。また、いったん分類してしまうと、それ以外の尺度では分類できなくなってしまうという性質がある。▼感情をつかさどるのは扁桃体で、好き嫌いはなどの感情は、ぜんぶ過去の記憶から生まれる。▼「やる気」を生み出ところは、側座核という豆粒みたいな脳の部位でおこなう。この神経細胞はやっかいなことに、なかなか活動してくれない。だから、やる気がない場合でもやり始めるしかない。そのかわり、一度はじめると、やっているうちに側座核が自己興奮してきて、集中力が高まって気分が乗ってくる。だから「やる気がないなあ」と思っても、実際にやり始めてみるしかない。十一月十八日(金)
タテ、ヨコ、ダンカイ
堺屋太一は、団塊世代の行く末が気になるらしい。▼団塊世代がリタイアしてから大事なのは、本当の「好き」を見つけること。何時間やっても飽きない趣味、誰にでもしゃべりたくなる事柄を見つけて、同好の士を募る。人間、好きは上手。六十歳からはじめても七十歳までにはヒトカドの通になり、仲間の期待と尊敬を集めるはずだ。そういう「好縁社会」が到来すると。▼かつて、日下公人が縦の出世より横の出世を説いていたのと似ている。いまは立松和平が、縦社会に疲れたみなさん、地方で横に生きてみたら、と言っている。2007年問題は男だけだの話で、女の人はうまくやっているから大丈夫とも言っていた。▼識者はタテだのヨコだのきれいに言い分けているようです。でも実際は、会社はもちろん地域やボランティアだって、タテ・ヨコ関係にナナメも加わってごちゃまぜ状態なのです。ひとり以外は、組織となってしまい、タテが強まる。ヨコに切り替える力学に自分が加わる。持続させる。これ団塊っぽいですか。十一月十一日(金)
何も知らない日本人
田中宇の配信メールから。▼世界には二つの流れがある。ひとつは、欧米中心主義で、アングロサクソン人を中心とする欧米人による「人種の理論」、もしくは英米が世界の中心であり続けることを目指す「国家の理論」である。これに対し、英米の上層部にもう一つの流れがある。それは多極主義である。中国やロシア、ブラジルなどを大国にすることで、投資家が儲けるという「資本の理論」である。▼世界運営に関するこの二つの方針対立は、産業革命によってイギリスが世界の中心になって以来、2百年以上にわたり、ずっとイギリスと、その後世界の中心の座を引き継いだアメリカの上層部に存在してきた観がある。古くは第一次大戦の前後、世界の植民地に広がった「民族主義」をめぐる問題が、それに関係している。たとえばイラクでは、1920年に最初にイギリス軍がオスマントルコ帝国から領土を奪ってイラクを建国した後、地元の諸勢力をあまりに弾圧した挙げ句、宗教心が強い地域であるファルージャやナジャフで暴動が起き、イラク民族主義を逆に煽ってしまったという歴史がある。これはイギリスの「失策」と考えられているが、2003年のイラク占領後、アメリカはファルージャとナジャフで、住民の怒りを扇動するような政策を展開し、80年前のイギリスと同じように、イラク人の反米民族意識を煽る結果になっている。この約80年の間をおいて行われた英米の2つの「失策」の繰り返しは、故意にイラク人の民族主義を煽る、隠れ多極主義者の戦略ではないかと思っている。 ▼世界は英米の中枢における欧米中心主義者と多極主義者のせめぎ合いや化かし合いによって動いている部分が意外と大きいようなのだが、戦後の日本では、こうした世界の仕掛けが全く読み取られておらず、日本人の多くは、欧米中心主義だけが世界を動かす戦略であると今でも勘違いしている。中国では米中国交正常化と改革開放が連携して行われていることなどから、トウ小平ら共産党首脳は世界の仕掛けをある程度把握していると思われる。それに比べ、日本は世界理解のレベルが低い。日本が無謀な第二次大戦に突っ込んだのは、世界の中心がイギリスからアメリカに移転したことを、当時の日本の上層部がほとんど気づいていなかったからで、そう考えると、日本人は戦前から世界の仕掛けを知らなかったことになる。私自身、アメリカの中枢で多極主義者が動いていると感じ始めたのは、イラクが泥沼化したころからのことでしかないが、今年に入って世界の多極化傾向は、ますます拍車がかかっている。日本にも、この傾向を研究する人が政府や学界の中に増えていかないと、日本人は戦後営々と蓄積した富を、今後短期間のうちに失う結果になりかねない。十一月四日(金)
空っぽの冷蔵庫
▼私生活は、ただ原稿を書いているのと、ただぐったりしているだけの繰り返しなのだ。という『橋本治という行き方』(橋本治・朝日新聞社)から。▼芸というのは、「自分」を消してからでなければ生まれない。「自分」が残っていればシロートで、シロートというものは、「自分を消す」という表現の基本をまだマスター出来ていない存在なのである。▼「ふーん、おもしろいなァ」と思う自分は確固として揺るがない。だから、自分の外側にある「教養」という体系も、「おもしろいか、おもしろくないか」でしか判断できない。私には、「教養」という体系に基づいた知識はないが、それでも平気である。なんでそれで平気かというと、私がその根本において、「自分に必要なことは知っておかないと困る」の態勢を確固とさせていることである。だから、「自分に必要のないことは、知っていなくても一向にかまわない」と思っている。▼私の「教養がない」はほんとうである。それはたとえば、「料理をしよう」と思って冷蔵庫のドアを開けたら空っぽなのと同じである。でも空っぽになっていても、そうは困らない。バザールがあればなんとかなる。自分の必要な食材を求めて行くだけである。▼本を読むことが「楽しみ」である人達は、読むことが苦にならないものばかりをもっぱらに読む。そして、「本を読むことは勉強だ」と思う人の多くは、「本を読んで勉強した過去」ばかりを頭に置く。「本」は「異質な世界観と出喰わす衝撃」でもある。その「衝撃」を「学んで意味あること」に位置づけないと、本なんか読んでも、なんの意味もない。現在の問題の多くが、「異質な他人に対する想像力の欠如」を原因としているとしか思えない。そういう意味で、「他人というテクストを読む」が出来にくくなっているのだが、それはつまり、「本をちゃんと読めない」と同じなのだ。だからこそ「本は要る」のだ。十月十八日(火)
生活情報地図と連結財務諸表
前編のつづき。▼自治体財源の自然増はもうのぞめません。今日ではデフレ型のマイナス成長のため、賃金が下がる、企業も倒産する、商店街は閑散とし、失業者も増え、市町村は税収減。この減収に、不況対策としての減税とあらたな借金(起債)が加わります。▼自治体がどんな状態にあるかを知るには、経常収支比率80%、公債費負担比率10%までの範囲にあるかどうかです。わが市の場合、前者が86.8%、後者が13.7%と危険ゾーンです。▼さてさて、ハコモノですが、これは利用者や人件費をふくむ原価計算、事業採算を公開しながら再整理しなくてはなりません。管理上どうしても職員が必要なハコモノには、定年退職後の職員を数年嘱託としての再雇用を考えればいいわけです。▼それに、町村は職員1人当たり市民100人に、市では120人以上をめどにリストラしなければ、財務悪化を克服できません。疫病神のようなことを言うようですが、これがやがては福の神となるのです。▼政策選択と政策研究には、全国の自治体政策にかんする地方新聞記事の切り抜き集『Dファイル』(イマジン出版)が役立ちます。比較なくして政策なしです。▼次は、法務職員の充実です。新地方自治法によって自治体法務が不可欠となりますが、その法務室に、既成行政法学の優等生職員をあつめていてはだめです。自分がわからない論点がでたとき「法律上できない」といいがちです。役に立ちません。むしろ既成行政法学にくわしくなくても、政策能力をもつベテランないし中堅の職員10数名のプロジェクト・チーム型で動かした方がよいでしょう。新しく養成したいなら、法学関連大学院修士課程の社会人入学制度を利用するのが、さしあたりの便法です。研究目的をのべた小論文と面接でほぼ入れます。1年に2人おくりだしますと、10年で20人の法務職員が育つではありませんか。▼さて最後に、わが町を一望するには、政策情報がもりこまれた『生活情報地図』と、1年限りの官庁会計ではない『連結財務諸表』が必要です。マップとバランスシートですね。これがなければ、市民・議員・職員の情報共有化と、政策立案ができません。これを持たない自治体は、居眠りしているとしか言いようがない。こんな町は破産します。十月七日(金)
ばか者、若者、よそ者
まちづくりは、自治体の財源緊迫にともない、かつての勢いがあません。いま一度、理論と方法を整理しなおすなら、この本です。『自治体再構築』(松下圭一・公人の友社)から。▼自治体の再構築では、エコロジー、地域史、デザインという文化性をもつ思考軸のなかで、個別・具体の政策・制度の量より質の整備をめざすことになります。これをめぐる法務・財務が、各自治体の緊急課題になります。とくに過剰になったハコモノは、市民討議によってその使用目的、管理方法を再編する。公民館などの小型集会施設からは職員をひきあげ、市民管理・市民運営の地域センターにきりかえるのは当然です。1960年代、1970年代につくられたハコモノをふくむ社会資本については、これから一斉に老化しますから、その補修・改築計画を必要としています。これには膨大なカネがかかるため、基金の積み立ても必要です。従来の官庁会計方式による単年度の大福帳発想では、こういう政策・制度のづくりの新地平の開拓はできません。一つひとつのハコモノについて、補修か、改築か、それとも廃止かをめぐる政策法務をふまえて、政策財務としての原価計算、事業採算、また入札改革をともないながら、政策再構築を迫られるわけです。▼といった理論構成は、あらかじめしっかりしておかなくてはネ。理論とあわせて欲しいのは、ばか者、若者、よそ者、といった人材ですが、これは祭りばかりか、まちづくりにも欠かせない人たちなのです。十月一日(土)
アングラ経済
地下経済というかアングラ産業を知るなら、この本。『仕事師たちの平成裏起業』(溝口敦・小学館)は、その繁盛振りとカラクリを図解しながら解き明かす。違法ぎりぎりの世界を垣間見させてくれる。あるヤクザの方の話では、焦げついたものの取立ては電話ではがんがんやるが、決して自宅訪問したりはしない。人件費が高くつくから、割に合わないそうです。どこの世界も人件費なんですね。九月二十六日(月)
昭和天皇と戦争
あの日米開戦へ、誰がどのように決断し突きすすんだのか。その過程は『昭和史』(半藤一利・平凡社)に詳しい。▼陸軍が張作霖爆殺事件で昭和四年に「沈黙の天皇」をつくりあげ、昭和をあらぬ方向へ動かしてゆくのと同時に、海軍も翌年のロンドン軍縮条約による統帥権干犯問題(この魔法の杖を考え出したのは北一輝で、もちろんこの場合の統帥権は天皇に帰属)をきっかけに、まことに不思議なくらい頑なな、強い海軍が出来上がっていく。つまり昭和はじめのこれら二つの事件によって、昭和がどういうふうに動いていくか、その方向が決まってしまったともいえるのではないでしょうか。▼ノモンハン事件を本気になって反省していたなら、対米英戦争という負けに決まっている、と後世のわれわれが批評するようなアホな戦争に突入するようなことはなかったんじゃないか。でも残念ながら、日本人は歴史になにも学ばなかった。いや、今も学ぼうとはしていない。▼あの日独伊三国同盟にしても世界情勢を知っていたなら、結べたはずはない。それに終戦調印の不徹底から五十七万人もの人たち捕虜となりシベリヤに送られたことは、外交と戦争に無知なリーダーたちに因るものでしょう。ものごとを決めてゆく過程の日本的なやりかたの是非。これは丸山真男「現代政治の思想と行動」(未来社)、藤田省三「天皇制国家の思想原理」(未来社)を併読しながら、もう一度勉強しないといけない。九月九日(金)
進化には重力が
進化論の話はつきない。そこに新説あらわる。『生物は重力が進化させた』(西原克成・講談社ブルーバックス)から。▼現在は、ダーウィン的「進化の総合説」が主流となっているが、これは生物に「突然変異(いわば奇形誕生)」によって新しい変異が起こり、その中で有用なものだけが「自然淘汰」で残り、それが積み重なって進化が生ずる、とするものである。しかしこれだけでは、到底、進化を説明できない。突然変異はどうして起こるのかが、説明できていないからである。一方、ラマルクの「用不用の法則」は興味深いものだが、それとセットになっている「獲得形質遺伝の法則」の方が否定されているため、これでも説明しきれない。それでは、進化は一体どのように起こるのか。実は、進化は「重力」を中心とする生体力学的な対応によって起こるのではないか。ラマルク言うところの「用不用の法則」は正しいが、「獲得形質遺伝の法則」の方は間違っていて、獲得形質は「遺伝」によらずとも次世代に伝えることができるのである。親の行動様式を子に伝えるだけで、親の獲得した形質は子に伝わってしまうのである。ただし、これは重力の影響のおおきい、脊椎動物に限ってである。▼著者は、脊椎動物の原始である、あの酒の肴になるホヤで実験してみせるが、これがなかなか説得力ある。ホヤの幼生を岩に張りつかせず、オタマジャクシの形状で泳がせて成長させると、単純な慣性力がはたらき、体内の臓器が後ろへずれた。それに新しい臓器もできたのである。突然変異でもなく自然淘汰でもないのである。などなど。▼この重力進化説は、夏の夜の驚きでした。八月二十六日(金)
山に木を植える漁民
知床が世界遺産になったのは、知床の森が海岸を支えるという、世界でもめずらしいことが評価されたのだと立松和平さんが評している。そのわけを『森が消えれば海も死ぬ』(松永勝彦・講談社ブルーバックス)から。▼なぜ河口域だけ海藻が生えているのか。河川の影響がなくなると、死の世界が広がることを知っていますか。光がないとプランクトンは生育しません。しかも光合成のできる水深は100mくらいまで。北の海に魚が多いのは、栄養塩(窒素、リン、ケイ素)が海底の深層水から湧き上がってくるためです。ただし、植物プランクトンは鉄を先に取り込まないと窒素を取り込めず、成長できない。ここがポイントですが、鉄だけは粒子で、鉄以外はすべて水に溶けた形でいる。よって鉄は自重で全部海底に沈んでしまう。外洋では栄養塩は深層水から常に供給されるが、鉄は沈んでしまい供給されないことになる。▼それでは、どこから鉄が来るかというと、アジア大陸の偏西風です。大量のダストを運んでくる中国大陸の黄砂です。岩石が風化したものではなく、鉄が溶出した土壌で、これが海水に入って鉄が溶出する。のではないかという説があります。▼さて、それはそれとして、森林に堆積した腐食物質には、フルボ酸鉄というのが存在します。これは鉄を溶かし出す腐食物質で、これが山から下りてきて、河口付近にたまり、このフルボ酸鉄を利用して、プランクトンや海藻が生長します。これが、河口域だけに海藻が生えている理由です。ですから、河川の影響がなくなると、死の海が広がる。森林が海の砂漠化を防ぎ、森が消えると海が死ぬ、の道理です。水産資源は森が守っているのです。▼オホーツク海に面した常呂漁協、根室湾に面した野付漁協、日本海側の手塩漁協が植林を始めました。地元の広尾漁協も一万本の木を植えました。森と海がつながりはじめる。八月十九日(金)
ノートの切れ端 (210)
このトシになると、記憶より記録です。ノートの切れ端に書きとめた言葉から。池澤夏樹の配信メールからは、「教会建築をみるにつけ、大きいものより小さいもの、爛熟よりは素朴、の方が好ましい」。『死んでいる』(ジム・クレイス、白水社)からは、「本気になれば出来る。出来ないのは、手を抜いているか、油断しているかである」。と、これは、主題からおおハズレのメモ。あとは「泣く泣くも良いほうをとる形見分け」。これは誰の本だったのか。散らかしたメモを読み返すのは、いとおかし。八月十二日(金)
かるい気分で
まあ、なんとなく、何かをやりたいとかない時に、めくりました。▼『ブスの瞳に恋してる』(鈴木おさむ・マガジンハウス)から。タトゥー(刺青)を夫に迫る話とか、せしめた食事券での誘いなど、著者の妻みゆきちゃんのドキッとさせておいて笑わせる、落語のようなサゲはやはり愛すべき対象なのでしょう。みゆきちゃん属する吉本芸人の二人組の可哀そうな話からもついでに。彼女らの一人は、子供のころお母さんを亡くした。そのなくなった理由。お母さんと一緒に山登りしている途中に、突然発作が起きて亡くなったというのだ。当然笑える話ではないのだが、彼女たちが「お母さん山登りで死んじゃった」というと、失礼だけど、なんかおかしい。おまけに、お母さんが亡くなった後の保険で家を新築したらしく、その建てた家が欠陥住宅だったというのだから、またかわいそう。「お母さんの死んだ保険で建てた家が欠陥住宅」。そんなふうに言われるとおかしく感じる。ここまでくると、「かわいそう」と「おかしい」がいかに近所同士かわかってもらえるだろうか。▼つぎは、『帰宅の時代』(林望・新潮社)から。著者は私より二つ下の、人生のご指南がうまい方です。読まなくてもよさそうな本なんだけど、ついつい。では、どうぞ。これからは、自分の足で、自分のペースで、自分だけのゴールを見つけて生きていかなくてはならないのです。こうして生きたい、あれをやりたいという、自分なりの時間のすごし方、楽しみ方が必要となります。それには自然と心が向くものに取り組むしかありません。本居宣長は、その学問論『うひやまぶみ』に「詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。…されば才のともしきや、学ぶことの晩(おそ)きや、暇なきやによりて、思ひくづをれて、止ることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし」。▼自分の経験したことから、自分が得意にしていたものから、磨き上げるのがよいと申しております。軽い気分のときの、ぴたりの本でしたが、抜き書き以外のことは忘れました。八月五日(金)
農家に知り合いは?
十勝平野の今年は、低温つづきで、作物の実りが危ぶまれる。しかし、食の世界は、安全、美味しいもの、安いもの、と嗜好が強まっていて、そのうち安いものは輸入品に敵わない。中国産はとにかく安い。くわえて、これはまずいと思うのですが、農業指標でプラスに向いているものはひとつもない。自給率、農業就業人口、新規就農者、高齢化、専業農家が、しかり。データからみれば、お先真っ暗です。それに今までの農家は農協に出荷してさえいればよかったが、これからはそうはいかないでしょう。また、新規に農業に就こうと思っても農業委員会の壁が厚く、なかなかことが運ばない。07年以降に団塊の世代がなだれ込むといわれているが、せいぜい家庭菜園どまりかもしれない。一方、国レベルでみれば、コメ余りなのに大量のコメを輸入し、ODAなどの援助で再輸出しているなど、どれもこれもチグハグです。▼これからは市場の多様化につきあう以外ないと思われます。そのためには、①農地の所有権と利用権を分け自由化することで、新規就農者を歓迎する条件をととのえる。市場開拓の面では、②ネット販売などで新しい市場に向き合う工夫。③都市近郊農家がクリスマス用イチゴをつくるなど特化してみる。④長野のレタス農家でやっているが、パソコンで市場調査しながら出荷する。⑤新潟のコメ農家(法人)のように、発芽玄米・無洗米など付加価値加工する。といったキラリと光る話題や試みを歓迎していく。農業は成長産業と思いたいし、農民が頑張れて、新規の農業者を受け入れるようなシクミを持たないと、この先なにを食べていくの。七月二十九日(金)
なんでも半分
街へ出るたびに感じてしまうんですね、これが。▼ハーフサイズの注文で、ゆっくり食べても、追い立てられない食堂は、とても少ないのです。込んでいる店ならなおさらのこと。もちろん、料金は一人前で、チップを置いてきてもいいくらいに思っているのに、です。胃腸など消化器系の手術をした人は多いし、それにともなう摂食障害の方がけっこういます。自身がその身になってわかりました。外出したらやはり外で食べるのが楽しみ。お一人様でも、ゆっくり気兼ねなく食べられる食堂があれば、と当事者はみな思っているのです。調理人や店主の寛容がほしいところです。▼ハーフサイズのラーメンとチャーハンを組み合わせた「半チャーラーメン」というのを見かけたことがありますが、あれです。あれなら、なんとか食べられる。あるラーメン屋で麺を半分と言ったら、「スープとの兼ね合いがね」といわれ、つづいて「残せばいいしょッ」と、きたもんです。こちらの、もったいない、ということやら複雑な気持ちが伝わらない。かたや、たまにしか行かないラーメン屋なのに「あっ、いつものやつね」といって、麺半分のラーメンを作ってくれる。だから、ここには通う。こういう店は、味がいい。うまい。▼内臓障害者にとっては、なんでも半分が“quality of life”なのですが、まだまだ。七月二十二日(金)
いい町に…
いい町に旅したい。できることなら、いい町に住みたい。「よい町の十条件」を嵐山光三郎さんは語る。①川が流れる町、②町並みが美しい町、③祭りがある町、④長老がいる町、⑤若手が長老を立てて活発に活動している町、⑥おばさんが元気な町(おばさんは町のジュンカツ油である)、⑦酒と料理がうまい町、⑧上等の蕎麦屋と宿のある町、⑨豆腐がある町、⑩古都。なんだそうです。ということになると、知人の故郷でもある郡上八幡なんか、古都以外すべて揃っていそうだなあ。豆腐と蕎麦がうまい町だけというなら、おいらの町もあてはまるが、五十点以上ではない。だから町づくりを、といった意欲が各地にみられたたが、今は下火。町づくりはハヤリ・スタレの問題ではなく、古代から今までのテーマであり続けてきたのに。七月十五日(金)
巣箱と粗朶
庭に野鳥を呼ぼう。庭に在来種の樹を植えよう。ということで、『野鳥を呼ぶ庭づくり』(藤本和典・新潮選書)から。▼シジュウカラは、毛虫に換算して、一年間でどのくらいの動物質を食べるのだろうか。答えは十二万五千匹。農薬を使わなくても庭に巣箱をかけて野鳥に飛来してもらえれば、カワラヒワがアブラムシやカイガラムシを食べてくれる。▼公園の粗朶(そだ)置きをのぞくと、落葉や枯れ枝をもとめて生き物がやってくる。タデムシ、ハサミムシ、ゴミムシ。ミミズにコガネムシ。それを食べにカエルもやってくる。これを庭にも応用する。土づくりにもなる。▼庭先に植えた外来の植物は、いくらきれいに咲いても、地元の生態系からは外れている。在来種だと小さな目立たない花でも、その季節に合わせたようにハナアブやヤマトシジミなどの昆虫がやってくる。様々な花を利用する昆虫もいるが、基本的には在来の樹と花に集まる。▼巣箱を利用する身近な鳥は、シジュウカラ、スズメ、ムクドリと、意外に少ないが、彼らは都会で棲むところにとても苦労している。家屋のすき間や洞(うろ)などは今では都会にほとんどなく、地面に伏せた植木鉢やブロック塀に空いた穴などに巣をつくる。巣箱を庭の適切な位置に掛ければ、おそらく八十%以上の使用率と思われる。▼小鳥のバードフィーダー(エサ台)は、五百ミリリットルの紙パックを、カッターで四面を切り抜き、止まり木の割り箸を、底辺に十字に差し込んで吊り下げれば完成。エサはパンくずや、針金などで固定したミカンやリンゴなどの果物を入れる。底に水抜きの穴を四~五個開ける。紙パックはとても丈夫で、二年以上も風雨にさらされても使うことができる。ペットボトルを利用したフィーダーは、風雨に強く、特に雪国には最適。▼その土地の生き物には、その土地に適した在来種を植えること。外来種に頼らない里山の庭づくり、ということでした。野鳥を呼ぶためのホームページはきわめて少ない。http://park15.wakwak.com/~sernef/yatyou/yatyou.htm 七月八日(金)
米軍再編のネライブッシュの米軍再編のねらいについて、田中宇の配信メールから。▼ブッシュ大統領は、就任する1年3カ月前の1999年9月に陸軍士官学校で、軍事に関して3つのことを述べている。1つ目は、海外での平和維持活動を縮小すること。2つ目は、米本土を守るためのミサイル防衛計画とテロ対策を強化すること。3つ目は、兵器の軽量化とハイテク化によって世界のどこにでも出動できる「軍隊」を創建することである。▼この約束は、ブッシュの就任8ヵ月目に起きた911事件により一夜にして果たされた。あの事件で愛国心が湧き上がり志願兵が増え、テロ戦争の名のもとに軍事費も急増した。▼ブッシュが掲げる米軍再編は2つの動きから成り立っている。1つは、ボーイングを中心とする軍事産業に「ハイテク化と軽量化」を発注し開発を進めさせること。2つは、ハイテク化と軽量化の進展を見越して、米国内と海外の米軍基地の廃止や統廃合を進めることである。▼米軍のハイテク化と軽量化の中心は、国防総省がボーイング社に発注した「未来型戦闘システム」である。これは、国防総省の傘下で進められている。無人偵察機や無人爆撃機、ロボット型の無人戦車、移動式司令室などの開発、既存の戦車や大砲の軽量化など、18種類の新型戦闘システムを、セキュリティの高いネットワークで連結する大システムだ。いわば、世界中に巨大な無線LANを張りめぐらせ、司令官や兵士が、世界のどこからでもアクセスできるようにする構想である。▼戦車の軽量化では、60トン以上ある米軍の主流戦車(アブラム型)などの主要兵器を19トン以下にまで軽量化し、米軍がたくさん持っているC130(最大積載量70トン)などの輸送機で、複数台ずつ運べるようにする。それにより、戦争開始決定から96時間以内に、世界のどこにでも戦車や大砲、偵察機、移動司令室などを運び込み、戦闘を開始できるようにすることである。▼2番目の米軍基地の世界的な統廃合は、日本に大きく関係している。国防総省はすでに、米軍の海外戦略において「基地」という言葉を使わないようにしている。基地を作るには、基地のある国の政府と契約書を交わし、基地を長期間借り上げる見返りとして、その国を経済援助するとか、その国の国防を担ってやるとか、アメリカがいろいろやらねばならない。しかし、米軍のハイテク化と軽量化が達成されれば、そんな負担を背負って海外に基地を置く必要はなくなる。代わりに、有事のときだけ飛行場を使わせてくれるよう、その国の政府と簡単な覚書を交わしておくだけでよい。有事になったら、その国の政府は米軍に頼りたくなっているだろうから、無償で飛行場を使わせてくれる可能性が高い。▼米軍はこれまでの冷戦体制の中で、日本、ドイツ、韓国という対ソ連戦略上重要な3カ国に基地を重点的に展開してきたが、いずれの国に対してもアメリカは、経済面と軍事面から、いろいろ協力してきた。もう冷戦は終わったのだから、3カ国の米軍基地をしだいに廃止して、見返りの協力もやめて、浮いた金で米軍のハイテク化と軽量化を進めるのが良い、とブッシュ政権は考えている。▼米軍のハイテク化で「同盟国」も不要になる。こうした新思考に対し、ドイツと韓国は、原則として賛成した。ドイツはフランスとともにEUの中核国として、アメリカとは別個の覇権になっていくことを目指している。韓国は中国との協調態勢を強め、アメリカとは距離を置くようになっている。韓独とも、急に米軍が引き上げると、軍事的な真空状態が生まれて危険で困るが、米軍が数年かけてゆっくり引き上げることは、おおむね歓迎している。▼唯一困ったのは、今後もずっと対米従属を続けていくつもりになっている日本である。結局、日米の間では、米軍が兵士や兵器を長期に駐留させる基地を減らす点は韓独と同じだが、同時にアジアを担当する米軍の司令部のいくつかを東京近郊の横田基地や座間基地に持ってくることで、日米軍事同盟が維持されているかたちをとるという化粧をほどこし、従来どおりの日米関係を維持することにした。▼日本との関係は、このように「同盟関係」が維持されているように見えるが、ブッシュの米軍再編の理念に基づいて全世界的に見ると、アメリカはもはや「同盟国」を必要としていない。ハイテク化・軽量化された新型部隊が96時間以内に戦地に飛び、30日以内に敵を倒してアメリカに帰還する、というのが再編完了後の米軍の姿であり、どこの国にも頼らず、アメリカ単独で世界を支配できるようになることを目指している。軍事技術によって同盟国を不要にするのが、ブッシュの戦略である。▼米国経済は不調でも、軍事は独走。六月二十四日(金)
ローマ法王池澤夏樹の配信メールで、ローマ法王のことが書かれていた。▼つまり、故パウロ二世は宗教者であると同時に実践的な思想家であった。では、カトリックとは何なのか?結局のところ信仰なき者には計りがたい。それは人と世界の関係ではなく、人と神の関係だから。法王の葬儀に集まった400万の人々、ローマのサン・ピエトロ広場を埋めた人々の姿に、彼らの思いを想像するしかない。法王はおそらく、遠い神と心弱い信徒をつなぐ仲介者の一人なのだろう。神は絶対であるから、いかなる意味でも具体的でないから、日々の個人の心からは遠くなる。創世記に言うように神は「言葉」である。つまり言葉で定義されるものであって、実体ではない。旧約の神は厳格な妬みの神であった。素朴な人々が父と慕おうにも手がかりが少ない。だからキリスト教では、まずキリストが神と人を仲立ちし、それでも届かないところは聖母マリアが取りなし、それでも残る隙間を多くの聖者たちが埋める。そして、法王をはじめ司教も司祭も神父たちも、この神と人との遠い距離を仲立ちするものとしてある。人は人を愛することはできるけれど、抽象を愛するのはむずかしい。神に顔を与えるために、尊厳を損なうことなく相貌を与えるために、村の教会の神父に始まって天に到る長い連鎖がある。そして法王はこの連鎖の人間界側の最終的な束ね、いわば砂時計のくびれのような存在、ではないのか?不信心者の憶測ではそう見える。▼バチカン王国は、小さくても大きな国ということでしょう。五月二十七日(金)
使わないものは持たない
Uchida Mitsukoの日常は、すっきりとしたものです。▼朝は起きるのが9時過ぎですね。スタートはゴロゴロしています。紅茶をいれてゆっくり飲む。今日はどのカップで飲んでやろうかと考えることから始まります。18世紀のイギリスの陶器がいくつかあるので、どれにしようかと選びます。いや、蒐集しているわけじゃないですよ。私は使わないものは持たないから。物に持たれてしまうのは嫌。私が物を持つならいい。物が私を左右しだしたら困ります。▼午前中は山のようになった郵便や書類を読んだり整理したりします。電話も鳴る。あれやこれや雑用をしているうちに目が覚めてきます。そうしたら家の目の前、3メートル先にある自分のスタジオに出かけて行って、ちょっと弾いてみる。そのうちにお昼の時間になるから、新聞を買いに出かけます。新聞は「イブニングスタンダード」。唯一のロンドンの夕刊紙です。朝刷ったものがちょうど昼くらいに並ぶんです。これはロンドンの新聞であってイギリスの新聞ではありません。ロンドンの人のためだけに作られている新聞ですから。これを読みます。▼それから晩ご飯のおかずを買ったり、お昼用の軽いものを買ったり、今夜はどのワインを飲んでやろうかと考えたり。ワインは酔うために飲んでいるんじゃなくて、食事と一緒に味わうためだから、グラス一杯しか飲みません。▼家に戻って昼食をすませて、新聞読んだりしていると、また電話がガンガン鳴り始める。そうしたらスタジオに逃れて、練習です。演奏会や芝居に行かない日は8時過ぎには家にまた戻って、用意しておいた美味しい食事をあたためて、必ずおいしいサラダをつくって、それを一杯のワインと一緒にちょいなと食べます。それからは音楽を聴いたり、本を読んだりしているうちに、11時や12時になってしまう。テレビはありませんから見ません。ベッドに入ってからもちょこちょこ本を読んだりしています。そのうちに眠ってしまう。▼インターネットもEメールもしません。もしそういうものを持ったらEメールの囚人になってしまうに決ってる。それは絶対に嫌です。▼自分でホームページを持つ人もいるらしい。Eメールで質問がきて、それに答えるとか。それを始めたら私生活がなくなってしまうじゃないですか。私には考えもつかないことです。▼夾雑物の少ない生活がうらやまれる。いずれ。五月二十日(金)
クラシック音楽と本さえあれば
▼内田光子の最新作は、バイオリンにマーク・スタインバーグを迎えた「モーツアルト:ピアノとバイオリンのためのソナタ集」(ユニバーサルミュージック)。ピアノはバイオリンに従属せず、バイオリンもピアノに従属しない。それぞれが自由で調和といったところか。マチスが晩年、色紙の切り絵に集中したのと似ている。青は赤に従属しない。黄色は赤に従属しない。それぞれが持つ色の分量と配置を問い続けた。▼新潮社の雑誌「考える人」05年春号の内田光子ロングインタビューがよかった。▼私は、「べき」とか「べからず」なんてものは本当はないと思っています。でも、世の中は「べき」「べからず」で出来ている。それに日本の場合、島国であり、ずっと長い間農業でやってきた国ですから、とりわけ目に見えない約束事が多い。理由を問えない「べき」で成り立っている。日本語じたいにも当然それは反映されます。イエスとノーの意味合いが漠然となる。「あなたのお子さんはピアノがお上手ですね」と言われたら、「いいえ」と言う方が人間関係を円滑に保つことができる。ノーとはっきり言わない。曖昧に「はい」と相槌を打つ。腹の探りあいをして、無事に生きていくための知恵から成り立ってきたのが日本語のイエスとノーなんです。言葉でイエスとノーをはっきりさせない分だけ、共同体を保つために「べき」「べからず」が多くなるんじゃないでしょうか。▼小学校にあがる頃には毎日が疑問だらけでした。学校に行くと先生が教える。どうしてそれをやらなければならないのか。漢字のここがハネるとかハネないとか、誰もきちんと理由を教えてくれない。とにかく一方的にやらされることで一日が過ぎていく。ピアノも同じでした。うるさいことを言われる。「こう弾くべきだ」「そうじゃない、こうです」って。「この曲は1780年の曲で当時のスタイルはこうだった。作曲家の考えはこうで、他の作曲家とはどう違うか。ほら、ここが違うでしょう?」そんな風に説明してくれるのなら納得できるんですけね。そうではなかった。ところが本を読むときだけは違っていました。この本はこう読むべきだ、なんて誰も口をはさんでこない。だから本を読んでいる間だけ、私は自由でした。繰り返し同じ本を読むのが好きでしたね。『モンテ・クリスト伯』とかを一人で黙って読んでいました。考えてみれば今だって、黙って一人でピアノ弾いているのが好きですから、私は昔からそういう性分の人間なんだと思います。五月十三日(金)
あいづち (200)
古本屋にも出回ってなく、この復刻の文庫をまっていた。『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三・新潮文庫)から。▼われわれの日常の会話を、つぶさに観察してみると、相槌と、相手のことばの繰り返しがかなりの比率を占めている。実際それだけでも会話はかなり円滑に進行するのである。Really? Not really! Exactly. Certainly. Indeed. Must be. I can’t believe it! No! などを使用する。そうして、時に相手の言葉を繰り返し、時に簡単な質問などを発すれば、会話はほぼ完全な満足のもとに進行することが発見されるのである。▼素朴な疑問が、わたくしには沢山あります。一体、東京はいつ頃から醜くなり始めたんだろう。江戸はどうだったんだろう。江戸の街は美しかったろうな、多分。第一全部日本建築だったんだもね。建築の様式に統一があれば、街なんて美しくないわけがない。いまの日本では、人間の集まるところが必ず醜くなるのはどういうわけなのか。人々が寄ってたかって自然の美しさを台なしにしてしまうのは一体なぜだろう。▼楽器というものは愉しいものである。楽器というものは三、四歳の頃から習い始めなければならない、とうのは最も悪質なデマである。職業的演奏家を志すならいざ知らず、自分で愉しむ程度のことなら何歳になってからでも遅くはないのだ。それに楽譜を読める読めないなぞ何の障害にもなりはしないのだ。二、三ヵ月もすれば指が勝手に楽譜を読むようになってくれるものなのです。深く楽器を愛する心と、そうして根気を持った人なら何の躊躇うことがあろうか。思うに楽器とはその人の終生の友である。決して裏切ることのない友である。わたくしは心の底からそのように感じるのであります。▼スパゲッティは、硬く茹でてバターを絡めて食べるのが一等うまい。蕎麦でいえば「もり」。スバゲッティは、白くて、熱くて、つるつるしていて、歯ごたえがあって、ピカピカしたものなのです。これに、パルイジャーノというチーズをたっぷりおろして、食べるのが一番おいしい。▼四、五十年前の欧州生活記なのに、まだ味わえる。五月六日(金)
オニババ2
▼夫婦が歳を取っても不満が多い、というのは、基本的にご主人と二人の暮らしに満足していないのですよね。だからご主人も満足していない。ときどきすごくいい夫婦がいますよね。そういう夫婦はぜったいにセクシャルな面でもうまくいっている夫婦だと思います。男と女の関係なんて、ぜったいそれしかないと思っていますから。それがうまくいかなくなるから離婚するのです。だから中高年夫婦で仲が悪い、と言っている人たちを見ると、私たちはセックスがうまくいっていません、と書いてあるみたいで、やはり恥ずかしい気がします。▼それにしても今は本当に、いくつになっても自分のことばっかり言ってる年寄りが増えたと思っています。いつまでも自分のことしか関心がない、という感じです。それを見ていると、セクシュアルなことに加えて、やはり自分がよっぽど認められてこなかったのだろうな、思うのです。受けとめられてこなかったわけですね。私たちが自分のことを一生懸命説明しようとするときというのは、やはり相手にまだ受けとめてもらっていないから、受けとめてもらいたいと思って話すのです。わかってほしい、いいよ、と言ってほしい。だって、無条件に自分を受けとめてくれている、とわかって人には、それ以上言う必要がないですよね。▼まわりの皆に、いいよ、と言ってほしいという思いは私にもある。そんななかで、確固たるものとして自分が判断の基準にすべきものがからだの声、からだの経験というものでしょう。自分のからだを判断の基準にする。そのためにはどうすればいいのか。自分のエゴや気持ちを自分で変えようとするのはたいへん難しい。ですから、自分のからだをいい状態にする、ということだけを考えるのです。からだをいい状態にするというのは、具体的言うと、からだをゆるめるということです。からだにこわばりがあって、均等性がなくなると、そちらに歪みが出てきて、やっぱり言葉にも歪みがでてきますし、感覚にも歪みが出てきます。▼男性は、ではどうしたらいいのでしょうか。基本的に男性というのは、女の人に助けられればいいのではないか、と思っています。男性は本当に女性に導かれていくというところが強くあると思います。女性にゆだねる勇気を持つのがいいのではないでしょうか。女性の側も、ゆだねられるだけの度量をもともと持っていたわけです。やっぱり身体性にしても、どちらからよくしていくかというと、女性からよくしていかないとだめなのではないでしょうか。女性の側がよくなると、男性がよくなってくるはずです。四月三十日(土)
オニババ1
身体論として読み応えがありました。『オニババ化する女たち』(三砂ちづる・光文社新書)から。▼性生活というのは出産と同じで、いいセックスの経験は、自分の境界がなくなるような、宇宙を感じるような経験ですので、そういう経験をすることによって、自分があまり細かいことにこだわらなくなるというか、自分が落ち着いていく先をみつけることができるのだと思うのです。セックスというのは、からだにしてみれば、緊張していた状態をゆるめていくような経験です。そういったことがないとずうっと緊張したままになっていますから、子宮系のトラブルは出てくるだろうし、それこそヒステリックにもなりますし、オニババ状態になる。誤解を生みそうですが、女性は、やはり、少しボーっとしているほうがいいようです。ふわっとしたような感じ、というのがよい状態だと思います。セックスを通じてそういう感じがもっとも身近に得られると思っています。▼アメリカ発のセックスのクリトリス主義というのも、何かおかしくないでしょうか。日本には神社がありますが、神社は女性性の象徴が建造物になったものだという話があります。鳥居、参道、お宮。鳥居は入り口で、参道は産道、お宮は子宮です。そして鳥居をくぐって入ってくる御神輿が精子です。クリトリスなどは、鳥居についたマークみないなものです。そんなところで、鳥居の入り口で遊んで楽しいと思っているなんて、なんてもったいないこと、と昔の日本人なら思うのではないでしょうか。▼結婚において相手をこと細かく選ぶようでは、だめだと思います。誰かとともに暮らすことを第一にして、とにかく縁があった人と、誰とでもいいから結婚するというぐらいが、大事だと思います。イメージだけ先行させないで、ある程度のところで妥協して結婚してみるのも大事ではないかと思います。▼女は子どもを産む道具か、などと言われましたが、もちろん女は子どもを産むための道具ではありません。女は子どもを産むための、人間です。▼ブラジルは、からだに関してとても伸びやかな国で、小さいころから抱きとめられて育ったからだをもっています。子どもも大人も、自分自身や他人のからだに関してよい意味でとてもリラックスしていて、みんなにたくさんふれられていて、抱きしめられていて、緊張感がありません。自らのからだにへんなこわばりがない、ということは、とても柔らかな印象を与えますし、相手の心も和みやすいと思います。日本では、本当にからだにふれなくなりました。でも以前の日本では、縁側で膝に頭をのせて耳垢を取ってもらう、お風呂に一緒に入って背中を流す、肩をもんでもらう、といった日本なりのからだへのふれ方があったが、それも少なくなってきた。▼魅力的な人に出会ったら、その人にふれてみたい、その人を身近に感じてみたい、という欲求があります。性関係をもちたいとうほどでもなくて、その人のからだを感じてみたい、といった程度のことで満足する欲求です。ブラジルのような社会では、そういう思いを、挨拶がわりに抱きしめることで解消することができるように思えました。そういう思いが満たされると、性的な緊張はあまりない、親しみに満ちた関係が出来上がるように思ったものです。四月二十九日(金)
舌先つるつる
歯がガタガタになり始めてから、歯の本を読んでもね。でも読んじゃいました。▼『虫歯・歯周病』(熊谷崇・秋元秀俊、法研)から。歯周ポケットの深さは3ミリ以下なら正常。食べたら磨く。ブラッシングだけしておけば安心か。深い歯周ポケットの場合はムリ。歯科衛生士の歯石とり(スケーリング)と、歯科医師による歯ぐきにメスを入れ深いポケット内部の沈着物を取り除くこと。歯周病がもっとも生じやすいのは、歯と歯が隣り合っている面の歯ぐきです。この部分には歯ブラシが届きにくい。フロス、毛束の一房の小さなブラシ、歯間ブラシなどの補助具でがんばる。かかりつけの歯科医をもつこと。それから自分担当の歯科衛生士をもつこと。これが生涯にわたるお口の健康維持の基本。▼つぎは、『歯で泣く人笑う人』(本田里恵・医歯薬出版)から。歯磨きのしかた。磨いたあと歯と歯ぐきの境目を舌でチェックしてみる。ザラザラしていればやり直し。歯ブラシは鉛筆持ちにし、脇をしめ、一本ずつの歯を小刻みな動きで磨く。歯磨き剤は、使うのならツルツル感を舌でチェックしたあと最後にほんの少しだけ。歯磨き剤を使わなければ、お風呂とか、テレビを見ながらとか、新聞を見ながら、どこでも磨ける。1日1回、5分以上の時間をかけてブラッシング。健康な歯ぐきは、唇の裏側より薄ピンクで、毛穴のような点々が一面にあればだいじょうぶ。歯ブラシは、裏から見て毛がはみ出していれば交換。開いたタワシでは風呂の隅は洗えないし、先の曲がったほうきでは部屋のすみずみまできれいに掃けないのと同じ。歯ブラシは小さめがいい。小学六年生用が目安。なぜなら私たちの歯は六年生のときから少しも大きくなっていないから。毛の材質は動物性よりナイロン製のもの。一ヶ月に最低一本は必要。歯科医院で歯と歯の間に詰めものやかぶせものした場合、きちんと糸ようじ(デンタルフロス)が通せなかったり糸が切れるようなら、プラークがたまりやすくなる。また緩すぎると食べものが詰まりやすくなる。磨きにくいのは、下の前歯の裏側。この部分は一歯ずつ歯ぐきにブラシを当てる。上の奥歯の外側は、口を閉じぎみにすると歯ブラシが奥まで届く。前歯の利き側も忘れやすいので注意を。▼つぎの『歯の健康学』(江藤一洋・岩波新書)は、歯をとりまく先端診療がわかる。▼要は、いつもポケットかバッグに歯ブラシを入れておいて、シコシコなんですが、これがなかなか。四月八日(金)
チャペックの庭
チャペックは園芸家でもある。『園芸家12ヵ月』(カレル・チャペック、中公文庫)から。▼素人園芸家になるためには、ある程度、人間が成熟していないとだめだ。言いかえると、ある程度、おやじらしい年配にならないとだめだ。おまけに、自分の庭を持っていることが必要だ。ほんとうの園芸家は花をつくるのではなくて、土をつくっているのだということを発見した。▼人間が真理のためにたたかうことは事実だ。しかし、自分の庭のためだったら、もっといそいそとして、夢中になってたたかう。たとえ二坪でも三坪でも自分の土地をもち、そこに何らかの植物を植えている人間は、たしかに保守的になる。そういう人間は、数千年来の自然法則を頼りにしているからだ。しようと思うことは何でもできるが、発芽の時期をはやめることはできない。五月以前にライラックを咲かせることはできない。だから人間はりこうになり、法則と習慣にしたがうようになる。▼植物を注文するということは、なんといっても一つの苦労だ。三月には苗木屋の主人は、たいがいまだ注文品を発送できない。三月といえば、ふつうはまだ寒くて、苗ができていないからだ。四月になってもまだ発送できない。というのは、注文がたくさんありすぎるからだ。五月になっても、やっぱりできない。そのころになると、たいがい売り切れてしまっているからだ。▼世間では十月というと、自然が冬眠をはじめる月だと考えている。しかし園芸家はいうだろう。十月は四月と同じくらい楽しい月だ、と。十月ははじめて訪れる春の月、地下の芽がうごきだし、ふくらんだ芽がひそかにのびはじめる月だ。ほんのすこし土をひっかくと、親指のように太い、しっかりした芽や、やわらかな芽や、いっしょうけんめい働いている根を発見するだろう。いまのうちに支度をしておかないと、春になっても支度はできない。未来はわたしたちの前にあるのではなく、もうここにあるのだ。未来は芽の姿で、わたしたちといっしょにいる。いま、わたしたちといっしょにいないものは、将来もいない。芽がわたしたちに見えないのは、土の下にあるからだ。未来がわたしに見えないのは、いっしょにいるからだ。▼チェコの秋のうつくしさについて、証を立てて、賛美をしたい。ほかでもないサトウダイコン(これは十勝特産のビートと同じもの)だ。サトウダイコンほど大量に収穫されるものはない。穀物は穀倉に、ジャガイモは地下室に運ばれる。ところがサトウダイコンは、車で運ばれて山に盛られる。山はしだいにうず高くなって、山脈ができる。ほかの農産物はあらゆる方向にむかって、せまい道を屋内に運ばれていく。サトウダイコンだけは、一本の大きな河になり、なだれをうって流れていく。それをもよりの鉄道線路、またはもよりの製糖工場にむかって。大量収穫であり、大集団行進だ。都会人はサトウダイコンの産地に、とくべつ大した魅力を感じない。ところが、秋になると、この地方が堂々たる一種の威厳をもちはじめる。整然と盛り上げられたサトウダイコンの、積み上げられたピラミッドはじつに印象的だ。それは実り豊かな大地の記念碑だ。▼チェコの秋は、十勝の秋にかさなる。四月一日(金)
チャペックの犬
イヌ好きのチャペックは『ダーシェンカ』(カレル・チャペック、新潮文庫)で、フォックス・テリアのいたずらと愛嬌をイラストに描いている。描かれ方はあっさりしているが、うまい。つづいて、『チャペックの犬と猫のお話』(カレル・チャペック、河出文庫)から。▼猫は、犬を見るとき、敵意というのではないが、ふんという軽い軽蔑の目つきをする。でかくて毛むくじゃらで騒々しいテリア犬の方は、ひとりぼっちにされると赤子のようにめそめそするし、主人のところに出入りを許されると嬉しくて気も狂わんばかりになる。ここに孤高の猫の優越がある。孤独な犬のばあいは、ライオンや蛇や、お役所のお偉方と同じように、しかつめらしい。犬のユーモアや遊び心は、人間とのつきあいの中でしか現れない。▼子犬の一般法則というものが二つある。一つは、子犬はすべて同じだということ。どの子犬も、同じ習性を持って生まれ、同じ遊びの規則に従って育つ。どの子犬も、入ってはいけないところへ入り込み、人の靴下を破り、椅子・ひも・石鹸・絨毯・指など、噛んではいけないものを噛み、洗濯したばかりのものが入った籠の中で眠り、五分ごとに助けを求め、吠えるおけいこをし、何か取り返しのつかないような悪戯をしでかしたときだけ静かになるのだ。これはすべて、この世のあらゆる子犬に当てはまる、不可避の自然法則だ。二つめは、能力や性格において、どの子犬も生まれつき他の子犬と違うことである。ある子犬は、慎重で思慮深い犬として生まれるかと思うと、別の子犬は、生れ落ちた最初の日から暴れん坊で、軽率者で、略奪者だ。また別の子犬は、泣き虫であったり、お人よしで泰然としているものもいる。子犬のなかには、激情気質、憂鬱気質、楽天気質、粘液気質なのもいる。どの子犬も同じことをするが、やり方が違う。生きとし生けるものの同一性は永遠であり、多様性は無限だ。▼犬がみんな、寝る前に三回まわるのは、どうしてか知ってるかな?それは、犬が草原のステップ地帯で暮らしていた頃、寝床をつくって具合よく寝られるように、背の高い草を足の下に踏みつけなければならなかったからなんだ。今でもそれをやっているのさ。▼己の名誉を重んじる民族はみな、自分たちの犬を持っている。アイルランドとスコットランドのアイリッシュ・テリアとスコティッシュ・テリア、イングランドのボクサーとエアデール・テリア、フランスのフレンチ・ブルドック、イタリアのイタリアン・グレーハウンド、デンマークのグレート・デーン、ドイツのジャーマン・シェパードとダックスフントとドーベルマン、ロシアのボルゾイ、中国のペキニーズ。▼もし犬を飼うことにおいてスラブ的な感性を持つならば、暖炉のところに寝転んでよく吠えるような、小さめがいい。ゲルマン的なジャーマン・シェパードを中庭で数メートルしか動けないような家で買うのは、犬を囚人にしてしまう。鳥籠に入れられた鷹のようなものだ。ジャーマン・シェパードは、農場やお城には向いてるが、町中には向いていない。▼あなたが家で犬を飼いたいというなら、小さめの犬に飛びついてください。あなたの家の敷居で足りて、出不精の犬、本当に家庭的な犬がいる。ミニチュア・シュナウツァーやワイアーヘアード・フォックス・テリアやその他毛むくじゃらの犬がいる。ダックスフントやフレンチ・ブルドッグがいる。▼そうか、小型犬がいいな。三月二十五日(金)
シュミレーションする演劇2
つづき。▼学校で演劇をテーマにしたモデル授業では、私の場合は演出家だから子どもたちをのせたりして「ワーッ」とすごく盛り上がることもある。PTAの方とか国語の先生も見にきて、そのあとの研修会でも「子どもたちが本当に生き生きしてました。目つきが変わりました」と言うんですが、僕は「そんなことはありません」と。確かに変わるんだけれども、それは体を動かせば頬が赤くなるのと同じで、そんなものはたいしたことじゃない。三年後とか五年後に思い出してくれる授業をつくることが大事なんです。大事なのは全然変わってないように見えるボーッとした子が、もしかしたら覚えていてくれるかもしれない。だいたい急に変わった子は、すぐに明日忘れてしまいますから。あのときやったあれはこういう意味だったのかなとか、変な授業をやったなと思い出してもらうことが大事で、そういう授業をつくりたいと思っているんです。▼国語という科目は、あれは明治初期に軍隊をつくるときに、薩摩の将校の命令を津軽の兵隊がわからないのでは困るので、言語を統一するということです。少なくとも、今では小学校四年ぐらいまでは「表現」という科目でいいじゃないか。それ以降は、表現と言語という科目に分けて、言語の中で日本語と英語と韓国語ぐらいをいっぺんに教えると、日本語も世界のさまざまな言語の一つなんだという相対化ができて、子どもたちは逆に外国語も早く習得できるようになると思うんです。▼「ホワット」ではなく「ハウ」の部分がわからないと、演技を再生することができない。▼いまは大学に入るのも簡単になっているし、学歴だけがその子の人生を幸せにするとは、もう誰も思っていません。ですから演劇をやらせるのも親の方が熱心です。そこそこの成績を取ってもいい会社に就職なんかどうせできないし、だったらうちの子は演劇が好きだし表現する能力もあるみたいだから、そっちの方が役に立つ。サラリーマンになるにしても、そういう表現能力は営業マンとかに有利なんじゃないか。親は一般社会で生きているから、成績だけよくても表現能力がなかったら出世できないことがわかっていて、けっこう熱心です。かえって、子どもの方が目先の現実で「資格を取る」と言ったりしています。▼よく学生に言いますが、携帯があれば「ロメオとジュリエット」は成り立たないよ、すぐ連絡を取ればいいんですから。いままで劇作家の最大の武器だった「すれ違い」が使えなくなるんですよ。マクベスの陰謀なんかも全部ばれてしまいますから、と。▼劇作をむずかしくしている携帯電話。時差は文化だったが、もうこの手はつかえない。三月十八日(金)
シミュレーションする演劇1
かつて観た「ゴドーを待ちながら」という芝居では寝てしまった。でも演劇は気になります。『リアルだけが生き延びる』(平田オリザ・ウェイツ)から。▼日本のお芝居はたいてい弱者が主人公になりますね。貧乏くさい。戦争を描く場合でも敗者の立場で描く。青春演劇も、必ずそういう構造を取ります。「ロメオとジュリエット」だって、封建制に対して戦って敗れていく物語です。僕の作品の場合は常に支配者とか権力者の孤独とか滑稽さを描く、そうしないと国際性を持てないと思うからです。▼本来、劇は「一幕物、音響なし、照明変わらず」だった。シェイクスピアの時代もそうです。スピーカーなんてないし、照明も変わらないし、舞台装置なんかも幕だけだったんですから。▼演劇をつくるということは、「私とあなたはこんなにも違うけれども、一つの共同体をつくれますか」という問いかけなんです。根本的に芸術というのは、一緒になることではないんです。自己と他者を峻別するということですから、この点がお祭りとはまったく違う方向なんです。▼シュミレーションするというのが芸術の役割だと思うんです。僕がよくワークショップでやるのが、「ロメオとジュリエット」のバルコニーのシーンを題材にして、参加者の人たちに許されない恋愛の物語をつくってもらうことなんです。たとえば同性愛が問題になったら、主婦の人なら「あなたの息子さんが自分のフィアンセですといって男の人を連れてきたらどうですか」「それはちょっと困ります」とか、異なる価値観のすりあわせの訓練をする。これは演劇だからできる。▼芸術とか宗教は基本的には人生に対するシミュレーションであって、いちばんわかりやすい例は、「死」だと思うんです。親しい人を失うと社会生活が一時的に送れなくなる。人間は社会生活を送らなくてはいけないので、どうやって社会に復帰していくかというプロセスが大事になります。初七日とか四十九日とか三回忌を決めていって、喪がだんだん明けていくわけですね。優れた宗教は必ずこういうシステムをもっています。芸術というのは逆で、死に向かっていくシミュレーションなんです。ふだん私たちは死を意識できないけれども、芸術を通じて愛するものを失った悲しみとか、あるいは自分の死への恐怖を疑似体験することができる。いまは特に人の死に関して、ものすごく遠くなってきています。▼つづく。三月十一日(金)
異論、排除せず
電子メールでの往復書簡が本になる。『東京ファイティングキッズ』(内田樹・平川克美、柏書房)から。▼民主主義のジレンマ。民主主義とは決して政治的にベストの選択を保障するシステムではないし、効率的で合理的なシステムでもありません。つまり民主主義とは最良のシナリオを最短で実現するシステムではないということです。にもかかわらす、多くの国の国民がこのシステムを採用した理由は、民主主義といったシステムの柔軟性、冗長性といったものが、異論が共存する社会を存続させるためのものである。それを保障しているのが多数決という意思決定方式であり、少数派が多数派と交代しうる可能性を残しているところに、工夫と創見があるのだと思います。だって、もし少数派が永遠に少数派として固定されるならば、少数派が自らの政治的宗教的な信条を実現するためには暴力と圧制に頼る他はなくなるからです。最悪の結果を回避するためには、回りくどくて、かったるいプロセスを引き受けましょうというのが、民主主義を採用するときの基本的な合意であるはずです。自分たちの思想や利益に反する人たちに対して、それを排除しないで、将来における逆転の可能性をも保障するのですから。▼抵抗権の最後の砦としての暴力。権力闘争や駆け引きのときにしばしば暴発することがある。『今がわかる時代がわかる世界地図2005年版』(正井泰夫監修・成美堂出版)をみるといい。地域紛争地というか暴力地図が盛り込まれている。これは20世紀の南北問題の地と重なる。三月四日(金)
てほどき
リンボウ先生はオペラ指南をしております。『リンボウ先生のオペラ講義』(林望・光文社新書)から。▼そもそもオペラの世界には、オペラ・セリアというのとオペラ・ブッファというのがあります。セリアの方は真面目なオペラで、主に神話や歴史物語に取材した悲劇やあるいは悲恋物語です。オペラ・ブッファは喜劇です。このドタバタ喜劇の方は、言ってみればテレビコメディみたいなもんですね。志村けんの「バカ殿様シリーズ」に音楽をつけてやってるようなものですので、はやり廃れがあり、そのなかでたまさか『セビリアの理髪師』とか『フィガロの結婚』は名作として歴史に残ったと、こういうことなのでありましょうか。▼ベルディ『ラ・トラヴィアータ』の長大な「ああ、そは彼の人か」のアリアは、オペラ・アリアの精華といってもよい。これ、何度見ても聞いても、ほんとにすごい歌であります。いや、聞けば聞くほど、その奥深さに驚愕し、なにかを発見するのですから。▼ビゼー『カルメン』で、ホセの独白。「猫と女は呼んでも来ないが、呼ばないとやって来るというのは、ほんとうだったなあ」というセリフがございます。ホセもなかなか洒落たことを申します。▼ということで、せっかくですから、あの『フィガロの結婚』のドタバタ喜劇を、ハイティンク指揮、ロンドンフィルのDVDを手始めに。二月二十五日(金)
新ちゃんの叔父さん(190)
子どもにとっての叔(伯)父さん、叔(伯)母さんとの付き合いは、その後を少なからず左右するものなのです。『僕の叔父さん網野善彦』(中沢新一・集英社新書)から。▼道祖神はきちんとした神社の神様にはいれてもらえないような、路傍の神様である。神社の神様は、国家の意識とともにある。日本列島にアジア的生産様式の考え方にもとづく国家がつくられたとき、ちゃんとした神様とそうでない神様のふるい分けがおこなわれた。そのとき道祖神は、縄文時代以来の「人類の原始」に根ざす神として、神道の体系の外に放置された。その意味で、この神様は「野生」の領域に属している。▼網野さんの歴史は、飛礫(つぶて)を飛ばす悪党や、無頼な人生を送る博打打ちや、性愛の神秘を言祝ぐ路傍の神様だとかを解き明かし、大地とともに生きる民衆を見つめ直している。これはアジア的生産様式よりもさらに原始的な人類の文化に根ざしたものであるという視点からである。▼山の民、川の民、海民などは非農業民で、彼らは土地を持っていません。そのかわり山や川や海で、農民がつきあっている自然より、もっと荒々しい自然とわたりあっているのです。天皇はこういう連中からは、稲籾の形で租税を取るのではなく、山や川や海で採れる産物を、神様にたいするお供え物の形で、直接納めさせていました。ですから天皇と非農業民とのかかわりはダイレクトなもので、あいだにいろいろ租税徴収請負人がたつ形で、間接的に天皇につながっていた農民とは、まったく違うものだった。▼農業的な日本という地層をめくってみると、原始・未開の人類的な普遍があらわれてくる、その野性的な普遍の中から未来の社会形態を取り出してみようとしていた。▼網野さんは、日本の歴史の中に、自然と直接わたりあいながら活動する、野生あふれる非農業的な精神の存在を掘りあてようとしていた。そして天皇はそうした人々を、神と人をつなぐ宗教的な回路を通じて支配していた。その人々の世界は農業的日本よりも、もっと深い人類的な地層までつながっており、しかもその人々の世界の中から、日本型の資本主義もユニークな技術も生まれ出てきた。▼網野さんは、私たちの叔父さんである。ような気がしてきた。二月十八日(金)
「も」
使いやすいものは、いいもの。それが言葉のばあいにはアダになり、不明朗になることがある。『考える短歌』(俵万智・新潮新書)は、短歌だけの話ではないでしょ、と言っているようでもある。▼助詞の「も」があったら疑ってみよう。「も」は、同様のことが他にもあることを示したり、同類の事柄を並べたりするのに使われる。これを無防備に使ってしまうと、焦点が絞りきれず、印象があまくなってしまうことが多い。「が」や「は」よりも、ソフトな感じがするので、つい使ってしまいがちだが、それが短歌のなかでは、表現のあいまいさをもたらしてしまうのだ。意味的に、確かに「も」である場合でも、「が」や「は」や「を」などに置き換えたほうが、スッキリすることもある。▼副詞には頼らないでおこう。はるばる、しばらく、ゆっくり、いささか、いと、たいそう、こういう言葉は、なるべく使わないでおこう。何かを説明するときに、手軽に感じを出してくれる。便利といえば便利だが、落とし穴もある。つまり、誰が使っても、そこそこの効果あげてくれるかわりに、誰が使っても、同じような効果しかあげてくれない。短歌をつくるなら、自分なりの言葉による、新しい表現を、目指したい。▼比喩に統一感を。三十一文字しかないところに「のような」の比喩をいれると効果が薄まる。できるだけ避けたい。毛糸編む乙女の指のやさしくてたとえばゆるるコスモスの花。この場合は「たとえば」が効いている。▼あいまいな「の」に気をつけよう。あいまいな接着剤としての「の」にはご注意。「の」によって、なんとなく意味は通じるのだが、厳密な表現ではない、という場合がある。▼主観的な形容詞は避けよう。「嬉しい」「愛しい」「苦しい」と百回言われても、本人でない限りはわからない。作者にとっては自明のことなので、つい簡単に使ってしまうが、その思いは読者には伝わらない。たったひとことの、その重みを伝えたいために、私たちは短歌を詠む。▼六時間を歩いて帰り帰し父は神戸の街の惨を語らず。これは「いやー、ひどかったよ」を簡単に言葉にして語れるような「ひどさ」ではなかったのだろう。父親の沈黙が街の惨状を深く重く語っている。▼箪笥の下を必死に抜けし老妻は一瞬笑い次に号泣す。ほっとした直後に、どっとくる恐怖。何の技巧も使わず、ただ事実を写しとったような歌いかたが、かえって現場の生々しさを伝える。技巧は使っていないが、「恐ろしい」などの主観的な形容詞も使っていない。そこがポイントだ。▼助詞、副詞に注意というところか。二月九日(水)
言葉の宝石
宮本常一へ惹かれついでに、『旅する巨人』(佐野愼一・文藝春秋社)から。▼宮本常一は、勉強のため16歳で大阪へ出る。大正12年(1923)山口県周防大島を離れる際に、貧農で教育を受けることのなかった父・善十郎は息子に十カ条のメモをとらせた。まず一番目は、汽車に乗ったら窓から外をよく見よ。田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、駅へついたら人の乗り降りに注意せよ、どういう服装をしているか、どういう荷物をもっているかに気をつけよ。その土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。二番目は、村でも町でも新しく尋ねていったところはかならず高いところへ登って見よ。山の上で目を引いたものがあったら、そこへは必ず行って見ることだ。三番目、金があったらその土地の名物や料理は食べておくのがよい。その土地の暮らしの高さが分かるものだ。四番目、時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。五番目、金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬよう。六番目、私はお前を思うように勉強させてやることができない。だからお前に何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし体は大切にせよ。三十歳まではお前を勘当したつもりでいる。しかし三十歳すぎたら親のあることを思い出せ。七番目、ただし病気になったり、自分で解決できないようなことがあったら、郷里へ戻って来い。親はいつでも待っている。八番目、これから先は子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならない。九番目、自分でよいと思ったことはやってみよ。それで失敗したからといって親はせめはしない。十番目、人の見残したものを見るようにせよ。その仲にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。▼この十カ条をとりあえずは部屋の壁に貼っておこう。いずれは与那国島まで南下してみたいから。一月三十一日(月)
地球四周と夜這い
一生に四千日を旅に費やし、地球を四周する十六万キロを歩いた宮本常一(1907~1981)。日本の津々浦々まで歩いて聞いて、記録した。写真も十万枚を超える。出身地の山口県周防大島の記念館に訪れてみたいが、まずはここに ▼さて名著『忘れられた日本人』(宮本常一・岩波文庫)から。西日本では伝承せられるものが、家に属するものよりも、村全体に関することが多く、東日本ではそれが家によって伝承せられることが多いのではないかと思っている。▼ほんとにかわりましたのう。夜ばいもこのころはうわさもきかん。はァ、わしら若い時にはええ娘があるときいたらどこまでもいきましたのう。はァ、女と仲ようなるのは何でもない事で、通りあわせて娘に声をかけて、冗談の二つ三つも言うて、相手がうけ答えをすれば気のある証拠で、夜になれば押しかけていけばよい。こばむもんではありません。親のやかましい家ならこっそりはいればよい。親は大てい納戸へねています。若い者は台所かデイへねている。音のせんように戸をあけるにはしきいに小便すればよい。それから角帯をまいて、はしをおさえてごろごろっところがすと、すーっと向こうへころがってひろがります。その上をそうっと歩けば板の間もあんまり音をたてません。闇の中で娘と男を見わけるのは何んでもない事で、男は坊主頭だが女はびんをつけて髪をゆうている。匂いをかげば女はすぐわかります。布団の中にはいりさえすれば、今とちごうて、ずろおすなどというものをしておるわでではなし、みなそうして遊んだものであります。ほかにたのしみというものがないんだから。そりゃ時に悲劇というようなものもおこりますよの、しかしそれは昔も今もかわりのない事で。▼娘がそうたくさんの男を知るわけではありません。夜ばいを知らずに嫁にいく娘も半分はおりましたろう。若い者がよけいにかようのは、行きおくれたものか、出戻り娘の家が多かったのであります。はいはい、夜ばいで夫婦になるものは女が年上であることが多うありました。それはそれでまた円満にいったものであります。はい、男がしのんでいっても親はしらん顔をしておりました。あんまり仲ようしておると、親はせきばらい位はしました。昼間は相手の親とも知りあうた仲でありますから、そうそう無茶なこともしません。▼港をひらくちうのは、港の中にごろごろしちょる石をのけることでごいす。人間ちうものは知恵のあるもんで、思案の末に大けえ石をのけることを考えついたわいの。潮がひいて海の浅うなったとき、石のそばへ船を二はいつける。船と船との間に丸太をわたして元気のええものが、藤蔓でつくった大けな縄を持ってもぐって石へかける。そしてその縄を船にわたした丸太にくくる。潮がみちてくると船が浮いてくるから、石もひとりでに海の中へ宙に浮きやしょう。そうすると船を沖へ漕ぎ出して石を深いところへおとす。船が二はいで一潮に石が一つしか運べん。しかし根気ようやっていると、どうやら船のつくところくらいはできあがりやしてのう。そりゃもう一通りの苦心じゃァなかった。それがあんたァ、魚を釣りに出る合間の仕事じゃから。▼はァ、おもしろいこともかなしいこともえっとありましたわい。しかし能も何もない人間じゃけに、おもしろいということも漁のおもしろみぐらいのもの、かなしみというても、家内に不幸のあったとき位で、まァばァさんと五十年も一緒にくらせたのは何よりのしあわせでございました。だいぶはなしましたのう。一ぷくしましょうかい。一月三十日(日)
楽縁社会
▼楽しみであつまる「楽縁社会」の到来はすぐそこ。堺屋太一がいう“良縁社会”の一文字をいれかえてみた。何事でも十年努力をすれば、一応の専門家になれる。やがて同じ専門的嗜好を持った仲間が集まりだす。おもしろい情報交換ができる。そこに需要が生まれ、自らが情報の提供者になることもある。高くないかもしれないが、収入が得られかもしれない。おおきなカタマリとして社会制度をゆるがしてきた団塊世代は、年金と併用しながら、リタイア後にささやかな職業を得るというあらたな実験期をむかえるという。堺屋さんは、ウサギさんで先回り発言が得意のようです。三百万匹の亀の先頭集団がえっちらおっちらリタイアの準備をしていますが、そんなことになるんでしょうか。▼さて、気楽で小さな本を三冊。ひとつは、『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ、新潮文庫)。なかでも「三度目で最後の大陸」は、老婦人のずっしり感が残ります。これが短編なんですね。▼つぎは『ありがとうございません』(檀ふみ・幻冬舎文庫)。書き手は、豪胆な父と神経質な母の両方の性質を具有したもんだから、生活や仕事にそのDNAが踊りまくる。狐狸庵先生を思わせる筆致でなかなかでした。▼つぎは『ホームページにオフィスを作る』(野口悠紀雄・光文社新書)。会社のホームページをみれば、企業診断ができる。内容が更新されているか、見やすいように、使いやすいように設計されているか。トップページが、社長のご挨拶から始まるのは、ホープレスだ。自分がつかうホームページなら、作ってみようかという気にさせる。▼ホームページが楽縁社会の情報道具になり、それに酒縁がくわわって愉しみが倍になれば、それもまた。一月二十九日(土)
動物ガイド3
東アフリカの動物たちに会うならこの本だろうか。『フィールドガイド・アフリカ野生動物』(小倉寛太郎・講談社ブルーバックス)には、鳥類図鑑とサファリの楽しみ方の付録がついている。残念ながら絶版なので、図書館で閲覧するか、古書ネットで仕入れるしかない。再版すればいいのに。▼ゾウの鼻を高く掲げれば、広く匂いを捉えられるとか、アフリカゾウの気性は激しくなんかないとか、見開き写真と、次頁の見開き簡潔文で伝えてくれる。小さくてもいい本とは、こんな本のことかもしれない。何度も読みたいし耐久を考えて、保護用のフィルムを被せた。思ったより東アフリカの動物の本は少ない。一月二十二日(土)
動物ガイド2
前のつづき。▼動物の興味深さやおもしろさは、大人だからこそわかるのである。ある程度の人生経験があれば動物の生き方が理解でき、動物が生きのびるための手段を生まれながらに備えていることの不思議さと神秘さを感じることができる。実際、自然のしくみは社会のしくみと因果関係が似ていて、動物の行動は、われわれ人間と基本的に同じである。さらに大人は、勉強というプレッシャーから解放されており、知ることの楽しさを知っている。そして動物学という科学は、人生経験以外には特別の基礎知識が必要のない分野なのだ。気軽に楽しめる分野である。大人がこんなにも楽しめる動物園を、子どもたちの遠足の場だけにしておくのは、あまりにもったいない。動物園は混んでいるからいやだ、という人もいるが、混んでいるのは行楽シーズンと学校の休みの時期だけである。その他の時期の、とくに平日などはガランとしたものである。▼動物園の動物は哀れで見るのが辛いという人がいる。だが、それは正確な認識ではない。檻を取っ払ったら喜ぶだろうと結論するのは間違いだ。自由の喜びは人間の持つ価値でしかない。動物が自由に野山を駆けめぐるのは、人間の希望を投影した幻想でしかない。野生で生きる動物たちは、常に死と隣り合わせである。野山を疾走する理由の多くは、敵から逃げるためだろう。安全の保障とエサの確保が確実なときは、動物は子ども以外は走ったり飛び跳ねたりしないものなのだ。人間も同じではないか。エサと安全が確保できないノラ犬やノラ猫は可哀相だと言いながら、エサと安全が確保されている動物園の動物たちを可哀相というのはなぜなのだ?飼いイヌを鎖でつなぎ、飼いネコを室内飼いにしながら、動物園の檻を取っ払いたいと思うのはなぜなのだ?動物園の動物の七割が、動物園生まれである。▼自然とは、まるで、たくさんの歯車がかみ合って回り、毅然として確実に動いていく大きな時計のようだと思う。そうやって莫大な時が流れて現在の地球があり、これからも同様に流れていく。万物の霊長と自負する人類も、たくさんの歯車の中のひとつに乗せられ、否応なしに回されていく。小さな歯車のほんの一部に組み込まれ、宇宙の中の地球の時を流れいく素晴らしさのようなものを感じる。そう考えると、なぜか楽しい。そういう存在であるヒトという動物の一人として、自分はどんな命を生きたらいいのかと考えるのが哲学だと感じている。▼動物から哲学か。いいなあ。これは視力が回復してメガネ不要になった気分にちかい。一月二十一日(金)
動物ガイド1 (183)
端(はな)からたのしめるのが動物行動学。人生経験以外には特別の基礎知識が必要のない分野なのだ。『ゾウの鼻はなぜ長い』(加藤由子・講談社ブルーバックス)から。▼ニホンジカの場合、角が落ちるのは四月ごろだから、五月ごろに動物園に行ってみるといい。できれば一週間おきに何度か行くとおもしろい。袋角がのびていく様子がよくわかる。気弱になって運動場の隅にいる可能性が高いから、双眼鏡は必需品だ。九月ごろ、角は完全にのびきる。すると血が通わなくなり、角をおおっていた皮膚が死ぬ。乾いてボロボロとはがれる。シカは角をあちこちにこすりつけて皮をはがそうとする。そうやって、きれいに皮が落ちたとき、白くて立派な角が完成。そして結婚シーズンがはじまる。▼ゾウにはスニーカーの靴底のような大きな奥歯が四本ある。ゾウの歯は、毎日一五〇キログラムもの草や葉や枝、木の皮を噛んでいるから、どんどんすり減る。すると新しい歯が、使っている歯の奥側に生えてきて、古い歯をだんだんと前に押し出す。押し出された古い歯は、前の方から少しずつ欠けて落ちる。そして新しい歯と入れ代わる。これを一生の間に五回も繰り返す。一度に生える歯の数は少ないが、一ヵ所につき、予備もふくめ六本ずつある勘定で、全体の数としては他の動物と同じようなものである。▼動物のカラダの模様のこと。本来は無地のライオンやピューマにも、子どもの時には斑点がある。木漏れ日模様の迷彩服を着ている。百獣の王の子も隠れていなければ、いつ食べられるかわからない。反対に、狩をするために斑点模様の迷彩服を着ているのは、ヒョウやジャガーやヤマネコたちだ。子どもの時は、食べられないための斑点だが、大人になると、食べるための斑点になる。木の上やジッと待ち伏せをしているときの騙し絵になる。シマ模様が迷彩服というのもいる。トラやシマウマだ。トラは、背の高い草の中で待ち伏せするが、あのシマ模様が草の影と混同される。そして草原に立つシマウマは、幅のあるシマのお陰で体の輪郭がはっきりしなくなる。群れで逃げる時には、メチャクチャな数の白黒のたんざくがチラチラして、どれだかわからなくなる。反対に身を守るためなら、隠れるよりも、むしろ目立った方がいいという動物もいる。ジャイアントパンダやスカンクがそうだ。どちらも白黒模様だが、スカンクはあの臭い液、パンダの強力なアゴを考えると、だれも近づきたくない。▼動物の目のこと。草食動物は、敵を警戒する広い視野のため目が離れている。逆に肉食動物は、視野より距離感の方が必要だ。獲物に正確に飛びかかるためにも、両目の間隔が狭い。全体の視野を犠牲にして立体視の範囲を広げたのだ。▼キリンやラクダの睫毛はなぜ長い。首を伸ばしていると足元もが見えにくいので、目は顔の出っ張ったところに付いている。この飛び出した目玉は、太陽の光をもろに浴びることになる。目玉焼きにならないように庇が長い。▼動物行動学は、手軽にたのしめて奥が深い。一月十四日(金)
cojiki-04
自転車3.. 2
自転車2.. 2
自転車1 (180). 3
米国ウォッチ3.. 3
米国ウォッチ2.. 3
米国ウォッチ1.. 4
ユーラシア冷戦... 4
経済、もう一つの道... 5
二つの経済... 5
気負わず... 6
人はみな肌が黒かった3.. 6
人はみな肌が黒かった2.. 7
人はみな肌が黒かった1(170). 7
ええーっ.. 8
弱肉強食のホント.. 9
旅する本... 9
文学賞は就職試験... 10
同じパターンの同じミス... 10
重大なことを軽く決める.. 11
書評3.. 11
書評2.. 12
書評1.. 12
メッセージ (160). 13
動物たちの自己治療5.. 13
動物たちの自己治療4.. 14
動物たちの自己治療3.. 14
見て見ぬふり.. 14
動物たちの自己治療2.. 15
動物たちの自己治療1.. 16
すべてを持ち歩くオバサン.. 16
神は細部に宿る.. 16
泥脚傭雲... 17
町のヘリテージ(150). 17
インターネット・ラジオ... 18
魂の銭湯... 18
ランボーと俊太郎... 19
捨てちまった教科書... 19
山に向かう、川に向かう.. 19
一を聞いて十を知る.. 20
文学は実学... 20
あれあれ... 21
真夜中のトリオ... 21
夜は学芸王国(140). 21
家ホタル... 22
イワナミ文化... 22
パンキョーって... 23
とんぼの本(136). 23
自転車3
つづき。▼いま生きている三千万種の生物はすべて共通の祖先から進化してきたのだ。最初は同じであったものがこれだけ多種多様になってきたのはDNAのなせる業だ。DNAの得意技はいくらでもコピーを作れるということだ。しかしいつでも間違いなく同じものを作っていたら、生物はこれほど多様にはならなかったはずだ。遺伝子の正体はDNAで、化学分子である。紫外線、放射線、環境ホルモンなど他の化学物質によって構造に変化がおき、コピーミスをする。このコピーミスがあるからこそ変異があり、進化があって、これだけの多様な生物が生まれたのだ。でたらめコピーは、いい方向に進化するとは限らない。進化は進歩ではない。▼生物たちは、お互いに複雑に連絡しあい、依存しあって生きている。チベット仏教の最高僧ダライ・ラマ十四世は、「地球上のあらゆるものがつながっていて、何ひとつとして関係性のないものはない」と言う。一本一本の木々はその拡散に多くの動物の世話になっている。害虫を駆除するために幾種類かの鳥類が、受粉のために幾種類かの昆虫が、その種子を糞と一緒に散布するのに幾種類かの動物が寄与している。そしてこれらの鳥類、昆虫、動物が必要としている生物もそれぞれ何種類、何十種類あるいは何百種類とある。このように生物はお互いに複雑に絡みあい、支えあい、絶妙なバランスのもとに生態系を維持している。チベット仏教の高僧の行きついた地球観と、科学者の観察から得られた生物の実相は似ているのだ。▼宇宙カレンダーからみると、百五十億年前のビックバン(宇宙の大爆発)から現在までを一年として、地球史をみると、恐竜が生まれたのがクリスマス、人類は大晦日の午後十時半に生まれたことになる。人類史というスケールでみると、農耕を始めたのがやはり大晦日。地球外生命体が地球を見たら、案外ペットや家畜が地球の主人で、それをせっせと世話する人間が雇われていると見るかもしれません。▼人口では二割に満たない人びとが、八割近いエネルギー資源を使っている。南の人たちが都市住民と同じに暮らすなら、地球が三つも四つも必要になる。▼再び、成長の限界を思い知る。十二月十日(金)
自転車2
自転車で南米からアフリカまで旅する人もいる。『グレートジャーニー・原住民の知恵』(関野吉晴・知恵の森文庫)から。▼モンゴルのエルデネメチグさんは、長い旅で出会った人のなかでも、とくに印象的な人だった。母親としてなんでも包み込むような暖かさと温もりがあった。遊牧民としてのたくましさと、ほとんど当てもなく盗まれた馬を長期にわたって探しに行く、楽天性と行動力を持っていた。▼ペルーのマチゲンガの人たちは川を中心に生きている。彼らは、頭の中に私たちと違う地図を持っている。地球という概念はない。国という概念もない。世界は森と川からできていると思っている。仲良くなると、彼らから尋ねられる。「あんたはどこの川からきたの?」「その川にはどんな魚がいるの?」。▼チンパンジーの交尾には、メスが必ずしも強いオスだけの交尾を望んでいるとは限らない。強いオスの目を盗んで、結構弱いオス、あるいは若いオスとの交尾に積極的になることが多い。弱肉強食だけではない動物の世界がある。▼二十万年前にアフリカで生まれたわれわれの直接の先祖である新人(ホモ・サピエンス)は、五万年ほど前から世界中に拡散していった。なかでも難関は海と極北だ。海はおよそ五万年前に航海術を身につけて進出を始め、四万年前にオーストラリアまで達した。極北に進出するためには、植物食を中心とする雑食から、肉食に切り替えなければならない。北に行けばマンモスなどの大型哺乳類がたくさんいる。その捕獲技術と肉食への代謝能力が必要だ。寒さへの適応、衣服と住居の改良。およそ三万年前、とうとうそれをやり遂げた人びとの子孫がアラスカに渡り、アメリカ大陸を南下して、南米大陸に達した。人類は、欲望と好奇で旅したということか。▼アフリカ、カラハリ砂漠のブッシュマンやピグミーは、採取・狩猟民だが、モノを蓄えない。この社会で最も大切なことは、「モノをあげたり、貰ったりすること」と「人びとが集うこと」だと言う。人びとの結びつきを強くしておく。人のネットワークを強固にしておくことが、将来の蓄えとなる。十二月九日(木)
自転車1 (180)
自転車はどこを走るか。原則は車道であり、緊急措置として歩道を使うことができる。実際は両使い。ということで、自転車は法の強い規制もなく自由の身である。これがペダルを踏むときの快感となる。著者のおかげで、みずからの古い自転車を見直し油をさすことにした。その『自転車ツーキニスト』(疋田智・知恵の森文庫)から。Webサイトは次を。http://japgun.hp.infoseek.co.jp/welcome.html ▼鍵の話。イタリア映画「自転車泥棒」では鍵なしを乗り逃げられたが、いまはチェーンロック。それでも盗まれる。鍵をかけるときに四桁数字の右端の一桁しか動かさない。これは誰でも覚えがある。泥棒たちはそれを知っていて、リングの鍵を一回転するうちに外してしまう。人の癖を知る泥棒。▼自転車の移動には、駐車料金も要らないからお金がかからない。自転車に乗っていると、何となくお金を使わなくなっている自分に気づく。▼自動車評論家の徳大寺有恒は、あのプリウスだって、やっぱり排気ガスはだすんだよ。ボクはもう二十年間も「小さなクルマの方が良いんだ」って言い続けてきた。だけど日本が豊かになるにつれて、クルマはどんどん大きくなった。本来ね、クルマの排気量は1リットル、それ以上はいらない。クルマに乗るなら、リッターカーに乗るのが一番格好いいんだよ。自転車に乗るのはもっと格好いいけどと、おっしゃる。▼サイクリストにとっては、テントを張るという行為の「大地ある限り、どこで俺の寝床だ」という感覚がたまらない。▼初心者にオススメの自転車は、ロードとMTBの中間、街乗りに特化した「クロスバイク」がいい。前輪サスペンションつきで、細めのタイヤを履き、スピードもそこそこで乗り心地も悪くない。▼通勤には自転車。会社までは意外に簡単に行けるし、それを毎日続けて行くことで、自分なりのノウハウがたまっていく。坂道の上がり方、風が強いとき、交差点での車との渡り合い方、その他のコツはいろいろあるが、実践で身につく。▼私流の着替え。通勤で着替えがムリな人は、背中にタオルを差し込んでおいて抜き取れば、すっきりしますよ。十二月八日(水)
米国ウォッチ3
つぎは、世界の多極化の動き。▼ネオコン・タカ派が中東を不安定化させていくのを尻目に、国際協調派が中東の外側の周辺地域を安定化させようとする動きは、リビア、イラン、トルコ、キプロスなどでも行われている。それらを行っているのは、アメリカの国務省、国連、EUという、国際協調派連合である。このように、国際協調派はアメリカ以外の国が国際的に力を持つことで世界的なパワーバランスをとり、外交によって国際問題を解決できる状態をつくり、アメリカが単独覇権主義者に牛耳られても世界が混乱しないようにしようとしている。いわゆる多極化である。▼すでに、アメリカが異常であることは誰の目にも明らかである。これからもアメリカによる支配状態が長く続く可能性もあるが、その逆に金融危機などによってアメリカの支配があっさりと崩壊する可能性もある。日本はアメリカの敵にされないように注意しながら、いつ異変がおきてもいいようにしておく必要がある。▼どう考えても、世界システムは多極化に向かう。またその方がいい。生物の多様化同様に、元々の地球システムではないか。十一月二十八日(日)
米国ウォッチ2
つぎは、国務省と国防総省の対立から。▼アメリカのネオコンはイスラエル右派を支持しているが、そのイスラエル当局はイラク占領が泥沼化するのと歩調をあわせるように「シリアがテロ組織を支援している」としてブッシュ政権にシリア制裁を強化させたり、「イランは核兵器を開発している。イスラエルはイランの原発をミサイル攻撃するかもしれない」と言い出している。ネオコンとイスラエルは、アメリカの戦線をシリアやイランにも拡大させ、戦争の泥沼に沈めようとしている。▼90年代当初のソ連崩壊後は、国連を強化して国際紛争の解決役にしようとする、パウエル国務長官の国際協調主義の立場が強かった。その後、ボスニアなどで国連の紛争解決がうまくいかず、国連には任せられないといった主張が幅をきかせ、アメリカは世界最強なのだから、国連など無視して外交をやればいいとする単独覇権主義が1996年ごろから強くなってきた。ラムズフェルド国防総省長官の登場である。▼協調主義は、世界は一国だけが強い状態ではなく、多国間の力がバランスしている状態の方が安定する、という均衡戦略の概念にもとづき、アメリカは第二次大戦後に世界最強の国になった状態に固執せず、他の国々が強国になることに手を貸すべきだという考えに立つ。そのパウエル長官は、イラク・イラン・北朝鮮が悪の枢軸なら、ロシア・インド・中国を「ユーラシア安定の枢軸」と考える。中国に対しては2003年初めに北朝鮮問題は北京中心で解決していくことを決めた。中国も自国を中心に東アジアを安定させようとし、韓国とタイはすでにこの体制下で自国の外交を行っている。▼9・11事件から「アメリカはおかしい」と世界の多くの人びとが思い始めた。アメリカに頼らない国際社会づくり、ゆるやかな非米の同盟体がつくられつつあるように感じる。十一月二十七日(土)
米国ウォッチ1
アメリカの動きを、日本の新聞だけで理解できるだろうか。インターネット記事から国際情勢を広範囲に読み解く人がいる。既存の記事、各国当局や他の勢力の発表をよみ、その上で出来事の意味を考える。公開されている情報が歪曲されていないか、騙されていないかを吟味する。『非米同盟』(田中宇・文春新書)はそれを実践している。▼さて、2001年の9・11事件の犯人をめぐるおかしな話。この計画に参加したとされて起訴された人物のほとんどが証拠不十分で釈放されていることはご存知だろうか。奇妙なことだ。いろいろな角度から分析していくと、この9・11は「奇襲」ではなかったのではないか。アメリカ政府の上層部は、この大規模なテロ事件が起きると知りつつ意図的に放置したか、もしくはテロ事件そのものに関与していたと考えたくもなる。アメリカは仮想敵として「世界的な悪」がほしかった。ソ連崩壊は対立すべき「悪」の対象を失わせた。しかしイスラム過激派という敵が存在することにより、アメリカ政府は戦略的に重要だと思われる世界のあちこちの国に対し「テロ防止のために貴国に米軍を駐留させたい」と宣言することができる。かたや米国内では、景気が悪化しても連邦政府の軍事予算を拡大することができ、政界と結びつきが深い関連産業が潤う。▼9・11事件には、ハンチントンの「文明の衝突」がよく引き合いにだされる。彼の国づくりの考えは次のとおり。危機を誘発させ、民主主義を超える超法規的なパワーエリートとなる大統領直属の千人が、非常時の交通通信、マスコミ、発電所などのエネルギー施設などを押さえ、議会を通さず法律を制定し、裁判所に代って司法権を発動し、国民を兵役その他の仕事に強制動員させる。非常事態においては、政策決定に時間がかかる民主主義より、こうした独裁に近い体制の方が効率がよい。これを自国や他国に応用させる。ブッシュ政権は、このハンチントンの考えに沿って、2002年に「国土安全保障省」という新しい巨大な官庁をつくった。職員数18万人、年間予算5兆円の巨大組織の誕生である。▼スパイというか、ウォッチの仕方には常道があるようです。敵深く侵入して活躍する映画ダブル・オー・セブンのタイプもあるにはあるが、英国MI6がやるように新聞や公式発表の情報分析が決め手になる。十一月二十六日(金)
ユーラシア冷戦
▼東アジアの安全保障はどうなっていくのか。ロシア語を短波ラジオで習得したという下斗米さんは粘り強く、ソ連崩壊後の公開資料を分析する。ユーラシア・レポートである『アジア冷戦史』(下斗米伸夫・中公新書)から。▼四九年に中国革命があり、同じ四九年、劉少奇・スターリン会談でアジアの個別の問題は中国に委ねることに決めた。五〇年、中ソ同盟で再確認。とくにソ連は、北朝鮮の扱いを中国に任せた。だが中ソ対立の間をぬって、金日成は抑圧社会への度合いを強め、中ソの思惑を超えた航路をたどり始めたのである。特に核をめぐっては熾烈であった。▼人民中国が作られ、ソ連が核開発を成功させた四九年は、冷戦のもっとも緊張した時期であった。そのソ連から技術提供を断られた中国が核開発を成功させた六四年以降、毛沢東は国内の親ソ派を一掃する文化大革命を発動させる。それらの動きを見ていた北朝鮮も、ソ連・ロシアとの同盟条約がなくなる九〇年代に「核の傘」を提供されなかったことから、九〇年代はじめに核開発を進めた。核はいまや最貧国が先進工業国を威嚇する手段となった。弱者の恐喝である。同時にコストのかかる核開発は数百万人単位の餓死者を出した。▼この核問題を抱えながら、アジアは多極化していく。七六年に周恩来、つづいて毛沢東が亡くなった。アジア全体に大きな変動をもたらしたし、偉大にして残酷な指導者の時代が終る。毛の死後、中ソは接近する。この冷戦終焉の過程で、東アジアの社会主義国は、それぞれ独自の道を選んだ。モンゴルの民主化、中国共産党による経済成長、北朝鮮の抑圧社会化など、それぞれの手段で冷戦後の政治危機を乗り切ろうとしてきた。▼九一年のソ連崩壊後のロシア連邦は、民主化や市場経済へ移行したが、結果はプーチン大統領が二〇〇〇年当初に認めたように、中国経済の五分の一となる。風向きが変わって米国が唯一の超大国となり、アジアは多極化へ向う。東西両方にまたがるユーラシアのロシアが極東でパートナーを求めるとすれば、日本と中国であろう。しかし経済の規模からすると、韓国経済の方がパートナーとしてふさわしい。朝鮮半島問題をめぐる六者協議(日米中ロ)と東アジアの安全保障への期待は高いが、首脳会談にまではこぎつけていない。▼眉が焦げ始めた朝鮮半島問題はあるが、ユーラシア全体が多極構造になれば「力の均衡」への期待がつながる。十一月十九日(金)
経済、もう一つの道
▼この国にも意気高い小企業やベンチャー企業がある。『共生の大地-新しい経済がはじまる』(内橋克人・岩波新書)から。▼しのぎを削る情報産業のなかで、福武書店(現在はベネッセコーポレーション)に惹かれる。二万六千人の主婦による「赤ペン先生」がなんといっても出色。通信教育の「進研ゼミ」を支えるのは、教員免許を持ちながら、教職に就くことのできない主婦たち。すなわち在宅勤務の赤ペン先生である。なぜ赤ペンなのか。コンピュータではなく一人ひとりの在宅教員がすべて肉筆で答案に添削をほどこすからである。生徒たちから寄せられる相談事にも「おばさん」が親身になって答える。東京・多摩にある本社には千六百人の社員が勤める。事務机は桜材、床はコルク、各自の机を仕切るやわらかい感触のパーティション、机上には電話がない。かわって各フロアにはセクレタリーが三十五人に一人の割合で配置され、電話を一括とりしきる。外部への電話は特別のブースでかける。このオフィスにはQタイムと呼ばれる時間がある。毎日午後一時半から三時半まで「考える」ことを妨げるようなことは、電話をはじめいっさい行わない。上司が部下を呼びつけることもない。社員は誰に妨げられることもなく、企画・編集をはじめ自分の仕事に没頭できる。「日本の事務所で行われているのは仕事ではなく、作業です」と社主の福武総一郎氏は言う。▼わが身の場合は、九割が雑事と作業で毎日が暮れる。十一月十二日(金)
二つの経済
アメリカの保守主義とリベラリズムの差異はどこにあるか。市場万能、自助努力と自己責任、小さな政府、低福祉低負担、これが保守主義の経済理念。かたや、市場は不完全ゆえに、政府介入による経済安定、高福祉高負担による不均衡是正はやむを得ないとするのが、リベラリズムの経済理念。この二つの流れを『市場主義の終焉』(佐和隆光・岩波新書)から。▼二つの立場を象徴している経済学者は、「政府の市場介入は害あって益なし」というのがハイエクで、対極にいるのがケインズ。政府の財政政策で市場介入しなければ、失業、インフレ、貿易赤字などの不均衡は解消されないとする。このケインズ主義をどこの国も採用してきた。が、やがてアメリカ、ついでイギリスは財政赤字と国債発行増にうめき、70年代から80年代は、反ケインズを旗印とするサッチャリズムやレーガノミックスへと風向きがかわり、市場主義が強くなる。▼さて、21世紀当初の十年間に起こる「変化」はなにか。第一に、ポスト工業化がすすみ不確実性とリスクが増大する。その結果、少数の勝者と多数の敗者が生まれ、社会の結束がゆらぎ、犯罪が増え、新興宗教への帰依者が増える。市場主義の競争に負けないためには、反市場となる不正なインサイダー取引が横行する。第二に、情報技術革新が、個人間、国家間の生産性格差と所得格差を途方もなく拡大する。政府は、個人所得の累進課税や福祉予算の拡大による所得の再分配にだけに頼ることはむりである。福祉のあり方や、平等・不平等などを見直し、第三の道をさぐらなくてはならない。第三に、自由競争の結果が「一人勝ち」なる。マイクロソフト社の基本ソフトは追随する応用ソフトの余勢をかい、閾値を超え市場占有率を一気に高め90%を超えてしまう。ウィンドウズが他の基本ソフトより優れていたためではない。▼経済学の祖・アダム・スミスが言うところの、市場での神の「見えざる手」の予定調和は、地球上の二百余国の市場経済までは手がまわらないようだ。グローバリゼーションは短期資本(ヘッジファンド)のひんぱんな移動をうながし、97年から98年にかけての東アジア通貨危機から国債金融危機を誘発させた。もともとは、東アジア諸国が80年代に工業化社会への離陸をとげ、工業製品の供給能力の過剰が通貨危機をおこしたと言われている。しかも、途上地域の中東・アフリカがその製品を飲み込めないでいる。グローバルなデフレ現象である。▼そんな潮流のなかで、経済的に落ちこぼれた人たちの弱者救済としてのセフティネットをどうするか。失業保険や再教育により敗者復活の機会を与えることである。建前はそうであるが、能力なき人たちには、無理に働いてもらうより、公的資金をつかうセフティネットで、惰眠をむさぼっていてもらう方が、再教育でコストをかけるより社会的費用は安くてすむ、という市場主義者もいる。▼しかし、市場主義と機会均等だけでは、結果の不平等をうみ、社会が安定しない。税と福祉による所得分配の平等化をめざすケインズ経済学を修正するような経済政策はないのだろうか。資本主義経済の活力源は、不確実性とリスクへの挑戦にある。リスクに挑戦するひとに報奨金を与えたり、リスクに挑戦して失敗した人へは補償したりが大事になる。失業保険は、労働力の再配置のため、転職というリスクへ挑戦への報奨金とみなすことである。▼90年代に世界の市場経済がそれなりに機能し、また98年に勃発しかけた国際金融危機を回避できたのは、強大な軍事力と経済力をもつアメリカが、グローバル市場経済のガバナンスをしたからである。しかし、そのアメリカも陰ってきた。▼グローバル資本主義のガバナンスを司る国際機関の創設へと向かわざるを得ないのだが。ブッシュ再選で保守主義の経済政策がさらに濃くなり、二つのアメリカは揺籃していく。平和と安全はまだまだなのだ。もしかしてないものねだりか。十一月六日(土)
気負わず
語り口は気負わず。日常からくみ上げるのがうまい。ひんやりと味ある井戸水かな。飲み、いや、読み心地がいい。『ゼロ発信』(赤瀬川源平・中公文庫)から。▼ぼくの美術の楽しみ方。ぼくは展覧会に行くときはポケットに五十億円ほど持って行く。持っているつもりで、ピカソやマチスやゴッホのどの絵を買おうかと思ってみると、思想やその他の知識で見るのとは違って自分の本心があらわれてくる。それから、展覧会は短く早く、三十分ぐらいの早足でさっと見る。そうするとムダな知識の干渉のいとまがなくて、これも自分の本心が得られる。▼現場は待ってくれない。時間も迫るし、手詰まり状態であっても、逃げるわけにはいかぬ、とにかくやらなければというぎりぎりのところで、乱暴力が発揮される。人のセンスというのは、結局はそこで出てくる。そうじゃないと、人間はどうしても逃げたがるのだ。余裕があると結局計算ばかりして、人のセンスも姿を消してしまう。▼そうだ、動物園に行こう。動物を見たかったんだ、動物を見るのは気持ちいい。動物を見ることが、何だかからからに乾いた口の中に、ごくごくと水を飲むような実感があるのだ。頭の中が理論ばかりで固められて、仕事が詰まり過ぎていたのか。人間の生活とはまるで違う象や、山猫や、オランウータンが、現実に目の前で生きて呼吸をしている。その生態を目の当たりにすることが、凄く気持ちいい。一つの型に固まりそうな気持ちが、ぐすぐすとほぐれていく。だってあんな考えられないような生き物が、とても考えられないような生活をしているんだもの。じーっと動かなくても、その体の中にとんでもない動きを秘めている。その窺いしれないものの存在に、何故かこちらの気持ちがほぐれて、気持ちの肩凝りがすーっと消えていく。これからはときどき動物園に行こうと思った。動物園では一人で無口に、じーっと動物を見ているのがいいように思った。自分は生きもので、向こうも生きもので、両方呼吸している。これがぱっと入れ変わったら、どんな感触だろうか。そんな妄想で、こちらの気持ちに、空気の入れ換えが出来るのである。▼世の中、何が隠れているのかわからない。隠れているものは見ようとしないと見えないから、一生それを見ずに終ることもある。でも見えてしまうと世界は深まり、深まるというのは世界が広がることである。▼きのうは腹を下したあとの無気力感を、立ち食いそばに救われた。十一月三日(水)
人はみな肌が黒かった3
▼石器を作ったのは誰か。二百五十万年前にヒトが初めて石器を発明し、それが全アフリカに伝わったことは間違いないだろう。石器は、人類が手にした初めてのテクノロジーであった。目的はいうまでもなく、肉を切るためである。▼気候変動で、東アフリカの森林が縮小し、サバンナが広がれば、ライオン、ヒョウ、チーター、リカオンなどの肉食獣は活動しやすいが、樹上の猿人にとっては危機的だ。新たな環境に適応するしかない。環境の大変動に適応できずに大量の動物は死に絶えるが、同時に爆発的に種を新生させるチャンスともなる。この混沌の中から脳の大きな雑食性のヒト属が選択されのだろう。ヒト属は肉食動物の食べ残しを漁ることになる。肉は高蛋白、高カロリーの完全食品である。従来からの果実、根茎類などの植物食に加えて、肉食を大幅に採り入れた雑食化によって、ヒト属が脳を拡大させたのは確かである。▼肉食には、石器が不可欠である。この石器でいきなり初期ヒト属が狩りをしたわけではない。大型の草食獣を狩猟する実力などなかったので、まずは死肉あさりである。サバンナに野垂れ死にした動物の死体を見つけ、ハイエナ、ハゲワシに先んじて、石器で厚い皮を裂き、肉片に切り分けたのである。▼ヒト属はなぜ、肉にこだわったか。肉がうまいからだけではない。生理学的に脳は、ひどいエネルギー消費型の組織なのである。現代人の場合、体重の二%ほどしかない脳が、全代謝エネルギーの二十%を消費している。脳を養うために高栄養の肉を食べざるをえなかったのだ。こう考えると、脳の拡大→石器の発明→肉食化は、密接に関連しあい、おそらく同時に始まったことなのだろう。どの歯車が狂っても、ヒト属の進化は頓挫したに違いない。▼さて、ヒトはどうしてアフリカを出たのだろうか。明快な答えはないが、おそらく百五十万年前頃、大型ネコ科動物がユーラシアに分布を広げた。基本的に死肉あさり屋だったヒト属は、彼らの後を追ったという可能性もある。▼最古のホミニドはアフリカでうぶ声をあげ、ヒト属の進化もアフリカで起こった。そしてホモ・サピエンス化もまたアフリカで進行し、この中の一部がついにユーラシアに進出して、やがて世界に分布したのである。十月二十四日(日)
人はみな肌が黒かった2
▼ヒトはなぜ直立したか。手が歩行から解放されれば、自由になり、道具を作れるようになる。直立すれば遠目がきく。ライオンやヒョウなどの捕食動物に対し、自らの体を大きく見せることができる。サバンナ暮らしには有利だ。しかしこの考えは、人類の誕生の場がサバンナでなかったことから破綻した。▼最近の説は、脳を冷やすために直立したという考えだ。脳は活発に活動する組織だから、常に冷やす必要がある。それには頭を高い位置にした方が、風に当たって有利だ。それに、熱帯雨林で覆われていた東アフリカの気候が悪化し、ジャングルが狭まり、パッチワークみたいになった森から森を移動するために、樹上性のヒトの祖先がやむなく直立二足歩行を始めた。▼一千万年前以降、地球のプレート運動によって東アフリカに大きな地溝帯が形成されつつあった。広大な熱帯雨林が東西に分断され、東は乾燥化を始めた。この雨林に棲んでいた化石類人猿は、東西に分断されたために遺伝的に隔離され、互いに別々の進化をした。西に残された集団はチンパンジーへと進化し、東の集団がヒトになった。と言う筋書きもある。▼チンパンジーはヒトに進化するか。その可能性はない。なぜなら共通先祖から分岐して以来、ヒトはますますヒトらしくなり、ついには現代人になったように、チンプもますますチンプらしく進化・特殊化し、今日に至った。極端に特殊化したグループが、反対側の極端に特殊化した別のグループのようになる事態は、進化という生物史の中ではありえない。特殊化とは環境に適応しようとした生物側の努力の結果である。適応できなかった個体群は死に絶え、その数は生き残った種数よりはるかに多い。その流れを逆流させ、別方向へ進化するなどという芸当はありえない。逆流すれば、その過程で当然に自然淘汰で排除されてしまう。▼二足歩行のためには、内臓をきっちり受け止めるボール型の腰が、絶対必要だ。チンプのような骨盤だったら、重力を受けて下がり落ちようとする内臓を支えきれない。だから現代人の腰痛と痔は直立の代償なのだ。十月二十三日(土)
人はみな肌が黒かった1(170)
死蔵本のほとんどを廃棄・リサイクルしたら、本棚がスカスカになった。持ち物が少なくなり気楽になる。軽くなるとちょっと重めのものが読める。『ネアンデルタールと現代人-ヒトの500万年史』(河合信和・文春新書)は、ヒトのソモソモをあつかう。▼人類は、起源地であるアフリカから旅立った。「出アフリカ」は、おそらく百五十万年前頃で、その五十万年後にはヨーロッパにたどりつく。最近では七十八万年前の人類化石が、スペインとイタリアで見つかっている。▼十九七〇年代の分子生物学は、ミトコンドリアDNAを利用して人類の進化系統樹をつくりはじめた。このミトコンドリアDNAは、母親からしか受け継がれないのが特徴。つまり母方の系統を精確に追跡していくと、現代人(ホモ・サピエンス)はアフリカの一女性に行きつく。この遺伝子の証拠からみて、起源的現代人が二十万年前にアフリカにいたのは動かないところだろう。▼それでは、何がホモ・サピエンスを生み出したのだろう。繰り返される氷河期をのりきるために、彼らは骨の針をもつことになる。ここが大事な点。これで毛皮を縫い防寒とした。間氷期になれば、サハラは砂漠が小さくなり、緑になるのでホモ・サピエンスが集まるが、気候の寒冷化とともにやがて中東に向かう。人類の西進である。▼クロマニヨン人の現代的特徴の起源はアフリカにあり、南アフリカとエチオピアで遅くとも十万年前には暮らしていた。その子孫がヨーロッパに進出してクロマニヨン人を出現させた。数千年間はヨーロッパのネアンデルタール人と共存し、その後交替した。▼ヨーロッパの白人もかつては黒人だった。人類の西進とともに、黒い皮膚を白い皮膚に変えた。強烈な太陽光のアフリカでは、肌が黒いことは、有害な紫外線をカットできるから適応的だ。しかし陽光の乏しいヨーロッパなら、肌が黒いままではカルシウム代謝に必要なビタミンDを合成できない。それでは、くる病によって早晩絶滅せざるをえない。また、瞳も、青く変わる必要があった。▼氷河期ヨーロッパでの、ネアンデルタール人とクロマニヨン人(ホモ・サピエンス)は競争的共存をしたが、石刃技法や骨角器の細工においてクロマニヨン人が優れていた。クロマニヨン人の骨角器は本格的なもので、マンモスの牙、トナカイの骨、食肉獣の歯を素材にして、道具をつくりあげていた。この差は、生存技術の上でかなりの差となり、ネアンデルタール人はひっそりと死に絶えた。人類誕生以来、少なくとも二百五十万年前以降は、ヒト科には常に複数種が共存していたが、このネアンデルタール人の絶滅で、ホモ・サピエンスは唯一種のヒトとなった。こうして残ったホモ・サピエンスに、地球の未来が委ねられることになったのである。十月二十二日(金)
ええーっ
職場の上司をあつかったこの新書は、本屋の一等地に何冊も平積みされている。薄い本ながら会社と社会を写し取り、現場からの上昇気流に期待が込められている。『上司は思いつきでものを言う』(橋本治・集英社新書)から。▼部下と上司とのすれ違いの原点はつぎにある。部下の提案が、上司の責任と過去の怠慢に結びつく場合は、うまくことが運ばない。それに現場を統括する管理職は、現場の都合と会社の都合の両方を股にかける立場にあり、ここで二つの流れは当然のように衝突がつきまとう。▼ところで、どうして上司は思いつきでものが言えるか。寒流と暖流のぶつかるところは、思いつきの魚場になる。たとえば会議で、この会社はこのままでは駄目だと、現場と会社の都合がぶつかり、寒流と暖流がぶつかる。だいたいの事実認識が共通になりそうなところで、「じゃ、そういうことで。わが社も安閑としていられないので、あとは各自それぞれ、何かを考えるように」で締めくくられる。その後はふっきれたように、上司はほとんど連想ゲームのように思いつきで反応することになる。そしてそれがまかり通る。▼会社からの風と、現場からの風はどう吹くか。建設的な提言は、ほとんど現場から吹きます。逆に会社からは、現場は努力せよの命令です。会社からの風だけだと、現場はやせます。しかし、会社はこれに無頓着です。理由は会社が上から下への命令系統によって出来上がっていて、下から上への現場の声を反映しにくいようになっているからです。でも部下の建設的な提言は、辛抱強く提案すれば必ず受け入れられます。だたし、上司の思いつきも招き寄せます。企画書を見た上司は「いいじゃないか。ところで、ここなんだがね」と必ず「思いつき回路」を作動させる。上司と現場は断たれているが、上司もかつては現場が故郷だったので、部下の提案に自分の限られた権限を振り回してみるのです。上司の優位性の誇示。これが、上司の思いつきが発動される主因です。▼上司とは、現場を離れてなおかつ現場を包括する能力のある者で、だからこそ部下は、上司に対し「ちょっといいですか」と言って、そのチェックを求めてくるのです。上司とは命令するものである、などという考えは捨ててもらっていいのです。▼さて、思いつきでものを言う上司にはどうしたらいいか。あきれればいいのです。「ええーっ」と言えばいいのです。ちゃんと練習をして、途中でイントネーションをぐちゃぐちゃにして、語尾をすっとんきょうに上げてください。上司は部下にあきれられた経験がありません。上司にあきれるためには、声の出し方だけでなく、どこが理論矛盾を発見しておかなくてはなりません。でもこれで論争に持ち込んではだめです。▼上司への企画書は、上司の頭のレベルにあわせて、分かるように書かなければならない。これが書き手の原則です。上司をバカにせず、バカかもしれない可能性も考えて書くことです。会社には二つの風が吹いています。暖められた空気は下から上へ、上がると冷えて重くなって下がります。同じ空気が下から上へ、上から下へと循環します。それには温度差があって当然です。これは初めからあるのです。▼そういうことだから人間の社会には厄介が起こる。十月十九日(火)
弱肉強食のホント
アフリカ・サバンナの写真やレポートは楽しい。▼『食べられるシマウマの正義、食べるライオンの正義』(竹田津実・新潮社)から。まずはアフリカのザイールでの話。ムブティ族(ピグミー族とも)は、捕獲したオカピのための餌集めの仕方がなんともポレポレである。オカピの餌となる植物は30種を超える。ある朝その採集作業につきあった。なかなかに楽しい。急ぐでもなく、競うでもなく、そのくせ仕事をさぼることもしない。皆が小さな鼻歌を歌いながらあちこちと立ち止まり、登り、しゃがんで、その日の必要な量を採集する。立ち止まり、背伸びし、下草に鼻をつっこんで、野生のオカピの菜食リズムを真似ている。各自が1種類を採集するために、集まる餌の種類はその日の出番の人数による。作業が終ると、集めた食草を頭にのせ、列をつくって帰ってゆく。静かに低く、歌をうたいながら。森の民ですね。▼つぎは、草食哺乳類の死亡要因。セレンゲティ公園内の調査では、捕食によるものは全頭数の3分の1程度だとわかった。残りは病死か餓死だというのだから、死体は肉食哺乳類の主要な餌であると考えられるというのだ。人類も道具の発達していない初期の段階では、屍肉食者であったはずである。人間もスカベンジャーだった。スカベンジャーの代表選手みたいに言われるハイエナは、研究者の報告によると、ライオンなどと同じ程度の狩をやっているという。▼さてつぎは、弱肉強食の話。野生の生き物たちに流行病がほとんどみられない。タンザニアのセレンゲティやマサイマラの自然保護区は、野生動物と人間、それに家畜との接点は無数にある。事実サバンナを歩けば、マサイの飼育する牛とヌーは隣り合わせの生活をし、草も水も同じ場所。ロバとシマウマ、ヤギとガゼル、皆んな共通の場を利用しあっている。もしそれが、あの100万頭をはるかに超えるヌーの中に発生したらどうなるか。だが現地の人に尋ねても、大感染で大量死なんてことは見たことがないという。チーターは、うじゃうじゃいたトムソンガゼルの中の一頭をめがけて狩をはじめた。どうも最初からターゲットを決めている様子。走り始めて一番弱そうなものをねらったのではない。狩るべき相手を決めてから走り出している。なぜか。同行のマサイ族のガイドは、「おいしそうに見えた」といった。そうなら、狩られる、殺される者たちがおいしそうに見せたりすることがあるとしたら、狩りをする側は、ただその表現に応えているに過ぎないということになる。さてそこでです。一般に伝染力の強い病気であっても、感染直後ではその個体は他者に対して伝染能力を持たない。一定期間の潜伏期をへて発病する。発病することによって初めて病原菌は外に飛び出す。ウィルスにしても菌にしても、発病前では体外に出ることはまずない。発病前に殺され、食べられたら、病気はその個体だけで終る。いかなる病原体であっても、流行することはないと考えられる。このシステムが野生動物の中に存在するんじゃなかろうか。もしそうなら、どんな流行病であっても単独個体で終息することになる。このメデタシ、メデタシのシステムを存在させるために感染個体は早く殺されなければならない。そこで編み出した形としてとったのが、「美味しそうに見せる」行動ではなかったのか。美味しいよと出す信号に、ただ応えただけに過ぎない行動。それが狩りであったんじゃなかろうか。そうすると弱肉強食、そんなものは皆んなウソ。死ぬのは正義なら、殺すのも正義。そして皆んな健康になる。▼これは竹田津実さんの仮説です。サバンナの狩りは、弱肉強食ではないかもしれない。いいなあ、今夜はぐっすり眠れそう。十月十日(日)
旅する本
出かける旅は日常をおき去りにした分だけ、気分が熱気球のように膨らみ上昇していく。それがふたたび日常に降りたつと、あれあれという間にしぼむ。この致し方ない気分。でもなんとか手入れさえしておけば、ある程度は膨らむ。膨らむように、ちょっと関係のありそうな本を探す。▼ケニアのマサイマラ動物保護区への旅行記がありました。『マサイマラに楽園をみた』(降分小鹿・文芸社)から。ここには電話がない。テレビがあるけれどそれはビデオのため。日本で生活しているときよりも感覚が鋭くなってきた。風、空、光、大地から受ける視覚、聴覚、臭覚、味覚、そして心の感覚すべてがマサイマラに訪れてから変わってきた。フィラデルフィアからきたおばあちゃんは「もう七十三歳なの。先が長くはないと思うけから、どうしても今のうちに野生の動物をこの目で見るのが夢だったの」「フィラデルフィアで生活していた時より、旅に出てから心も体も調子がいい。いつも飲んでいた薬を飲まなくてもね、不思議だわ」。「まあ残念、もう帰るの。せっかく初めて出来た日本人のお友達だったのに」。旅には出会いもある。▼つぎは、『世にもマニアな世界旅行』(山口由美・新潮社)から。旅は、その場にいる臨場感が大切なのに、南の島を訪れる日本人ダイバーは、概して魚の種類をたくさん見ることにこだわる。それにトラベルの語源がトラブルなんだから、多少のトラブルは楽しむくらいでないと。▼次の本は出かける本ではなく、こちらへ来た本。D・H・コラールの「アジアの旅」(未来社1967年)から。ヨーロッパの朝は厚いカーテンを開けるといちどに光が満ちるが、日本の朝は障子から徐々に光がさしこみ目覚めがゆるやか。▼かつてのおだやかな日本。古い日本の生活に旅したい。十月九日(土)
文学賞は就職試験
このひとの本を読むと、論証もうまく、そうかもなあと思えてきてしまい、結局は説得されてしまっている。▼『読者は踊る』(斉藤奈美子・文春文庫)から。今の若い人たちにとって一発当てるには、まんが家かミュージシャンの方が効率がよいのだが、そっちの才能がないので文章が選ばれる。だが本格的エンタテイメントには技と知識の蓄積がいる。ノンフィクションには取材が不可欠。シナリオも多少は勉強が必要だ。手間暇かけず、日本語が書けるだけでイケそうな分野って、身辺雑記的なエッセイか純文学くらいなんだよね。▼じゃ、そんな流れのなかで、芥川賞・直木賞とは何なのか。選考委員が全員作家である点に注目したい。つまり両賞は、新しい作品を見きわめて励ますためのものではない。新人作家の中から自分たちの仲間に入れてやってもよさそうな人材を一方的にピックアップする、一種の就職試験なのです。選考委員はいわば文壇の人事部で、だからこそ受賞予備軍の人たちが結果に一喜一憂するのです。どうみても会社の人事ですよ、これは。▼そういっちゃ身も蓋もないと思うが、そういうことなのだ。十月八日(金)
同じパターンの同じミス
▼ひきたいんですか、できますよ。大人になってからでも、だいじょうぶ。音楽産業のY楽器などは、「もしもピアノが弾けたなら」というおっさんを、そそのかすように営業のウィングを広げている。以前は四、五歳ではじめなければものにならないと言っていたのに、それがこのごろは、四十代、五十代からでもたのしめると、甘言を弄する。▼『アダルト・ピアノ』(井上章一・PHP新書)は、そこを突く。ピアノ教室の先生は、譜面を見ながらひけという。いつまでも暗譜にたよっていると、譜面がよめないままでおわりますよ。これが中年からのピアノ学習者にはつらい。幼児からピアノをひいてきた人は、言語でいうところのネイティブ、つまりネイティブ・ピアニストなのだ。彼らを基準にして、おじさんたちのレッスン法を考えるのは、まちがっている。ではなぜ、ネイティブのピアノ熟達者は、鍵盤を見なくてもひけるのか。それは、彼らが小さいころから、ハノンの練習できたえられているからである。八十八個ある鍵盤の位置を、彼らは体でおぼえこんでいる。だから、極端にいえば目をつむっていても、正確にひけるのだ。そんなことを、おじさんにもとめられても、こまる。バイエルもそうだが、ハノンのたいくつな練習なんか、大人につづけられるわけがない。▼ピアノをやっていると、どうしても指がうごいてくれない展開なんかがでてくる。ピアノの前へすわって、何度練習をしてもひっかかる。いつもそこで失敗してしまうという箇所が、かならずある。家族にいちばんめいわくがられるのも、そういうところだ。同じパターンの同じミスをくりかえし聞かされる。家族が悲鳴をあげる。▼基礎練習は大事か。だいじである。だが、たいていのピアニスト志望者は、基礎練習をつみかさねることで、表現をうしなう。そして、ごくまれに規律の圧倒的な重圧下に、表現すべき自己を堅持する。そういうひとにぎりの人びとだけが、ステージ・ピアニストなりおおせるのだ。考えてみれば残酷な世界である。基礎訓練という名のもとに、生徒は自分をおさえることが、まずもとめられる。最終的には、その規律をはねかえす才能がもとめられる。そのはねかえす力のない音大生が大勢いる。技術だけはあるというピアニスト断念者が死屍累々と存在する。ピアノ教室の先生になったりするのは、たいていこういう人たちだ。▼中高年のピアノ入門者は、技術ではなく、数十年の人生とそれゆえの情感をこそ、かもしだしたいのである。それこそ音大生とはちがう、大人のピアノのひびきをもちたいのだ。それにはハノンの基礎練習より、コード理論。コード進行の理論につうじておれば、むずかしい譜面の音を省略できるし、お好みのサウンドを加算できる。自分なりに編曲できるのである。それにクラッシクの鑑賞がゆたかになる。バイエルやハノンは指の鍛錬をめざすが、コード学習は和音の把握につうじる途である。中高年の学習者よ、コードでたのしめ。▼ほほーっ、コードか。いいかもしれない。十月六日(水)
重大なことを軽く決める
▼『すばらしい新世界』(池澤夏樹・中公文庫)から。▼冒険したほうがいいよ。同じ仕事を十年もやると疲れがたまるから。▼ともかく、私はこの小さな風車という計画に力を注ぐと決めた。ネパールのナムリンという小王国に行って、小型風車を作る。現地の人々が管理できるよう、理科と技術の教育もする。重大なことは軽く決めたらいい。▼そうそう、『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク、松永美穂訳、新潮文庫)にも、決断の話が出てきた。人生においてぼくはもう十分すぎるほど、決断しなかったことを実行に移してしまい、決断したことを実行に移さなかった。ガールフレンドたちからときおり、ぼくには自発性がなくて、頭ばかりでものを考え、お腹で考えることがないと非難された。とあった。▼ふたたび、池澤の本に戻る。もう人は畑に行かないのです。土の匂いを嗅いで、あの湿り気を足の裏に感じて、全身の筋力で耕して、芽が出るのを待つ。そういう喜びはもうないのです。みんな抽象的な、たよりにならないバリューだけを相手に、宙に浮いた生活をしているのです。それが畑を捨てて都会に出てきたことの報いなのです。畑の祈りは単純でした。豊作を願い、かなえられたら感謝する。不作ならばまた祈る。しかし、都会の祈りにはそういう手応えのある対象がない。抽象的にならざるを得ないから、それだけ強力な神を作り出すようになった。強力で危険な神々。しかし魂の問題は火薬のようなもので、うまく使えば山を崩して道を造れるけれど、間違えるとたくさんの人が死ぬ。気をつけなければいけない。▼小型風車で電力を提供できれば、山の木を切らないですむ。木を切って燃やす限り、いずれは限界がくる。どこの古代文明もそれで滅びた。その先はないんです。▼今、先進国の市民は百人の家内奴隷をかかえたローマ帝国の貴族よりもずっと贅沢な日々を過ごしている。ローマ皇帝とて夏場にアイススケートをすることはできなかった。一日にして千キロの旅をすることはできなかった。▼豊かな暮らしという欲望に技術は十分応えた。この一世紀間くらい、成長なし戦争なしで一息つかないと、地球がもたない。みな疲れてるし、太平の安楽だってわるくない。九月二十四日(金)
書評3
わたしは、手軽な千円以下の本を好むから、新書の書評にも目が向く。▼われわれの起源についての本がある。『ネアンデルタールと現代人』(河合信和・文春新書)は、結局ヒトの歴史を遡ればすべてアフリカに戻ってゆくことを説く。ホモ・サピエンスはアフリカで誕生し、われわれの祖先をたどると、二十万年にアフリカにいた一人の女性に帰するというミトコンドリア・イブ説は相当に確実である。ではなぜ彼らはアフリカを出たのか。これも先端の話題である。▼『物理学と神』(池内了、集英社新書)は、物理学がどうやって神の領土を少しずつ縮めてきたか、という視点からすべてを語り直している。神は創造主ですべてを造り、その後もずっと運営してきた。だから人は畑に十分な雨が降るよう神に祈った。やがて、神は創造主ではあるけれど、その後の運営には関わっていないと人は気づいた。スタートボタンを押したところで退場したのではないか。自然は自動的に進行する自律的システムであるらしい。▼『市場主義の終焉』(佐和隆光、岩波新書)は、要は金の動きを論じながらどこかで金を超える理念に展開。経済学の門外漢ならなおさら必読。これだけの内容が頭に入っていれば毎朝の新聞紙面が二割くらいくっきりと見えるという意味でこれは優れた啓蒙書である。▼『歴史とはなにか』(岡田英弘、文春新書)は、一読三嘆。自分の歴史観を解放する、快刀乱麻のような読後感。▼『戦争を記憶する』(藤原帰一、講談社現代新書)は、日本人の歴史観や戦後処理の混乱をみごとに整理してくれる本である。▼『民族とは何か』(関廣野、講談社現代新書)は、なぜイギリスが最初に近代国家として離陸しえたのか、フランス革命はどこでつまずいたのか、なぜドイツの政治は極端に左右に分裂し、その中からナチスが台頭したのかが、具体的に論理的に展開されている。それと日本民族の課題。▼つぎは、文庫本から。『読者は踊る』(斉藤奈美子・文春文庫)は、ある分野に関する本を一通り読んで、誉めるでもなく叩くでもなく、その本の束全体を論じながら、そんな本が出る今の日本を評論するという豪腕の書評である。▼『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク、松永美穂訳、新潮文庫)は、相当の傑作で、読後感もすばらしくいい。九月六日(月)
書評2
▼『死んでいる』(ジム・クレイス、渡辺左智江訳、白水社)は、死体が海岸の小さな生物に発見され、少しずつ食われ、また微生物によって分解され、非生物化してゆく過程を、抑制された叙情の筆致で美しく描く。これがとてもいい。イギリスの無常観がある。だいたい普段からわれわれは自分たちがしていることに意味を与えすぎる。神を発明し、うぬぼれ鏡を見ながら歴史を書き、偶然をおおげさに評価し、一回ずつの食事を讃え、お互いの顔色を誉め合い、親しい者の死を嘆く。しかし、ことはなるようになってゆく。それだけのことだ。▼『ヒツジの絵本』(武藤浩史編、スズキコージ絵、農文協)は、農と牧の楽しさを子供に伝える。トマト、ナス、ジャガイモにはじまって、ナタネ、アサガオ、シイタケまで三十五点。動物はカイコ、ヤギ、ニワトリとこのヒツジ。人間に衣食住のすべてを提供してくれる動物はヒツジしかいない。衣と食はわかるとして、住は何か。モンゴルに人びとが暮らすゲルという大きなテントはフェルトで作るのだ。これ一冊を手元におけば、ヒツジが飼える。▼『人類最古の哲学』(中沢新一、講談社選書メチエ)は、神話という言葉をぴかぴかに磨きなおす名著だ。▼『ゼラニウム』(堀江敏幸、朝日新聞社)は、短編六編とも隙のないよくできた構成で、文体も心地よい。▼『セーヌは左右を分かち、漢江は南北を隔てる』(洪世和、米津篤訳、みすず書房)は、フランス社会が持つトレランス(寛容)の資質を高く評価し、まだまだ未熟な韓国社会を激しく批判している。美の問題では、学校に通う子どもがなぜ石膏デッサンをしないのかと洪は教師に尋ねた。理由は、一つのモデルを注入すべきではない。石膏像は一つのモデルにすぎない。それは唯一の真理ではない。石膏像を見てデッサンさせると、価値観を画一化させる恐れがある。それでは創造的な個性を生かすことはできません。それに、一つの対象をもとにデッサンをすると、子どもたちはお互いに描いたものを比べます。子ども同士が優劣を競うのはいいことではありません。だいたい、三十人の子どもが一つの死んだ静物を眺める姿は、少しも美しくありません。そうじゃないですか。と若い教師は云う。▼『家族を容れるハコ 家族を超えるハコ』(上野千鶴子、平凡社)は、住宅を通じて家族を問いなおす本である。衣と食は商業資本に、住は国家管理された、その間に挟まれた家族や個人の自由を挑発している。▼『だから、国連はなにもできない』(リンダ・ポルマン、富永和子訳、アーティストハウス)は、オランダ出身の女性ジャーナリストによる優れたルポルタージュで、ソマリアやルワンダなどこの十年に国連が抱えた紛争地の現地レポート。実態はまこと惨憺たるものだ。国連の決定の裏は知らない方がよいかもしれない。ホットドックと一緒で、ソーセージの製造過程を知ったら食えなくなる。九月五日(日)
書評1
わたしは、文理系をあわせもつ池澤夏樹の書評を好んできた。今回は『風がページを』(池澤夏樹・文藝春秋社)から。▼『水俣病の科学』(西村肇・岡本達明、日本評論社)は、在野の研究者による、はじめての科学的な解明の書である。あれだけの大きな社会問題になっていながら、科学的な解明は済んでいなかったことがわかる。▼『図説インド神秘事典』(伊藤武・講談社)は、一見軽く見えて実はずっしりと重い本。ヒッピーの旅行記ではなく、もったいぶった学者の解説書でもない。インドについてこんなにもすごい本が書かれるようになったかと感心した。▼『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、上下巻)は、各大陸の人間が置かれた自然の違いが、今という時点におけるこれだけの違いを生んだ。子供でもちゃんと理解できるよう検証していく。人類が採取狩猟から農耕へと進んだのは誰でも知っている。では、なぜ新大陸と旧大陸との間に、文明の差が生じたか。新大陸に渡ったモンゴロイドも野生植物の栽培を試みた。しかし、小麦や米やマメ類のような、人間にとって都合のいい植物が新大陸にはなかった。大型の草食動物を家畜化しようとしても、新大陸には馬や牛に相当する動物がいなかった。北アメリカにバイソン(野牛)はいたけれど、性格の点で家畜化はムリだった。アフリカでもシマウマは従順性を欠いているから家畜にはならない。現代科学の目で見ても、家畜になる動物はすべて家畜になっており、そうならなかった動物にはそれなりの理由があった。それ以前に、ユーラシア大陸がアフリカや南北アメリカに対して格段に有利だった理由が一つある。地図を見れば一目瞭然だが、ユーラシアは東西に長い。アフリカと南北アメリカは南北に伸びている。この違いが重要。東西に伸びた大陸がなぜ有利かと言えば、ある地域で確立した農業技術が伝播しやすいのだ。東西に移動しても気候はあまり変わらない。品種の選び方、播種の時期、収穫期などについて、前の土地の知識がそのまま応用できる。南北方向の移動ではそうはいかない。気温や降水量、日照時間といった基本的な条件が移動につれ大きく変わる。だから北米・中米で穀物に似た位置をしめていたトウモロコシは南米には普及しなかった。食糧供給の量が文明のサイズを決める。▼『日本とは何か』(網野善彦、講談社「日本の歴史」シリーズ初回本)は、網野の描く日本は地方がそれぞれに元気で、農民以外の庶民、つまり商人や職人が元気で、全体として沸き立つようだ。古代から無数の高田屋嘉兵衛たちがいたのだ。司馬遼太郎の日本像も悪くないが、しかし彼が描いたのは才覚によって功名をあげた者ばかりだった。その群像を以って元気だった日本を垣間見させた。終身雇用のサラリーマン社会を活性化するのには力を発揮した。▼『縄文の生活誌』(岡村道雄、講談社「日本の歴史」シリーズ初回本)は、弥生人は来なかったという。縄文人がいたところへ稲作文化を持った弥生人が来たというのが今までの日本列島史の常識だが、しかし岡村は、文化は伝わったが弥生人が多数渡来したわけではなく、縄文人が水田稲作や食生活などの変化によって形質が変化して弥生時代の人、すなわち弥生人になった、という。九月四日(土)
メッセージ (160)
▼池澤夏樹からの配信メッセージです。十年以上住んだ沖縄を引き払って、この夏からしばらくフランスで暮らすらしい。今後の日本について、雑誌に不吉な予言を書いていた。▼「十年後」(月刊『現代』7月号)から。毎月この欄で悲観的なことを書いている。政治家の質は落ちる一方だし、今や国政には論旨というものがない。違憲的な政策が議論もなくどんどん決まってゆく。食言は無視され、政府の目くらましを有権者は素直に受け入れる。全体が右へ右へとシフトする。「心のノート」とか国歌強要とか、国は国民の心の中に踏み込むようになった。景気はよくならない。「リストラに成功した」会社ばかりが黒字に転化し、社会ぜんたいでは失業者が増える。中高年男性の自殺者は減らないし、未来に希望がないのだから出生率が下がるのは当然。この先、事態はいよいよ悪くなるとしたら、具体的には何が起こるか。経済が低迷し、社会不安が増す。それに対して有効な策を持たない分だけ国は強権化し、内外に対して攻撃的になる。中では私権が制限され、外に向かっては資源と市場を確保するために武力の役割が強調される。アメリカへの依存は変わらないが、そのアメリカは冷戦以来の影響力を大きく削がれていよいよ武力に頼るようになる。その傭兵としてやがて日本軍は中南米あたりでゲリラ掃討作戦を請け負うだろう。国民が硝煙の匂いに慣れたころ、ちょっとしたきっかけで起こった隣国との小競り合いが意外に大きな規模の戦闘になり、戦死者の数と共に軍の存在感は増す。原発の事故が起こり、被曝した周辺住民の封じ込めのために核戦争装備の兵士が出動する。個々の現象としてこのままではないかもしれないが、そちらに向かう流れは歴然とある。根底にあるのは個人に対する国家の優位の思想だ。国民のための国家ではなく、国家のための国民。兵士が国のために死んでいるのだからきみたちも文句を言わずに奉仕しろ。悲観論が好きなわけではない。願わくば十年後にこの文章を読み返して、ことごとく外れと知り、不明を恥じたいものだ。▼この国はあやうい。気になるのは誰しも。八月二十七日(金)
動物たちの自己治療5
私たちは、進化してきた。といえるのならいいが。▼旧石器時代の人たちは、野生のチンパンジーやゴリラと同じようなものを食べていた。新鮮な果物と水、種子、葉、昆虫、脂肪の少ない野生動物の肉などである。1年間100種類から300種類を食べていたと推定される。現代では健康を意識している人であっても、20殻あるいは30種類以上の植物を食べる人はいないだろう。多様な植物の摂取からは、ビタミンやミネラルだけでなく、予防薬や治療薬のもととなる植物性二次化合物を得ることができる。私たちの体は数百万年にわたって、アフリカの平原で小さな群れをつくって狩猟採取生活をするようにつくられてきた。私たちの遺伝子も、狩猟採取時代の食事をベースに進化してきた。進化と適応は続いているが、狩猟採取民で少なくとも10万世代、農業に依存するようになってからは500世代で、産業革命後は10世代にすぎず、調理済みのファーストフードで育ったのは2世代。もしかすると私たちの体はこの急激な変化に適応できなかったのではいか。現代病の多くは、私たちの体が進化しきれず、現代の食事および環境との落差から生じているようでもある。▼今日の栽培作物は、世界の食物の75%がわずか12種と、少ない品目になってしまった。くわえて工業製品ともいわれる加工食物は、栄養価でも薬効面でも質が落ちて、エネルギーとタンパク質しか得られない。▼アフリカのマサイ族は、唯一のタンパク源として牛や山羊の肉を食べ、その血液とミルクを飲んでいるが、西欧人より心臓病が少ない。わけがある。動物性食品を摂るときにはかならず苦い抗酸化性の薬草をまぜる。肉のスープには28種類、ミルクには12種類もの薬草をくわえる。マサイ族は、酸化化合物と抗酸化化合物をバランスよく摂取している。▼野生動物たちは、何百万年にもわたる自然淘汰のすえに、健康維持の仕方を身につけてきた。おなじく、私たちもいろんな野草(野菜)を欲しているはずだ。野菜・薬草の一坪畑をつくろう。お互いに交換すれば種類が増える。八月十三日(金)
動物たちの自己治療4
つぎはゾウの話。▼アフリカやアジアのゾウたちは、傷口に泥をのせたり、自分の背中に泥を吹きかけたりして、傷口の殺菌をしている。動物たちは、病気の仲間の世話をするが、とりわけ看護上手なのはゾウである。ゾウたちはお互いに刺さっている槍や矢を抜きあい、立ち上がるのを手伝い、密猟者の急襲にあうとお互いに救助しあうことすらある。▼砂浴びは、鳥がよくやる。砂地にうずくまって羽毛と皮膚に土砂をふりいれて砂浴びをする。砂は余分な羽毛の脂肪をぬぐい、皮膚の表面を乾かして、細菌がすみにくい状態にする。土の粒子は、寄生虫の外骨格を壊す。哺乳類のなかでも、ゾウは砂浴びが大好きである。▼動物は独りになって死ぬといわれる。自分の運命を知っているかのように。ネコの飼い主は、愛猫が知らぬ間に姿を消し、屍体を遺さないので弔ってやることもできないと嘆く。死を目前にしたゾウの場合は、群れからはなれてゾウの墓場に行くという説がまかり通っている。しかし、長年野外研究がされてきたにもかかわらず、ゾウの墓場に行くところを見た者はいない。ただ、アフリカの平原の一か所にたくさんのゾウの骨が散らばっていたり、積み重なっているところがある。そこは、木陰や水が近くにあって柔らかく消化のいい植物が生えた場所である。これがほんとうなら、ゾウはいわゆる墓場に、死ぬためではなく生きようとして行くことになる。▼ゾウはゾウの死骸を見かけたら埋葬する。枝や砂をかける。それは、ハエがむらがり感染症をひろげないためといわれる。人間の目からは、弔いの行為にみえる。ゾウの生涯に自分を重ねてみたくなる。八月六日(金)
動物たちの自己治療3
動物たちが病気になった場合。▼病気になった動物は奥まったところに引っ込み、回復するまで断食する。人の場合でも、伝統医学の薬草医は、絶食は病気に対する自然な、意味のある反応だと考える。感染した身体は、病原菌が必要とする鉄分を減らそうとする。それが断食である。だから病気の動物や患者にむりやり食べさせることは逆効果であり、病気を長引かせることになる。▼動物は痛みを隠す。ウマは激しい痛みにみまわれても、ほんのちょっと姿勢を変えることでしか苦痛をあらわさない。鼻にちょっと皺をよせるか、まぶたを下げるだけである。負傷したキツネは鳴き声をあげることもなく、追手のハンターから逃げつづける。歯に痛い膿瘍ができたイヌはやはりじっとしたままである。このように痛みを表に出さないため、動物たちが私たちと同じように痛みを感じていないことと受け取られやすい。しかし怪我をしたり病気をしたりした動物は、捕食者に気づかれないようにそれを隠す。生き延びるためには、元気であるだけでなく、元気そうに見えなくてはならない。飼われている動物で、も、合併症で死ぬまで飼育係や獣医に気づかれないほどうまく隠し通すことがよくある。鳥は傷を隠すのがとりわけ巧妙で、前触れもなく死んでいるのに、飼育係がびっくりすることが多い。▼唾液の効能。イヌが熱心に傷口をなめると、その傷口は清潔になり細菌感染がおこらないことが知られている。イヌの唾液にはブドウ球菌、大腸菌、連鎖球菌などの細菌を殺すことのできる抗菌物質が含まれている。▼ということで、哺乳類の唾液はもっとも身近な消毒剤となる。べろべろ。七月三十日(金)
見て見ぬふり
▼藤原道長に追い落とされた、関白・藤原道隆の側に仕える清少納言。しかも、道長側の女房・紫式部からは思いっきり悪口を書かれる。この敗北感と哀しみが通奏低音として流れているのが、枕草子。その随筆をとりあげた『枕草子REMIX』(酒井順子・新潮社)から。▼この時代の貴族女性達は、やたらと「待って」いる。当時の貴族にとって、結婚は男性が女性のもとに三日連続して通うと成立した。婿取り婚なので、結婚しても夫が妻のもとに通うことになる。今のようにいきなり夫婦同居ということはなかった。それゆえ結婚しても妻はやはり、「今日は来るのかしら…」と、夫を待たなければならなかった。それに誰かと連絡一つとるにしても、その唯一の通信手段は、文すなわち手紙。使者が急いで相手方に届けに行く。▼当時の和歌は毎日の暮らしに欠かせないものだった。待ち心を詠む。旅をすればその感動や感情を詠む。今で言えば、写実と通信を兼ねたカメラ付きケータイといえる。▼さて、平安時代の宮中にプライバシーはあったか。というと、なかった。清少納言のような宮仕えの女房は、宮中に住み込みで働いていた。彼女たちの居場所は「局」というが、ワンルームマンションのような寮があったわけではない。渡殿(わたどの)とか細殿(ほそどの)といった廊下兼用の場所を、几帳(きちょう)、障子、御簾(みす)、といったパーテーションで仕切って住んでいた。となれば声も漏れましょう。気配も感じましょう。完璧なプライバシーなど、ハナからありません。それでは平安時代の宮中におけるプライバシーは何によって守られていたのかといえば、それは鍵とか壁ではなく、人間の意識によって。几帳(きちょう)の向こうに人がいるのはわかっていても、その几帳をむやみにめくらないという意識。夜に隣の局で人の気配、それはすなわち男性の気配であるわけですが、あっ、誰かが来ているのだな、と思っても、それ以上は詮索しないという意識。その手の不文律化した意識が、宮中の暮らしには存在した。とはいっても「見えてません」「聞こえてません」とシラを切る習慣もなく、「覗き」は日常のことであったようだ。▼さらに、この時代の服装の特徴は、「とりあえず型は決っている」ことにある。清少納言のような女房が着るものは、まずは単衣(ひとえ)、その上に袿(うちぎ)を何枚か重ね、さらに打衣(うちぎぬ)、表着(うわぎ)、唐衣(からぎぬ)という順で、下半身は袴と裳(も)であり、これがいわゆる十二単。とまあ、こんな風に型が決っている。どこでセンスを表したかといえば、それは衣の色。たくさん重ね着している衣をどのように配色するかによって、おしゃれが判断される。その配色のことを「襲(かさね)の色目」という。染色は貴族女性の仕事でもあったので、配色を限りなく楽しんだに違いない。▼まったくの自由な状況下にいるよりも、ある程度の「型」が存在していた方が、日本人の想像力は活発になり易いのでしょう。平安貴族の服装は「制服だけど、色は自由」というところに妙味がある。千年前の人たちと今のわたしらも同じなかと思えるところあり。七月二十三日(金)
動物たちの自己治療2
土を食べて毒を消す動物たち。▼ネコが草を食べ嘔吐するのは知られている。動物が毒を処理するもう一つの方法が、土食である。これは草食動物に多くみられる。植物の二次化合物の解毒や、新陳代謝でナトリウムを失うため、ナトリウムをふくむ土を食べて補充する。粘土は昔から料理でも伝統薬でも、解毒作用のある材料として使われてきた。古代文明でも現代でも、粘土は毒を含む食物にまぜて食べてきたし、アメリカ先住民は、昔からタンニンたっぷりのドングリに粘土をまぜてパン用の粉をつくってきた。▼タンザニアの野生チンパンジーは、シロアリの蟻塚の土を口に放り込むし、崖面や河岸にあらわれた下層の土をすくいとるが、キリン、ゾウ、サル、サイなども同じように利用している。これは薬剤師が人間の胃腸障害用に買いつける粘土と同じ種類である。ただし、表土は寄生虫の卵、有害なバクテリア、重金属などで汚染されているので、古い下層土の方が、有害物質がすくない。いろいろな動物が利用する蟻塚の土は、シロアリが地表にもちあげた下層土である。主成分はカオリンで、胃腸障害の特効薬でもある。▼野生動物は、山火事や落雷のあとの、こげた炭に集まる。ミツバチまで焼け跡に群がる。これも消化器の障害を直すためのものらしい。炭食は、アメリカ先住民が炭を砕いて水に混ぜて飲んだり、先史時代のネアンデルタール人も炭を食べていたことが、糞の化石からわかっている。かたや家畜や動物園動物には土を与えることはめったにないから、慢性胃腸炎になりやすい。▼人間の私たちも、嘔吐と下痢という中毒にたいする効果的な反応を、投薬によって抑えない方がいいのかもしれない。それに、炭のドリンクや粘土の錠剤、ミネラルウォーターを、自然からの薬としていただくのは、人間も動物も同じ。ともかく、世界中の救急箱に粘土の錠剤を備えることは容易である。七月十六日(金)
動物たちの自己治療1
動物たちは、植物を食べて自己治療している。食事療法である。▼そんな話を『動物たちの自然健康法』(シンディ・エンジェル、羽田節子訳・紀伊国屋書店)から。動物は生きていくのに必要な化学物質をつくれないので、植物に依存することになる。緑色植物は日光、大気、土壌中の水から、炭水化物、タンパク質、脂質、ホルモン、ビタミン、酵素など、成長や傷の治癒、繁殖に必要なものをつくりだす。この薬理のはたらきのほかに、草食の動物などの捕食から身を守るための毒性もつくる。▼キリンがアカシアを食べると揮発性の物質を発散する。近隣のアカシアはそれを感知し、自分の葉にも渋いタンニンを送りこむ。味がまずくなると、キリンは次を探して遠く移動する。植物は保身のため、さまざまな化学物質をつくる。リンゴの場合だと153種類の化学物質を含み、そのうち67種類に薬効が認められている。▼次は、タンザニアのセレンゲティ平原の話。子連れのヌーの群れは、土や植物にふくまれるミネラルをもとめて、北部から南部の平原に移動し、火山の麓に育つ草を食べる。この火山灰地には、乳の分泌に欠かせないカルシウムと燐酸が豊富。▼さて、ナトリウムはあらゆる陸生動物にとって貴重である。これは尿や汗として失われるので、たえず補充しなくてはならない。それは人間にとっても重要で、ローマの兵士は給料を塩で支払われていた。「サラリー」はラテン語の塩を指す「サラリウム」。草食動物は塩への渇望が強く、それを手に入れるためなら死の危険をもいとわない。猟師たちは獲物をおびきだすために塩の塊を利用してきた。▼動物の食餌は、そのときの気分で選んでいるのだが、自然淘汰は、それなりの感覚を養ってきた。つまり、エネルギー豊かな食物であることをうかがわせる甘い味を好み、毒性を感じさせる苦い味を嫌い、大事なミネラルであるナトリウムの存在をほのめかす塩味をおいしく感じる動物が生き残ってきた。▼動物は動物にではなく、植物に依存してきたことを、つい忘れてしまう。七月九日(金)
すべてを持ち歩くオバサン
月刊PR誌「ちくま」の巻頭言に書かれていたこと。ふだんは、世の活字離れを嘆いているくせに、嘆いた自分にあぐらをかき、ついうっかり映画と音楽とインターネットに山ほど時間を捧げている。買ってきた本は置き去りにされ、新聞は届けられたままの姿で折り重なっていたりする。文字を追った記憶はパソコンの画面上にしかない。▼まったく同感だなあと思って、この人の本を読んだ。『針が飛ぶ』(吉田篤弘・新潮社)から。乗客の少ない午後一時の電車の中。たまたま前に座っていた初老の女性。彼女はすべてを持って歩いていた。鞄はふたつ。その中に彼女の「すべて」がしまってあるのだ。彼女はその鞄の中からまず朝刊を取り出す。それから林檎。豪快にかじっている。それから辞書を出してきて調べもの。新聞に気になる言葉があったのだ。もちろん虫眼鏡も出てくる。ここまではまだ序の口。その次に彼女が取り出したのは洗濯ばさみのついた細いロープ。それを吊り革三つに通し、さらに取り出された湿ったハンカチ二枚を見事に干してみせた。ぱんぱんと手でひとつふたつ叩き、それから眼鏡と編みかけの毛糸玉を出して優雅に何かを編みはじめる。その間にもせんべいを食べたり、ラジオを出してきてイヤホンを耳にさし、編み物を中断して葉書をかいたり。なんだか、うらやましいかぎり。後日、銀座でF氏と偶然ばったり。コーヒーを飲みにゆく。さっそくこのあいだ見た「すべてを持って歩くおばさん」の話を披露。するとF氏、感極まって「それでよいのです!」と大きな声。コーヒー屋の客、全員こちらを振り返る。▼ゆくゆくは、こんなオバサンをめざすことにしよう。七月二日(金)
神は細部に宿る
本の題名はケッタイだが、愉しめた。▼『文学的商品学』(斉藤奈美子・紀伊国屋書店)から。モノを観れば作品がわかるということで、小説でのモノの描かれ方が暴かれている。とくに現代の男性作家の、食べもの、着るものへの表現が乏しいとミソクソ。ところで風俗小説は評価が下にみられがちだが、これは知力も体力も情報収集力も必要な、たいへんにパワーの要るジャンルだ。芸術映画だと安上がりの自主制作でもつくれるが、娯楽大作映画は衣装代やセット代に莫大な費用がかかるのに似ている。神は細部に宿り、小説はモノの表現に宿る。▼ところで日本文学の世界では、野球小説であっても、「痛快」より「哀愁」、「ゲーム」より「人生」の方にウエイトがかかる。しかも日本人は「敗者の美学」を好む。『平家物語』しかり『忠臣蔵』しかり新撰組しかり特攻隊しかり全共闘しかり。▼この著者、「小説はどんな風に読んだっていいんだ」と、あるとき気づいた。小説を読んで感動するときは、主人公が形而上の悩みにもだえ苦しむときでも、ヒロインが世紀の大恋愛に身を焦がすときでもない、「ここんとこのお洋服の書きっぷりが、すげえ気合がはいってんな」と感じたりするときだったりする。モノの記述に気合が入ると、小説はおもしろくなる。▼という訳で、平成の作品ばかりでなく、明治の作品と引き合わせたりで、服飾の比較社会学のような本だなあと思いながら読了。六月三十日(水)
泥脚傭雲
自治体の懐は底をつき、まちづくりを支える人達の言動も弱まっている。下降ぎみではあるけど、まちづくりを捨てるわけにはいかない。町を居心地よく、長持ちするように、住民の負担を考えながらが、基本です。▼そんな自治体の現場経験から、『自治体まちづくり-まちづくりをみんなの手で!』(原昭夫・学芸出版)が、政策の立て方とやり方の報告している。▼まずは、人口構成から町をみる。人口予測では、おもに地域にどのくらいの人びとが、どんな生活様式や居住形態をもって住んだり、働いたりするのだろうという、マクロな把握をしてみよう。現地を知るには、自転車。裏通りまで小まめに調査できる。地図の縮尺にも慣れること。5万分の1の地図は、分母の末尾の0を二つとり、それにメートルをつける。それがその地図での1センチの長さとなる。都市地図によくある2千5百分の1は、1センチが25メートルとなる。あとはボディ・スケール(身体尺度)を身につける。自分の両手の広がり、歩幅などを知っておくと便利。伊能忠敬にもなれる。それに地図のたたみ方も知っておくと便利。見たいところを広げておける楽しい折り方がある。本編57頁を参照のこと。▼まちをつくる手法は、自治法に定める「基本構想」に始まるものと、都市計画法に定める「都市計画マスタープラン」がある。いずれも長い間、しっかりした担当者がその仕事をし続けることが大事。都市防災についても、危機管理のプログラムとシミュレーションの実験をしておこう。▼学校の総合学習で「まちづくり」を取り上げられないか。ボディ・スケールを使って、公園を歩行実測したり、新旧の地図をならべて見比べたり。まちづくでは、「人づくり」より「人になる」ことである。まちづくりの当事者になることである。吉阪隆正はそれを「泥脚傭雲(でいきゃくよううん)」といった。頭はつねに雲の上において大所を見渡し、足はつねに泥の中にあって地面を這えということである。これには修行がいるが、プランナーなら、この境地に立たちたい。▼まちづくり十二の原則。計画感覚を磨け。まちへ出ろ。都市の出来事に興味を持て。「地域型」で仕事を進めろ。市民との共同をはかれ。皆で仕事をせよ。自分の仕事を他の仕事につなげろ。アンテナを敏感にしておけ。つねに「やる方向」で考えよ。失敗・クレーム・紛争から学べ。職場のよい人間関係をつくろう。仕事は元気に面白くやろう。それに、プランナーの四つの資質としては、好奇心、現地主義、発見的方法、施策化への意欲が欠かせない。▼私なりの私家版「まちづくり手帖」なるものをつくろうと思っていたが、この著者がおおむね記したことだし、止めにした。この知人からは、おおらかな人柄と、おだやかな計画づくりを学んだ。六月四日(金)
町のヘリテージ(150)
▼古い建物は古い友だち。自分の町に由緒ある建物があり、それにまつわる物語があるのは楽しいし、自慢できる。ヘリテージのない、新しいだけの都市には風格がない。▼町の古建築を残す。そのやり方と運動の持続の話を『東京遺産』(森まゆみ・岩波新書)から。人は町のどんなところに愛着を感じているのか。路地の中の稲荷や井戸や植木や電柱といった身近な「小さな環境」に愛着を感じている。それに古くからある建物といった「大きな環境」も大事に思っている。建物が残れば、それだけでなく、文書も絵草紙も位牌も人も、そして何より物語が残る。▼不忍池の景観を守るため、「しのばずの池算数プログラム」を企画した。大人だけの文学散歩をしてもはじまらないと思い、子どもと一緒に戸外で「体で算数」をやろうという試みである。東照宮の石段の数を数えたり、一段の高さから山の高さを計算したり、不忍池周囲の木の数を数え、その間隔からその周囲の長さを手で測ったり、池の面積を掛算したり、といくつもの問題を用意し、子どもたちと歩いて好評だった。▼景観の保護に手を染めたお年寄りの一人は云う。「この十年はとても勉強になりました。この年になって、樹の名前、鳥の名前を覚えた。するとまた面白くなって勉強し、という風に深みにはまっていったんです」。風景遺産を守る運動が思うようにいかないこともある。「富士山は永遠にそびえているが、マンションなんてのは五十年、百年の命だ。次の建て替えのときはあんな高いビルが建たないように、今から運動していきましょう」と云いきったおじいさんがいた。▼残った古建築が、例えば古い酒屋が小体(こてい)な飲屋に変わって生き延びてもいいのです。まちづくりの今昔を味わえるなら。五月二十八日(金)
インターネット・ラジオ
ひさしぶりだなあ、こんなハウツー本を手にするのは。▼『超英語法』(野口悠紀雄・講談社)から。英会話学校で話す練習をするのは、浮き輪を使って泳ぐ練習をするようなもの。自己紹介から始まり、あとはなんとかなるだろうは、イリュージョンである。実用的な英会話に必要なのは、「聞く訓練」である。「話す訓練」ではない。聞くことができれば話せる。そして、「聞く訓練」は自分だけで出来てしまう。その方がはるかに効率的だ。ここには、英会話学校の出番はほとんどない。▼いまや、外国とのやりとりは、電話でなくeメールが多く、会話ではなく文章英語の重要性が高い。英会話ではなく英作文である。▼正式な英語を聞き取るのは楽だが、正式でない英語を聞き取るのは非常に大変である。聞き取れないのは「早い」からではなく、「正式でないから」なのだ。▼ヒアリングの注意点は、子音の消失。b、d、g、k、p、tなどの子音が語尾に来るとサイレントになる。それに暗いエルは消える。battery、waterのt音がr音に変化するように。▼日本人になじみがない表現は次のようなもの。He has → He’s got his own house. I must do it. → I’ve gotta do it. ▼ハンバーガー屋では、注文後おばさんは必ずpotatoes ? と聞く。食べたくなければ no と答える。すると、おばさんは必ずno potatoes? と再確認してくる。このときもno なのだが、yes と答えたくなる。この場合は、no potatos とオウム返しする。私の場合は、right とかcorrect と答えることにしている。▼つぎは日本人の癖。「例えばどんなもの?」と質問する場合に、For example となりがちだが、これはLike what?という。これとIt’s a kind of ~. It’s something like ~.を駆使すれば大抵の説明場面には十分である。これはぜひ使いたい。▼リスニングの勉強法としては、同じ内容を何度も繰り返し聞くのがいい。慣れてきたら、口に出さずサイレント・シャドゥイングを試みる。せめて2年はは続けることになるので、「面白いからやめられない」条件をつくり上げることだ。「こういう内容のことを聞いたのだが、いったい日本語で聞いたのか英語で聞いたのか」が区別できない。そうした段階に達するまで、ぜひ勉強を続けたいもの。▼インターネットのニュース英語サイトは、VOA special Englishをダウンロードして繰り返し聞くのがいい。トランスクリプトもついている。PBS Online Newshourのessays & dialoguesも飽きない。▼映画はスラングが多くて、難しい。「ローマの休日」なら正式英語に近いから、聞きやすい。DVDの字幕を消して聞くのもいい。文章丸暗記もいいものだ。最初さえ思い出せば、あとはイモずる式に思い出す。記憶で重要なのは、「覚えること」ではなく「思い出すこと」なのだ。▼トルストイは老年になってからイタリア語を習得した。シュリーマンは六十四歳になってからも新しい外国語に挑戦した。仕事でつかう投資としての勉強もいいが、勉強そのものが面白くてたまらない、「消費」としての勉強もいいものだ。私は、映画の英語がすべて聞けるようになったら、新しい外国語に挑戦したい。イタリア語はそのために残してある。オペラの台詞が聞けるようになれば、どんなにか楽しいだろう。▼語学は惜しげもなく時間を費やすから、覚悟しなさいといったところか。五月二十一日(金)
魂の銭湯
北緯43度で生活していると、首都はさておき、西日本ひいきになりがち。▼『森まゆみの大阪不案内』(森まゆみ・筑摩書房)から。地元の人は「大阪は見るとこおまへんなー」というが、東京人にとって大阪のイメージは、多く歌謡曲で作られる。大阪生まれで大阪育ちの河島英五が四十八歳で亡くなった日、私はずっと「酒と泪と男と女」を口ずさんでいた。そしてこの歌は標準語で書かれているのにメロディーの揺すり方がBOROの「大阪で生まれた女」にそっくりだ。どっちもせつない。酔うほどにこの二つの歌は混ざっていく。最近、大阪は、高村光太郎風にいうと私の「魂の銭湯」になってしまった。大阪の友達と焼肉やら何やらたらふく食べ、五穀粥でお腹を癒し、そのあとカラオケ「うたっちゃえ」で盛り上がる。それが私の大阪欲望解放戦線。大阪では高くてうまいのは当たり前、安くてうまいところがたくさんあって、それを若者もサラリーマンも目的別に使いたおしている。「ほな、今日はオッサンバージョンで行きまひょうか」。▼首都の話もついでに。『明治・大正を食べ歩く』(森まゆみ・PHP新書)から。高村光太郎は、どなたも扱いが一緒の入れ込み式の店、浅草にある米久の牛鍋屋を「魂の銭湯」とまで呼んだ。ここでは誰もが正直まっとうな食欲をあからさまにし、心を丸裸にしてしゃべりあう。銀座ライオンのビヤホールの場合は、昼間、晴れた日は、高い窓から日が射して、さながら銭湯の洗い場にいるようだ。人が働いている時間にビールを飲むという至福。▼とまあ、森さんの舌で列島のニシ・ヒガシを味わいました。さて、ちょっと出かけてくるか。近くの三百八十円の銭湯へ。五月十四日(金)
ランボーと俊太郎
▼かつては出発のことばかり考えていたような気がする。ゴールを考えずにきたためか、気もちの捨てどころを失ったきらいがある。▼『地獄の季節』(ランボオ・岩波文庫)の「出発」から。見飽きた。夢は、どんな風にでも在る。持ち飽きた。明けても暮れても、いつみても、街々の喧騒だ。知り飽きた。差し押さえをくらった命。ああ、『たわ言』と『まぼろし』の群れ。出発だ、新しい情と響きとへ。▼さて、力まない『谷川俊太郎詩集』(ハルキ文庫)からの抜き書きを。「昨日のしみ」~まっさらみたいに思えても 今日には昨日のしみがある。「朝のリレー」~カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき メキシコの娘は 朝もやの中でバスをまっている ニューヨークの少女が ほほえみながら寝がえりをうつとき ローマの少年は 柱頭を染める朝陽にウインクする この地球では いつもどこかで朝がはじまっている ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る 眠る前のひととき耳をすますと どこか遠くで目覚し時計のベルが鳴っている それはあなたの送った朝を 誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ。「おならうた」~いもくって ぶ くりくって ぶ すかして へ ごめんよ ば おふろで ぽ こっそり す あわてて ぷ ふたりで ぴょ。「うんこ」~うんこよ きょうも げんきに でてこい。▼ご両人の語り口は、いまも響く。四月二十三日(金)
捨てちまった教科書
▼あわれ花びらながれ をみなごに花びらながれ をみなごしめやかに語らいあゆみ うららかの跫音空にながれ をりふしに瞳をあげて 翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり み寺の甍みどりにうるほひ 廂々に 風鐸のすがたしづかなれば ひとりなる わが身の影をあゆまする甍のうへ ▼これは、三好達治「甍のうへ」ですが、高校の国語教師が暗唱させた詩です。今でもたまに諳んじたくなります。かつて教科書に載っていたものを、『教科書でおぼえた名詩』(ネスコ編・文藝春秋)から抜き書きすると。▼丸山薫「汽車に乗って」~汽車に乗って、アイルランドのようないなかへ行こう。人々が祭りの日かさをくるくるまわし、日が照りながら雨の降る、アイルランドのようないなかへ行こう。まどにうつった自分の顔を道づれにして、湖水をわたりトンネルをくぐり、めずらしい顔のおとめや牛の歩いている、アイルランドのようないなかへ行こう。▼山村暮鳥「春の河」~たっぷりと 春の河は ながれてゐるのか ゐないのか ういてゐる 藁くずのうごくので それとしられる。▼中原中也「骨」~ホラホラ、これが僕の骨だ、生きてゐた時の苦労にみちた あのけがらわしい肉を破って、しらじらと雨に洗われ ヌックと出た、骨の先。…生きてゐた時に、これが食堂の雑踏の中に、座ってゐたこともある、みつばのおしたしを食ったこともある、と思えばなんとも可笑しい。… ▼茨木のり子「自分の感受性くらい」~ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて … 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった … 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ ▼佐藤春夫「雪」~太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む。▼尾崎放哉~咳をしても一人。▼ということで、もうとうの間に捨ててしまった教科書と詩を、なつかしむことができました。四月十六日(金)
山に向かう、川に向かう
▼山歩き、岩魚釣りの名手である辻まことの本をのぞきました。▼『あてのない絵はがき』(小学館ライブラリ)から。小鳥たちの声を聴くと、よくあんなちっぽけなノドから大きな音がでるもんだと感心してしまう。ウグイスなんか一息でケキョケキョを三十回ぐらい続けるのがいる。専門家に言わせると、小鳥は歌っているのではなく叫んでいるので、領有空間の宣言だそうだと、ちょいとその方のことに詳しそうな人はすぐ教えてくれる。もう何十人もの人から聴かせられてこっちはマタコイツモクダラヌ学説信者ダナとおもう。一定の目的がなければ行為はあり得ないと考えるのは、いかにもガリ勉の優等生の意識だ。行為があったためになんとなく目的が生じることだってある。なんだか楽しくてじっとしていられないから唱歌する小鳥がいたってちっとも不思議ではない。人間だってタレントばかりが歌っているわけではなかろう。▼一人旅というのは見かけだけで、むしろ一人のほうがよっぽど仲間のお世話になり、それに頼ったりしているのだ。えっちらおっちら山路を歩いているボクの頭の中に先達友人の言葉が、姿が、たえず出没し、見知らぬ著者の本のページがひるがえる。そのとき彼らはすべてわがパーティの一員である。しばしば時と国を超越し俊英を一堂に網羅した大パーティである。▼辻まことの、釣り人や川、魚の絵には、静かでひたひたするものがある。なかにはブリューゲルを思わせる絵もある。四月九日(金)
一を聞いて十を知る
▼辻まこと、って誰だろう。人も知る、諸芸万能、スキーの名手、稀な風刺家、著述家、ギターの名手らしい。すでに故人。なかでも『虫類図譜』などの風刺画が知られている。例えば知識人という風刺画では、絵の脇に短い文が添えられる。彼は近眼であった。それでいつも彼自身の視野は書物に遮断されていた。という風に。▼彼の友人が著した『辻まことの思い出』(宇佐見英治・みすず書房)が、氏のエピソードを伝えている。著者が辻まことに、一を聞いて十を知るという諺があるが、どう思うかと訊いた。こう答えた。「いや、僕はちょっと違うな。一を聞いて、いや三でもよいが、十を知るというその想像力は大したものではない。ましてそれで『知った』と思うのは大変危険だと思う。そうではなく、十の経験を重層してたった一つを知りうるのはまだいい方かもしれない。その一つさえ知りえない、それが現実かもしれない。しかしもし反復して、さらに反復してただ一つのことでも知りえたら、想像力よりもそれはもっと尊いことではあるまいか」。▼つぎは、著者自身の文から。大抵の人は朝、目覚めるとまもなく新聞を開いて頭を共通の世界になじませ、それから家を出て、電車に乗り、会社や学校に通う。共通の尺度である時計と集団の通念によって自己機制を行い、社会や家族の中で自分を定位する。ときに分別や目算が狂うと、人間は感情の動物であるとか、俺はお前たちが思っているような人間ではないとかわめき、感情の密室のドアを閉めたり開けたりする。しかし、結局は同じ電車に乗って同じ道を歩き、同じ家のなれたベッドにもぐり夢うつつに寝てしまう。多くの人は住みなれた世界を一層住み慣らすことを正常だと考える。▼自分の鏡像は自分にとっては異邦人。私だが私ではないと思う。自分はこの顔に閉じこめられているようなものではないと思う。鏡に映った顔のような物になることは拒みたい。もっと茫洋とした雰囲気みたいなのが自分なのだ。▼何も死んだからといって、いなくなるわけではないからと、生前、辻まことは言っていたそうです。四月二日(金)
文学は実学
本のなかでも、みすず書房のは少々値は張るが、ぴったりくるものが多い。▼『忘れられる過去』(荒川洋治・みすず書房)から、まねの話。人間には、二通りしかない。まねをする人と、まねをしない人。しない人は、おそらくこんな人だと思う。人前ではまねなんて笑われてしまうから、しない。あるいは、プライドがあって、自分がそのときだけでも、自分以外のものになりかわること、化けることが、とても恥ずかしいのである。そんな身体表現は、はしたないと思うのでしない。する人は、しない人より心が自由であることは確かだ。いつまでも自分をにぎりしめていないからだ。まわりを見渡すと、しない人が最近は多いように思う。自己愛が進んでいる証拠であろう。ひとつしか自分の姿をもっていないためだろう。話していることのなかみや考えはとてもやわらかいのに、しない人がいる。ほんとうは心がそれほどやわらかくはないのだろうと思う。これからもしない人はずっとしないだろう。人が体をつかって、たとえちょっとした何かを表現するとき、その場の空気は明るくなる。光がひろがる。それによって世界が、具体的に見え出す。それは自分にとっても、まわりの人にとっても、いいことであり、楽しいことなのである。でも、しない人はしない。▼つぎは、文学の話。文学は実学である。文学は、経済学、法律学、医学、工学などと同じように、実学なのである。社会生活に実際に役立つものなのである。社会問題が、もっぱら人間の精神に起因する現在、文学はもっと「実」の面を強調品ければならない。この世をふかく、ゆたかに生きたいのだ。漱石、鴎外ではありふれているというなら、田山花袋「田舎教師」、徳田秋声「和解」、室生犀星「蜜のあわれ」、安部知二「冬の宿」、梅崎春生「桜島」、伊藤整「氾濫」、高見順「いやな感じ」、三島由紀夫「橋ずくし」、色川武大「百」、詩なら石原吉郎など、なんでもいいが、こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるっきりちがったものになる。それくらいの激しい力が文学にはある。読む人の現実を生活を一変させるのだ。▼と、抜き書きしてみたら、これらを一編も読んでいませんでした。知ると知らないでは、まるっきり違ったものになる。こう云われてしまうと。三月十九日(金)
あれあれ
▼あれあれ、あの人なんていったっけ。そのつど思い出さないと、神経が修復しないらしい。誰だったかなあ。池澤夏樹の父親、誰だったかなあ。疎開先の帯広で教えていた作家。伊藤整なんかと仲良しだったはず。だめだ、インターネットにお世話になろう。ありました、その人の名が。ちかごろはインターネットに介護されることが多い。▼『神も仏もありませぬ。』(佐野洋子・筑摩書房)は、もの忘れを痛快に嘆いている。その中の一編。人からもらったものも、あげたものもすぐ忘れる。いつかマリちゃんのところに、どこからかもらった漬物を持って行ったら、「ヤダ、これ私があげたものよ」と云われた。もの忘れトラブルが絶えない。じゃどうする。どうにもならん。と、この居直りも清々しい。つぎはもの忘れとは関係ない話。友人の購入する古い民家の平面図を見せてもらった。「この部屋は?」「わたしの部屋」「これは」「これもわたしの部屋」「じゃこっちは」「これも」「ヒロナガさんのとこは?」「納屋、納屋」。こぶしの花にまみれて、本当に女は偉い。とか、近所の農家の話もいい。「百姓はむずかしいもんだ。俺が五十年百姓しても五十回しか経験は出来ねエんだよ。トマトならトマト五十回しか経験できねエんだよ」と云われた。などなど、著者は周りのことを料理して食べさせるのがうまい。なだいなだ、と似たとこあります。▼地元出版の『木呂子俊彦著作集・鳥の目みみずの目』(木呂子俊彦・ふるさと十勝)は、八百八十ページの確かな記憶と記録の大著。中ほどのソ連抑留は圧倒する。ここに氏の始まりがありますが、いまだ鎮魂してはいない。忘れることができる過去と、忘れ去られてしまう過去がある。三月十二日(金)
真夜中のトリオ
▼ジャズのピアノ・トリオなら、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』のアルバムを挙げる人は多い。やさしく簡潔でメロディアス。一日が終わろうとするころ、ほろ酔い加減でこのライブ盤を聴くのが愉しみ。エヴァンスのピアノとラファロのベースが絡む。モチアンのドラムが囁くように、ときに煽るようにリズムを保つ。正確で邪魔にならないドラムを土台に、エヴァンスとラファロは心おきなくインタープレイする。▼エヴァンスはどんな人だったのか。『ビル・エヴァンス』(ピーター・ペッテンガー/相川京子訳、水声社)から。エヴァンスは感情で表現することはあっても、感傷的にはならなかった。彼はクラシックの技法と、ジャズの文法を基礎として、規律に基づいたロマンティシズムが最も美しい形であると考えていた。彼は観客を喜ばせる演奏努力をしなかった。内向的でサービス精神のなさは、多くの観客を遠ざけたから、オスカー・ピーターソンやデイヴ・ブルーベックのような有名人にはなれなかった。エヴァンスにとってのジャズとは、方法なのだ。特定のラインや、感情的な、あるいは厳密にいうと音楽的な内容を必要とせずに演奏することだった。もしピアノの前で何かをしようと熟考して、五分の曲を書くのに五時間かかったとする。それは作曲された音楽になる。これはクラシックだとか、作曲された音楽に分類されることになる。つまり音楽には、「作曲された音楽」と「ジャズ」というのがある。彼にとっては、ジャズで用いる方法を使って音楽を作る人が、ジャズを演奏している、ということなる。クラシック音楽で失われてしまった即興音楽をもちだし、それをジャズとした。もちろん瞬間の音楽を演奏する能力があっての話だが。▼エヴァンスは、マイルス・デイビスに認められた数少ない白人ピアニストのひとりであったが、薬づけと波乱の生涯でもあった。初期の『ポートレイト・イン・ジャズ』をついでに聴いたりすると、その日を跨ぐことなる。三月五日(金)
夜は学芸王国(140)
▼高校の夜学は下火らしいが、社会人むけの夜間大学院はどこも盛況のようす。かたや身近な仲間たちと縄のれん談義、あるいは外出せず自分だけの、寝るまでのわずかの時間を学芸に費やすなら、それはそれで自分なりの夜学ということになる。▼そんな夜学タイプもあれば、自由時間をもつようになったオジサン・オバサンたちがテーマを掘り下げ発信している姿もある。『パソコンでいきいき人生』(荒川じんぺい・岩波書店)は、そんな人たちのホームページを紹介。多くは絵や写真に文をそえて、草花鑑賞や山歩き、農園・菜園、ボランテアなどの出来事をこまめにレポートしている。植物の詳細や紅葉の時期などを載せ、自分でも時々読みかえし再確認するという。サイトに残すことで、質問にもすぐ答えられ、知人友人にパソコン画面で見せることもできる。趣味と実益を兼ねるのがうまいのがオジサン・オバサン方。うきうきしながら発信している。それを受信し、返信する。この手のコミュニケーションは増えるばかりで、サブカルチャどころか本流の勢いとみた。▼さて、前から気になっていた教養の源流を探してみました。村瀬章「東北は唱う」(筑摩書房)から。西洋文化のなかには、アカデミズムとともにリベラル・アーツliberal artsの伝統がある。それは、ヨーロッパ中世の大学における科目群なのだが、古代ギリシアの、肉体労働から解放された自由人にふさわしい教養という考え方にまでさかのぼる。ローマ末期の四~五世紀には七つの科目に限られ、言語に関する三科すなわち文法、修辞学、論理学、それと数に関連した四科すなわち算術、幾何、音楽、天文学である。それがキリスト教世界の法学や医学の、さらには神学の基礎科目となる。文法はラテン語の基礎から古典文学の理解まで、修辞学は話し言葉より書き言葉に重点をおき、公文書の作成法から歴史や法律の知識までを含む。論理学はアリストテレスが大成した形式論理学をおもな内容とした。算術は、はじめ教会暦の祝祭日の算定法が主であったがしだいに内容が広がる。幾何はユークリッドの体系を学ぶことが中心であったが地理や博物の知識も含んでいた。音楽は聖歌の歌い方と作曲法に限られていたが音楽理論や音楽の歴史にまで広がり、天文学は古代の天体運行の数量的記録よりも占星術の性格が強かった。その後、多少の変化はあるが、近代に至るまで西欧の知的エリートの教養を支配することになる。▼リベラル・アーツは、日本で教養と思われている範囲よりもはるかに広いものです。リベラル・アーツを教養と訳するより、自由学芸とする方がぴんとくる。夜の自由の王国で、たっぷり学芸をたしなむ。でも夜は眠いからなあ。二月二十七日(金)
家ホタル
▼寝静まった部屋。棚に、机に、台所に、いるいる。ぼんやり浮かぶ家ホタル。家に棲みついたこのオレンジ色の発光体は、家電の通電や予約を知らせている。どこの家でも五、六匹は飼っていて、ソニー、松下、日立、東芝生まれが多い。なかでも、あのソニーはどんなカンパニーだろうか。▼『ソニーの壁』(城島明彦・小学館文庫)から。ソニー社員といえば、まずは買い手にうったえかける訴求力を持ち、他社が嫌がることでもずけずけ言うらしい。正しいのだか、辟易する。高飛車。ちなみに前大賀社長の五か条は、リーダーシップ、言語の明瞭さ、語学力、国際性、カレントな技術にたいする嗅覚、だそうです。それにプレゼンテーションは、偶数より奇数の方が耳に残り、目に焼きつく。三匹の子豚、五つの銅貨、七人の侍、という具合に、三、五、七の奇数で、提示の仕方まで気を配っていたようです。この会社は、世の中の生きていく上で必要なものとしての洗濯機や冷蔵庫を作っているのではなく、AV機やゲーム機のように無くてもよいものをムリヤリ買わせている。という意識を全員がもって仕事をしているところが凄い。また、「要らないものを作る」という危機意識から出発しているので、商品企画も鋭い。▼でも今は、ソニーより、白モノに強くて基礎技術を蓄えてきた松下の方に分がある。白といえば、パソコンも白が主流で、家電扱いされている。▼さて、1分あたりの生産コスト(02年)をアジアの国々で比べると、比べようもない数字が浮かぶ。中国1~2円、インドネシア2~3円、タイ3~4円、マレーシア4~5円、日本50円。ということで、これからも日本以外のアジア・ホタルが増える。二月二十日(金)
イワナミ文化
パンキョーが幅を利かせていた時代があった。『教養主義の没落』(竹内洋・中公新書)が、ここ五十年間の教養主義をざっと見わたしている。▼かつての『中央公論』『世界』に代表される総合雑誌は、社会科学論文から小説、映画、音楽まで多くの分野をふくんでいた。人々は総合雑誌で教養主義者になり、教養の共同体を形成していった。掲載された論文やエッセイは、しばしば学生同士の話題となり、週刊誌の『朝日ジャーナル』や『平凡パンチ』と併読されていた。それにカバンの中の岩波文庫も、教養主義の担い手だった。▼この教養主義は、歴史、哲学、文学など、人文系の読書を中心としたものであり、旧帝大文学部が奥の院であった。教養主義の別名は岩波文庫主義ともいわれる。岩波文庫を何冊読むかで、自分の教養の目安にした。ただ、岩波書店は破壊的文化を担ったのではなく、既存文化の高尚さを担い尊重された。そういう意味で教養主義であった。岩波文化は、東大や京大の教授の著作を出版することで、官学アカデミズムの正当性を賦与された。また、官学アカデミズムは自らの正当性を証明するために岩波文化によりかかった。岩波文化と官学アカデミズムは象徴資本(シンボル)を増幅させた。▼私が上京した1966年頃は、まだ教養主義が規範文化として残っていましたが、70年代に入るやそれも衰退し、よく読まれる雑誌は『スクリーン』『文藝春秋』『プレイボーイ』『平凡パンチ』『少年マガジン』へと変わり、もはや『中央公論』『世界』『エコノミスト』は登場しなくなった。80年代には、『ぴあ』『少年ジャンプ』『FOCUS』といった立ち読み本が主になる。また、この頃の大学生が選んだ日本の代表文化人は、第一位が夏目漱石、二位がビートたけしである。才に富んだガキ大将「たけし」は、教養主義を笑い殺した。今の若い人には「読書で人格形成」という考え方がわかりづらい、らしい。そうこうしているうちに時代は変わり、松下圭一氏が見抜いたように、身分的特権をもつ教養インテリは没落し、専門知識を駆使できる政策インテリへと転換していく。▼そのいずれにも属さず、定期購読雑誌のない私は、二、三の出版社のPR誌だけを毎月のぞく。大きめの本屋なら無料配布なので、時々失敬している。二月六日(金)
パンキョーって
いまの大学は、パンキョーと呼ばれる二年間の一般教養カリキュラムはなく、高校の勉強をもう一度しているらしい。教養学部の老舗では、国際基督教大と東大が知られている。でもねー、教養ってなんだろうと思いながら、『無敵の一般教養』(島田雅彦・メタローグ)を読みました。▼まずは、地球物理学での話です。地球と似たような惑星が存在するとすれば、ある程度の大気と、海をもちうる惑星は地球くらいの大きさということになる。重力とか、太陽からの距離はけっこう重要な意味をもつ。熱過ぎず、冷た過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎず。その地球の場合です。現人類は、生物圏のなかに「人間圏」をつくり生き始めた。しかも言語をつかい、神とか、貨幣、民主主義、市場経済、人権などの概念や制度について、脳のなかに「共同幻想」をもちながら、生きるようにつくり上げた。▼つぎは言語学の話。英語を学ぶのは、英語や英米文学に興味があるというよりは、それを知っていると資本主義の身過ぎ世過ぎに有利ということがある。近頃は、結論を先に求める感じがあって、ショートカットばかり。悶々として悩む時間がないと、言語が洗練されないんじゃないか。▼この対談集は、斯界の人たちとの話ですから、ほほーっ、でありました。知っておいて損はないと思いましたが、教養を身につけるための手ほどきはありませんでした。知識、品性、感性の三位一体が教養だと、手元の辞書には載っています。なら反意語は、無知、下品、愚鈍となるわけで、これだと、世の中の大半がこれです。教養を中心には動いていない。無教養の力の方が圧倒している。自分の中の大半もこれです。中をくりぬいた、餡のないドーナツだってうまいじゃないか。といったらコジツケですか。一月三十日(金)
とんぼの本(136)
穏やかで何もない正月は、新潮社の『とんぼの本』が手ごろと思い、三冊仕入れる。▼まず、『やさしく読み解く日本絵画』(前田恭二・新潮社)。雪舟などの日本絵画は、ルネッサンス絵画と同じなんですね。読み解き本があると、倍、愉しめる。▼つぎは、『向田邦子・暮らしの愉しみ』(向田邦子&向田和子・新潮社)から。妹さんの店「ままや」の黒幕だったそうですが、いまは閉めてしまった。ただ、当時の板前だった人が新橋に「向嶋」として、その味を受け継いでいるらしい。それに彼女の行きつけの店は、庶民レストラン「たいめいけん」と東京ラーメンの老舗「直久」というから、うれしくなるね。さて選書の一冊に『男のだいどこ』(荻昌弘・文藝春秋)がありましたが、この本、懐かしいなあ。向田邦子の世界は、手軽でありながら、きちっと生活の質を感じさせるものでした。いいですね、こういうの。▼さいごは、『アイルランドへ行きたい』(深谷哲夫&リチャード・ホートン&月川和雄・新潮社)から。ご当地は、メキシコ湾流の暖流のせいだろうか、頻繁に表情を変える雲の流れが、光をさらに微妙にさせる。そんな光と雲が、ケルトの妖精たちを生んだという。さして高くない山の、その下を雲が流れる。風や光がそれを縫うようにすり抜けていく。宇宙や自然が循環する一部に、自分が内包されているんだという風景の中で生活している。そんなアイリッシュは、恥ずかしがりやで、お人よし。それにビール好き。一月九日(金)
自転車2.. 2
自転車1 (180). 3
米国ウォッチ3.. 3
米国ウォッチ2.. 3
米国ウォッチ1.. 4
ユーラシア冷戦... 4
経済、もう一つの道... 5
二つの経済... 5
気負わず... 6
人はみな肌が黒かった3.. 6
人はみな肌が黒かった2.. 7
人はみな肌が黒かった1(170). 7
ええーっ.. 8
弱肉強食のホント.. 9
旅する本... 9
文学賞は就職試験... 10
同じパターンの同じミス... 10
重大なことを軽く決める.. 11
書評3.. 11
書評2.. 12
書評1.. 12
メッセージ (160). 13
動物たちの自己治療5.. 13
動物たちの自己治療4.. 14
動物たちの自己治療3.. 14
見て見ぬふり.. 14
動物たちの自己治療2.. 15
動物たちの自己治療1.. 16
すべてを持ち歩くオバサン.. 16
神は細部に宿る.. 16
泥脚傭雲... 17
町のヘリテージ(150). 17
インターネット・ラジオ... 18
魂の銭湯... 18
ランボーと俊太郎... 19
捨てちまった教科書... 19
山に向かう、川に向かう.. 19
一を聞いて十を知る.. 20
文学は実学... 20
あれあれ... 21
真夜中のトリオ... 21
夜は学芸王国(140). 21
家ホタル... 22
イワナミ文化... 22
パンキョーって... 23
とんぼの本(136). 23
自転車3
つづき。▼いま生きている三千万種の生物はすべて共通の祖先から進化してきたのだ。最初は同じであったものがこれだけ多種多様になってきたのはDNAのなせる業だ。DNAの得意技はいくらでもコピーを作れるということだ。しかしいつでも間違いなく同じものを作っていたら、生物はこれほど多様にはならなかったはずだ。遺伝子の正体はDNAで、化学分子である。紫外線、放射線、環境ホルモンなど他の化学物質によって構造に変化がおき、コピーミスをする。このコピーミスがあるからこそ変異があり、進化があって、これだけの多様な生物が生まれたのだ。でたらめコピーは、いい方向に進化するとは限らない。進化は進歩ではない。▼生物たちは、お互いに複雑に連絡しあい、依存しあって生きている。チベット仏教の最高僧ダライ・ラマ十四世は、「地球上のあらゆるものがつながっていて、何ひとつとして関係性のないものはない」と言う。一本一本の木々はその拡散に多くの動物の世話になっている。害虫を駆除するために幾種類かの鳥類が、受粉のために幾種類かの昆虫が、その種子を糞と一緒に散布するのに幾種類かの動物が寄与している。そしてこれらの鳥類、昆虫、動物が必要としている生物もそれぞれ何種類、何十種類あるいは何百種類とある。このように生物はお互いに複雑に絡みあい、支えあい、絶妙なバランスのもとに生態系を維持している。チベット仏教の高僧の行きついた地球観と、科学者の観察から得られた生物の実相は似ているのだ。▼宇宙カレンダーからみると、百五十億年前のビックバン(宇宙の大爆発)から現在までを一年として、地球史をみると、恐竜が生まれたのがクリスマス、人類は大晦日の午後十時半に生まれたことになる。人類史というスケールでみると、農耕を始めたのがやはり大晦日。地球外生命体が地球を見たら、案外ペットや家畜が地球の主人で、それをせっせと世話する人間が雇われていると見るかもしれません。▼人口では二割に満たない人びとが、八割近いエネルギー資源を使っている。南の人たちが都市住民と同じに暮らすなら、地球が三つも四つも必要になる。▼再び、成長の限界を思い知る。十二月十日(金)
自転車2
自転車で南米からアフリカまで旅する人もいる。『グレートジャーニー・原住民の知恵』(関野吉晴・知恵の森文庫)から。▼モンゴルのエルデネメチグさんは、長い旅で出会った人のなかでも、とくに印象的な人だった。母親としてなんでも包み込むような暖かさと温もりがあった。遊牧民としてのたくましさと、ほとんど当てもなく盗まれた馬を長期にわたって探しに行く、楽天性と行動力を持っていた。▼ペルーのマチゲンガの人たちは川を中心に生きている。彼らは、頭の中に私たちと違う地図を持っている。地球という概念はない。国という概念もない。世界は森と川からできていると思っている。仲良くなると、彼らから尋ねられる。「あんたはどこの川からきたの?」「その川にはどんな魚がいるの?」。▼チンパンジーの交尾には、メスが必ずしも強いオスだけの交尾を望んでいるとは限らない。強いオスの目を盗んで、結構弱いオス、あるいは若いオスとの交尾に積極的になることが多い。弱肉強食だけではない動物の世界がある。▼二十万年前にアフリカで生まれたわれわれの直接の先祖である新人(ホモ・サピエンス)は、五万年ほど前から世界中に拡散していった。なかでも難関は海と極北だ。海はおよそ五万年前に航海術を身につけて進出を始め、四万年前にオーストラリアまで達した。極北に進出するためには、植物食を中心とする雑食から、肉食に切り替えなければならない。北に行けばマンモスなどの大型哺乳類がたくさんいる。その捕獲技術と肉食への代謝能力が必要だ。寒さへの適応、衣服と住居の改良。およそ三万年前、とうとうそれをやり遂げた人びとの子孫がアラスカに渡り、アメリカ大陸を南下して、南米大陸に達した。人類は、欲望と好奇で旅したということか。▼アフリカ、カラハリ砂漠のブッシュマンやピグミーは、採取・狩猟民だが、モノを蓄えない。この社会で最も大切なことは、「モノをあげたり、貰ったりすること」と「人びとが集うこと」だと言う。人びとの結びつきを強くしておく。人のネットワークを強固にしておくことが、将来の蓄えとなる。十二月九日(木)
自転車1 (180)
自転車はどこを走るか。原則は車道であり、緊急措置として歩道を使うことができる。実際は両使い。ということで、自転車は法の強い規制もなく自由の身である。これがペダルを踏むときの快感となる。著者のおかげで、みずからの古い自転車を見直し油をさすことにした。その『自転車ツーキニスト』(疋田智・知恵の森文庫)から。Webサイトは次を。http://japgun.hp.infoseek.co.jp/welcome.html ▼鍵の話。イタリア映画「自転車泥棒」では鍵なしを乗り逃げられたが、いまはチェーンロック。それでも盗まれる。鍵をかけるときに四桁数字の右端の一桁しか動かさない。これは誰でも覚えがある。泥棒たちはそれを知っていて、リングの鍵を一回転するうちに外してしまう。人の癖を知る泥棒。▼自転車の移動には、駐車料金も要らないからお金がかからない。自転車に乗っていると、何となくお金を使わなくなっている自分に気づく。▼自動車評論家の徳大寺有恒は、あのプリウスだって、やっぱり排気ガスはだすんだよ。ボクはもう二十年間も「小さなクルマの方が良いんだ」って言い続けてきた。だけど日本が豊かになるにつれて、クルマはどんどん大きくなった。本来ね、クルマの排気量は1リットル、それ以上はいらない。クルマに乗るなら、リッターカーに乗るのが一番格好いいんだよ。自転車に乗るのはもっと格好いいけどと、おっしゃる。▼サイクリストにとっては、テントを張るという行為の「大地ある限り、どこで俺の寝床だ」という感覚がたまらない。▼初心者にオススメの自転車は、ロードとMTBの中間、街乗りに特化した「クロスバイク」がいい。前輪サスペンションつきで、細めのタイヤを履き、スピードもそこそこで乗り心地も悪くない。▼通勤には自転車。会社までは意外に簡単に行けるし、それを毎日続けて行くことで、自分なりのノウハウがたまっていく。坂道の上がり方、風が強いとき、交差点での車との渡り合い方、その他のコツはいろいろあるが、実践で身につく。▼私流の着替え。通勤で着替えがムリな人は、背中にタオルを差し込んでおいて抜き取れば、すっきりしますよ。十二月八日(水)
米国ウォッチ3
つぎは、世界の多極化の動き。▼ネオコン・タカ派が中東を不安定化させていくのを尻目に、国際協調派が中東の外側の周辺地域を安定化させようとする動きは、リビア、イラン、トルコ、キプロスなどでも行われている。それらを行っているのは、アメリカの国務省、国連、EUという、国際協調派連合である。このように、国際協調派はアメリカ以外の国が国際的に力を持つことで世界的なパワーバランスをとり、外交によって国際問題を解決できる状態をつくり、アメリカが単独覇権主義者に牛耳られても世界が混乱しないようにしようとしている。いわゆる多極化である。▼すでに、アメリカが異常であることは誰の目にも明らかである。これからもアメリカによる支配状態が長く続く可能性もあるが、その逆に金融危機などによってアメリカの支配があっさりと崩壊する可能性もある。日本はアメリカの敵にされないように注意しながら、いつ異変がおきてもいいようにしておく必要がある。▼どう考えても、世界システムは多極化に向かう。またその方がいい。生物の多様化同様に、元々の地球システムではないか。十一月二十八日(日)
米国ウォッチ2
つぎは、国務省と国防総省の対立から。▼アメリカのネオコンはイスラエル右派を支持しているが、そのイスラエル当局はイラク占領が泥沼化するのと歩調をあわせるように「シリアがテロ組織を支援している」としてブッシュ政権にシリア制裁を強化させたり、「イランは核兵器を開発している。イスラエルはイランの原発をミサイル攻撃するかもしれない」と言い出している。ネオコンとイスラエルは、アメリカの戦線をシリアやイランにも拡大させ、戦争の泥沼に沈めようとしている。▼90年代当初のソ連崩壊後は、国連を強化して国際紛争の解決役にしようとする、パウエル国務長官の国際協調主義の立場が強かった。その後、ボスニアなどで国連の紛争解決がうまくいかず、国連には任せられないといった主張が幅をきかせ、アメリカは世界最強なのだから、国連など無視して外交をやればいいとする単独覇権主義が1996年ごろから強くなってきた。ラムズフェルド国防総省長官の登場である。▼協調主義は、世界は一国だけが強い状態ではなく、多国間の力がバランスしている状態の方が安定する、という均衡戦略の概念にもとづき、アメリカは第二次大戦後に世界最強の国になった状態に固執せず、他の国々が強国になることに手を貸すべきだという考えに立つ。そのパウエル長官は、イラク・イラン・北朝鮮が悪の枢軸なら、ロシア・インド・中国を「ユーラシア安定の枢軸」と考える。中国に対しては2003年初めに北朝鮮問題は北京中心で解決していくことを決めた。中国も自国を中心に東アジアを安定させようとし、韓国とタイはすでにこの体制下で自国の外交を行っている。▼9・11事件から「アメリカはおかしい」と世界の多くの人びとが思い始めた。アメリカに頼らない国際社会づくり、ゆるやかな非米の同盟体がつくられつつあるように感じる。十一月二十七日(土)
米国ウォッチ1
アメリカの動きを、日本の新聞だけで理解できるだろうか。インターネット記事から国際情勢を広範囲に読み解く人がいる。既存の記事、各国当局や他の勢力の発表をよみ、その上で出来事の意味を考える。公開されている情報が歪曲されていないか、騙されていないかを吟味する。『非米同盟』(田中宇・文春新書)はそれを実践している。▼さて、2001年の9・11事件の犯人をめぐるおかしな話。この計画に参加したとされて起訴された人物のほとんどが証拠不十分で釈放されていることはご存知だろうか。奇妙なことだ。いろいろな角度から分析していくと、この9・11は「奇襲」ではなかったのではないか。アメリカ政府の上層部は、この大規模なテロ事件が起きると知りつつ意図的に放置したか、もしくはテロ事件そのものに関与していたと考えたくもなる。アメリカは仮想敵として「世界的な悪」がほしかった。ソ連崩壊は対立すべき「悪」の対象を失わせた。しかしイスラム過激派という敵が存在することにより、アメリカ政府は戦略的に重要だと思われる世界のあちこちの国に対し「テロ防止のために貴国に米軍を駐留させたい」と宣言することができる。かたや米国内では、景気が悪化しても連邦政府の軍事予算を拡大することができ、政界と結びつきが深い関連産業が潤う。▼9・11事件には、ハンチントンの「文明の衝突」がよく引き合いにだされる。彼の国づくりの考えは次のとおり。危機を誘発させ、民主主義を超える超法規的なパワーエリートとなる大統領直属の千人が、非常時の交通通信、マスコミ、発電所などのエネルギー施設などを押さえ、議会を通さず法律を制定し、裁判所に代って司法権を発動し、国民を兵役その他の仕事に強制動員させる。非常事態においては、政策決定に時間がかかる民主主義より、こうした独裁に近い体制の方が効率がよい。これを自国や他国に応用させる。ブッシュ政権は、このハンチントンの考えに沿って、2002年に「国土安全保障省」という新しい巨大な官庁をつくった。職員数18万人、年間予算5兆円の巨大組織の誕生である。▼スパイというか、ウォッチの仕方には常道があるようです。敵深く侵入して活躍する映画ダブル・オー・セブンのタイプもあるにはあるが、英国MI6がやるように新聞や公式発表の情報分析が決め手になる。十一月二十六日(金)
ユーラシア冷戦
▼東アジアの安全保障はどうなっていくのか。ロシア語を短波ラジオで習得したという下斗米さんは粘り強く、ソ連崩壊後の公開資料を分析する。ユーラシア・レポートである『アジア冷戦史』(下斗米伸夫・中公新書)から。▼四九年に中国革命があり、同じ四九年、劉少奇・スターリン会談でアジアの個別の問題は中国に委ねることに決めた。五〇年、中ソ同盟で再確認。とくにソ連は、北朝鮮の扱いを中国に任せた。だが中ソ対立の間をぬって、金日成は抑圧社会への度合いを強め、中ソの思惑を超えた航路をたどり始めたのである。特に核をめぐっては熾烈であった。▼人民中国が作られ、ソ連が核開発を成功させた四九年は、冷戦のもっとも緊張した時期であった。そのソ連から技術提供を断られた中国が核開発を成功させた六四年以降、毛沢東は国内の親ソ派を一掃する文化大革命を発動させる。それらの動きを見ていた北朝鮮も、ソ連・ロシアとの同盟条約がなくなる九〇年代に「核の傘」を提供されなかったことから、九〇年代はじめに核開発を進めた。核はいまや最貧国が先進工業国を威嚇する手段となった。弱者の恐喝である。同時にコストのかかる核開発は数百万人単位の餓死者を出した。▼この核問題を抱えながら、アジアは多極化していく。七六年に周恩来、つづいて毛沢東が亡くなった。アジア全体に大きな変動をもたらしたし、偉大にして残酷な指導者の時代が終る。毛の死後、中ソは接近する。この冷戦終焉の過程で、東アジアの社会主義国は、それぞれ独自の道を選んだ。モンゴルの民主化、中国共産党による経済成長、北朝鮮の抑圧社会化など、それぞれの手段で冷戦後の政治危機を乗り切ろうとしてきた。▼九一年のソ連崩壊後のロシア連邦は、民主化や市場経済へ移行したが、結果はプーチン大統領が二〇〇〇年当初に認めたように、中国経済の五分の一となる。風向きが変わって米国が唯一の超大国となり、アジアは多極化へ向う。東西両方にまたがるユーラシアのロシアが極東でパートナーを求めるとすれば、日本と中国であろう。しかし経済の規模からすると、韓国経済の方がパートナーとしてふさわしい。朝鮮半島問題をめぐる六者協議(日米中ロ)と東アジアの安全保障への期待は高いが、首脳会談にまではこぎつけていない。▼眉が焦げ始めた朝鮮半島問題はあるが、ユーラシア全体が多極構造になれば「力の均衡」への期待がつながる。十一月十九日(金)
経済、もう一つの道
▼この国にも意気高い小企業やベンチャー企業がある。『共生の大地-新しい経済がはじまる』(内橋克人・岩波新書)から。▼しのぎを削る情報産業のなかで、福武書店(現在はベネッセコーポレーション)に惹かれる。二万六千人の主婦による「赤ペン先生」がなんといっても出色。通信教育の「進研ゼミ」を支えるのは、教員免許を持ちながら、教職に就くことのできない主婦たち。すなわち在宅勤務の赤ペン先生である。なぜ赤ペンなのか。コンピュータではなく一人ひとりの在宅教員がすべて肉筆で答案に添削をほどこすからである。生徒たちから寄せられる相談事にも「おばさん」が親身になって答える。東京・多摩にある本社には千六百人の社員が勤める。事務机は桜材、床はコルク、各自の机を仕切るやわらかい感触のパーティション、机上には電話がない。かわって各フロアにはセクレタリーが三十五人に一人の割合で配置され、電話を一括とりしきる。外部への電話は特別のブースでかける。このオフィスにはQタイムと呼ばれる時間がある。毎日午後一時半から三時半まで「考える」ことを妨げるようなことは、電話をはじめいっさい行わない。上司が部下を呼びつけることもない。社員は誰に妨げられることもなく、企画・編集をはじめ自分の仕事に没頭できる。「日本の事務所で行われているのは仕事ではなく、作業です」と社主の福武総一郎氏は言う。▼わが身の場合は、九割が雑事と作業で毎日が暮れる。十一月十二日(金)
二つの経済
アメリカの保守主義とリベラリズムの差異はどこにあるか。市場万能、自助努力と自己責任、小さな政府、低福祉低負担、これが保守主義の経済理念。かたや、市場は不完全ゆえに、政府介入による経済安定、高福祉高負担による不均衡是正はやむを得ないとするのが、リベラリズムの経済理念。この二つの流れを『市場主義の終焉』(佐和隆光・岩波新書)から。▼二つの立場を象徴している経済学者は、「政府の市場介入は害あって益なし」というのがハイエクで、対極にいるのがケインズ。政府の財政政策で市場介入しなければ、失業、インフレ、貿易赤字などの不均衡は解消されないとする。このケインズ主義をどこの国も採用してきた。が、やがてアメリカ、ついでイギリスは財政赤字と国債発行増にうめき、70年代から80年代は、反ケインズを旗印とするサッチャリズムやレーガノミックスへと風向きがかわり、市場主義が強くなる。▼さて、21世紀当初の十年間に起こる「変化」はなにか。第一に、ポスト工業化がすすみ不確実性とリスクが増大する。その結果、少数の勝者と多数の敗者が生まれ、社会の結束がゆらぎ、犯罪が増え、新興宗教への帰依者が増える。市場主義の競争に負けないためには、反市場となる不正なインサイダー取引が横行する。第二に、情報技術革新が、個人間、国家間の生産性格差と所得格差を途方もなく拡大する。政府は、個人所得の累進課税や福祉予算の拡大による所得の再分配にだけに頼ることはむりである。福祉のあり方や、平等・不平等などを見直し、第三の道をさぐらなくてはならない。第三に、自由競争の結果が「一人勝ち」なる。マイクロソフト社の基本ソフトは追随する応用ソフトの余勢をかい、閾値を超え市場占有率を一気に高め90%を超えてしまう。ウィンドウズが他の基本ソフトより優れていたためではない。▼経済学の祖・アダム・スミスが言うところの、市場での神の「見えざる手」の予定調和は、地球上の二百余国の市場経済までは手がまわらないようだ。グローバリゼーションは短期資本(ヘッジファンド)のひんぱんな移動をうながし、97年から98年にかけての東アジア通貨危機から国債金融危機を誘発させた。もともとは、東アジア諸国が80年代に工業化社会への離陸をとげ、工業製品の供給能力の過剰が通貨危機をおこしたと言われている。しかも、途上地域の中東・アフリカがその製品を飲み込めないでいる。グローバルなデフレ現象である。▼そんな潮流のなかで、経済的に落ちこぼれた人たちの弱者救済としてのセフティネットをどうするか。失業保険や再教育により敗者復活の機会を与えることである。建前はそうであるが、能力なき人たちには、無理に働いてもらうより、公的資金をつかうセフティネットで、惰眠をむさぼっていてもらう方が、再教育でコストをかけるより社会的費用は安くてすむ、という市場主義者もいる。▼しかし、市場主義と機会均等だけでは、結果の不平等をうみ、社会が安定しない。税と福祉による所得分配の平等化をめざすケインズ経済学を修正するような経済政策はないのだろうか。資本主義経済の活力源は、不確実性とリスクへの挑戦にある。リスクに挑戦するひとに報奨金を与えたり、リスクに挑戦して失敗した人へは補償したりが大事になる。失業保険は、労働力の再配置のため、転職というリスクへ挑戦への報奨金とみなすことである。▼90年代に世界の市場経済がそれなりに機能し、また98年に勃発しかけた国際金融危機を回避できたのは、強大な軍事力と経済力をもつアメリカが、グローバル市場経済のガバナンスをしたからである。しかし、そのアメリカも陰ってきた。▼グローバル資本主義のガバナンスを司る国際機関の創設へと向かわざるを得ないのだが。ブッシュ再選で保守主義の経済政策がさらに濃くなり、二つのアメリカは揺籃していく。平和と安全はまだまだなのだ。もしかしてないものねだりか。十一月六日(土)
気負わず
語り口は気負わず。日常からくみ上げるのがうまい。ひんやりと味ある井戸水かな。飲み、いや、読み心地がいい。『ゼロ発信』(赤瀬川源平・中公文庫)から。▼ぼくの美術の楽しみ方。ぼくは展覧会に行くときはポケットに五十億円ほど持って行く。持っているつもりで、ピカソやマチスやゴッホのどの絵を買おうかと思ってみると、思想やその他の知識で見るのとは違って自分の本心があらわれてくる。それから、展覧会は短く早く、三十分ぐらいの早足でさっと見る。そうするとムダな知識の干渉のいとまがなくて、これも自分の本心が得られる。▼現場は待ってくれない。時間も迫るし、手詰まり状態であっても、逃げるわけにはいかぬ、とにかくやらなければというぎりぎりのところで、乱暴力が発揮される。人のセンスというのは、結局はそこで出てくる。そうじゃないと、人間はどうしても逃げたがるのだ。余裕があると結局計算ばかりして、人のセンスも姿を消してしまう。▼そうだ、動物園に行こう。動物を見たかったんだ、動物を見るのは気持ちいい。動物を見ることが、何だかからからに乾いた口の中に、ごくごくと水を飲むような実感があるのだ。頭の中が理論ばかりで固められて、仕事が詰まり過ぎていたのか。人間の生活とはまるで違う象や、山猫や、オランウータンが、現実に目の前で生きて呼吸をしている。その生態を目の当たりにすることが、凄く気持ちいい。一つの型に固まりそうな気持ちが、ぐすぐすとほぐれていく。だってあんな考えられないような生き物が、とても考えられないような生活をしているんだもの。じーっと動かなくても、その体の中にとんでもない動きを秘めている。その窺いしれないものの存在に、何故かこちらの気持ちがほぐれて、気持ちの肩凝りがすーっと消えていく。これからはときどき動物園に行こうと思った。動物園では一人で無口に、じーっと動物を見ているのがいいように思った。自分は生きもので、向こうも生きもので、両方呼吸している。これがぱっと入れ変わったら、どんな感触だろうか。そんな妄想で、こちらの気持ちに、空気の入れ換えが出来るのである。▼世の中、何が隠れているのかわからない。隠れているものは見ようとしないと見えないから、一生それを見ずに終ることもある。でも見えてしまうと世界は深まり、深まるというのは世界が広がることである。▼きのうは腹を下したあとの無気力感を、立ち食いそばに救われた。十一月三日(水)
人はみな肌が黒かった3
▼石器を作ったのは誰か。二百五十万年前にヒトが初めて石器を発明し、それが全アフリカに伝わったことは間違いないだろう。石器は、人類が手にした初めてのテクノロジーであった。目的はいうまでもなく、肉を切るためである。▼気候変動で、東アフリカの森林が縮小し、サバンナが広がれば、ライオン、ヒョウ、チーター、リカオンなどの肉食獣は活動しやすいが、樹上の猿人にとっては危機的だ。新たな環境に適応するしかない。環境の大変動に適応できずに大量の動物は死に絶えるが、同時に爆発的に種を新生させるチャンスともなる。この混沌の中から脳の大きな雑食性のヒト属が選択されのだろう。ヒト属は肉食動物の食べ残しを漁ることになる。肉は高蛋白、高カロリーの完全食品である。従来からの果実、根茎類などの植物食に加えて、肉食を大幅に採り入れた雑食化によって、ヒト属が脳を拡大させたのは確かである。▼肉食には、石器が不可欠である。この石器でいきなり初期ヒト属が狩りをしたわけではない。大型の草食獣を狩猟する実力などなかったので、まずは死肉あさりである。サバンナに野垂れ死にした動物の死体を見つけ、ハイエナ、ハゲワシに先んじて、石器で厚い皮を裂き、肉片に切り分けたのである。▼ヒト属はなぜ、肉にこだわったか。肉がうまいからだけではない。生理学的に脳は、ひどいエネルギー消費型の組織なのである。現代人の場合、体重の二%ほどしかない脳が、全代謝エネルギーの二十%を消費している。脳を養うために高栄養の肉を食べざるをえなかったのだ。こう考えると、脳の拡大→石器の発明→肉食化は、密接に関連しあい、おそらく同時に始まったことなのだろう。どの歯車が狂っても、ヒト属の進化は頓挫したに違いない。▼さて、ヒトはどうしてアフリカを出たのだろうか。明快な答えはないが、おそらく百五十万年前頃、大型ネコ科動物がユーラシアに分布を広げた。基本的に死肉あさり屋だったヒト属は、彼らの後を追ったという可能性もある。▼最古のホミニドはアフリカでうぶ声をあげ、ヒト属の進化もアフリカで起こった。そしてホモ・サピエンス化もまたアフリカで進行し、この中の一部がついにユーラシアに進出して、やがて世界に分布したのである。十月二十四日(日)
人はみな肌が黒かった2
▼ヒトはなぜ直立したか。手が歩行から解放されれば、自由になり、道具を作れるようになる。直立すれば遠目がきく。ライオンやヒョウなどの捕食動物に対し、自らの体を大きく見せることができる。サバンナ暮らしには有利だ。しかしこの考えは、人類の誕生の場がサバンナでなかったことから破綻した。▼最近の説は、脳を冷やすために直立したという考えだ。脳は活発に活動する組織だから、常に冷やす必要がある。それには頭を高い位置にした方が、風に当たって有利だ。それに、熱帯雨林で覆われていた東アフリカの気候が悪化し、ジャングルが狭まり、パッチワークみたいになった森から森を移動するために、樹上性のヒトの祖先がやむなく直立二足歩行を始めた。▼一千万年前以降、地球のプレート運動によって東アフリカに大きな地溝帯が形成されつつあった。広大な熱帯雨林が東西に分断され、東は乾燥化を始めた。この雨林に棲んでいた化石類人猿は、東西に分断されたために遺伝的に隔離され、互いに別々の進化をした。西に残された集団はチンパンジーへと進化し、東の集団がヒトになった。と言う筋書きもある。▼チンパンジーはヒトに進化するか。その可能性はない。なぜなら共通先祖から分岐して以来、ヒトはますますヒトらしくなり、ついには現代人になったように、チンプもますますチンプらしく進化・特殊化し、今日に至った。極端に特殊化したグループが、反対側の極端に特殊化した別のグループのようになる事態は、進化という生物史の中ではありえない。特殊化とは環境に適応しようとした生物側の努力の結果である。適応できなかった個体群は死に絶え、その数は生き残った種数よりはるかに多い。その流れを逆流させ、別方向へ進化するなどという芸当はありえない。逆流すれば、その過程で当然に自然淘汰で排除されてしまう。▼二足歩行のためには、内臓をきっちり受け止めるボール型の腰が、絶対必要だ。チンプのような骨盤だったら、重力を受けて下がり落ちようとする内臓を支えきれない。だから現代人の腰痛と痔は直立の代償なのだ。十月二十三日(土)
人はみな肌が黒かった1(170)
死蔵本のほとんどを廃棄・リサイクルしたら、本棚がスカスカになった。持ち物が少なくなり気楽になる。軽くなるとちょっと重めのものが読める。『ネアンデルタールと現代人-ヒトの500万年史』(河合信和・文春新書)は、ヒトのソモソモをあつかう。▼人類は、起源地であるアフリカから旅立った。「出アフリカ」は、おそらく百五十万年前頃で、その五十万年後にはヨーロッパにたどりつく。最近では七十八万年前の人類化石が、スペインとイタリアで見つかっている。▼十九七〇年代の分子生物学は、ミトコンドリアDNAを利用して人類の進化系統樹をつくりはじめた。このミトコンドリアDNAは、母親からしか受け継がれないのが特徴。つまり母方の系統を精確に追跡していくと、現代人(ホモ・サピエンス)はアフリカの一女性に行きつく。この遺伝子の証拠からみて、起源的現代人が二十万年前にアフリカにいたのは動かないところだろう。▼それでは、何がホモ・サピエンスを生み出したのだろう。繰り返される氷河期をのりきるために、彼らは骨の針をもつことになる。ここが大事な点。これで毛皮を縫い防寒とした。間氷期になれば、サハラは砂漠が小さくなり、緑になるのでホモ・サピエンスが集まるが、気候の寒冷化とともにやがて中東に向かう。人類の西進である。▼クロマニヨン人の現代的特徴の起源はアフリカにあり、南アフリカとエチオピアで遅くとも十万年前には暮らしていた。その子孫がヨーロッパに進出してクロマニヨン人を出現させた。数千年間はヨーロッパのネアンデルタール人と共存し、その後交替した。▼ヨーロッパの白人もかつては黒人だった。人類の西進とともに、黒い皮膚を白い皮膚に変えた。強烈な太陽光のアフリカでは、肌が黒いことは、有害な紫外線をカットできるから適応的だ。しかし陽光の乏しいヨーロッパなら、肌が黒いままではカルシウム代謝に必要なビタミンDを合成できない。それでは、くる病によって早晩絶滅せざるをえない。また、瞳も、青く変わる必要があった。▼氷河期ヨーロッパでの、ネアンデルタール人とクロマニヨン人(ホモ・サピエンス)は競争的共存をしたが、石刃技法や骨角器の細工においてクロマニヨン人が優れていた。クロマニヨン人の骨角器は本格的なもので、マンモスの牙、トナカイの骨、食肉獣の歯を素材にして、道具をつくりあげていた。この差は、生存技術の上でかなりの差となり、ネアンデルタール人はひっそりと死に絶えた。人類誕生以来、少なくとも二百五十万年前以降は、ヒト科には常に複数種が共存していたが、このネアンデルタール人の絶滅で、ホモ・サピエンスは唯一種のヒトとなった。こうして残ったホモ・サピエンスに、地球の未来が委ねられることになったのである。十月二十二日(金)
ええーっ
職場の上司をあつかったこの新書は、本屋の一等地に何冊も平積みされている。薄い本ながら会社と社会を写し取り、現場からの上昇気流に期待が込められている。『上司は思いつきでものを言う』(橋本治・集英社新書)から。▼部下と上司とのすれ違いの原点はつぎにある。部下の提案が、上司の責任と過去の怠慢に結びつく場合は、うまくことが運ばない。それに現場を統括する管理職は、現場の都合と会社の都合の両方を股にかける立場にあり、ここで二つの流れは当然のように衝突がつきまとう。▼ところで、どうして上司は思いつきでものが言えるか。寒流と暖流のぶつかるところは、思いつきの魚場になる。たとえば会議で、この会社はこのままでは駄目だと、現場と会社の都合がぶつかり、寒流と暖流がぶつかる。だいたいの事実認識が共通になりそうなところで、「じゃ、そういうことで。わが社も安閑としていられないので、あとは各自それぞれ、何かを考えるように」で締めくくられる。その後はふっきれたように、上司はほとんど連想ゲームのように思いつきで反応することになる。そしてそれがまかり通る。▼会社からの風と、現場からの風はどう吹くか。建設的な提言は、ほとんど現場から吹きます。逆に会社からは、現場は努力せよの命令です。会社からの風だけだと、現場はやせます。しかし、会社はこれに無頓着です。理由は会社が上から下への命令系統によって出来上がっていて、下から上への現場の声を反映しにくいようになっているからです。でも部下の建設的な提言は、辛抱強く提案すれば必ず受け入れられます。だたし、上司の思いつきも招き寄せます。企画書を見た上司は「いいじゃないか。ところで、ここなんだがね」と必ず「思いつき回路」を作動させる。上司と現場は断たれているが、上司もかつては現場が故郷だったので、部下の提案に自分の限られた権限を振り回してみるのです。上司の優位性の誇示。これが、上司の思いつきが発動される主因です。▼上司とは、現場を離れてなおかつ現場を包括する能力のある者で、だからこそ部下は、上司に対し「ちょっといいですか」と言って、そのチェックを求めてくるのです。上司とは命令するものである、などという考えは捨ててもらっていいのです。▼さて、思いつきでものを言う上司にはどうしたらいいか。あきれればいいのです。「ええーっ」と言えばいいのです。ちゃんと練習をして、途中でイントネーションをぐちゃぐちゃにして、語尾をすっとんきょうに上げてください。上司は部下にあきれられた経験がありません。上司にあきれるためには、声の出し方だけでなく、どこが理論矛盾を発見しておかなくてはなりません。でもこれで論争に持ち込んではだめです。▼上司への企画書は、上司の頭のレベルにあわせて、分かるように書かなければならない。これが書き手の原則です。上司をバカにせず、バカかもしれない可能性も考えて書くことです。会社には二つの風が吹いています。暖められた空気は下から上へ、上がると冷えて重くなって下がります。同じ空気が下から上へ、上から下へと循環します。それには温度差があって当然です。これは初めからあるのです。▼そういうことだから人間の社会には厄介が起こる。十月十九日(火)
弱肉強食のホント
アフリカ・サバンナの写真やレポートは楽しい。▼『食べられるシマウマの正義、食べるライオンの正義』(竹田津実・新潮社)から。まずはアフリカのザイールでの話。ムブティ族(ピグミー族とも)は、捕獲したオカピのための餌集めの仕方がなんともポレポレである。オカピの餌となる植物は30種を超える。ある朝その採集作業につきあった。なかなかに楽しい。急ぐでもなく、競うでもなく、そのくせ仕事をさぼることもしない。皆が小さな鼻歌を歌いながらあちこちと立ち止まり、登り、しゃがんで、その日の必要な量を採集する。立ち止まり、背伸びし、下草に鼻をつっこんで、野生のオカピの菜食リズムを真似ている。各自が1種類を採集するために、集まる餌の種類はその日の出番の人数による。作業が終ると、集めた食草を頭にのせ、列をつくって帰ってゆく。静かに低く、歌をうたいながら。森の民ですね。▼つぎは、草食哺乳類の死亡要因。セレンゲティ公園内の調査では、捕食によるものは全頭数の3分の1程度だとわかった。残りは病死か餓死だというのだから、死体は肉食哺乳類の主要な餌であると考えられるというのだ。人類も道具の発達していない初期の段階では、屍肉食者であったはずである。人間もスカベンジャーだった。スカベンジャーの代表選手みたいに言われるハイエナは、研究者の報告によると、ライオンなどと同じ程度の狩をやっているという。▼さてつぎは、弱肉強食の話。野生の生き物たちに流行病がほとんどみられない。タンザニアのセレンゲティやマサイマラの自然保護区は、野生動物と人間、それに家畜との接点は無数にある。事実サバンナを歩けば、マサイの飼育する牛とヌーは隣り合わせの生活をし、草も水も同じ場所。ロバとシマウマ、ヤギとガゼル、皆んな共通の場を利用しあっている。もしそれが、あの100万頭をはるかに超えるヌーの中に発生したらどうなるか。だが現地の人に尋ねても、大感染で大量死なんてことは見たことがないという。チーターは、うじゃうじゃいたトムソンガゼルの中の一頭をめがけて狩をはじめた。どうも最初からターゲットを決めている様子。走り始めて一番弱そうなものをねらったのではない。狩るべき相手を決めてから走り出している。なぜか。同行のマサイ族のガイドは、「おいしそうに見えた」といった。そうなら、狩られる、殺される者たちがおいしそうに見せたりすることがあるとしたら、狩りをする側は、ただその表現に応えているに過ぎないということになる。さてそこでです。一般に伝染力の強い病気であっても、感染直後ではその個体は他者に対して伝染能力を持たない。一定期間の潜伏期をへて発病する。発病することによって初めて病原菌は外に飛び出す。ウィルスにしても菌にしても、発病前では体外に出ることはまずない。発病前に殺され、食べられたら、病気はその個体だけで終る。いかなる病原体であっても、流行することはないと考えられる。このシステムが野生動物の中に存在するんじゃなかろうか。もしそうなら、どんな流行病であっても単独個体で終息することになる。このメデタシ、メデタシのシステムを存在させるために感染個体は早く殺されなければならない。そこで編み出した形としてとったのが、「美味しそうに見せる」行動ではなかったのか。美味しいよと出す信号に、ただ応えただけに過ぎない行動。それが狩りであったんじゃなかろうか。そうすると弱肉強食、そんなものは皆んなウソ。死ぬのは正義なら、殺すのも正義。そして皆んな健康になる。▼これは竹田津実さんの仮説です。サバンナの狩りは、弱肉強食ではないかもしれない。いいなあ、今夜はぐっすり眠れそう。十月十日(日)
旅する本
出かける旅は日常をおき去りにした分だけ、気分が熱気球のように膨らみ上昇していく。それがふたたび日常に降りたつと、あれあれという間にしぼむ。この致し方ない気分。でもなんとか手入れさえしておけば、ある程度は膨らむ。膨らむように、ちょっと関係のありそうな本を探す。▼ケニアのマサイマラ動物保護区への旅行記がありました。『マサイマラに楽園をみた』(降分小鹿・文芸社)から。ここには電話がない。テレビがあるけれどそれはビデオのため。日本で生活しているときよりも感覚が鋭くなってきた。風、空、光、大地から受ける視覚、聴覚、臭覚、味覚、そして心の感覚すべてがマサイマラに訪れてから変わってきた。フィラデルフィアからきたおばあちゃんは「もう七十三歳なの。先が長くはないと思うけから、どうしても今のうちに野生の動物をこの目で見るのが夢だったの」「フィラデルフィアで生活していた時より、旅に出てから心も体も調子がいい。いつも飲んでいた薬を飲まなくてもね、不思議だわ」。「まあ残念、もう帰るの。せっかく初めて出来た日本人のお友達だったのに」。旅には出会いもある。▼つぎは、『世にもマニアな世界旅行』(山口由美・新潮社)から。旅は、その場にいる臨場感が大切なのに、南の島を訪れる日本人ダイバーは、概して魚の種類をたくさん見ることにこだわる。それにトラベルの語源がトラブルなんだから、多少のトラブルは楽しむくらいでないと。▼次の本は出かける本ではなく、こちらへ来た本。D・H・コラールの「アジアの旅」(未来社1967年)から。ヨーロッパの朝は厚いカーテンを開けるといちどに光が満ちるが、日本の朝は障子から徐々に光がさしこみ目覚めがゆるやか。▼かつてのおだやかな日本。古い日本の生活に旅したい。十月九日(土)
文学賞は就職試験
このひとの本を読むと、論証もうまく、そうかもなあと思えてきてしまい、結局は説得されてしまっている。▼『読者は踊る』(斉藤奈美子・文春文庫)から。今の若い人たちにとって一発当てるには、まんが家かミュージシャンの方が効率がよいのだが、そっちの才能がないので文章が選ばれる。だが本格的エンタテイメントには技と知識の蓄積がいる。ノンフィクションには取材が不可欠。シナリオも多少は勉強が必要だ。手間暇かけず、日本語が書けるだけでイケそうな分野って、身辺雑記的なエッセイか純文学くらいなんだよね。▼じゃ、そんな流れのなかで、芥川賞・直木賞とは何なのか。選考委員が全員作家である点に注目したい。つまり両賞は、新しい作品を見きわめて励ますためのものではない。新人作家の中から自分たちの仲間に入れてやってもよさそうな人材を一方的にピックアップする、一種の就職試験なのです。選考委員はいわば文壇の人事部で、だからこそ受賞予備軍の人たちが結果に一喜一憂するのです。どうみても会社の人事ですよ、これは。▼そういっちゃ身も蓋もないと思うが、そういうことなのだ。十月八日(金)
同じパターンの同じミス
▼ひきたいんですか、できますよ。大人になってからでも、だいじょうぶ。音楽産業のY楽器などは、「もしもピアノが弾けたなら」というおっさんを、そそのかすように営業のウィングを広げている。以前は四、五歳ではじめなければものにならないと言っていたのに、それがこのごろは、四十代、五十代からでもたのしめると、甘言を弄する。▼『アダルト・ピアノ』(井上章一・PHP新書)は、そこを突く。ピアノ教室の先生は、譜面を見ながらひけという。いつまでも暗譜にたよっていると、譜面がよめないままでおわりますよ。これが中年からのピアノ学習者にはつらい。幼児からピアノをひいてきた人は、言語でいうところのネイティブ、つまりネイティブ・ピアニストなのだ。彼らを基準にして、おじさんたちのレッスン法を考えるのは、まちがっている。ではなぜ、ネイティブのピアノ熟達者は、鍵盤を見なくてもひけるのか。それは、彼らが小さいころから、ハノンの練習できたえられているからである。八十八個ある鍵盤の位置を、彼らは体でおぼえこんでいる。だから、極端にいえば目をつむっていても、正確にひけるのだ。そんなことを、おじさんにもとめられても、こまる。バイエルもそうだが、ハノンのたいくつな練習なんか、大人につづけられるわけがない。▼ピアノをやっていると、どうしても指がうごいてくれない展開なんかがでてくる。ピアノの前へすわって、何度練習をしてもひっかかる。いつもそこで失敗してしまうという箇所が、かならずある。家族にいちばんめいわくがられるのも、そういうところだ。同じパターンの同じミスをくりかえし聞かされる。家族が悲鳴をあげる。▼基礎練習は大事か。だいじである。だが、たいていのピアニスト志望者は、基礎練習をつみかさねることで、表現をうしなう。そして、ごくまれに規律の圧倒的な重圧下に、表現すべき自己を堅持する。そういうひとにぎりの人びとだけが、ステージ・ピアニストなりおおせるのだ。考えてみれば残酷な世界である。基礎訓練という名のもとに、生徒は自分をおさえることが、まずもとめられる。最終的には、その規律をはねかえす才能がもとめられる。そのはねかえす力のない音大生が大勢いる。技術だけはあるというピアニスト断念者が死屍累々と存在する。ピアノ教室の先生になったりするのは、たいていこういう人たちだ。▼中高年のピアノ入門者は、技術ではなく、数十年の人生とそれゆえの情感をこそ、かもしだしたいのである。それこそ音大生とはちがう、大人のピアノのひびきをもちたいのだ。それにはハノンの基礎練習より、コード理論。コード進行の理論につうじておれば、むずかしい譜面の音を省略できるし、お好みのサウンドを加算できる。自分なりに編曲できるのである。それにクラッシクの鑑賞がゆたかになる。バイエルやハノンは指の鍛錬をめざすが、コード学習は和音の把握につうじる途である。中高年の学習者よ、コードでたのしめ。▼ほほーっ、コードか。いいかもしれない。十月六日(水)
重大なことを軽く決める
▼『すばらしい新世界』(池澤夏樹・中公文庫)から。▼冒険したほうがいいよ。同じ仕事を十年もやると疲れがたまるから。▼ともかく、私はこの小さな風車という計画に力を注ぐと決めた。ネパールのナムリンという小王国に行って、小型風車を作る。現地の人々が管理できるよう、理科と技術の教育もする。重大なことは軽く決めたらいい。▼そうそう、『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク、松永美穂訳、新潮文庫)にも、決断の話が出てきた。人生においてぼくはもう十分すぎるほど、決断しなかったことを実行に移してしまい、決断したことを実行に移さなかった。ガールフレンドたちからときおり、ぼくには自発性がなくて、頭ばかりでものを考え、お腹で考えることがないと非難された。とあった。▼ふたたび、池澤の本に戻る。もう人は畑に行かないのです。土の匂いを嗅いで、あの湿り気を足の裏に感じて、全身の筋力で耕して、芽が出るのを待つ。そういう喜びはもうないのです。みんな抽象的な、たよりにならないバリューだけを相手に、宙に浮いた生活をしているのです。それが畑を捨てて都会に出てきたことの報いなのです。畑の祈りは単純でした。豊作を願い、かなえられたら感謝する。不作ならばまた祈る。しかし、都会の祈りにはそういう手応えのある対象がない。抽象的にならざるを得ないから、それだけ強力な神を作り出すようになった。強力で危険な神々。しかし魂の問題は火薬のようなもので、うまく使えば山を崩して道を造れるけれど、間違えるとたくさんの人が死ぬ。気をつけなければいけない。▼小型風車で電力を提供できれば、山の木を切らないですむ。木を切って燃やす限り、いずれは限界がくる。どこの古代文明もそれで滅びた。その先はないんです。▼今、先進国の市民は百人の家内奴隷をかかえたローマ帝国の貴族よりもずっと贅沢な日々を過ごしている。ローマ皇帝とて夏場にアイススケートをすることはできなかった。一日にして千キロの旅をすることはできなかった。▼豊かな暮らしという欲望に技術は十分応えた。この一世紀間くらい、成長なし戦争なしで一息つかないと、地球がもたない。みな疲れてるし、太平の安楽だってわるくない。九月二十四日(金)
書評3
わたしは、手軽な千円以下の本を好むから、新書の書評にも目が向く。▼われわれの起源についての本がある。『ネアンデルタールと現代人』(河合信和・文春新書)は、結局ヒトの歴史を遡ればすべてアフリカに戻ってゆくことを説く。ホモ・サピエンスはアフリカで誕生し、われわれの祖先をたどると、二十万年にアフリカにいた一人の女性に帰するというミトコンドリア・イブ説は相当に確実である。ではなぜ彼らはアフリカを出たのか。これも先端の話題である。▼『物理学と神』(池内了、集英社新書)は、物理学がどうやって神の領土を少しずつ縮めてきたか、という視点からすべてを語り直している。神は創造主ですべてを造り、その後もずっと運営してきた。だから人は畑に十分な雨が降るよう神に祈った。やがて、神は創造主ではあるけれど、その後の運営には関わっていないと人は気づいた。スタートボタンを押したところで退場したのではないか。自然は自動的に進行する自律的システムであるらしい。▼『市場主義の終焉』(佐和隆光、岩波新書)は、要は金の動きを論じながらどこかで金を超える理念に展開。経済学の門外漢ならなおさら必読。これだけの内容が頭に入っていれば毎朝の新聞紙面が二割くらいくっきりと見えるという意味でこれは優れた啓蒙書である。▼『歴史とはなにか』(岡田英弘、文春新書)は、一読三嘆。自分の歴史観を解放する、快刀乱麻のような読後感。▼『戦争を記憶する』(藤原帰一、講談社現代新書)は、日本人の歴史観や戦後処理の混乱をみごとに整理してくれる本である。▼『民族とは何か』(関廣野、講談社現代新書)は、なぜイギリスが最初に近代国家として離陸しえたのか、フランス革命はどこでつまずいたのか、なぜドイツの政治は極端に左右に分裂し、その中からナチスが台頭したのかが、具体的に論理的に展開されている。それと日本民族の課題。▼つぎは、文庫本から。『読者は踊る』(斉藤奈美子・文春文庫)は、ある分野に関する本を一通り読んで、誉めるでもなく叩くでもなく、その本の束全体を論じながら、そんな本が出る今の日本を評論するという豪腕の書評である。▼『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク、松永美穂訳、新潮文庫)は、相当の傑作で、読後感もすばらしくいい。九月六日(月)
書評2
▼『死んでいる』(ジム・クレイス、渡辺左智江訳、白水社)は、死体が海岸の小さな生物に発見され、少しずつ食われ、また微生物によって分解され、非生物化してゆく過程を、抑制された叙情の筆致で美しく描く。これがとてもいい。イギリスの無常観がある。だいたい普段からわれわれは自分たちがしていることに意味を与えすぎる。神を発明し、うぬぼれ鏡を見ながら歴史を書き、偶然をおおげさに評価し、一回ずつの食事を讃え、お互いの顔色を誉め合い、親しい者の死を嘆く。しかし、ことはなるようになってゆく。それだけのことだ。▼『ヒツジの絵本』(武藤浩史編、スズキコージ絵、農文協)は、農と牧の楽しさを子供に伝える。トマト、ナス、ジャガイモにはじまって、ナタネ、アサガオ、シイタケまで三十五点。動物はカイコ、ヤギ、ニワトリとこのヒツジ。人間に衣食住のすべてを提供してくれる動物はヒツジしかいない。衣と食はわかるとして、住は何か。モンゴルに人びとが暮らすゲルという大きなテントはフェルトで作るのだ。これ一冊を手元におけば、ヒツジが飼える。▼『人類最古の哲学』(中沢新一、講談社選書メチエ)は、神話という言葉をぴかぴかに磨きなおす名著だ。▼『ゼラニウム』(堀江敏幸、朝日新聞社)は、短編六編とも隙のないよくできた構成で、文体も心地よい。▼『セーヌは左右を分かち、漢江は南北を隔てる』(洪世和、米津篤訳、みすず書房)は、フランス社会が持つトレランス(寛容)の資質を高く評価し、まだまだ未熟な韓国社会を激しく批判している。美の問題では、学校に通う子どもがなぜ石膏デッサンをしないのかと洪は教師に尋ねた。理由は、一つのモデルを注入すべきではない。石膏像は一つのモデルにすぎない。それは唯一の真理ではない。石膏像を見てデッサンさせると、価値観を画一化させる恐れがある。それでは創造的な個性を生かすことはできません。それに、一つの対象をもとにデッサンをすると、子どもたちはお互いに描いたものを比べます。子ども同士が優劣を競うのはいいことではありません。だいたい、三十人の子どもが一つの死んだ静物を眺める姿は、少しも美しくありません。そうじゃないですか。と若い教師は云う。▼『家族を容れるハコ 家族を超えるハコ』(上野千鶴子、平凡社)は、住宅を通じて家族を問いなおす本である。衣と食は商業資本に、住は国家管理された、その間に挟まれた家族や個人の自由を挑発している。▼『だから、国連はなにもできない』(リンダ・ポルマン、富永和子訳、アーティストハウス)は、オランダ出身の女性ジャーナリストによる優れたルポルタージュで、ソマリアやルワンダなどこの十年に国連が抱えた紛争地の現地レポート。実態はまこと惨憺たるものだ。国連の決定の裏は知らない方がよいかもしれない。ホットドックと一緒で、ソーセージの製造過程を知ったら食えなくなる。九月五日(日)
書評1
わたしは、文理系をあわせもつ池澤夏樹の書評を好んできた。今回は『風がページを』(池澤夏樹・文藝春秋社)から。▼『水俣病の科学』(西村肇・岡本達明、日本評論社)は、在野の研究者による、はじめての科学的な解明の書である。あれだけの大きな社会問題になっていながら、科学的な解明は済んでいなかったことがわかる。▼『図説インド神秘事典』(伊藤武・講談社)は、一見軽く見えて実はずっしりと重い本。ヒッピーの旅行記ではなく、もったいぶった学者の解説書でもない。インドについてこんなにもすごい本が書かれるようになったかと感心した。▼『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、上下巻)は、各大陸の人間が置かれた自然の違いが、今という時点におけるこれだけの違いを生んだ。子供でもちゃんと理解できるよう検証していく。人類が採取狩猟から農耕へと進んだのは誰でも知っている。では、なぜ新大陸と旧大陸との間に、文明の差が生じたか。新大陸に渡ったモンゴロイドも野生植物の栽培を試みた。しかし、小麦や米やマメ類のような、人間にとって都合のいい植物が新大陸にはなかった。大型の草食動物を家畜化しようとしても、新大陸には馬や牛に相当する動物がいなかった。北アメリカにバイソン(野牛)はいたけれど、性格の点で家畜化はムリだった。アフリカでもシマウマは従順性を欠いているから家畜にはならない。現代科学の目で見ても、家畜になる動物はすべて家畜になっており、そうならなかった動物にはそれなりの理由があった。それ以前に、ユーラシア大陸がアフリカや南北アメリカに対して格段に有利だった理由が一つある。地図を見れば一目瞭然だが、ユーラシアは東西に長い。アフリカと南北アメリカは南北に伸びている。この違いが重要。東西に伸びた大陸がなぜ有利かと言えば、ある地域で確立した農業技術が伝播しやすいのだ。東西に移動しても気候はあまり変わらない。品種の選び方、播種の時期、収穫期などについて、前の土地の知識がそのまま応用できる。南北方向の移動ではそうはいかない。気温や降水量、日照時間といった基本的な条件が移動につれ大きく変わる。だから北米・中米で穀物に似た位置をしめていたトウモロコシは南米には普及しなかった。食糧供給の量が文明のサイズを決める。▼『日本とは何か』(網野善彦、講談社「日本の歴史」シリーズ初回本)は、網野の描く日本は地方がそれぞれに元気で、農民以外の庶民、つまり商人や職人が元気で、全体として沸き立つようだ。古代から無数の高田屋嘉兵衛たちがいたのだ。司馬遼太郎の日本像も悪くないが、しかし彼が描いたのは才覚によって功名をあげた者ばかりだった。その群像を以って元気だった日本を垣間見させた。終身雇用のサラリーマン社会を活性化するのには力を発揮した。▼『縄文の生活誌』(岡村道雄、講談社「日本の歴史」シリーズ初回本)は、弥生人は来なかったという。縄文人がいたところへ稲作文化を持った弥生人が来たというのが今までの日本列島史の常識だが、しかし岡村は、文化は伝わったが弥生人が多数渡来したわけではなく、縄文人が水田稲作や食生活などの変化によって形質が変化して弥生時代の人、すなわち弥生人になった、という。九月四日(土)
メッセージ (160)
▼池澤夏樹からの配信メッセージです。十年以上住んだ沖縄を引き払って、この夏からしばらくフランスで暮らすらしい。今後の日本について、雑誌に不吉な予言を書いていた。▼「十年後」(月刊『現代』7月号)から。毎月この欄で悲観的なことを書いている。政治家の質は落ちる一方だし、今や国政には論旨というものがない。違憲的な政策が議論もなくどんどん決まってゆく。食言は無視され、政府の目くらましを有権者は素直に受け入れる。全体が右へ右へとシフトする。「心のノート」とか国歌強要とか、国は国民の心の中に踏み込むようになった。景気はよくならない。「リストラに成功した」会社ばかりが黒字に転化し、社会ぜんたいでは失業者が増える。中高年男性の自殺者は減らないし、未来に希望がないのだから出生率が下がるのは当然。この先、事態はいよいよ悪くなるとしたら、具体的には何が起こるか。経済が低迷し、社会不安が増す。それに対して有効な策を持たない分だけ国は強権化し、内外に対して攻撃的になる。中では私権が制限され、外に向かっては資源と市場を確保するために武力の役割が強調される。アメリカへの依存は変わらないが、そのアメリカは冷戦以来の影響力を大きく削がれていよいよ武力に頼るようになる。その傭兵としてやがて日本軍は中南米あたりでゲリラ掃討作戦を請け負うだろう。国民が硝煙の匂いに慣れたころ、ちょっとしたきっかけで起こった隣国との小競り合いが意外に大きな規模の戦闘になり、戦死者の数と共に軍の存在感は増す。原発の事故が起こり、被曝した周辺住民の封じ込めのために核戦争装備の兵士が出動する。個々の現象としてこのままではないかもしれないが、そちらに向かう流れは歴然とある。根底にあるのは個人に対する国家の優位の思想だ。国民のための国家ではなく、国家のための国民。兵士が国のために死んでいるのだからきみたちも文句を言わずに奉仕しろ。悲観論が好きなわけではない。願わくば十年後にこの文章を読み返して、ことごとく外れと知り、不明を恥じたいものだ。▼この国はあやうい。気になるのは誰しも。八月二十七日(金)
動物たちの自己治療5
私たちは、進化してきた。といえるのならいいが。▼旧石器時代の人たちは、野生のチンパンジーやゴリラと同じようなものを食べていた。新鮮な果物と水、種子、葉、昆虫、脂肪の少ない野生動物の肉などである。1年間100種類から300種類を食べていたと推定される。現代では健康を意識している人であっても、20殻あるいは30種類以上の植物を食べる人はいないだろう。多様な植物の摂取からは、ビタミンやミネラルだけでなく、予防薬や治療薬のもととなる植物性二次化合物を得ることができる。私たちの体は数百万年にわたって、アフリカの平原で小さな群れをつくって狩猟採取生活をするようにつくられてきた。私たちの遺伝子も、狩猟採取時代の食事をベースに進化してきた。進化と適応は続いているが、狩猟採取民で少なくとも10万世代、農業に依存するようになってからは500世代で、産業革命後は10世代にすぎず、調理済みのファーストフードで育ったのは2世代。もしかすると私たちの体はこの急激な変化に適応できなかったのではいか。現代病の多くは、私たちの体が進化しきれず、現代の食事および環境との落差から生じているようでもある。▼今日の栽培作物は、世界の食物の75%がわずか12種と、少ない品目になってしまった。くわえて工業製品ともいわれる加工食物は、栄養価でも薬効面でも質が落ちて、エネルギーとタンパク質しか得られない。▼アフリカのマサイ族は、唯一のタンパク源として牛や山羊の肉を食べ、その血液とミルクを飲んでいるが、西欧人より心臓病が少ない。わけがある。動物性食品を摂るときにはかならず苦い抗酸化性の薬草をまぜる。肉のスープには28種類、ミルクには12種類もの薬草をくわえる。マサイ族は、酸化化合物と抗酸化化合物をバランスよく摂取している。▼野生動物たちは、何百万年にもわたる自然淘汰のすえに、健康維持の仕方を身につけてきた。おなじく、私たちもいろんな野草(野菜)を欲しているはずだ。野菜・薬草の一坪畑をつくろう。お互いに交換すれば種類が増える。八月十三日(金)
動物たちの自己治療4
つぎはゾウの話。▼アフリカやアジアのゾウたちは、傷口に泥をのせたり、自分の背中に泥を吹きかけたりして、傷口の殺菌をしている。動物たちは、病気の仲間の世話をするが、とりわけ看護上手なのはゾウである。ゾウたちはお互いに刺さっている槍や矢を抜きあい、立ち上がるのを手伝い、密猟者の急襲にあうとお互いに救助しあうことすらある。▼砂浴びは、鳥がよくやる。砂地にうずくまって羽毛と皮膚に土砂をふりいれて砂浴びをする。砂は余分な羽毛の脂肪をぬぐい、皮膚の表面を乾かして、細菌がすみにくい状態にする。土の粒子は、寄生虫の外骨格を壊す。哺乳類のなかでも、ゾウは砂浴びが大好きである。▼動物は独りになって死ぬといわれる。自分の運命を知っているかのように。ネコの飼い主は、愛猫が知らぬ間に姿を消し、屍体を遺さないので弔ってやることもできないと嘆く。死を目前にしたゾウの場合は、群れからはなれてゾウの墓場に行くという説がまかり通っている。しかし、長年野外研究がされてきたにもかかわらず、ゾウの墓場に行くところを見た者はいない。ただ、アフリカの平原の一か所にたくさんのゾウの骨が散らばっていたり、積み重なっているところがある。そこは、木陰や水が近くにあって柔らかく消化のいい植物が生えた場所である。これがほんとうなら、ゾウはいわゆる墓場に、死ぬためではなく生きようとして行くことになる。▼ゾウはゾウの死骸を見かけたら埋葬する。枝や砂をかける。それは、ハエがむらがり感染症をひろげないためといわれる。人間の目からは、弔いの行為にみえる。ゾウの生涯に自分を重ねてみたくなる。八月六日(金)
動物たちの自己治療3
動物たちが病気になった場合。▼病気になった動物は奥まったところに引っ込み、回復するまで断食する。人の場合でも、伝統医学の薬草医は、絶食は病気に対する自然な、意味のある反応だと考える。感染した身体は、病原菌が必要とする鉄分を減らそうとする。それが断食である。だから病気の動物や患者にむりやり食べさせることは逆効果であり、病気を長引かせることになる。▼動物は痛みを隠す。ウマは激しい痛みにみまわれても、ほんのちょっと姿勢を変えることでしか苦痛をあらわさない。鼻にちょっと皺をよせるか、まぶたを下げるだけである。負傷したキツネは鳴き声をあげることもなく、追手のハンターから逃げつづける。歯に痛い膿瘍ができたイヌはやはりじっとしたままである。このように痛みを表に出さないため、動物たちが私たちと同じように痛みを感じていないことと受け取られやすい。しかし怪我をしたり病気をしたりした動物は、捕食者に気づかれないようにそれを隠す。生き延びるためには、元気であるだけでなく、元気そうに見えなくてはならない。飼われている動物で、も、合併症で死ぬまで飼育係や獣医に気づかれないほどうまく隠し通すことがよくある。鳥は傷を隠すのがとりわけ巧妙で、前触れもなく死んでいるのに、飼育係がびっくりすることが多い。▼唾液の効能。イヌが熱心に傷口をなめると、その傷口は清潔になり細菌感染がおこらないことが知られている。イヌの唾液にはブドウ球菌、大腸菌、連鎖球菌などの細菌を殺すことのできる抗菌物質が含まれている。▼ということで、哺乳類の唾液はもっとも身近な消毒剤となる。べろべろ。七月三十日(金)
見て見ぬふり
▼藤原道長に追い落とされた、関白・藤原道隆の側に仕える清少納言。しかも、道長側の女房・紫式部からは思いっきり悪口を書かれる。この敗北感と哀しみが通奏低音として流れているのが、枕草子。その随筆をとりあげた『枕草子REMIX』(酒井順子・新潮社)から。▼この時代の貴族女性達は、やたらと「待って」いる。当時の貴族にとって、結婚は男性が女性のもとに三日連続して通うと成立した。婿取り婚なので、結婚しても夫が妻のもとに通うことになる。今のようにいきなり夫婦同居ということはなかった。それゆえ結婚しても妻はやはり、「今日は来るのかしら…」と、夫を待たなければならなかった。それに誰かと連絡一つとるにしても、その唯一の通信手段は、文すなわち手紙。使者が急いで相手方に届けに行く。▼当時の和歌は毎日の暮らしに欠かせないものだった。待ち心を詠む。旅をすればその感動や感情を詠む。今で言えば、写実と通信を兼ねたカメラ付きケータイといえる。▼さて、平安時代の宮中にプライバシーはあったか。というと、なかった。清少納言のような宮仕えの女房は、宮中に住み込みで働いていた。彼女たちの居場所は「局」というが、ワンルームマンションのような寮があったわけではない。渡殿(わたどの)とか細殿(ほそどの)といった廊下兼用の場所を、几帳(きちょう)、障子、御簾(みす)、といったパーテーションで仕切って住んでいた。となれば声も漏れましょう。気配も感じましょう。完璧なプライバシーなど、ハナからありません。それでは平安時代の宮中におけるプライバシーは何によって守られていたのかといえば、それは鍵とか壁ではなく、人間の意識によって。几帳(きちょう)の向こうに人がいるのはわかっていても、その几帳をむやみにめくらないという意識。夜に隣の局で人の気配、それはすなわち男性の気配であるわけですが、あっ、誰かが来ているのだな、と思っても、それ以上は詮索しないという意識。その手の不文律化した意識が、宮中の暮らしには存在した。とはいっても「見えてません」「聞こえてません」とシラを切る習慣もなく、「覗き」は日常のことであったようだ。▼さらに、この時代の服装の特徴は、「とりあえず型は決っている」ことにある。清少納言のような女房が着るものは、まずは単衣(ひとえ)、その上に袿(うちぎ)を何枚か重ね、さらに打衣(うちぎぬ)、表着(うわぎ)、唐衣(からぎぬ)という順で、下半身は袴と裳(も)であり、これがいわゆる十二単。とまあ、こんな風に型が決っている。どこでセンスを表したかといえば、それは衣の色。たくさん重ね着している衣をどのように配色するかによって、おしゃれが判断される。その配色のことを「襲(かさね)の色目」という。染色は貴族女性の仕事でもあったので、配色を限りなく楽しんだに違いない。▼まったくの自由な状況下にいるよりも、ある程度の「型」が存在していた方が、日本人の想像力は活発になり易いのでしょう。平安貴族の服装は「制服だけど、色は自由」というところに妙味がある。千年前の人たちと今のわたしらも同じなかと思えるところあり。七月二十三日(金)
動物たちの自己治療2
土を食べて毒を消す動物たち。▼ネコが草を食べ嘔吐するのは知られている。動物が毒を処理するもう一つの方法が、土食である。これは草食動物に多くみられる。植物の二次化合物の解毒や、新陳代謝でナトリウムを失うため、ナトリウムをふくむ土を食べて補充する。粘土は昔から料理でも伝統薬でも、解毒作用のある材料として使われてきた。古代文明でも現代でも、粘土は毒を含む食物にまぜて食べてきたし、アメリカ先住民は、昔からタンニンたっぷりのドングリに粘土をまぜてパン用の粉をつくってきた。▼タンザニアの野生チンパンジーは、シロアリの蟻塚の土を口に放り込むし、崖面や河岸にあらわれた下層の土をすくいとるが、キリン、ゾウ、サル、サイなども同じように利用している。これは薬剤師が人間の胃腸障害用に買いつける粘土と同じ種類である。ただし、表土は寄生虫の卵、有害なバクテリア、重金属などで汚染されているので、古い下層土の方が、有害物質がすくない。いろいろな動物が利用する蟻塚の土は、シロアリが地表にもちあげた下層土である。主成分はカオリンで、胃腸障害の特効薬でもある。▼野生動物は、山火事や落雷のあとの、こげた炭に集まる。ミツバチまで焼け跡に群がる。これも消化器の障害を直すためのものらしい。炭食は、アメリカ先住民が炭を砕いて水に混ぜて飲んだり、先史時代のネアンデルタール人も炭を食べていたことが、糞の化石からわかっている。かたや家畜や動物園動物には土を与えることはめったにないから、慢性胃腸炎になりやすい。▼人間の私たちも、嘔吐と下痢という中毒にたいする効果的な反応を、投薬によって抑えない方がいいのかもしれない。それに、炭のドリンクや粘土の錠剤、ミネラルウォーターを、自然からの薬としていただくのは、人間も動物も同じ。ともかく、世界中の救急箱に粘土の錠剤を備えることは容易である。七月十六日(金)
動物たちの自己治療1
動物たちは、植物を食べて自己治療している。食事療法である。▼そんな話を『動物たちの自然健康法』(シンディ・エンジェル、羽田節子訳・紀伊国屋書店)から。動物は生きていくのに必要な化学物質をつくれないので、植物に依存することになる。緑色植物は日光、大気、土壌中の水から、炭水化物、タンパク質、脂質、ホルモン、ビタミン、酵素など、成長や傷の治癒、繁殖に必要なものをつくりだす。この薬理のはたらきのほかに、草食の動物などの捕食から身を守るための毒性もつくる。▼キリンがアカシアを食べると揮発性の物質を発散する。近隣のアカシアはそれを感知し、自分の葉にも渋いタンニンを送りこむ。味がまずくなると、キリンは次を探して遠く移動する。植物は保身のため、さまざまな化学物質をつくる。リンゴの場合だと153種類の化学物質を含み、そのうち67種類に薬効が認められている。▼次は、タンザニアのセレンゲティ平原の話。子連れのヌーの群れは、土や植物にふくまれるミネラルをもとめて、北部から南部の平原に移動し、火山の麓に育つ草を食べる。この火山灰地には、乳の分泌に欠かせないカルシウムと燐酸が豊富。▼さて、ナトリウムはあらゆる陸生動物にとって貴重である。これは尿や汗として失われるので、たえず補充しなくてはならない。それは人間にとっても重要で、ローマの兵士は給料を塩で支払われていた。「サラリー」はラテン語の塩を指す「サラリウム」。草食動物は塩への渇望が強く、それを手に入れるためなら死の危険をもいとわない。猟師たちは獲物をおびきだすために塩の塊を利用してきた。▼動物の食餌は、そのときの気分で選んでいるのだが、自然淘汰は、それなりの感覚を養ってきた。つまり、エネルギー豊かな食物であることをうかがわせる甘い味を好み、毒性を感じさせる苦い味を嫌い、大事なミネラルであるナトリウムの存在をほのめかす塩味をおいしく感じる動物が生き残ってきた。▼動物は動物にではなく、植物に依存してきたことを、つい忘れてしまう。七月九日(金)
すべてを持ち歩くオバサン
月刊PR誌「ちくま」の巻頭言に書かれていたこと。ふだんは、世の活字離れを嘆いているくせに、嘆いた自分にあぐらをかき、ついうっかり映画と音楽とインターネットに山ほど時間を捧げている。買ってきた本は置き去りにされ、新聞は届けられたままの姿で折り重なっていたりする。文字を追った記憶はパソコンの画面上にしかない。▼まったく同感だなあと思って、この人の本を読んだ。『針が飛ぶ』(吉田篤弘・新潮社)から。乗客の少ない午後一時の電車の中。たまたま前に座っていた初老の女性。彼女はすべてを持って歩いていた。鞄はふたつ。その中に彼女の「すべて」がしまってあるのだ。彼女はその鞄の中からまず朝刊を取り出す。それから林檎。豪快にかじっている。それから辞書を出してきて調べもの。新聞に気になる言葉があったのだ。もちろん虫眼鏡も出てくる。ここまではまだ序の口。その次に彼女が取り出したのは洗濯ばさみのついた細いロープ。それを吊り革三つに通し、さらに取り出された湿ったハンカチ二枚を見事に干してみせた。ぱんぱんと手でひとつふたつ叩き、それから眼鏡と編みかけの毛糸玉を出して優雅に何かを編みはじめる。その間にもせんべいを食べたり、ラジオを出してきてイヤホンを耳にさし、編み物を中断して葉書をかいたり。なんだか、うらやましいかぎり。後日、銀座でF氏と偶然ばったり。コーヒーを飲みにゆく。さっそくこのあいだ見た「すべてを持って歩くおばさん」の話を披露。するとF氏、感極まって「それでよいのです!」と大きな声。コーヒー屋の客、全員こちらを振り返る。▼ゆくゆくは、こんなオバサンをめざすことにしよう。七月二日(金)
神は細部に宿る
本の題名はケッタイだが、愉しめた。▼『文学的商品学』(斉藤奈美子・紀伊国屋書店)から。モノを観れば作品がわかるということで、小説でのモノの描かれ方が暴かれている。とくに現代の男性作家の、食べもの、着るものへの表現が乏しいとミソクソ。ところで風俗小説は評価が下にみられがちだが、これは知力も体力も情報収集力も必要な、たいへんにパワーの要るジャンルだ。芸術映画だと安上がりの自主制作でもつくれるが、娯楽大作映画は衣装代やセット代に莫大な費用がかかるのに似ている。神は細部に宿り、小説はモノの表現に宿る。▼ところで日本文学の世界では、野球小説であっても、「痛快」より「哀愁」、「ゲーム」より「人生」の方にウエイトがかかる。しかも日本人は「敗者の美学」を好む。『平家物語』しかり『忠臣蔵』しかり新撰組しかり特攻隊しかり全共闘しかり。▼この著者、「小説はどんな風に読んだっていいんだ」と、あるとき気づいた。小説を読んで感動するときは、主人公が形而上の悩みにもだえ苦しむときでも、ヒロインが世紀の大恋愛に身を焦がすときでもない、「ここんとこのお洋服の書きっぷりが、すげえ気合がはいってんな」と感じたりするときだったりする。モノの記述に気合が入ると、小説はおもしろくなる。▼という訳で、平成の作品ばかりでなく、明治の作品と引き合わせたりで、服飾の比較社会学のような本だなあと思いながら読了。六月三十日(水)
泥脚傭雲
自治体の懐は底をつき、まちづくりを支える人達の言動も弱まっている。下降ぎみではあるけど、まちづくりを捨てるわけにはいかない。町を居心地よく、長持ちするように、住民の負担を考えながらが、基本です。▼そんな自治体の現場経験から、『自治体まちづくり-まちづくりをみんなの手で!』(原昭夫・学芸出版)が、政策の立て方とやり方の報告している。▼まずは、人口構成から町をみる。人口予測では、おもに地域にどのくらいの人びとが、どんな生活様式や居住形態をもって住んだり、働いたりするのだろうという、マクロな把握をしてみよう。現地を知るには、自転車。裏通りまで小まめに調査できる。地図の縮尺にも慣れること。5万分の1の地図は、分母の末尾の0を二つとり、それにメートルをつける。それがその地図での1センチの長さとなる。都市地図によくある2千5百分の1は、1センチが25メートルとなる。あとはボディ・スケール(身体尺度)を身につける。自分の両手の広がり、歩幅などを知っておくと便利。伊能忠敬にもなれる。それに地図のたたみ方も知っておくと便利。見たいところを広げておける楽しい折り方がある。本編57頁を参照のこと。▼まちをつくる手法は、自治法に定める「基本構想」に始まるものと、都市計画法に定める「都市計画マスタープラン」がある。いずれも長い間、しっかりした担当者がその仕事をし続けることが大事。都市防災についても、危機管理のプログラムとシミュレーションの実験をしておこう。▼学校の総合学習で「まちづくり」を取り上げられないか。ボディ・スケールを使って、公園を歩行実測したり、新旧の地図をならべて見比べたり。まちづくでは、「人づくり」より「人になる」ことである。まちづくりの当事者になることである。吉阪隆正はそれを「泥脚傭雲(でいきゃくよううん)」といった。頭はつねに雲の上において大所を見渡し、足はつねに泥の中にあって地面を這えということである。これには修行がいるが、プランナーなら、この境地に立たちたい。▼まちづくり十二の原則。計画感覚を磨け。まちへ出ろ。都市の出来事に興味を持て。「地域型」で仕事を進めろ。市民との共同をはかれ。皆で仕事をせよ。自分の仕事を他の仕事につなげろ。アンテナを敏感にしておけ。つねに「やる方向」で考えよ。失敗・クレーム・紛争から学べ。職場のよい人間関係をつくろう。仕事は元気に面白くやろう。それに、プランナーの四つの資質としては、好奇心、現地主義、発見的方法、施策化への意欲が欠かせない。▼私なりの私家版「まちづくり手帖」なるものをつくろうと思っていたが、この著者がおおむね記したことだし、止めにした。この知人からは、おおらかな人柄と、おだやかな計画づくりを学んだ。六月四日(金)
町のヘリテージ(150)
▼古い建物は古い友だち。自分の町に由緒ある建物があり、それにまつわる物語があるのは楽しいし、自慢できる。ヘリテージのない、新しいだけの都市には風格がない。▼町の古建築を残す。そのやり方と運動の持続の話を『東京遺産』(森まゆみ・岩波新書)から。人は町のどんなところに愛着を感じているのか。路地の中の稲荷や井戸や植木や電柱といった身近な「小さな環境」に愛着を感じている。それに古くからある建物といった「大きな環境」も大事に思っている。建物が残れば、それだけでなく、文書も絵草紙も位牌も人も、そして何より物語が残る。▼不忍池の景観を守るため、「しのばずの池算数プログラム」を企画した。大人だけの文学散歩をしてもはじまらないと思い、子どもと一緒に戸外で「体で算数」をやろうという試みである。東照宮の石段の数を数えたり、一段の高さから山の高さを計算したり、不忍池周囲の木の数を数え、その間隔からその周囲の長さを手で測ったり、池の面積を掛算したり、といくつもの問題を用意し、子どもたちと歩いて好評だった。▼景観の保護に手を染めたお年寄りの一人は云う。「この十年はとても勉強になりました。この年になって、樹の名前、鳥の名前を覚えた。するとまた面白くなって勉強し、という風に深みにはまっていったんです」。風景遺産を守る運動が思うようにいかないこともある。「富士山は永遠にそびえているが、マンションなんてのは五十年、百年の命だ。次の建て替えのときはあんな高いビルが建たないように、今から運動していきましょう」と云いきったおじいさんがいた。▼残った古建築が、例えば古い酒屋が小体(こてい)な飲屋に変わって生き延びてもいいのです。まちづくりの今昔を味わえるなら。五月二十八日(金)
インターネット・ラジオ
ひさしぶりだなあ、こんなハウツー本を手にするのは。▼『超英語法』(野口悠紀雄・講談社)から。英会話学校で話す練習をするのは、浮き輪を使って泳ぐ練習をするようなもの。自己紹介から始まり、あとはなんとかなるだろうは、イリュージョンである。実用的な英会話に必要なのは、「聞く訓練」である。「話す訓練」ではない。聞くことができれば話せる。そして、「聞く訓練」は自分だけで出来てしまう。その方がはるかに効率的だ。ここには、英会話学校の出番はほとんどない。▼いまや、外国とのやりとりは、電話でなくeメールが多く、会話ではなく文章英語の重要性が高い。英会話ではなく英作文である。▼正式な英語を聞き取るのは楽だが、正式でない英語を聞き取るのは非常に大変である。聞き取れないのは「早い」からではなく、「正式でないから」なのだ。▼ヒアリングの注意点は、子音の消失。b、d、g、k、p、tなどの子音が語尾に来るとサイレントになる。それに暗いエルは消える。battery、waterのt音がr音に変化するように。▼日本人になじみがない表現は次のようなもの。He has → He’s got his own house. I must do it. → I’ve gotta do it. ▼ハンバーガー屋では、注文後おばさんは必ずpotatoes ? と聞く。食べたくなければ no と答える。すると、おばさんは必ずno potatoes? と再確認してくる。このときもno なのだが、yes と答えたくなる。この場合は、no potatos とオウム返しする。私の場合は、right とかcorrect と答えることにしている。▼つぎは日本人の癖。「例えばどんなもの?」と質問する場合に、For example となりがちだが、これはLike what?という。これとIt’s a kind of ~. It’s something like ~.を駆使すれば大抵の説明場面には十分である。これはぜひ使いたい。▼リスニングの勉強法としては、同じ内容を何度も繰り返し聞くのがいい。慣れてきたら、口に出さずサイレント・シャドゥイングを試みる。せめて2年はは続けることになるので、「面白いからやめられない」条件をつくり上げることだ。「こういう内容のことを聞いたのだが、いったい日本語で聞いたのか英語で聞いたのか」が区別できない。そうした段階に達するまで、ぜひ勉強を続けたいもの。▼インターネットのニュース英語サイトは、VOA special Englishをダウンロードして繰り返し聞くのがいい。トランスクリプトもついている。PBS Online Newshourのessays & dialoguesも飽きない。▼映画はスラングが多くて、難しい。「ローマの休日」なら正式英語に近いから、聞きやすい。DVDの字幕を消して聞くのもいい。文章丸暗記もいいものだ。最初さえ思い出せば、あとはイモずる式に思い出す。記憶で重要なのは、「覚えること」ではなく「思い出すこと」なのだ。▼トルストイは老年になってからイタリア語を習得した。シュリーマンは六十四歳になってからも新しい外国語に挑戦した。仕事でつかう投資としての勉強もいいが、勉強そのものが面白くてたまらない、「消費」としての勉強もいいものだ。私は、映画の英語がすべて聞けるようになったら、新しい外国語に挑戦したい。イタリア語はそのために残してある。オペラの台詞が聞けるようになれば、どんなにか楽しいだろう。▼語学は惜しげもなく時間を費やすから、覚悟しなさいといったところか。五月二十一日(金)
魂の銭湯
北緯43度で生活していると、首都はさておき、西日本ひいきになりがち。▼『森まゆみの大阪不案内』(森まゆみ・筑摩書房)から。地元の人は「大阪は見るとこおまへんなー」というが、東京人にとって大阪のイメージは、多く歌謡曲で作られる。大阪生まれで大阪育ちの河島英五が四十八歳で亡くなった日、私はずっと「酒と泪と男と女」を口ずさんでいた。そしてこの歌は標準語で書かれているのにメロディーの揺すり方がBOROの「大阪で生まれた女」にそっくりだ。どっちもせつない。酔うほどにこの二つの歌は混ざっていく。最近、大阪は、高村光太郎風にいうと私の「魂の銭湯」になってしまった。大阪の友達と焼肉やら何やらたらふく食べ、五穀粥でお腹を癒し、そのあとカラオケ「うたっちゃえ」で盛り上がる。それが私の大阪欲望解放戦線。大阪では高くてうまいのは当たり前、安くてうまいところがたくさんあって、それを若者もサラリーマンも目的別に使いたおしている。「ほな、今日はオッサンバージョンで行きまひょうか」。▼首都の話もついでに。『明治・大正を食べ歩く』(森まゆみ・PHP新書)から。高村光太郎は、どなたも扱いが一緒の入れ込み式の店、浅草にある米久の牛鍋屋を「魂の銭湯」とまで呼んだ。ここでは誰もが正直まっとうな食欲をあからさまにし、心を丸裸にしてしゃべりあう。銀座ライオンのビヤホールの場合は、昼間、晴れた日は、高い窓から日が射して、さながら銭湯の洗い場にいるようだ。人が働いている時間にビールを飲むという至福。▼とまあ、森さんの舌で列島のニシ・ヒガシを味わいました。さて、ちょっと出かけてくるか。近くの三百八十円の銭湯へ。五月十四日(金)
ランボーと俊太郎
▼かつては出発のことばかり考えていたような気がする。ゴールを考えずにきたためか、気もちの捨てどころを失ったきらいがある。▼『地獄の季節』(ランボオ・岩波文庫)の「出発」から。見飽きた。夢は、どんな風にでも在る。持ち飽きた。明けても暮れても、いつみても、街々の喧騒だ。知り飽きた。差し押さえをくらった命。ああ、『たわ言』と『まぼろし』の群れ。出発だ、新しい情と響きとへ。▼さて、力まない『谷川俊太郎詩集』(ハルキ文庫)からの抜き書きを。「昨日のしみ」~まっさらみたいに思えても 今日には昨日のしみがある。「朝のリレー」~カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき メキシコの娘は 朝もやの中でバスをまっている ニューヨークの少女が ほほえみながら寝がえりをうつとき ローマの少年は 柱頭を染める朝陽にウインクする この地球では いつもどこかで朝がはじまっている ぼくらは朝をリレーするのだ 経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る 眠る前のひととき耳をすますと どこか遠くで目覚し時計のベルが鳴っている それはあなたの送った朝を 誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ。「おならうた」~いもくって ぶ くりくって ぶ すかして へ ごめんよ ば おふろで ぽ こっそり す あわてて ぷ ふたりで ぴょ。「うんこ」~うんこよ きょうも げんきに でてこい。▼ご両人の語り口は、いまも響く。四月二十三日(金)
捨てちまった教科書
▼あわれ花びらながれ をみなごに花びらながれ をみなごしめやかに語らいあゆみ うららかの跫音空にながれ をりふしに瞳をあげて 翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり み寺の甍みどりにうるほひ 廂々に 風鐸のすがたしづかなれば ひとりなる わが身の影をあゆまする甍のうへ ▼これは、三好達治「甍のうへ」ですが、高校の国語教師が暗唱させた詩です。今でもたまに諳んじたくなります。かつて教科書に載っていたものを、『教科書でおぼえた名詩』(ネスコ編・文藝春秋)から抜き書きすると。▼丸山薫「汽車に乗って」~汽車に乗って、アイルランドのようないなかへ行こう。人々が祭りの日かさをくるくるまわし、日が照りながら雨の降る、アイルランドのようないなかへ行こう。まどにうつった自分の顔を道づれにして、湖水をわたりトンネルをくぐり、めずらしい顔のおとめや牛の歩いている、アイルランドのようないなかへ行こう。▼山村暮鳥「春の河」~たっぷりと 春の河は ながれてゐるのか ゐないのか ういてゐる 藁くずのうごくので それとしられる。▼中原中也「骨」~ホラホラ、これが僕の骨だ、生きてゐた時の苦労にみちた あのけがらわしい肉を破って、しらじらと雨に洗われ ヌックと出た、骨の先。…生きてゐた時に、これが食堂の雑踏の中に、座ってゐたこともある、みつばのおしたしを食ったこともある、と思えばなんとも可笑しい。… ▼茨木のり子「自分の感受性くらい」~ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて … 初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった … 自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ ▼佐藤春夫「雪」~太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む。▼尾崎放哉~咳をしても一人。▼ということで、もうとうの間に捨ててしまった教科書と詩を、なつかしむことができました。四月十六日(金)
山に向かう、川に向かう
▼山歩き、岩魚釣りの名手である辻まことの本をのぞきました。▼『あてのない絵はがき』(小学館ライブラリ)から。小鳥たちの声を聴くと、よくあんなちっぽけなノドから大きな音がでるもんだと感心してしまう。ウグイスなんか一息でケキョケキョを三十回ぐらい続けるのがいる。専門家に言わせると、小鳥は歌っているのではなく叫んでいるので、領有空間の宣言だそうだと、ちょいとその方のことに詳しそうな人はすぐ教えてくれる。もう何十人もの人から聴かせられてこっちはマタコイツモクダラヌ学説信者ダナとおもう。一定の目的がなければ行為はあり得ないと考えるのは、いかにもガリ勉の優等生の意識だ。行為があったためになんとなく目的が生じることだってある。なんだか楽しくてじっとしていられないから唱歌する小鳥がいたってちっとも不思議ではない。人間だってタレントばかりが歌っているわけではなかろう。▼一人旅というのは見かけだけで、むしろ一人のほうがよっぽど仲間のお世話になり、それに頼ったりしているのだ。えっちらおっちら山路を歩いているボクの頭の中に先達友人の言葉が、姿が、たえず出没し、見知らぬ著者の本のページがひるがえる。そのとき彼らはすべてわがパーティの一員である。しばしば時と国を超越し俊英を一堂に網羅した大パーティである。▼辻まことの、釣り人や川、魚の絵には、静かでひたひたするものがある。なかにはブリューゲルを思わせる絵もある。四月九日(金)
一を聞いて十を知る
▼辻まこと、って誰だろう。人も知る、諸芸万能、スキーの名手、稀な風刺家、著述家、ギターの名手らしい。すでに故人。なかでも『虫類図譜』などの風刺画が知られている。例えば知識人という風刺画では、絵の脇に短い文が添えられる。彼は近眼であった。それでいつも彼自身の視野は書物に遮断されていた。という風に。▼彼の友人が著した『辻まことの思い出』(宇佐見英治・みすず書房)が、氏のエピソードを伝えている。著者が辻まことに、一を聞いて十を知るという諺があるが、どう思うかと訊いた。こう答えた。「いや、僕はちょっと違うな。一を聞いて、いや三でもよいが、十を知るというその想像力は大したものではない。ましてそれで『知った』と思うのは大変危険だと思う。そうではなく、十の経験を重層してたった一つを知りうるのはまだいい方かもしれない。その一つさえ知りえない、それが現実かもしれない。しかしもし反復して、さらに反復してただ一つのことでも知りえたら、想像力よりもそれはもっと尊いことではあるまいか」。▼つぎは、著者自身の文から。大抵の人は朝、目覚めるとまもなく新聞を開いて頭を共通の世界になじませ、それから家を出て、電車に乗り、会社や学校に通う。共通の尺度である時計と集団の通念によって自己機制を行い、社会や家族の中で自分を定位する。ときに分別や目算が狂うと、人間は感情の動物であるとか、俺はお前たちが思っているような人間ではないとかわめき、感情の密室のドアを閉めたり開けたりする。しかし、結局は同じ電車に乗って同じ道を歩き、同じ家のなれたベッドにもぐり夢うつつに寝てしまう。多くの人は住みなれた世界を一層住み慣らすことを正常だと考える。▼自分の鏡像は自分にとっては異邦人。私だが私ではないと思う。自分はこの顔に閉じこめられているようなものではないと思う。鏡に映った顔のような物になることは拒みたい。もっと茫洋とした雰囲気みたいなのが自分なのだ。▼何も死んだからといって、いなくなるわけではないからと、生前、辻まことは言っていたそうです。四月二日(金)
文学は実学
本のなかでも、みすず書房のは少々値は張るが、ぴったりくるものが多い。▼『忘れられる過去』(荒川洋治・みすず書房)から、まねの話。人間には、二通りしかない。まねをする人と、まねをしない人。しない人は、おそらくこんな人だと思う。人前ではまねなんて笑われてしまうから、しない。あるいは、プライドがあって、自分がそのときだけでも、自分以外のものになりかわること、化けることが、とても恥ずかしいのである。そんな身体表現は、はしたないと思うのでしない。する人は、しない人より心が自由であることは確かだ。いつまでも自分をにぎりしめていないからだ。まわりを見渡すと、しない人が最近は多いように思う。自己愛が進んでいる証拠であろう。ひとつしか自分の姿をもっていないためだろう。話していることのなかみや考えはとてもやわらかいのに、しない人がいる。ほんとうは心がそれほどやわらかくはないのだろうと思う。これからもしない人はずっとしないだろう。人が体をつかって、たとえちょっとした何かを表現するとき、その場の空気は明るくなる。光がひろがる。それによって世界が、具体的に見え出す。それは自分にとっても、まわりの人にとっても、いいことであり、楽しいことなのである。でも、しない人はしない。▼つぎは、文学の話。文学は実学である。文学は、経済学、法律学、医学、工学などと同じように、実学なのである。社会生活に実際に役立つものなのである。社会問題が、もっぱら人間の精神に起因する現在、文学はもっと「実」の面を強調品ければならない。この世をふかく、ゆたかに生きたいのだ。漱石、鴎外ではありふれているというなら、田山花袋「田舎教師」、徳田秋声「和解」、室生犀星「蜜のあわれ」、安部知二「冬の宿」、梅崎春生「桜島」、伊藤整「氾濫」、高見順「いやな感じ」、三島由紀夫「橋ずくし」、色川武大「百」、詩なら石原吉郎など、なんでもいいが、こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるっきりちがったものになる。それくらいの激しい力が文学にはある。読む人の現実を生活を一変させるのだ。▼と、抜き書きしてみたら、これらを一編も読んでいませんでした。知ると知らないでは、まるっきり違ったものになる。こう云われてしまうと。三月十九日(金)
あれあれ
▼あれあれ、あの人なんていったっけ。そのつど思い出さないと、神経が修復しないらしい。誰だったかなあ。池澤夏樹の父親、誰だったかなあ。疎開先の帯広で教えていた作家。伊藤整なんかと仲良しだったはず。だめだ、インターネットにお世話になろう。ありました、その人の名が。ちかごろはインターネットに介護されることが多い。▼『神も仏もありませぬ。』(佐野洋子・筑摩書房)は、もの忘れを痛快に嘆いている。その中の一編。人からもらったものも、あげたものもすぐ忘れる。いつかマリちゃんのところに、どこからかもらった漬物を持って行ったら、「ヤダ、これ私があげたものよ」と云われた。もの忘れトラブルが絶えない。じゃどうする。どうにもならん。と、この居直りも清々しい。つぎはもの忘れとは関係ない話。友人の購入する古い民家の平面図を見せてもらった。「この部屋は?」「わたしの部屋」「これは」「これもわたしの部屋」「じゃこっちは」「これも」「ヒロナガさんのとこは?」「納屋、納屋」。こぶしの花にまみれて、本当に女は偉い。とか、近所の農家の話もいい。「百姓はむずかしいもんだ。俺が五十年百姓しても五十回しか経験は出来ねエんだよ。トマトならトマト五十回しか経験できねエんだよ」と云われた。などなど、著者は周りのことを料理して食べさせるのがうまい。なだいなだ、と似たとこあります。▼地元出版の『木呂子俊彦著作集・鳥の目みみずの目』(木呂子俊彦・ふるさと十勝)は、八百八十ページの確かな記憶と記録の大著。中ほどのソ連抑留は圧倒する。ここに氏の始まりがありますが、いまだ鎮魂してはいない。忘れることができる過去と、忘れ去られてしまう過去がある。三月十二日(金)
真夜中のトリオ
▼ジャズのピアノ・トリオなら、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』のアルバムを挙げる人は多い。やさしく簡潔でメロディアス。一日が終わろうとするころ、ほろ酔い加減でこのライブ盤を聴くのが愉しみ。エヴァンスのピアノとラファロのベースが絡む。モチアンのドラムが囁くように、ときに煽るようにリズムを保つ。正確で邪魔にならないドラムを土台に、エヴァンスとラファロは心おきなくインタープレイする。▼エヴァンスはどんな人だったのか。『ビル・エヴァンス』(ピーター・ペッテンガー/相川京子訳、水声社)から。エヴァンスは感情で表現することはあっても、感傷的にはならなかった。彼はクラシックの技法と、ジャズの文法を基礎として、規律に基づいたロマンティシズムが最も美しい形であると考えていた。彼は観客を喜ばせる演奏努力をしなかった。内向的でサービス精神のなさは、多くの観客を遠ざけたから、オスカー・ピーターソンやデイヴ・ブルーベックのような有名人にはなれなかった。エヴァンスにとってのジャズとは、方法なのだ。特定のラインや、感情的な、あるいは厳密にいうと音楽的な内容を必要とせずに演奏することだった。もしピアノの前で何かをしようと熟考して、五分の曲を書くのに五時間かかったとする。それは作曲された音楽になる。これはクラシックだとか、作曲された音楽に分類されることになる。つまり音楽には、「作曲された音楽」と「ジャズ」というのがある。彼にとっては、ジャズで用いる方法を使って音楽を作る人が、ジャズを演奏している、ということなる。クラシック音楽で失われてしまった即興音楽をもちだし、それをジャズとした。もちろん瞬間の音楽を演奏する能力があっての話だが。▼エヴァンスは、マイルス・デイビスに認められた数少ない白人ピアニストのひとりであったが、薬づけと波乱の生涯でもあった。初期の『ポートレイト・イン・ジャズ』をついでに聴いたりすると、その日を跨ぐことなる。三月五日(金)
夜は学芸王国(140)
▼高校の夜学は下火らしいが、社会人むけの夜間大学院はどこも盛況のようす。かたや身近な仲間たちと縄のれん談義、あるいは外出せず自分だけの、寝るまでのわずかの時間を学芸に費やすなら、それはそれで自分なりの夜学ということになる。▼そんな夜学タイプもあれば、自由時間をもつようになったオジサン・オバサンたちがテーマを掘り下げ発信している姿もある。『パソコンでいきいき人生』(荒川じんぺい・岩波書店)は、そんな人たちのホームページを紹介。多くは絵や写真に文をそえて、草花鑑賞や山歩き、農園・菜園、ボランテアなどの出来事をこまめにレポートしている。植物の詳細や紅葉の時期などを載せ、自分でも時々読みかえし再確認するという。サイトに残すことで、質問にもすぐ答えられ、知人友人にパソコン画面で見せることもできる。趣味と実益を兼ねるのがうまいのがオジサン・オバサン方。うきうきしながら発信している。それを受信し、返信する。この手のコミュニケーションは増えるばかりで、サブカルチャどころか本流の勢いとみた。▼さて、前から気になっていた教養の源流を探してみました。村瀬章「東北は唱う」(筑摩書房)から。西洋文化のなかには、アカデミズムとともにリベラル・アーツliberal artsの伝統がある。それは、ヨーロッパ中世の大学における科目群なのだが、古代ギリシアの、肉体労働から解放された自由人にふさわしい教養という考え方にまでさかのぼる。ローマ末期の四~五世紀には七つの科目に限られ、言語に関する三科すなわち文法、修辞学、論理学、それと数に関連した四科すなわち算術、幾何、音楽、天文学である。それがキリスト教世界の法学や医学の、さらには神学の基礎科目となる。文法はラテン語の基礎から古典文学の理解まで、修辞学は話し言葉より書き言葉に重点をおき、公文書の作成法から歴史や法律の知識までを含む。論理学はアリストテレスが大成した形式論理学をおもな内容とした。算術は、はじめ教会暦の祝祭日の算定法が主であったがしだいに内容が広がる。幾何はユークリッドの体系を学ぶことが中心であったが地理や博物の知識も含んでいた。音楽は聖歌の歌い方と作曲法に限られていたが音楽理論や音楽の歴史にまで広がり、天文学は古代の天体運行の数量的記録よりも占星術の性格が強かった。その後、多少の変化はあるが、近代に至るまで西欧の知的エリートの教養を支配することになる。▼リベラル・アーツは、日本で教養と思われている範囲よりもはるかに広いものです。リベラル・アーツを教養と訳するより、自由学芸とする方がぴんとくる。夜の自由の王国で、たっぷり学芸をたしなむ。でも夜は眠いからなあ。二月二十七日(金)
家ホタル
▼寝静まった部屋。棚に、机に、台所に、いるいる。ぼんやり浮かぶ家ホタル。家に棲みついたこのオレンジ色の発光体は、家電の通電や予約を知らせている。どこの家でも五、六匹は飼っていて、ソニー、松下、日立、東芝生まれが多い。なかでも、あのソニーはどんなカンパニーだろうか。▼『ソニーの壁』(城島明彦・小学館文庫)から。ソニー社員といえば、まずは買い手にうったえかける訴求力を持ち、他社が嫌がることでもずけずけ言うらしい。正しいのだか、辟易する。高飛車。ちなみに前大賀社長の五か条は、リーダーシップ、言語の明瞭さ、語学力、国際性、カレントな技術にたいする嗅覚、だそうです。それにプレゼンテーションは、偶数より奇数の方が耳に残り、目に焼きつく。三匹の子豚、五つの銅貨、七人の侍、という具合に、三、五、七の奇数で、提示の仕方まで気を配っていたようです。この会社は、世の中の生きていく上で必要なものとしての洗濯機や冷蔵庫を作っているのではなく、AV機やゲーム機のように無くてもよいものをムリヤリ買わせている。という意識を全員がもって仕事をしているところが凄い。また、「要らないものを作る」という危機意識から出発しているので、商品企画も鋭い。▼でも今は、ソニーより、白モノに強くて基礎技術を蓄えてきた松下の方に分がある。白といえば、パソコンも白が主流で、家電扱いされている。▼さて、1分あたりの生産コスト(02年)をアジアの国々で比べると、比べようもない数字が浮かぶ。中国1~2円、インドネシア2~3円、タイ3~4円、マレーシア4~5円、日本50円。ということで、これからも日本以外のアジア・ホタルが増える。二月二十日(金)
イワナミ文化
パンキョーが幅を利かせていた時代があった。『教養主義の没落』(竹内洋・中公新書)が、ここ五十年間の教養主義をざっと見わたしている。▼かつての『中央公論』『世界』に代表される総合雑誌は、社会科学論文から小説、映画、音楽まで多くの分野をふくんでいた。人々は総合雑誌で教養主義者になり、教養の共同体を形成していった。掲載された論文やエッセイは、しばしば学生同士の話題となり、週刊誌の『朝日ジャーナル』や『平凡パンチ』と併読されていた。それにカバンの中の岩波文庫も、教養主義の担い手だった。▼この教養主義は、歴史、哲学、文学など、人文系の読書を中心としたものであり、旧帝大文学部が奥の院であった。教養主義の別名は岩波文庫主義ともいわれる。岩波文庫を何冊読むかで、自分の教養の目安にした。ただ、岩波書店は破壊的文化を担ったのではなく、既存文化の高尚さを担い尊重された。そういう意味で教養主義であった。岩波文化は、東大や京大の教授の著作を出版することで、官学アカデミズムの正当性を賦与された。また、官学アカデミズムは自らの正当性を証明するために岩波文化によりかかった。岩波文化と官学アカデミズムは象徴資本(シンボル)を増幅させた。▼私が上京した1966年頃は、まだ教養主義が規範文化として残っていましたが、70年代に入るやそれも衰退し、よく読まれる雑誌は『スクリーン』『文藝春秋』『プレイボーイ』『平凡パンチ』『少年マガジン』へと変わり、もはや『中央公論』『世界』『エコノミスト』は登場しなくなった。80年代には、『ぴあ』『少年ジャンプ』『FOCUS』といった立ち読み本が主になる。また、この頃の大学生が選んだ日本の代表文化人は、第一位が夏目漱石、二位がビートたけしである。才に富んだガキ大将「たけし」は、教養主義を笑い殺した。今の若い人には「読書で人格形成」という考え方がわかりづらい、らしい。そうこうしているうちに時代は変わり、松下圭一氏が見抜いたように、身分的特権をもつ教養インテリは没落し、専門知識を駆使できる政策インテリへと転換していく。▼そのいずれにも属さず、定期購読雑誌のない私は、二、三の出版社のPR誌だけを毎月のぞく。大きめの本屋なら無料配布なので、時々失敬している。二月六日(金)
パンキョーって
いまの大学は、パンキョーと呼ばれる二年間の一般教養カリキュラムはなく、高校の勉強をもう一度しているらしい。教養学部の老舗では、国際基督教大と東大が知られている。でもねー、教養ってなんだろうと思いながら、『無敵の一般教養』(島田雅彦・メタローグ)を読みました。▼まずは、地球物理学での話です。地球と似たような惑星が存在するとすれば、ある程度の大気と、海をもちうる惑星は地球くらいの大きさということになる。重力とか、太陽からの距離はけっこう重要な意味をもつ。熱過ぎず、冷た過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎず。その地球の場合です。現人類は、生物圏のなかに「人間圏」をつくり生き始めた。しかも言語をつかい、神とか、貨幣、民主主義、市場経済、人権などの概念や制度について、脳のなかに「共同幻想」をもちながら、生きるようにつくり上げた。▼つぎは言語学の話。英語を学ぶのは、英語や英米文学に興味があるというよりは、それを知っていると資本主義の身過ぎ世過ぎに有利ということがある。近頃は、結論を先に求める感じがあって、ショートカットばかり。悶々として悩む時間がないと、言語が洗練されないんじゃないか。▼この対談集は、斯界の人たちとの話ですから、ほほーっ、でありました。知っておいて損はないと思いましたが、教養を身につけるための手ほどきはありませんでした。知識、品性、感性の三位一体が教養だと、手元の辞書には載っています。なら反意語は、無知、下品、愚鈍となるわけで、これだと、世の中の大半がこれです。教養を中心には動いていない。無教養の力の方が圧倒している。自分の中の大半もこれです。中をくりぬいた、餡のないドーナツだってうまいじゃないか。といったらコジツケですか。一月三十日(金)
とんぼの本(136)
穏やかで何もない正月は、新潮社の『とんぼの本』が手ごろと思い、三冊仕入れる。▼まず、『やさしく読み解く日本絵画』(前田恭二・新潮社)。雪舟などの日本絵画は、ルネッサンス絵画と同じなんですね。読み解き本があると、倍、愉しめる。▼つぎは、『向田邦子・暮らしの愉しみ』(向田邦子&向田和子・新潮社)から。妹さんの店「ままや」の黒幕だったそうですが、いまは閉めてしまった。ただ、当時の板前だった人が新橋に「向嶋」として、その味を受け継いでいるらしい。それに彼女の行きつけの店は、庶民レストラン「たいめいけん」と東京ラーメンの老舗「直久」というから、うれしくなるね。さて選書の一冊に『男のだいどこ』(荻昌弘・文藝春秋)がありましたが、この本、懐かしいなあ。向田邦子の世界は、手軽でありながら、きちっと生活の質を感じさせるものでした。いいですね、こういうの。▼さいごは、『アイルランドへ行きたい』(深谷哲夫&リチャード・ホートン&月川和雄・新潮社)から。ご当地は、メキシコ湾流の暖流のせいだろうか、頻繁に表情を変える雲の流れが、光をさらに微妙にさせる。そんな光と雲が、ケルトの妖精たちを生んだという。さして高くない山の、その下を雲が流れる。風や光がそれを縫うようにすり抜けていく。宇宙や自然が循環する一部に、自分が内包されているんだという風景の中で生活している。そんなアイリッシュは、恥ずかしがりやで、お人よし。それにビール好き。一月九日(金)
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